Scene.8「……乱暴者」
「――今回のも、なんかめんどくさそうな話だな……」
メアリーとリリィが会長の話に聞き入っていると、資料を読み込んでいた暁がそんな声を上げる。
二人がそちらの方を向くと、実にめんどくさそうに頭をボリボリ掻いていた。
そんな彼の言葉に、会長が不思議そうな顔になった。
「うん? そうかい? いつも通りだろう?」
「いつも通りだから言ってんじゃねぇか……。条件は無傷で全員捕縛。何人いるか、あるいはどういう後ろ盾があるかは不明……」
資料を放り出して、暁は天井を仰ぐ。
「敵の装備もよくわからねぇ。その規模も一切不明……。これって百万くらいもらってもおかしくない仕事だろ? でも実際に入ってくるのは二十万ちょっと……割に合わねぇよ」
「が、学生が稼ぐ額じゃないのでは……?」
暁の言葉に、メアリーが額に汗を浮かばせる。
二十万と言えば、新卒大学生の初任給相当だ。手取であるならば、新卒ではとても手が届くまい。
だというのに、割に合わない。暁が傲慢なのか、本当にシビアなのか……。相場が判らない彼女には測りかねる話だった。
彼女の様子に気が付いた会長は、苦笑してみせた。
「まあ、場合によっては相手が銃器等で武装しているからね。危険手当も込みさ」
「危険手当で二十万程度って割に合わねぇだろ」
「代わりに、しっかりこなせば減額もないんだ。文句を言っては、罰が当たるよ」
「へいへい……」
ガシガシと頭を掻きながら、暁は本を読み続けているつぼみの方を見た。
「近衛ー。今回も頼まぁ」
「………」
暁の言葉に小さく頷き、つぼみは立ち上がる。
手に持っていたハードカバーの本を本棚にしまい、代わりに白無地のブックカバーをかけられた文庫本を手に取った。
そして、振り返る暁にひとこと。
「見料は、成功報酬の一割」
「……チッ。前払いじゃねぇだけ良心的か……。わかったよ」
「契約成立」
舌打ちしながらもつぼみの言葉に同意する暁。
つぼみは満足そうに頷きながら、暁が放り出した資料の上に文庫本を広げる。
だが、肝心の文庫本には何も書いていなかった。
一連の様子を不思議そうに見ていた啓太が、暁の制服の裾を引っ張った。
「あの、先輩。今のやりとりの意味は……?」
「あ? ……そういや、お前、近衛の能力知ってたか?」
「いえ……そもそも、先輩がそんな危険な仕事してたなんて知りませんでしたし」
啓太は首を横に振って見せる。
実際泥棒が出るだけでも驚きなのに、それが生徒会に仕事として回ってきたり、場合によっては銃器が出るなんて言われてしまい、頭が混乱してきている。
暁はそんな啓太の様子に曖昧に頷きながら、顎をしゃくってつぼみを示した。
「まあ、見てりゃわかるよ」
「見てればって……」
暁のいい加減な説明により困惑する啓太。
だが、つぼみの能力に関してはすぐにわかった。
「………」
じっと白い文庫本を見つめているつぼみの前で、文庫本が薄く輝き始める。
色は黒。まるでインクが染みだしたかのような黒い煙状の何かが、ページの表面から登り始めたのだ。
「……え?」
「ええ?」
啓太とリリィ。年少二人組が思わず文庫本を覗き込む。
ページから黒い煙を発しているというのに、文庫本の表面は相変わらず白いままだった。
二人が見ている前で、変化はさらにおこる。
「………」
文庫本の変化に呼応するように、つぼみの全身からも湯気のような光が立ち上り始めたのだ。
色は当然黒色。だが、つぼみが燃えているわけではない。
「こ、近衛先輩!?」
「え、なに? なんですか!?」
突然の出来事に慌てふためく二人の前で、ついに文庫本に変化が現れる。
ページの上に何も置かれていないのに、その表面に文字が浮かび始めたのだ。
「「え!? 文字が!?」」
思わず叫ぶ啓太とリリィ。
その言葉を聞いて、暁が立ち上がった。
「さすがに資料がそろってると早いな」
「当然。消える前に、読んで」
「おう」
ぶっきらぼうにそう言うつぼみに答え、暁は本を覗き込んでいる啓太を押しのけ、文庫本に浮かんだ文字を追い始めた。
訳が分からず混乱する啓太。そんな彼の肩をちょいちょいと会長が叩いた。
「さて。そろそろ説明してあげよう。マリル君もおいで」
「あ、はい」
「というか、何かする前に説明が欲しかったです……」
「ハハハ、すまない。いろいろ言うより、まず見た方が分かりやすいと思ってね」
いたずらっ子の表情で笑い、会長はまだ黒い湯気を立ち上らせているつぼみの背中を示して見せた。
「彼女の異能の名前は白紙の予言書。ああいった、何も書かれていない本を媒体に発動するハコニワ型の異能だよ」
「ハコニワ型の……」
啓太は納得したように頷く。
異能者単体で成り立つゲンショウ型と違い、ハコニワ型は異能者自身とは別に何らかの条件を必要とする。
限定的な状況でしか発動できないのがネックだが、異能強度はゲンショウ型を上回ることが多く、爆発力という点においては極めて高い評価を得やすい異能だと言える。
「白紙の本を、読みとりたい情報を書いた資料の上に乗せ、近衛君が読み取りたい情報を思い浮かべることで、対象の情報を読み取ることができる異能なのさ」
「その情報の種類は、対象の性別や名前なんかは当然として、詳しい資料さえ存在すれば、対象の未来なんかも予測できる、優れた異能なのですよ」
「未来予知もできるんですか!?」
未来予知。それはいまだ見果てぬ人類の夢とも言える領域の一つ。
未来さえ予知することができるようになれば、あるいは人類は先の見えない恐怖から永遠に開放されるかもしれないとも言われている。
慄くようなリリィの声が聞こえてきたのか、つぼみが口を開いた。
「……そこまで万能じゃない。先を読もうとするなら、完全な情報が必要になる」
じっと文字が浮かび上がり続けている文庫本を見下ろしながら、心の奥が見えないような声色で彼女は続けた。
「対象の人数、名前、性格、そして目的……。十全なそれらがあれば、そもそも私に出番はない」
言いながら、つぼみは瞳を閉じる。
それを合図にしたかのように、彼女と、そして本から立ち上っていた黒い湯気は消えて失せた。
「情報は力……。力を持つのであれば、見えない未来に恐れる必要なんて、ないから」
「だが、不完全なままじゃ、できることもできなくなる。見えない足場を全力で踏む趣味はないんでな」
いつの間にか用意していたらしいメモ帳に、つぼみが読み取った情報を書きうつしたらしく、暁は満足そうに頷いていた。
「ふむ、ふむ……。どこの連中かまでは分からんが、人数と装備がわかりゃあ十全。相変わらずいい仕事してるじゃねぇか」
「いい仕事かどうかはわからない。あくまで、私の異能は――」
言いかけたつぼみの言葉を封じるように、暁は彼女の頭の上に手を置いた。
グイッと頭を押されて、つぼみがうめき声をあげる。
「ウグッ」
「一番高い可能性を示唆するだけだろ? わかってるからいちいち言う、な」
「ングッ」
もう一度グイッと力強く頭を押して、暁は手を離した。
つぼみは両手を振り回し、クラクラとバランスを崩す。
痛むのか、両手で頭を押さえながら、涙目で暁を睨みつけた。
「……乱暴者」
「そういう性分でね。さて……」
つぼみの抗議を歯牙にもかけず、暁はメモ帳を見下ろしながら思案を始める。
そんな彼の邪魔にならないように大人しくしながら、啓太は会長に問いかけた。
「……それで、近衛先輩の異能って、どのくらいの率で当たるんですか?」
「さて、情報量にもよるけれど……今回くらいだと、七割弱ってところじゃないかな」
「七割……」
つぼみが未来を予測するのに使った資料は、A4のコピー用紙で五、六枚ほど。
表にはびっしりと文字や何かの図などが書かれているが、暁の言葉からすれば、捕縛対象に関する情報は存在しなかったはずだ。
つまり守るものに関する情報だけが提示されていたはずだが、つぼみはそこから敵の人数と装備を予想してみせた。
その上で七割の確率で当たるというのであれば……。
「……近衛先輩の予想って、もしかしなくても百発百中ですか……?」
「そうだねぇ。予想が若干ずれてたりはするけれど、誤差の範囲で済む程度だよ」
「すごい……」
会長の言葉に、リリィが息を呑んだ。
つまり彼女の能力は、ある程度情報があれば十分な未来を予想してみせるということだ。
天気予報程度の率で、見も知らぬ敵の動向を探れるというのであれば、彼女の異能は十分すごいと言えるだろう。
「そうだね。今のところ、彼女を上回る予知能力の持ち主には、あったことがないかなぁ」
「そもそも、ハコニワ型で予知っていう人が少ないですしねぇ」
ぶつぶつ何かを呟く暁の背中を恨みがましく睨み続けるつぼみを、生暖かい眼差しで見つめる美咲。
彼女は笑いながら、過去あったことがあるらしい予知能力者のことを口にした。
「“俺は天才だぁ!”というのが口癖の、ゲンショウ型の予知能力者にあったことがあるんですけどね」
「どんな人だったんですか?」
「いえ、予知は完璧らしいんですけど、五秒先の未来が見えるとかで」
「……それは、なんていうか」
五秒先の未来が見えるだけでは、せいぜいが危険回避くらいしかできないのではないだろうか。
反応に困り、啓太は思わず半笑いの表情を作ってしまう。
彼の気持ちがよくわかるのか、美咲はケラケラと笑い声をあげる。
「まあ、戦闘とかになればかなり有用な能力なんでしょうけれどね! その男、思いっきり文系でして、そっち方面もダメだったっていうね!」
「はぁ……」
笑えばいいのか同意すればいいのか迷い、啓太は首をかしげる。
そんな彼の頭を、ガッシと暁が掴んだ。
「うっし。ちょっと付き合え古金」
「え。なんですか先輩」
「大丈夫だ。依頼主に掛け合って、お前にもきちんと報酬が出るようにしてやる」
「ちょ、先輩!?」
ずるずると啓太を引きずりながら、暁は生徒会室を出ようとする。
訳が分からず啓太は暁の手を振りほどこうとするが、地味にサイコキネシスで強化しているのか剥がれる気配がない。
「待ってくださいって!? せめて、どんな人たちが来るとか!?」
「貫徹だけど大丈夫だ。委員会からの仕事だから、明日は公休にしてもらえるぞー」
「まさかの貫徹!?」
「あ、駿。甚だ不安で仕方ないが、今日は光葉と二人で帰ってくれ。俺はこっちで仕事するから」
「わかりました。せめて貞操は守り通したいと思います」
『今日は二人きり、今日は二人きり――』
「欲望が漏れてんぞ光葉。大丈夫かホントに……」
黒い影文字が髪の毛の隙間からボロボロ落ちていく様を見て、一瞬不安に思う暁。
だが依頼を受けないという選択肢はないのか、ため息をつきながら啓太を引きずって生徒会室を出る。
そんな彼の前に、小柄な影が飛び出した。
立ちふさがるように手を広げ、傘を突き付けたのはリリィだった。
「待ちなさい、アラガミ・アカツキ! か弱いケイタさんを連れていったいどこへ」
「ちょうどいい、お前も来い」
「きゃひん!?」
だが、セリフを言いきる前に暁が彼女の頭を捕え、啓太と一緒に引きずっていく。
ずるずると二人の後輩を引きずる暁の背中に、メアリーが声をかけた。
「ちょ、離し、離しなさい!?」
「あ、アカツキさん!? リリィまで……!」
「社会科見学ってことで連れてくぞー」
「え、あ、はい! お願いします!」
暁の言葉に、思わずといった様子で頭を下げるメアリー。
暁の手から逃れようと暴れるリリィ。そしてすべてをあきらめたように引きずられるままになる啓太。
鼻歌交じりに二人を引きずる暁の姿は、どこまでもシュールだった。
依頼現場に向かう途中、やっぱり気になったのか啓太が暁に問いかけた。
「……で、先輩。ホントに大丈夫なんですか?」
「あ? 大丈夫大丈夫」
心配性な後輩に、暁は笑顔でこう抜かした。
「泥棒がちょっと拳銃装備してやってくるだけだから」
「まさかの武装泥棒ー!?」
啓太の悲鳴が、むなしく学校の廊下に木霊するのであった。
いきなりの武装犯の登場に、オラハラハラするぞ!(主に辻褄合わせに)
まあ、異能者にはこれくらいしないと勝てないってことで一つ。
それではまた次回ー。