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Scene.94「約束だからな」

 地下室にやってきたのは里の長。

 女の子の元にやってきた長は、何故こんなことをしたのか説明を始めました。

 自分たちの里は、より強い異能を生み出すために近親相姦を繰り返してきたと。

 より優れた異能の持ち主や、その血統に当たる人間同士を交配させてきたと。

 そして異能の力を強くするための研究を行ってきたと。

 異能の力を強くするための、最も確実な方法は、その人物に強い感情を抱かせることだと。

 女の子には、長が言っていることは何一つ理解できませんでした。

 ただ一つ分かったのは……長が、狂っているということ。

 女の子をじっと見て、淡々と自らの行いを説明する長。

 その瞳の中に渦巻いているものは、女の子の理解を超える……いえ、理解してはいけない、どこかそんな雰囲気を漂わせた光だったのです。

 女の子が理解しないまま、長は話を続けます。

 人の感情はいくつもある、怒り、悲しみ、喜び……どれも長く続く感情ではない。

 そこで、人間が最も強く、最も長く、最も深く抱く感情をお前に抱かせることにした。

 そう言って、長は女の子の目の前に何か黒いボールの様なものを放り投げました。

 ボールが跳ねるたびに、何かつんと鼻を刺激する、鉄錆のような匂いが地下室に広がりました。

 女の子はそのボールを見ます。

 ボールが、女の子の方を見つめました。

 お前は、それに強く愛されていたな?

 長が、そんなことを言い出しました。

 女の子は訳が分からず、長とボールを見比べ――。

 ………………………。

 女の子は、気が付きました。

 目の前に転がって来たもの。

 それは、ボールではなく。

 鉄錆の匂いを発するのは、赤黒い液体で。

 光のない眼で自分を見つめるそれは。

 大好きだった 、 お * さ ん 。




 瞬間。

 里を。

 闇が。

 覆い。

 尽くした。






 燃え盛る紅蓮の炎が、視界を焼く。

 目を眇めてそれを見ながら、暁は舌打ちをする。


「……クソアマ。不法入国とはいい度胸してるじゃねぇか」

「ご心配なく。ビザはちゃんと取得してるわ」

「意味あるか、そんなもん」


 そう言ってパスポートを見せるフレイヤであるが、入国審査を受けていない時点で、そんなものあってないようなものだろう。

 暁は深くため息を突くが、状況が状況だ。これ以上言い合っている場合ではないだろう。


「……まあ、いい。来たからには働いてもらうぞ」

「ええ。英国最強の力……今一度、その脳裏に焼きつけなさい!」


 そう叫び、フレイヤは腕を振るう。

 莫大なサイコキネシスの力が放出され、駿へと突き進む。

 駿のカグツチはより燃え上がり、フレイヤのサイコキネシスを燃やし尽くす。


「まだよっ!」


 だが、返す刀で駿の背後の方で炎が翻る。

 フレイヤのサイコキネシスが、駿を背後から強襲しようとしているのだ。

 だが、翻った炎がそのままサイコキネシスを飲み込む。

 飲まれたサイコキネシスは、そのまま炎に焼かれ、力を失ってしまった。


「フフ……さすがですね……」


 フレイヤは不敵な表情で笑い、構えを取る。

 まるでフェンシングのようなそれを見ても、駿の表情は動かない。

 フレイヤと駿。世界最強の異能者たちの間で、緊張が走る。


「………………僕が来た意味、無くなりましたね」


 そして、二人を見ながら脂汗を流し、啓太はそう呟いた。

 元々、暁の援護のためにやってきたわけだが、もっと実力のあるサイコキネシストであるフレイヤが現れてしまった。

 フレイヤは、基本的にあらゆるサイコキネシストの上位互換の異能者だ。彼女が来た以上、啓太の出番はないだろう。


「そうでもねぇさ。というか、この場にいる全員でかかっても、駿に勝てるかどうかはわからん」

「え?」


 ……と思っていた啓太は、暁の言葉に驚いたように声を上げる。

 振り返って暁の顔を見上げるが、その顔は冗談を言っているものではなかった。


「……先輩。フレイヤさんがいても……駿さんには勝てませんか?」


 啓太は確認するために、暁へと問いかける。

 暁は、無言でうなずいた。


「……古金、お前も知ってるだろ。駿の異能、カグツチの能力を」

「……森羅万象の、あらゆるものを灰に還す能力、ですよね?」


 暁の言葉に、啓太はそう返す。

 駿の異能、カグツチ。その能力はあらゆる森羅万象に干渉し、灰へと還す異能。

 パイロキネシスの基本的な能力をすべて備え、なおかつあらゆる存在へと干渉せしめるカグツチ。

 何者にも防げず、何者にも防がせない。故に、世界最強の異能として名が知れている。


「そう。そんなあいつに対する攻撃は、ある程度の例外を除き、ほとんど通らねぇ。近づく危険を、全部カグツチで燃やしちまえばいいんだからな」

「でも……それなら、消耗を待てばいいんじゃないですか? 無理に勝たなくても……」


 啓太はそう言って、フレイヤと駿の戦いを見る。

 正面から無数のサイコキネシス弾を撃ち込むフレイヤに対し、駿は微動だにせず迫りくるサイコキネシスを燃やし続ける。


「フレイヤさんと駿さん……どちらも第一世代の異能者ですよね? それなら、フレイヤさんに戦ってもらえば、駿さんの力を削りきれるはずですよね?」


 異能の力は、人の意志で発現する力。

 物質的に消耗するものではないが、精神的な消耗はある。

 心を消費するとでもいうのだろうか。あまり異能を使い過ぎると、全身を倦怠感が襲い、度が過ぎれば意識を失うこともある。

 ごく一般的な第二世代の異能者であれば、大体一、二時間程度。それが、全力で異能を使い続けることができる限界時間となる。

 そして第一世代であれば、平均して丸一日の間異能を使い続けることができる。

 若干の個人差こそあるが、現在生きているすべての第一世代異能者は、全員が同程度の時間異能の行使を続けることができる。

 であれば、当然同じ第一世代同士であるフレイヤと駿であれば、全力で戦い合うことで駿の異能の力を削りきれるはずなのである。

 だが、暁は首を横に振る。


「いや、まず無理だな」

「無理……ですか?」

「ああ」


 力を使い合うフレイヤと駿を見る暁。

 フレイヤは巨大なサイコキネシスの力場を展開し駿へとぶつけているが、駿のカグツチはそれを残らず燃やし尽くしている。

 フレイヤは顔をしかめるが、あきらめることなく力をぶつけてゆく。

 決して距離を縮めることなく、異能を使って駿をけん制し続けている。

 そのけん制も、駿に通じることなく燃やされてしまっている。

 が、駿も下手に動くことができないでいるようだ。フレイヤのサイコキネシスの力場が大きすぎるせいで、逃げ場がないとでもいうのか。その場から動くことなく、フレイヤのサイコキネシスを燃やし続けている。

 完全の硬直している二人の戦いを見て、暁は目を細める。


「あのままだと千日手だが……クソアマの方が先に力尽きる」

「どういうことです?」

「駿の野郎が第一世代認定されてるのは、異能の特異性もあるが、それだけなら似たようなのは少なくない。心だけを燃やすパイロキネシストなんてのもいるしな」


 ……暁の言うとおり、駿のように精神や不燃性の物質を燃やせるパイロキネシストは存在する。駿のように、燃やせる範囲は広くはないが。


「そもそも、たった一日で力尽きるような異能者が、世界を滅ぼしかねないなんて、恐れられるわけもねぇだろ」

「言われてみれば……」


 暁の言葉に、啓太は思い出したように頷く。

 フレイヤのように、一瞬で地球の裏側に届くような異能であればともかく、駿のカグツチにそこまでの射程はない。

 延焼が続けば、いずれは地球表面を覆い尽くすほどに炎は広がっていくだろうが、そうなるまでにどれほどの時間がかかるというのか。

 少なくとも一日では無理だろう。カグツチであれば、海の上であろうと関係なく燃え広がっていくだろうが……それでも一週間か、そのくらいはかかるのではないだろうかと啓太は漠然と思う。

 それを考えれば、駿が恐れられる理由はあまりないように思う。

 暴走したとしても、タカアマノハラの異能者が総出で駿の異能の力を削ればいい。わざわざタカアマノハラごと沈めるようなまねをする必要はない。


「じゃあ、どうして駿さんは」

「あれ見てたらなんとなくわかるだろ」


 そう言って、暁はフレイヤ達の方を指差す。

 先ほどまで膠着状態にあった二人の戦いは、フレイヤがやや劣勢に傾きはじめていた。


「くぅ……!」


 サイコキネシスを撃ちこみつづけるフレイヤの表情に焦りが生まれている。

 微かに息が上がり、サイコキネシスを撃ち出す速度も落ちているように見える。


「………」


 だが、駿の方はまったく変わっていない。

 じっとフレイヤのサイコキネシスを燃やし、自らに向かう脅威を無力化していっている。

 いや、それどころか。

 駿は、一歩前に出る。


「く……!」


 瞬間、フレイヤの元にカグツチの炎が迫る。

 フレイヤはサイコキネシスの壁で炎を遮り、これ以上駿が自身へと近づかないようにより一層多くのサイコキネシスを撃ちだす。

 少しずつ、フレイヤに駿が近づいているようだ。


「フレイヤさんが、押されてる……!?」

「そもそも力がでかすぎるあの女は、連続で異能を使うのに向いてねぇんだ。出会いがしらの一発でケリをつけるタイプだな。だが、押されてる理由はそれだけじゃねぇ」


 暁は、軽く首を鳴らす。


「駿の野郎は、他と比べても突出した異能強度を持つ……。力の強さだけじゃねぇ、量とでもいうかね。それが桁外れなのさ」

「量……?」

「一ヶ月。それが、駿が異能を使い続けられる時間の最長記録だそうだ」

「いっ……!?」


 あまりに桁外れな長さに、啓太は絶句する。

 文字通り、人間離れした異能維持時間である。


「そう驚くことでもねぇよ。光葉の奴に至っちゃ、寝てる時以外四六時中異能使ってるからな」

「光葉さんもですか……!? 全然知らなかった……」


 啓太は駿に改めて畏敬の念を抱くとともに、フレイヤが勝てない理由も悟った。

 いくら異能で攻撃しようとも、その異能は駿には通じず、持久戦を仕掛けようとも、そもそも持続時間が違いすぎる。

 世界中の異能者を集めて、ようやく止められるレベルだろうか。

 そして啓太はようやく光葉でなければ駿を止められないということの意味も理解した。

 光葉が駿の精神を安定させる存在というのもあるのだろうが、それ以上に駿の異能を相殺できるのは光葉だけなのだ。


「でも……それじゃあ、どうするんですか!?」


 啓太は焦り、声を荒げる。

 暁が告げた事実。それはすなわち、普通の手段では、異世駿に勝つことはできないということだ。

 望みがあるとしたら、会長たちが光葉を連れてここにやってくることだろう。

 だが、どれほど時間がかかるかわからない。その間に、こちらが全滅してしまう可能性も高いのだ。

 焦る啓太に、暁は静かな声で告げる。


「心配すんな。手がないわけじゃねぇ」


 暁はそう言って、拳を握る。


「あの馬鹿は、必ず俺が止める。それが――」


 暁はまっすぐに駿を見つめ、はっきりとこう言った。


「あの馬鹿との、約束だからな」




 駿を止めるべく、暁は今一度全力を尽くす。

 フレイヤ達との共同戦線。暁は駿を止められるのか!?

 以下次回!

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