おはよう可愛いお嬢ちゃん
プペとシュピーゲルの娘。
人の姿で暮らす竜。
叶の記憶は、街中を歩く参に抱えられているところから始まる。
物心もついていないような、小さい頃の話。
それ以上のことを何も憶えていないくらいには、曖昧な記憶。
きっと、楽しんでいた。
きっと、浮かれていた。
今となっては、そんな風に想像することしかできないくらい昔のこと。
一番古い記憶の中でも、叶は参に抱かれていた。
そして、現在。
今まさに。進行形で、叶は参に抱かれている。
正しくは、抱かれそうになっている。
性的な意味で。
「どういうことよ…」
頭の上で一纏めにされた両手。硬いベッドへ押し付けられる体。肌蹴た服。
安全なねぐらでぐっすり寝ていた叶へ、いつの間にやら馬乗りになっている参。
人形師プペによって作られた至高のドォルと名高い、《ナンバーズ》の四体目。
叶の参は、黒髪黒目の女性型。
それが、たったの一晩で男に化けた。
元から控えめだった胸が今や明らかにぺったんこ。そのうえ足の付け根には余計なものが生えているときて、叶は目を覚ましてすぐ気を失いそうになった。
何かしらのカートリッジをセットされた注射器片手に半裸で跨られ、平静でいられる女がいったいどれほどいるものか。
「参、いったいどういう――」
首元へあてられた注射器のトリガーが引かれると、叶はあっという間に体のコントロールを失くしてしまう。
即効性の筋弛緩薬を使われたのだろうと、すぐさま考えが及んだのは仕事柄そういうものを使う機会があるからで。かつ、ぐったりと力の抜ける体に反して意識が正常な思考を保ち続けたからだ。
薬の効果が切れるまで抵抗らしい抵抗もできなくなった叶に、参は情報端末の表示領域を向ける。
『有線するよ』
通告だ。
人工島より技術水準を低く設定された《アンダーグラウンド》でも、補助的なアクセサリを使えばそれなりのことができる。「有線」というのはその通り、《アンダーグラウンド》へ潜っているプレイヤー同士を直接ケーブルで繋ぎ、限定的にその制限を解除する「機能」。
叶と参は、人工島のシステムにパートナーとして登録されている。《固有領域》とパーソナルエリアの統合がその主な恩恵で、人工島にいる限り参が「話さない」ことに弊害はない。参が思考記述する「言葉」を叶は統合されたパーソナルエリアでシームレスに閲覧、必要なら別なアプリを使って「発声」させることさえ可能なのだから。
対してパーソナルエリアそのものが存在しない《アンダーグラウンド》で参が文明的に意思表示をしようと思えば、情報端末への「入力」という作業が必要になる。有線接続はそんな手間を解消するために有用な手段の一つ。
ケーブルを使った制限の解除は高度な思考制御にまで対応していない。叶と繋がったところで「反撃」を受ける心配のない参は初めから自分にケーブルを接続して、必要な環境設定をあらかじめ済ませてあった。
首の裏側にある接続領域へと参の手が伸びても、薬のせいで口さえ利けない叶にはされるがままでいることしかできない。
〈聞こえる?〉
頭の中で直接響くよう聞こえる合成音声までもが男のそれという手の込みように、叶は正直げんなりした。
〈TSパッチなんてどこで手に入れたの〉
〈お父様がくれた〉
括りは同じ「自動人形」でも、量産品のオートマタと一点物のドォルではその構成に天と地ほどの違いがある。参のよう特別な人形機関を持つ自動人形を調整することができるのは、その製作者と一握りの専門家に限られる。《ナンバーズ》はその中でも特に扱いの難しいシリーズで、叶が知る限り構造解析に成功したという話さえ聞いたこともない。
《ナンバーズ》をどうにかできるのは、《ナンバーズ》を作った人形師だけ。
〈あのクソ親父…〉
その人形師――プペ――は、叶の実の父親でもある。
〈抵抗するなら縛るけど、どうする?〉
手がけた作品が実の娘を襲うのに手を貸すなんて、いったいどういう神経してるんだ。
そんな具合に、叶の中で父親に対する評価が「ろくでなし」から「ど畜生」に更新される。
シュピーゲルの夫である以前に人形たちの恋人。
子供の父親である以前に人形の父親。
妻が家を出ていっても、何食わぬ顔で人形に子守をさせるような人形師。
そんな男だと知っていたはずなのに、今更ながら――改めて――叶はプペに対して強い失望を覚えた。
そんな自分にぞっとする。
この期に及んで、いったい何を期待していたのかと。
〈母さんに言いつけてやる…〉
〈お父様殺されちゃうよ〉
両方の手首を幅の広いリボンで束ねてベッドの支柱と繋がれ、叶はいよいよ参の本気を感じた。
けれどそもそも、冗談でこんなことをされるとは思っていない。
為す術なく犯されるしかなさそうな状況を、いい加減に受け入れつつあるというだけ。
〈あとで覚えてなさい〉
叶は諦めの早い女だ。
(おはよう可愛いお嬢ちゃん/Qと参。かのう)




