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Scene.89「何の真似だ?」

「キャァァァ―――………!!」

「…………ッ!!??」


 空間を叩くなどという乱暴な方法で生み出された衝撃は、白い世界を容易く打ち破り、暁たちの体を現実世界へと叩き戻してしまった。

 砕け散り、ガラスのように降り注ぐ白い世界の欠片。

 天井から輝くライトに照らされてキラキラと輝くそれを見上げながら、暁は鈍痛を訴える右腕を軽く抑えた。


「チッ。まだまだ自由に連発とはいかねぇか」


 空間にサイコキネシスで干渉するには、ただ力を放出すればよいだけではなく、針の穴に細い糸を投げ入れるような微細なコントロールも必要とされる。

 先ほどの一撃は、空間の極一点に対し、サイコキネシスによる最大威力の一撃を打ち込むことで、空間を歪ませてハンマー代わりにする技である。

 威力こそ絶大なのであるが、空間にサイコキネシスを打ち込む際、ごく一瞬で全力のサイコキネシスを放出せねばならないため、サイコキネシスを放出する際の土台にする右腕に多大な負荷がかかってしまうのだ。

 舌打ちしながら周囲を見回す暁は、そこが自分が白い世界に引き込まれる寸前まで歩いていた路地ではないことに気が付く。

 タカアマノハラの倉庫街……その中でもひときわ大きい、大倉庫とも呼ばれる場所だ。

 普段は大量の物資で満たされているはずのそこは、何故かガランと広がっており、中にはなに一つとして物資が置かれてはいなかった。


「ここは――っと」


 そこがどこなのか思い出す暁の傍で、紅蓮の爆発が巻き起こる。

 近寄ってきた爆風をいなしながら、暁は包帯男の方へと顔を向ける。

 未だ闘志を失っていない様子の包帯男を見て、暁は楽しそうに笑った。


「ヘッ……まだ、やるか?」

「………ッ!」


 包帯男は暁の挑発に対し、闘志をぎらつかせて両腕を差し上げる。

 それに応じるように、暁はまだ痛まない左腕を構える。


《待ちなさい》


 と、その時。

 二人の間を割って入るように何らかの変成器を通したらしい、奇妙な声が辺りに響き渡った。


「ッ!」

「なんだ?」


 その声の主に心当たりのある包帯男は鋭い眼差しで周囲を睨み。

 その声の主に心当たりのない暁は、胡乱げな眼差しで辺りを睥睨した。

 そうして二人は気が付く。いつの間にか、自分たちの周囲を、黒づくめの格好をした男たちに囲まれているということに。

 男たちが身に纏っているのは、まるで特殊部隊が装備するかのような物々しい装備だ。手にはアサルトライフルの様なものも握られている。今は構えられていないが、暁たちが何か不審な動きを見せれば、即座にハチの巣にできるだろう。

 それを見て、暁はため息を一つ突き、降参するように両手を上げた。さすがに三百六十度全方位から迫る銃弾を防ぐには、タイミングが悪い。右腕は、まだ痛むのだ。

 包帯男は、周囲の様子を見てもひるむことなく、即座に辺りにいる黒づくめの男に攻撃を仕掛けようとする。


《ご苦労様でした。ここまで、予定通りです》


 が、それを制するように、声が上がる。

 その声に、包帯男は顔を険しくするが、それに構わず声は続けた。


《今までのご協力、大変感謝いたします。あとは、我々で何とかいたしますので、教授様にもよろしくお伝えください》

「ふざけ、ないで……!」


 半ばから裂けた本を胸に抱え、先ほどの崩壊に巻き込まれたのか全身ボロボロの少女……アリスがヨロヨロと前に出てきた。

 姿なき声を睨みつけるように、キッと倉庫の天井を見上げながら、アリスは鋭く声を上げる。


「私たちは、貴女たちの、手駒じゃない……! 私たちは、私たちの意志で……!」

《そのことで、お伝えせねばならないことがあるのですよ》


 アリスは声の主に反抗しようとするが、声が告げた話に、目を見開くこととなる。


《クーガ……でしたか? 貴女のパートナーの名前は》

「……! それが、どうしたの……!?」

《彼ですけど、リリィとケイタさんに敗れましてね……》

「!? ウソッ!!??」


 その言葉に、アリスは悲鳴を上げる。


「クーガが……クーガが、負けるなんて!!」

《信じる信じないは貴女の自由ですけど……彼、今は全身にけがを負って、脱出用の小型艇に逃げ込んでいますよ。異界学園側の捜査網も、そこそこ広がっていますから、このままだと見つかってしまうかもしれませんね……》

「ッ!!」


 クーガの身を案じるそぶりを見せる声を呪殺せんばかりに憎々しげな表情を見せたアリスは、一瞬苦渋したようだが即座に本を広げる。

 そして本から舞い踊り始める文字たち。


「……いこう! クーガが、クーガが……!」


 アリスは前に立つ包帯男にそう、声をかけた。

 包帯男は、微かに逡巡するが、しかし暁との決着を優先しようとする。

 そんな包帯男を見て、暁はアリスの方を示してみせた。


「……行ってやれよ? 呼ばれてんだろ?」

「………」


 暁の言葉に、包帯男は反抗するように一歩前に出る。

 そんな男の様子に焦れたように、アリスは叫んだ。


「ショウタロウ!!」

「………ッ」


 自らの名を呼ばれ、包帯男……ショウタロウは恥じ入るように舌打ちすると、アリスの元まで下がる。

 そんなショウタロウの姿に苦笑を見せながら、暁は中指を立てて見せた。


「いつでも、好きな時に殺しに来い。俺は逃げも隠れもしねぇよ」

「……ッ」


 あくまでも余裕を崩さない暁を、憎々しげに睨みつけるショウタロウ。

 その姿はアリスが生み出した文字の吹雪に隠れ……そして消える。

 暁は知る由もないが、アリスの異能によって今一度完本世界(ブックオブワールド)の世界へと逃れたのだろう。

 ショウタロウとアリスが消えたのを確認すると、暁の笑みは鳴りを潜め、普段通りの面倒くさそうな表情で、自らを包囲している黒づくめ達ではなく、その上にある誰もいない廊下を見やる。


「……で? 何の真似だ? メアリー」

「………」


 暁がここにいるはずのない少女の名を呼ぶと、わずかな沈黙ののち誰もいなかったはずの場所に一人の少女が現れる。

 金髪の髪を軽く掻き上げながら、やや困惑したような表情で少女……メアリー・ストーンは口を開いた。


「……気づいていたんですか?」

「いや、確信はなかった。ただまあ、怪しいと思ってたんで名前を呼んでみた」

「そうでしたか……」


 メアリーは、階下にいる黒づくめ達とほぼ同じ装備を着ていた。

 まだ幼さも残っている少女が、成人男性が着るような物々しい装備を着ているというのに、妙に似合っていた。

 メアリーは耳元から変成器に繋がっていると思われるマイクを外しながら、暁を見下ろす。


「もし、よろしければ、どの時点であやしいと思ったか、聞かせていただけませんか?」

「聞いてどうする?」


 普段の態度を崩さない暁に向けて、メアリーもいつも通りの笑みで答えた。


「今後の参考にさせていただきます」

「そうか」


 暁は一つため息を突いた。


「……サイコキネシスの微弱な波動を周辺に投射することで、死角からの攻撃や目の届かない範囲にあるものを探る技術がある。クソアマ……フレイヤ・レッドグレイブなんかが目標地点を定めるときにやる奴だな。念動結界と個人的に呼んでるんだが、俺は普段からそれを張り続けてんだ」

「なるほど……それで?」

「フン。俺のサイコキネシスの腕前は知っての通りだろう? どれだけ隠そうが、見えなくしようが、物そのものがなくなるわけじゃねぇ」


 片目を眇め、メアリーを見上げ、暁は口を開く。


「テメェが自分の異能を披露した時……手首からワイヤーの様なものを発射してたな? 目には見えなかったがな」

「……なるほど、ナノ単位の細さのワイヤーだったんですけれどね」


 メアリーは降参とでもいうように片手をあげ、袖をまくる。

 袖の下から現れたのは、小さな、本当に小さな小型の機械と糸の巻き取り機だ。


「お察しの通り……あの時みせた私の異能は、ただの機械です。私の本当の異能は――」

「自分の体、そして身に付けた物を完全に透明化する、光学迷彩系のゲンショウ型異能……だな」

「ご名答」


 自らの答えを待たず断言してみせた暁に笑って見せ、メアリーは自らの体を消してゆく。

 着ている衣服が透けてゆき、その下にあるはずの肉体も見えなくなってゆく。


「私が神より賜った異能……その名を存在消失(アバター・イレイズ)と言います」


 やがてメアリーの姿は完全に消え、声だけが倉庫の中に響き渡る。


「ごらんのとおり、私の姿を隠すことしかできない、そんな脆弱な異能なのです」

「一ヶ月くらい前からあった、中央塔を含めた侵入者騒ぎは、テメェが主犯格ってわけか?」

「その通り。姿を消すだけの異能なので、道案内は中の方にお願いしなければならなかったのですけれどね」


 悪びれもせずそう言いながら、メアリーは、暁の目の前に姿を現した。

 ほとんど音もなく近づいてきたメアリーの姿を見て、暁は目を細める。


「フン……悪くねぇ異能だな」

「ありがとうございます」


 暁の賞賛に、メアリーは笑顔を見せる。

 もっとも、賞賛しているように聞こえないほど低音で、敵意の籠った賞賛であったが。

 しばし、沈黙が流れる。


「……聞かれないんですね。何故、私たちが来たのか、とか」


 先に沈黙を破ったのはメアリーだった。

 そんなメアリーの問いに、暁は答える。


「お前は俺の敵だろう? まさか、とち狂ってお友達にでもなりに来たのか?」

「できれば、私たちの大願のために、お手伝い願いたいのですけれど」

「寝言は寝ていいな」


 唾を吐きながら言い捨てる暁。

 その返答は予想できていたのか、メアリーは特にショックを受けた様子もなく、頷いた。


「貴方なら、そうおっしゃるでしょうね。なので、違うことをしていただきたいのです」

「違うこと?」

「ええ。例えば……」


 メアリーはちらりと横を見やる。

 暁もつられてそちらの方へと視線を向ける。

 黒ずくめの男たちは彼らの視線を受け、波が引くように両脇に引いていく。

 その中から現れたのは。


「……駿?」


 異世駿だった。

 体から出ている炎はゆらゆらと陽炎か何かのように立ち上っていて、俯いているせいで表情は窺えない。


「彼と、戦っていただくとか?」


 ニッコリと笑ってそう言いだすメアリー。

 暁は、彼女の瞳が欠片も笑っていないことに今更気が付く。


「挑まれているのでしょう? 彼に」

「………」

「でしたら、ぜひ、今日勝ってくださいな。これからここを去る、私の記念になるように」


 メアリーはそう言いながら、暁から一歩二歩と離れていく。

 駿は、ゆっくりと暁の方へと近づいてきていた。




 明かされるメアリーの正体。

 そして、現れた駿。どうなる!?

 以下次回!

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