Scene.88「我流念動拳………!!」
ひときわ強い爆発と振動が、白い世界の中に響き渡る。
暁と包帯男の異能がぶつかり合い、一際大きな破壊跡を残したのだ。
黒煙が白い世界の中に満ち、二人の姿が煙の中へと消えた。
「クックックッ……」
煙の中から暁の低い笑い声が響く。
次の瞬間、サイコキネシスによって黒煙が吹き払われた。
「ハハハ、ハーッハッハッハ!!!」
天を仰ぎ見、体を逸らし、大きく口を開け、暁は笑う。天まで届けと言わんばかりに。
暁の哄笑が響き渡る中、彼の前方で爆音が響き渡った。
赤い炎が黒煙を吹き払い、その中から包帯男が現れる。
「………」
包帯男はゆらりと立ち上がりながら、暁を睨みつける。
一種異様な殺気を込めたその視線を受け、暁は凶悪な笑みを深めた。
「ハーッハァ……いいね、いいねぇ。さいっこうだよ……。そう言えば久しく忘れてたよ……。異能ってのは、こう言うもんだよなぁ……!」
暁が笑みを深めると、彼の足元に罅が入り、大地が揺れたようにさえ感じられる。
彼を中心にサイコキネシスの波動が放出されているのだ。
周辺に拡散するサイコキネシスの波動は、アリスが生み出した世界を容赦なく破壊していく。
「己の意志を……力を、知識を、努力を……! あらゆる全てを磨き、練りあげ、積み重ね……! その果てにある道を目指すもんだよなぁ!?」
「―――」
暁の言葉に応えるように、包帯男の周囲で爆炎が巻き起こる。
マグマか何かのように、ひび割れた白い大地の間から湧きあがった爆炎は、天を突き赤々と燃え上がる。
「ハハハァ!! テメェが誰かは知らねぇが、嫌いじゃねぇゼテメェの様な奴ぁ……。どんな理由であれ、自らの研鑽を怠らない、そう言うまっすぐな奴はなぁ!!」
「―――」
男は両手を差し上げ、指を高らかに鳴らす。
瞬間、吹き上がっていた炎がくねり、唸りを上げて暁へと突き進んでゆく。
触れれば焼滅必至だろう。
暁は腕を差し上げ、サイコキネシスでバリアを張る。
紅蓮の爆炎は一瞬だけサイコキネシスのバリアと拮抗したが、あっけなくバリアを破壊する。
「おっとぉ!」
暁はおどけたようにそう言いながら、サイコキネシスで自身を強化しその場から飛び退く。
紅蓮の爆炎は暁のいた場所を一瞬で焼き尽くすが、それだけにとどまらず暁を追ってその身をくねらせる。
まるで内部で爆弾が爆ぜているかのように、何度も瞬いている。
「ハハッ! 本来はその場で爆ぜるだけの爆炎を……!」
バックステップで迫りくる爆炎から逃げる暁は、笑いながら包帯男の方を見やる。
「普通のパイロキネシスのように操るとはな!」
「―――」
男は暁に答えず、再び指を鳴らす。
すると、男の背後からさらに二本、爆炎の大蛇が姿を現した。
これもまた、内部が幾度も瞬いている。
ただの炎ではない。暁の言葉通り、爆炎が炎のようにその場に留まっているのだ。
「パイロキネシスはいくらでも見てきたが、お前みてぇなのは初めてだな!!」
暁はそう賞賛し、一際大きく飛びのく。
自らを追いかける爆炎を見ながら、暁は片手を上げた。
「なら、俺も全力で行かねぇと……失礼にあたるよなぁ?」
にやりと笑う暁を見て、男は表情を険しくする。
舐められている。そう感じたのだろう。
暁を追う爆炎の勢いと大きさが、一際強くなる。
自らのサイコキネシスさえ打ち破ったそれを前にしても、暁は不敵な態度を崩さなかった。
「我流念動拳……」
「―――ッ!!」
包帯男の声なき声が響き渡る。
そして暁の体を、巨大な爆炎が飲み込んだ――。
――そう、見えたはずだった。
だが、爆炎は暁へと激突する寸前、まるで初めからそうであると決まっているかのように、暁を避けて別のところへと向かって行ってしまった。
「……っ!?」
それを見て、包帯男の顔が不可解な表情に歪む。
彼は、暁に爆炎を叩き付け、その体の全てを焼き尽くすつもりだったのだ。
だが、現実は違った。爆炎が自ら、暁の体を避けて通ったように見える。
包帯男は、自らの両手を見下ろす。
先ほど、操っていた爆炎。あれは間違いなく直進させていたはずだ。
暁の目の前に迫ったときも、その傍を通った時も。自らが操っていた爆炎に違和感はなかった。
普通、自らの操っている異能に何らかの干渉があった場合、すぐにわかるものだ。異能とは、己の新たなる五体……異能強度にもよるが、微かにでも自らの体とつながっている感覚はあるものだ。
殴りかかった腕を捩じられれば痛むように、自らの異能に干渉されれば違和感や頭痛を覚える。
だが、暁のことを避けるように爆炎が突進んだ際、そのような感覚は一切なかった。
包帯男の感覚からすれば、爆炎は狙いを違わずまっすぐに進み、暁の全身を真っ黒に焦がしていたはずなのだ。
だが、現実に、爆炎は暁を避けて進んだ。
突然の異常を前に狼狽える男に、暁が声をかける。
「……不思議か? 不思議だろうな」
男が顔を上げると、暁はニヤリと笑いながら腕を上げていた。
「何故、自分の出した炎が、自分の意図しない方向へねじ曲がったか……知りたいか?」
「ッ!!」
男は答えず、再び爆炎を暁へと差し向ける。
爆炎は今度こそ狙い違わず暁へと突き進み。
「知っておいて、損はないぞ?」
再び、暁の体を避けるように曲がり、地面へとぶつかった。
暁は笑いながら前へと進み、燃え上がる爆炎をサイコキネシスで吹き飛ばす。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからずとも言う……。この場で、そしてお前になら教えても構わない」
不敵な表情で、包帯男を見る暁。
包帯男は暁の言葉には応えなかったが、静かに暁の隙を窺い始める。
男の様子に、暁は同意を得られたと考え、ゆっくりと説明を始めた。
「――サイコキネシスは、種々様々な異能の中で、もっとも単純な異能だ。念動力場を展開し、物体を持ち上げる。力場を衝撃波のように打ち出す。力場で壁や足場を作る……。物に念動力を宿して手足のように動かすなんてのもある。世界で最も数の多い異能であり、力の強弱の幅ももっとも広い。人によっちゃ爪楊枝をへし折るのもおぼつかない奴もいれば、都市一つを一瞬で押しつぶすクソアマもいる」
朗々と自らの異能に関して喋る暁。
いつになく生き生きとしている。メジャーすぎる自らの異能を解説する機会なぞ、ほとんどないせいだろう。
「同じサイコキネシスでも、効果や威力が様々変わる。同じ物体に宿すタイプでも、傘に力場を展開するだけの奴もいれば、トランプを飛ばしたり壁にしたりする奴もいる。これだけ千差万別の種類を持つサイコキネシスを、研三のおっさんは“森羅万象に干渉する異能”とも呼んでいる……」
暁はそこまで説明し、油断なく構える包帯男を見る。
「……なら、どんなものにも干渉できると思わねぇか? 燃やすだけのカグツチと違って……ありとあらゆるものによ?」
「ッ!!」
瞬間、暁の足元から爆炎が立ち上る。
暁が話している間に、異能の力を足元へと伸ばしていたのだろう。
だが、その一撃もあっけなく暁からそれて進んでいく。
足元からの、完全な不意打ちだったが、あっけなくいなされた。
「………」
包帯男は目を細め、暁の周辺を注視する。
その時、包帯男には暁の周辺が歪んでいるように見えた。
包帯男は微かに目を見開く。
そんな包帯男の様子に気付いてか気付かずか、暁は見せつけるように片手を上げた。
「今、俺がお前の攻撃を防いでみせたのは、当然サイコキネシスじゃねぇ。残念なことに、俺のサイコキネシスはダイナマイトの爆発を防げるパワーはないんでね。だが……」
暁は、手を握りこむ。
「爆発の方が、自分から避けるんであれば別だ」
キィン……と何かが強く張り詰める音がした。
それと同時に、暁が握った拳の周辺が歪む。
彼の拳に向かって、何かが収束しているかのように。
「例えばの話……爆発の通り道があれば、爆炎はそれに沿って進むよな?」
言いながら、暁は手を引っ張る。天井のスイッチひもを引くように。
それに伴い、拳の歪みも引っ張られる。
「俺が今やって見せたのは、まさにそれさ……」
暁は、手を離す。
瞬間、彼の手元からパァン!という乾いた破裂音が響き渡る。
同時に包帯男の傍に衝撃が届く。
風が動いたわけでも、サイコキネシスの念動力が届いたわけでもない。
まるで……空間そのものが衝撃を発したかのような感覚。
暁は手を広げ、はっきりと告げる。
「サイコキネシスで空間を掴み、歪ませた……。それが、お前の攻撃を防いだ方法の正体だ」
「…………!?」
暁の言葉に包帯男の瞳が不可解そうに揺れる。
つまり、暁はこう言ったのだ。
サイコキネシスで空間に干渉し、それによって爆炎を防いだ、と……。
ありえない。そうとでも言いたげに首を振る包帯男を見て、暁は笑った。
「ハハハ、そう難しくはねぇんだよ……。そもそも、サイコキネシスの基本は空間への力場の投射だ。つまり、大抵のサイコキネシスは空間に干渉できる。あとは、空間を歪ませるのに十分なパワーと、空間を掴めるコントロールさえあればなんとでもなる……。コントロールはともかく、パワーは不安だったんだがな。俺のサイコキネシスでも案外何とかなる程度で助かったぜ」
飄々と言ってのける暁の拳が、サイコキネシスの力場を得て、淡く輝きはじめる。
「まあ、今はまだあらかじめ準備しておかなきゃバリアみてぇにゃ歪ませられねぇ。今はもう解いちまったから、今なら攻撃は通じるぜ?」
嘘か真か、そんなことを言い出す暁。
包帯男は、彼の言葉に迷いを見せる。
それが事実なのか、ブラフなのか。判断しかねたのだ。
いや、そもそも空間を掴むなどと言い出した暁の言葉そのものを信じかねたのかもしれない。
だが、それが致命的であった。
「ただまあ……」
空間を、サイコキネシスで掴める、ということは。
「もう、防ぐ必要はねぇんだがな」
空間そのものを……サイコキネシスでの攻撃に利用できるということなのだ。
暁は体を捻り、腕を大きく振りかぶる。
引き絞られた弓のように体がしなり、一際大きくサイコキネシスを宿した拳が輝く。
「見せてやるよ……! 空間そのものを利用した……俺の最大威力……!!」
「………ッ!!」
包帯男は、暁の言葉に素早く指を鳴らす。
彼が指を鳴らすたびに、爆炎が大きく伸び上がり、暁へと向かって突き進む。
だが、それらが暁へと届くよりも。
「我流念動拳、奥義………!!」
暁が、拳を振り抜く方が早い。
「震空正拳突きぃッ!!!!」
暁の拳が、目の前の空間を力強く叩く。
聞いたことのない、何か大きなものがひどく撓む音が、周辺に響き渡る。
瞬間……完本世界は容易く破壊された。
空間を利用した、暁の超必殺技……! 3ゲージ消費、全画面、防御不可能な必殺技みたいなもんです。
さて、戦い終わって、暁はどこに出る?
以下、次回!!




