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Scene.98「異世駿は……」

「っつぅ……!!」


 激しい痛みを訴える右腕を押さえ、暁はうずくまった。


「さすがに……日に二回はまだきっついかね……」


 先ほど撃ちだした、我流念動拳奥義……その威力を噛みしめながらも、自戒する暁。

 目の前には、一直線に大地を抉ったような跡が伸びており、その上には瓦礫が散乱していた。

 震空波動拳……まさに必殺と呼んで差支えない威力であったが、その代償はとても大きい。

 少し前に撃った正拳突きと合わせ、暁の右腕はほとんど動かなくなってしまった。指先の感覚はなく、ピクリとも動かせそうにない。


「あー、くそ……」

「っはぁ!」

「ぷはぁー!」


 暁が痛みに悪態をついていると、彼にほど近い瓦礫の中からフレイヤと啓太が姿を現した。

 どちらも、先ほどの一撃をギリギリで凌いだようだ。だが、五体満足のフレイヤの姿を見て、暁は聞こえるように舌打ちをした。


「チッ。仕留め損ねたか」

「フフフ……あの程度で死ぬほど、柔じゃないわよ?」

「こっちは死ぬとこでした! 怖かったよぉー!」


 暁の悪態に、フレイヤは余裕綽々と言った様子で返すが、そんな二人に挟まれた啓太は涙目で暁へと訴えかけた。


「なんですかあれ!? 人間が出していい威力の技なんですかあれ!? 直撃したら死にますよあんなの!?」

「代わりに直撃しなけりゃ周辺被害もねぇし、射程もせいぜい十メートル前後と極めてクリーンな必殺技だ。地面に打ち付けても、ほとんど爆心被害はないぞ」

「そう意味じゃないでしょうがぁー!! は、駿さん死にましたよこれ!!」


 そう言って啓太は瓦礫を指差す。

 抉られた地面の、さらに奥。波動拳の最大射程と思われる場所に、瓦礫が山となっている。

 おそらくその辺りに駿が埋まっているのではないかと思われるが……動きはない。

 叫んでも反応さえない瓦礫の山を前に、啓太は顔を青くした。


「ど、どうするんですかホントに……! 駿さん、出てきませんよ……!」

「これで死んでりゃ、世界平和に一歩近づいたろ」

「冗談にしても、悪趣味よ。アラガミ・アカツキ」


 嫌なことを嘯く暁の隣に立ちながら、フレイヤも瓦礫を見やる。


「……本当に大丈夫なのでしょうね? 私の時は、全力でサイコキネシスの防御を張ったから何とかなったけれど……彼は、パイロキネシスでしょう?」


 微かな不安を覗かせるフレイヤ。

 今ので駿が死んでしまえば、フレイヤはその片棒を担いだことになる。

 暁たちだけなら、自国内での問題になるが、ここにフレイヤまで入り込んだとなれば、国際問題に発展しかねない。

 何しろ、異世駿は日本を代表する第一世代の異能者。存在そのものが宝ともいえるのだ。……暴走を食い止めてくれてありがとう、とはならないだろう。決して。

 不安そうなフレイヤと啓太を余所に、暁は疲れたような表情でその辺りの瓦礫に腰かけた。


「何度も言うが、この程度で死んでりゃ世界はもう少し平和さ。あの馬鹿の暴走に必要以上に怯える必要はねぇからな」

「そんな言い方って……」


 さすがに啓太は青いまま顔をしかめる。

 暁の言い草は、冷徹とさえいえる。

 少なくとも、彼は異世駿の数少ない友人のはずなのだ。

 その友人の生死にさえ気を払わない、というのはいかがなものなのだろうか。

 啓太は思わず、声を荒げた。


「先輩……言っていいことと悪いことがあるんじゃないですか!?」

「……」


 暁は啓太の言葉には応えず、瞳を閉じてじっとする。

 自らを無視するようなその姿に、啓太はさっと顔を赤くし、声を荒げようとして。


「――おーい、皆無事ぃ!?」

「っえ!?」


 聞こえてきた北原の声に、ハッとなりそちらの方へと顔を向けた。


「北原さん!?」

「応援に来たよぉ! って、もう終わってるくさいし、なんかフレイヤちゃんまでいるしぃ……」

「ごきげんよう、タカアマノハラ警備隊の皆様」


 ぞろぞろと雁首揃えてやってきた、北原率いるタカアマノハラ警備隊は目の前に広がる光景を見て目を丸くしたり、肩を落としたりとそれぞれの表現で無念さを表した。


「助けに来たってのに……これじゃ格好つかないねぇ」

「いえ、そんなことは……それより!」


 啓太は北原……いや、暁に聞かせるように大きな声を張り上げた。


「あの瓦礫の中に駿さんが埋まってるんです! 今すぐ、助けてあげないと!」

「お、おぉう? そうなの、了解。ところで、啓太ちゃんは何をそんなに怒ってるの?」

「なんでもないです!!」


 啓太の心を的確に見抜く北原であったが、さすがにその原因までは分からないようだ。

 不機嫌を全身で表しながら瓦礫へと向かう啓太と、ただ黙って座っている暁とを見比べながら、北原は啓太の背中へと着いていく。

 さらにぞろぞろと残りの警備隊の隊員たちも彼らについていく中、フレイヤは暁へと近づいていく。

 暁は瞑目したまま、深い呼吸を繰り返している。まるで、回復に努めるように。


「……アラガミ・アカツキ?」

「……あの馬鹿が、空間のねじれに巻き込まれて死ぬようなら、テメェに勝つ前に俺はあの馬鹿を倒せてる」


 暁はゆっくりと瞳を上げ、フレイヤを見上げる。

 その瞳の中に写っているのは、強い闘志。

 戦いを終えた者の眼ではない。まだ、死中にあるかのような、そんな激しい感情の渦巻く瞳だ。


「あの馬鹿は……異世駿は……」

「うわぁぁぁぁ!?」


 啓太の悲鳴が上がる。

 フレイヤがそちらへと振り返ると、巨大な火柱が上がっていた。

 それを見て、警備隊の隊員も叫ぶ。


「か……カグツチ!?」

「バカな……! まだ意識があるのか!?」

「不用意に近づくんじゃなかった……! 各員散開! 燃やされるぞぉ!!」


 北原が檄を飛ばし、距離を取るように指示を出す。

 だが、それよりもカグツチが燃え広がる速度の方が早く見える。


「フッ!!」


 すかさずフレイヤは腕を振るう。

 己のサイコキネシスで、彼らの前に防壁を張る。彼らの体が燃やされないように。

 近づく炎は、サイコキネシスに阻まれ、一瞬動きが止まる。

 だが、今度はサイコキネシスを燃やそうとより紅く猛り……。


「……来い」


 カグツチの炎がフレイヤのサイコキネシスを侵し尽くす前に、暁は駿へと近づいていた人間を全員引き寄せる。

 精密なサイコキネシスに捕まれ、十名以上の人間が浮かび上がり、一っ跳びでカグツチから逃れていった。


「どわったぁ!? 暁ちゃん、ありがとぉ~!」

「せ、先輩……!!」


 尻餅をつきながらも礼を言う北原に、戸惑いを隠せない啓太。

 暁は腕を庇いながらその二人の間を抜けてゆく。


「下がってろ、古金」

「っ。は、い……」


 啓太は暁の声を聞き、意気消沈する。

 己の無知を恥じているのだろう。

 ここにいる人間の中で、駿といちばん付き合いが長いのは、暁なのだ。

 暁はサイコキネシスを焼き尽くし、ゆっくりと前へと進んでくる炎の塊……その中にいる駿を睨みつけた。


「よう、駿」


 駿は答えない。

 劫火の放つ光の眩しさに目を細めながら、暁はその中心にかろうじて存在する駿の姿を見据える。

 もう、意識もないのだろう。

 カグツチで身に受ける衝撃を焼き払ったとしても……これだけ多量のカグツチの炎を生み出せば、それを制御する意識自体が持つまい。強すぎる、力であるが故に。

 暁は、動きそうにない右腕を、無理やり動かす。


「おおぉぉぉ……!!」


 関節が軋み、筋肉が千切れる。

 右腕が発する危険信号が全身を駆け巡り、体の動きを鈍くする。

 全身から滝のように大量の汗を流しながら、暁は右腕を構えた。


「駿ぉ……!」


 軋みあげる肉体の痛みに顔をしかめながら。

 もはや限界に近い己を叱咤しながら。

 にやりと暁は笑う。


「必ず、約束は果たさせてもらうぜぇ……!?」


 駿は答えない。

 膨れ上がるカグツチの炎を前に、暁は右腕を振り上げた。






 男の子の前に現れた目つきの悪い男の子は、声高に叫びました。

 俺が、世界最強の異能者だ!と。

 そうして男の子に襲い掛かる、目つきの悪い男の子。

 男の子の力は、目つきの悪い男の子のサイコキネシスも焼き払い、彼の体を地面に叩き伏せました。

 それは、当然の結果。周りで見ていた大人たちも、呆れたように目つきの悪い男の子を諭します。

 彼が、最強の異能者だ。それは、変わらないよ。

 優しく大人たちに諭されても、目つきの悪い男の子は叫びました。

 俺が、最強の異能者だ!と。

 目つきの悪い男の子は、次の日も男の子の前に現れては、男の子に負けて帰ってゆきました。

 次の日も、次の日も。週が過ぎ、月が経ち、年を超えても、目つきの悪い男の子は男の子の前に現れ続けました。

 肌を焼かれ、髪を焦がされ、骨をあぶられるような一撃を喰らわせられても、目つきの悪い男の子はあきらめませんでした。

 抑えきれない男の子の異能の暴走に巻き込まれ、文字通り九死に一生を得たことさえありました。

 しかし、それでも目つきの悪い男の子は男の子の前に現れました。

 そして、こう叫ぶのです。

 俺が最強の異能者だ!と。

 毎日のように男の子の前に現れた目つきの悪い男の子は、その異能の力をほんの少しずつ強く、器用に磨き上げていきました。

 そして、男の子が成長し、己の感情を抑え込めるようになる頃には、男の子と同じ第一世代と呼ばれる異能者の少女に、勝てるほどに成長していたのです。

 これには、世界中が驚きました。その少女の力は、彼と同じサイコキネシス。力の大きさで言えば、蟻と象ほども違うような異能者たちが戦い、そしてたった一匹で蟻が勝ってしまったのです。

 それを見て、男の子は確信しました。彼であれば、きっと自分を止められる。

 だからこそ、男の子は彼にお願いしました。

 もしもの時……そう、光葉の体でさえ俺が焼き尽くしそうになった時……。




 その時は、君が俺を殺してくれ。




 男の子はそう、目つきの悪い男の子にお願いしたのです。

 その言葉を聞き、目つきの悪い男の子はゆっくりと口を開け、こう答えました―――。




 再び立ち上がる駿。立ち向かう暁。

 暁は、駿を止められるのか!?

 以下、次回ー。

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