Scene.91「もしや、カグツチか?」
「君たちも大概無茶をするねぇ」
「すいません、会長。イテテ……」
すっかり日も暮れ、周囲には夜陰が降りている。
あの後、じっとしていた啓太とリリィは、状況を確認した会長たちによって治療を受けていた。
薬箱片手にやってきたのは、会長と朱音の二人。
知ってはいても、実際に見ると違うのか、二人は周辺の惨状を見てかなり唖然となっていたが、すぐに気を取り直して啓太たちの治療へととりかかった。
啓太もリリィも、クーガとの戦いでの負傷は軽いものではなかった。だが、幸いにも骨折や内臓へのダメージもなく、長い休憩時間もあったおかげか、治療を終えるころにはある程度動けるくらいには回復していた。
「まあ、無事でよかったよ。久遠君から、周辺被害を聞いた時は、気が気ではなかったからねぇ」
「僕も、ここまでひどくなるとは思わなくって……」
啓太は居心地が悪そうにそう言って、頬を掻く。
「今までは先輩に協力してもらって練習していただけですから、実際の戦闘でサイコキネシスの増幅をやったのは、初めてでしたから加減もわからなくて……」
「威力だけなら、文句なしで学園最強だね、これは。第一世代がやったと言っても、信じてもらえるんじゃないかな?」
「さすがにそれは言い過ぎだと思いますけど……」
啓太は呟きながら、会長と一緒に周辺を見回す。
すっかり暗くなってしまったが、おかげで見通しが良くなり、満天の星空もよく見える。本来の場所のままなら、倉庫ビルに阻まれてほとんど空を見上げることもできないはずなのだ。
一緒に吹き飛んだ資材や物資の被害総額などは……学生の啓太には、想像もつかないものだろう。
「……どうなりますかね、僕」
「んー。まあ、そこは任せたまえ。適当に言い包めて、タカアマノハラを襲ったテロリストのせいにしておくから」
今後の自信の処遇を想像し、顔を青くする啓太に、会長は軽く言ってのけた。
「相手は犯罪者で、一部はかなり強力な異能者だってわかっているからね。言いようは、いくらでもあるさ」
「そ、そうですか……。お願いします」
言い包める、という言い方に若干引っ掛かりを覚えたものの、こんな状況を生み出した啓太になす術があるわけもない。
大人しく、啓太は会長に頭を下げた。
「おーい」
と、リリィに頼まれて、ひとっ走り買い物に行っていた朱音が戻ってくる。
じっと黙っていたリリィが、パッと顔を明るくして立ち上がった。
「はい、リリィちゃん。代わりの傘、持って来たけど……」
「わぁ! ありがとうございます、アカネさん!」
手にしたそれをリリィに渡す朱音。
リリィは満面の笑みでそれを受け取ったが、朱音は困惑した表情で首を傾げた。
「……でも、ホントにこれでよかったの? 学校まで行けば、購買部にもうちょっとましなものもあったけど……」
「いえ、大丈夫です! 騎士団でも、フレイヤ姉さまに言われて、いざという時の代替訓練はやっていました!!」
そう言いながら、リリィが振り回すのは。
「それに、日本のビニール傘はとても丈夫と聞きます! これでも、十全に立ち回って見せましょう!」
どんなコンビニにも、ごく普通に存在する、ビニール傘であった。
新品卸したてのそれを振り回すリリィを見て、啓太は少し押し黙る。
「……ホントに、大丈夫なんですかね、あれで……」
「……まあ、本人が大丈夫というのだから信じてあげよう」
同様にわずかに押し黙ってから、会長は啓太に答えた。
リリィが元々持っていた傘は、完全に使用不能になってしまったため、彼女は異能が使えなくなってしまった。
なので、代わりの品を用意するのは当然と言えたが、リリィが所望したのがビニール傘であるという点に、その場にいた全員は不安を感じずにはいられなかった。
リリィがハコニワ型であるなら、全力で止めるところである。ハコニワ型は、異能の基点となる物品が代わると、異能の質自体が変わってしまうことが多い。ぶっつけ本番の実戦に、初めて使用する物品での異能発動など、絶対やらせられない。
まあ、幸いなことにリリィはゲンショウ型である。ものが日傘からビニール傘に変わろうと、異能自体は何ら変わることなく発動できるはずである。
啓太は微かに首を振って、頭の中の不安を吹き飛ばしながら、ずっと気になった疑問を会長へとぶつけた。
「そう言えば、他の皆はどうしてます? まだ、タカアマノハラ中に異能者は現れているのでしょうか……?」
クーガとの戦いの最中に、携帯電話が壊れてしまっていたため、その辺りの情報を得ることができないでいた啓太は、そこが気がかりだったのだ。
啓太の疑問に対し、会長は笑顔で答えた。
「安心してくれていいよ。タカアマノハラに現れていた異能者集団は、ほぼ無力化に成功したと言っていい」
「! 本当ですか!?」
「本当だよ。君たちが戦っているときには、ほとんど活動らしい活動も見られなくなってね。あとは、隠れている連中をあぶりだす作業だったよ」
「よかった……」
会長の言葉に、啓太は胸をなでおろした。
これで、タカアマノハラを襲っていた危険な事象は一つ去ったと言えよう。
あとは、暴走した駿をどうにかすれば、いつも通りの平和なタカアマノハラに戻るわけだ。
安堵する啓太をにこやかに眺めながら、会長は話を続ける。
「負傷者とかも、特にいなかったね。突然捕えられなくなった駿君とか、いろいろ問題は残っているけれど……そこは新上君に任せればいいだろうしね」
「はい、そうですね……」
会長の言葉に啓太は頷く。
そして、不安げに会長の問いかけた。
「……その。先輩は、まだ見つからないんでしょうか……?」
「……ああ、残念なことにね」
会長は、啓太の問いに静かに答えた。
啓太たちとクーガが戦う寸前に、いずこかへと消えてしまった、新上暁。
その姿は、タカアマノハラ上から完全に消え失せてしまっていた。
生徒会室へと詰めていた、美咲をはじめとする遠視系異能者。啓太たち以外にもいた、タカアマノハラを巡回していた異能者たち。そして、異能という力を持たず、タカアマノハラを駆け回っている警備隊の者たち。
その全てが、ここ数時間の間、暁の姿を見ていないのだ。
「新上君の事だ。その辺りの異能者に敗れることはないだろう」
会長は言い聞かせるように言いながら、啓太の肩に手を置いた」
「なに、大丈夫さ。そのうちひょっこり姿を現してくれるとも」
「……そうですね、先輩の事ですものね」
啓太は、心のうちに湧き上がる不安を押し殺しながら、笑顔を見せた。
本当は不安で仕方がないのだ。自分が出会った少年……それ以上の異能者が、この島に来ているとしたら。
そんな相手と、暁が戦っているとしたら。
(先輩は、僕より強い……。だから、大丈夫さ)
そう、言葉にしても、不安がぬぐえるわけではない。少なくとも、姿を見ない限り、確実に安全と言えるわけではないのだ。
「ケイタさん……」
そんな啓太の姿を見て、リリィは不安そうに名前を呼ぶ。
リリィは微かに迷い、そして啓太に向かってそっと手を伸ばした。
と、その時。
グゴガァシャァァァン!!!
「ふえぇぇぇ!?」
「ちょ、なに!?」
タカアマノハラを、文字通り揺るがす爆音が響き渡る。
その場にいた皆が、音のした方へと顔を向けると、そちらの方では巨大な赤い柱がそびえ立っていた。
「ひぇ……」
「なんですかあれ!?」
慄く啓太とリリィ。
それは、炎。天を突き、全てを焼き払ってしまいそうなほど、強力な炎の柱。
あらゆるすべてを灰に還してしまいそうなそれは赤々と燃え上がり、かなり距離があるはずの啓太たちの姿すら煌々と照らすほどの強い輝きを持っていた。
そんな炎の柱を見て、会長は戦慄する。
「あれは……もしや、カグツチか?」
「カグツチって……駿君の!?」
「ああ……」
会長が口にした異能の名を聞いて、朱音が叫ぶ。
つまり、あれは駿が生み出した炎の柱ということだ。
「わかるんですか、会長!?」
「わかるも何も、あんなバカげた炎を生み出す異能者を、僕はほかに知らないからね」
カグツチの熱を受けて浮かび上がったかのような脂汗を、会長は乱暴に拭った。
「まずいな……。普段通りの駿君が、あんな炎を生み出すことはないはずだ。つまり……」
「まだ、駿さんは暴走したままってことですか……」
啓太の額にも、汗が浮かぶ。
つまり、一番の問題はまだ解決していないということだ。
このままでは、時間をおかずタカアマノハラが沈没してしまうかもしれない。
「……どうしますか!? 僕たちも、あそこに……」
「…………」
会長は黙り込む。
仮に、ここにいる全員があの場所に駆け付けたとしても、カグツチに対して有効な一撃を見込めるとも思えない。
相手はカグツチ。あらゆる全てを焼き尽くす、最強の異能なのだ。
その場にいた全員が手をこまねいている間にも、炎は猛り、燃え盛る。
まるで、タカアマノハラの全てを焼き尽くそうとするかのように……。
あるところに、男の子がいました。
その男の子には、両親がいませんでした。
男の子には、強い強い、とても強い炎の力が宿っていて、男の子が生まれたときにお母さんと、その様子を見ていて狂ってしまったお父さんを焼いてしまったのです。
そんな男の子を引き取ってくれる人がいるわけもなく、男の子は孤児院へと預けられました。
男の子の炎は、男の子の意志とは関係なく、全てを焼きました。
優しく接してくれようとした、孤児院の先生も。男の子に意地悪しようとした、施設の子も。男の子とは関係がなかったはずの、赤の他人も。
みんなみんな、焼いてしまいました。
男の子は、皆を守るために、じっと黙って全てに耐えました。
炎の力が暴走したりしないように、じっと黙って、何もしないよう、何もされ無いよう、大人しくしていました。
ずっとずっと、心を殺して耐え続けました。
そうすることで、強い強い、とても強い炎が大人しくしていると、男の子は本能でわかっていたからです。
そうすることで、皆を炎の力から守れると、男の子は分かったからです。
男の子は、ずっとずっと、心を殺しつづけました。
誰も焼いたりしないよう、誰も死なせたりしないよう、男の子はずっとずっと耐え続けました。
男の子のことを、誰もが無視するようになっても、ずっとずっと。
男の子は、耐え続けました。
暴走する駿に、単身立ち向かう暁。
不利否めない状況に、立ち上がる者たちがいた!
以下、次回!




