Scene.93「簡単な話だよ」
『うぐぐ……。起き抜けの人間をこき使わないでくださいぃ……』
「君の場合は自業自得だろう? タカアマノハラの危機だ。キリキリ働きたまえ」
『はい~……』
携帯電話の向こう側から聞こえてくる美咲の情けない声を聞き、会長はそんな彼女の態度を窘めるようにぴしゃりと言った。二人で寄り添って笑いあう、傷だらけのリリィとケイタを見たせいでさっきまで気絶していたためか、彼女の声に力は感じられなかった。
あの後、啓太を駿の暴走を少しでも食い止めるよう、朱音を応援のために学校へ行かせ、会長はリリィと二人で光葉の捜索を行っていた。啓太に与えた指示は、致死率が高いが、暁が駿の暴走に向かわぬはずがないと山を張ったためだ。もし現場に彼がいなければ、すぐに逃げるようには伝えている。
あの時見た爆発の炎が、駿の暴走を示すものだとしたら、おそらく素の実力で彼を止められる異能者は、世界中のどこを探してもいないだろう。
駿の暴走状態は、人間性の欠落とも呼ばれている。彼が暴走すると、カグツチは際限なく周囲を焼き、灰へと還そうと動き出す。そこに意志はなく、ただひたすら光葉の身を求めて動き回る。彼を止めようとするものや、光葉を隠すなどの行為を行っているものに対しては、特に容赦がなくなる。何よりも優先し、排除するようになるだろう。
こうなると、もう言葉での説得は意味をなさなくなる。力でねじ伏せるのも……暁が常に挑戦しているが、芳しい成果が得られたことはない。
暴走した駿を止める一番の方法、それは光葉を彼の元へと連れて行くことなのだ。
『と言っても、もう夜ですし……。私の異能だけじゃ、光葉さんを探すのは困難ですよ?』
そのために、会長は美咲へと電話をかけたのだが、肝心の美咲からの返事は芳しくなかった。
それもそのはず、彼女の異能サテライト眼は、あくまで遠くを見ることができるようになる、という異能。
その異能によって生み出された眼は物質を透過して動くことができるが、光の当たらない闇を見通すというような特殊性は一切兼ね備えていない。
ちょうど今のような時間は、美咲にとって自らの異能を激しく制限されてしまう時間なのだ。
会長も、それは承知している。電話越しに頷きながら、美咲へと続けた。
「それは分かっているとも。今、朱音君には霧頃君を呼びに行ってもらっている」
『霧頃……ああ、幸洋ですか?』
その名に、美咲は電話の向こうで顔をしかめたようだ。
名前を呼ぶのも嫌そうな様子で、美咲は続けた。
『彼、どうにも好きになれないんですよねー……』
「まあ、持ってる異能の性質上、仕方ないだろうね、それは」
『いえ、そうでは……まあ、いいです』
彼の持つ異能を思い浮かべながらの会長の発言に、美咲は首を横に振ったようだ。
彼女との意見の食い違いを感じながらも、あまり時間がない会長はそれを無視して話を進める。
「差し当たり、久遠君にはマリル君のサポートを頼みたい」
『サポートと言いますと、何をすれば?』
「おそらく、駿君が暴走した原因は、光葉君をさらった連中を発見したためだろう。マリル君には、その関係者の捜索を依頼した。駿君の暴走に立ち会ったのであれば、望み薄かも――」
「会長ー!! 見つけましたー!!」
知れない、と続けようとした会長を遮るように、リリィがこちらへと駆けてきた。
その後ろには、黒づくめの装束の怪しい男を肩に担いだ西岡がいる。どうやら、彼が担いでいるのが会長の探し求めた人物らしい。
「……あー、すまない。君に補助してもらう前に、見つかったようだ」
『……それはそれで、なんかさみしいです』
「本当にすまない。いったん切るよ。また、後で手伝ってもらうことになると思う」
『はぁ、わかりました。それでは』
美咲は会長の言葉を聞き、電話を切る。
会長は何とも情けない表情になりながらも、気を取り直してリリィと西岡の方へと向かう。
「よく見つけてくれたね、マリル君」
「はい! と言っても、すでにニシオカさんが捕まえた後だったんですけど……」
リリィが振り返ると、気絶しているらしい男を担いだ西岡が会長の傍までやってくる。
西岡は、険しい表情のまま会長を見据えた。
「聞いたぞ、誠司君。駿君が、暴走してしまったそうじゃないか」
「……まだ、断定には至ってはいませんよ」
会長はそううそぶくが、西岡は首を横に振る。
「いや、政府はそうは思っていないようだ。すでに、タカアマノハラからの撤退令が発令されている。他の警備隊の者たちは、異界学園や各種研究機関に赴き、避難誘導を開始しているよ」
「……そうですか」
政府の素早い対応に、会長は内心舌打ちする。
つまり政府は、早々にタカアマノハラを沈めようと考えているわけだ。
当然異界学園の生徒会長である彼に、そんな結論を受け入れられるわけはない。
西岡も、会長の様子からそれは分かっているのか、小さく頷いてみせる。
「わかっている。避難にあたっていない警備隊の者たちは、光葉君の捜索に当たらせているし、可能であれば駿君の暴走を食い止めるように指示も出してある。……我々の武装では、非力だろうがな……」
「そんなことはないでしょう」
会長は西岡を慰めるように言うが、実際既存の武器……特にタカアマノハラ警備隊が持つような非殺傷前提の武器が駿にどこまで通じるか怪しい。
とはいえ、最悪駿の狙いを逸らす囮代わりにはなるだろう。
「………」
会長は自らの思考に顔をしかめる。
誰かが死ねばいい、なんて考えているわけではないが、駿の暴走が起きて被害者がゼロであったことはない。そして、その数はそのまま死者の数でもある。
……だが、必ず死ぬと決まったわけではない。前回の暴走から、五年以上は経っている。暁も、あの時よりは成長しているはずだ。
「西岡さん。おそらく、現場には新上君がいるはずです。駿君の暴走を食い止めに向かった隊員の方たちに、そう伝えてください」
「ああ、分かった」
会長の言葉に、西岡は肩の荷を下し、無線を手に取った。
会長は下された荷……今回の一件の首謀者一味と思われる黒づくめの男を見下ろした。
顔を完全に隠した特殊部隊仕様の装備を身に纏っており、体の節々には替えの弾薬と思わしきポーチも見受けられる。
装備は取り上げられ、腕も後ろで完全に結ばれてしまっているため、起きても身動きは取れないだろう。
同じように男を見下ろしながら、リリィは不思議そうに首を傾げる。
「……それで、この人を捕まえて、どうするんですか?」
「簡単な話だよ。光葉君の居場所を、彼に教えてもらうのさ」
「ミツハさんの居場所を……ですか」
会長の言葉に、リリィは納得したように頷く。
だが、すぐに首を傾げてしまった。
「……けど、喋ってくれますかね? 犯罪者ですよね、この人たち」
「……まあねぇ」
リリィの言葉に、会長はその通りと頷いた。
確かに彼女の言うとおり、この男は立派な犯罪者だ。罪を犯すなんて方法で己の目的を達成しようとしている人間たちが、さらった光葉の居場所を簡単に教えてくれるわけもないだろう。
それに、今までの相手の動きを見るに、彼らもプロだろう。そんなプロが、そう簡単にこっちの知りたい情報を話してくれるわけもないだろう。
「……けどまあ、そんな時のための切り札ってのは案外多いものだよ」
だが、会長はその辺りに関しては全く心配していなかった。
何しろここはタカアマノハラ。
「誠司君! 連れてきたよ!」
「ああ、待っていましたよ、姫宮君」
世界でも屈指の、異能者数を誇る都市。
となれば、当然、人の秘密を暴く異能を持っている異能者もいるのだ。
「くっくっくっ……俺の力が必要だと言ったな……?」
朱音に連れてこられた少年が、片手で顔を覆いながら、そう呟く。
彼を前に、会長はしっかりと頷いてみせる。
「ああ、その通りだよ。霧頃幸洋君。君の力が必要なのさ」
「くくく……」
少年……霧頃幸洋は会長の言葉に小さく笑い声を……。
「フハハ……ハーッハッハッハッ!!!」
……否、大きく笑い声をあげる。
背を逸らし、天を仰ぎ、大きく口を開け。
空に響く大きな笑い声を上げながら、幸洋は自信満々に告げた。
「いいだろう!! この俺……霧頃幸洋が持つ異能秘匿を暴く邪王黒龍を持って、貴様の望みをかなえてやろうじゃないか!!」
「頼もしいね、霧頃君」
「当然だろう!! 我が右腕に宿る邪王黒龍……その力をもってすれば、為せぬことなどありはしないのだからなぁ!!!」
再び高笑いを上げる幸洋。どこか芝居がかった仕草は、何とも言えぬ痛々しさが漂っていた。
目の前に現れた異能者を、なんと評すればよいのかわからず戸惑うリリィ。
困った果てに、朱音の方へと視線を向けた。
「あの……ヒメミヤさん……? この人、誰なんでしょう……?」
「んー。私たちと同じ学年のサイコメトリー持ち。簡単に言えば、右手で触れた相手の記憶を読み取る異能の持ち主だよ」
「……それが何で邪王黒龍なんて……」
「さあ? それは、本人のみが知るところだよ」
「ハーッハッハッハッハァ!!!!」
幸洋の態度には慣れている朱音は、なんということもなさそうに肩を竦める。
いつまでたっても笑いを止めない幸洋を、何とも言えない眼差しで見つめるリリィ。
幸洋のよく通る笑い声だけが、どこまでも木霊していった。
ある日、男の子の元に一人の男性が現れました。
その男性は言いました。男の子を、自分の息子として迎え入れたいと。
周りのたくさんの人に、男性は反対されました。
男の子は危険だ。あの子は全てを燃やす災厄の子だ。死なせないのはせめての慈悲だけれど、人が関わっていい生き物ではない。
そう叫ぶ周りの人たちを無視して、男性は男の子に言いました。
自分の子供になってほしいと。
男の子は驚きました。思わず、男性の肩に炎を灯してしまうほどに、驚いてしまいました。
男の子はすぐに火を消しましたが、これで男性の話がなかったことになると考えました。
誰も、自分のように何でもかんでも燃やしてしまう子なんか欲しくないと、思いました。
けれど、肩を燃やされても男性はすぐに炎を叩いて消して、男の子にもう一度言いました。
自分の子供になってはくれないか、と。
男の子は驚きました。燃やされても、自分に関わろうとする人は、完全に焼滅した人を除けば、男性だけだったからです。
驚き、心が高ぶり、あちこちに火が燃え上がりました。
けれど、それでも、男性はまっすぐに男の子を見据えて、男の子の返事を待っていました。
だから、男の子は言いました。
貴方の子供に、してください、と。
光葉捜索隊は、懸命の捜索を開始!
その間暁は、一撃で駿を打ち倒そうと策を練ります。
以下次回!




