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Scene.87「彼でも、勝てるかどうか……」

 ヨーロッパの片田舎に、本の好きな少女が生まれた。

 祖父の残した大量の書籍に囲まれ、その中で育った少女は、いつしか本に関わる異能を習得した。

 完本世界(ブックオブワールド)と呼ばれるその異能は、白紙の本に名前を書き込むことで、本の中にその存在を引きずりこむ異能である。

 本の中の世界は、少女の思い通りの場所となり、本に引きずり込まれた存在を攻めたてることができる。

 落とし穴に落とすのも、無機質な殺人人形に攻撃させるのも、少女の思い通りというわけだ。

 と言っても、全ての存在を引きずりこめるわけではなく、ある程度の条件は存在する。

 まず、引きずりこめるものの限界。最大でも、大柄な成人男性程度までの大きさのものしか引きずり込めず、車のような大きなものを引きずりこむことはできない。

 そして引きずり込む場所の限界。近くにいるならともかく、遠くにいる存在を引きずりこむ場合、その存在がいる場所の名前や建物の名前、さらには部屋の名前、対象が座っているのか、立っているのか、何かしているのか、何もしていないのかなどなど……引きずり込もうとする相手の細かな状況を即座に書き込む必要があるのだ。

 つまり、本の中の世界は状況の変化に極めて弱い。異能の保有者である少女が本の中の世界に入り込む場合、まずは基点となる場所の名前を書き込む必要がある。その場所が、都市や巨大な建物の様な不動のものであれば本の中の世界は極めて安定するが、飛行機や船といった場所を移動するようなものを基点にしようとすると、本の中の世界は極めて不安定となる。極端な話、本の中の世界をまともに保っていられなくなるというべきか。

 物を運ぶには不向きであるが、人知れない拠点とするにはちょうど良い。そんな異能が少女……アリスと呼ばれる少女の持つ異能、完本世界(ブックオブワールド)であった。

 教授によってもたらされたこの異能を、アリスは誇りに思っていたし、強い自信も持っていた。

 たとえ本の外にいるときは力の弱い少女であっても、中に引きずり込んでしまえば好きなようにいたぶることができる。そして、そのことは外部の人間にばれることは決してないのだ。

 この異能があったからこそ、両親を殺し、大好きだった祖父を自殺に追いやった快楽殺人者(シリアルキラー)も、誰に咎めることもなく殺すことができた。

 そして教授に会えたからこそ、クーガや、自分のような境遇の友達たちに出会うことができた。

 アリスは、自分の異能に絶対の自信を持っていた。

 教授や、その仲間たちにはおとっても、それ以外の異能者に自分の異能が劣るわけがない、と。






 チカチカと、烈火が爆ぜる。

 瞬間、響き渡る轟音。

 紅い炎が、どこまでも白い大地を煌々と照らし、焦がしてゆく。

 立ち上る爆炎の前に立つ、顔全体に包帯を巻いた男は静かに爆炎の前に立っていた。

 男の目が、すっと細められる。

 瞬間、男は自らの足元を爆破して、その勢いで天高く飛びあがった。

 一瞬遅れ、男の立っていた場所を巨大な念力が抉り取る。


「ハッハァ! いい動きだ!」


 炎が……いや、炎の中に立つ誰かが愉快そうに言い放った。

 バオッ!と布を翻すかのような気軽さで、炎を吹き飛ばした誰か……新上暁は天高く飛びあがった男を見て笑い声を上げた。


「クッハハハ!! そうか、飛べるか! なら、これはどうだ!?」


 そう叫び、手を差し向ける。


「落ちろぉ!!」


 暁の叫びと同時に、念力が包帯男に向けて解き放たれる。

 男の元に、一瞬で念力が届く……が、男の目の前で爆発が起こる。

 まるで念力を遮るかのようなその爆炎を見て、暁の笑いが深くなる。


「ハッハハハァ!! いいねぇ! サイコキネシスを相殺するかぁ!?」


 そのまままっすぐ地面に降りた男は、着地点で爆発を起こし、自らの落下の勢いを殺す。

 そして、素早く両手を上げ、暁へと差し向ける。


「―――ッ!!」


 男は暁を睨みつけ、指を鳴らす。

 赤い導火線が現れ、暁に向かってまっすぐに伸び始る。

 あたかも蛇のように蛇行し、空中を走る導火線を見ても、暁は笑いを収めない。


「ハッ! 届くかぁ!?」


 暁は軽く前かがみの姿勢になり、地面を蹴る。

 地面の爆ぜる音と共に、暁の体が一気に加速した。

 加速した暁は、日本の赤い導線の間をすり抜け、そのまま包帯男へと肉薄する。


「シャァッ!!」


 大きく拳を振りかぶり、そのまま男へと叩き付ける。

 男は腕を交差させ、暁の拳を受け止める。

 人を殴ったとは思えないほど大きな音が響き渡り、暁の拳、男の腕、双方から骨が軋みを上げる嫌な音が聞こえてくる。


「シャァラァァァ!!」


 だが暁はそれに構わず、そのまま殴り抜ける。

 包帯男の体が、勢いよく後ろへとすっ飛んでゆく。

 それに追撃をかけるように、暁は飛び上がった。


「オオォォォォ!!」


 通常、人間の体は斜めには落下できない。

 推進装置を持たない、生身の人間では、重力に逆らうことはできない。

 だが、暁は自らの背中にサイコキネシスをぶち当て、まっすぐ斜めに落下する。

 砲弾か何かのような勢いで、暁の体は男へ向かって突き進んでいった。


「ッラァァァァァ!!」

「ッ!!」


 暁に殴り飛ばされた男は素早く体を起こし上げ、腕を上げる。

 そして指を鳴らす。

 宙を走る導線は、今度こそ狙い違わず暁の体へとヒットする。

 爆音とともに、爆炎の中に暁の体が消える。

 だが、すぐに暁は爆炎を突き抜けて現れる。


「ッァァァァァァアアア!!!」


 その体に、傷がついた様子は、ない。

 包帯男は、横っ飛びに暁に一撃を回避する。

 男に避けられ、暁の体が地面に叩きつけられる。

 と、同時に周囲に拡散する念動力場。おそらく、これが先ほどの爆炎を防いだのだろう。

 包帯男はそのまま腕を向けて、指を弾く。


「ハッ!」


 それに対し、暁は笑いながら腕を振るう。

 そして爆ぜる烈火。中空で迎撃された男の赤い導線が、暁のサイコキネシスによって迎撃されたのだろう。

 だが、男は再び指を弾く。

 走る導線。

 対し、暁は再び腕を振るう。

 再び、烈火が爆ぜる。

 鳴り響く、指音。

 風を切る、暁の腕。

 爆音。


「ッッッッッッ!!!」

「ッララララァ!!!」


 両者、一歩も引かぬ異能の撃ち合い。

 幾度もの爆炎が上がり、そのたびに黒煙が辺りへと広がってゆく。

 白い大地が爆炎により煤け、ひび割れ、穴が開く。


「――ッ!!」

「オオァ!!」


 そして、互いの最大威力がぶつかり合う。

 目に見えないサイコキネシス。

 赤く燃え上がる、巨大な爆炎。

 二つの異なる力が、正面からぶつかり合い、拮抗する。

 サイコキネシスと爆炎が、互いに巨大な球形に膨れ上がり、そして崩壊する。

 轟音と共に、周辺に爆炎と衝撃波が拡散し、辺りのものを吹き飛ばす。

 包帯男は自らの目の前に爆炎を巻き起こし、衝撃波を和らげる。

 暁は。


「っらぁぁぁぁぁ!!」


 再び、爆炎を物ともせずに包帯男へ突っ込んでいた。

 自らの体に纏ったサイコキネシスで、周辺の爆炎を蹴散らし、突き進む。

 近づく暁の気配に、包帯男は視線を鋭くし、拳を握りしめる。

 そして反対の手で指を鳴らし、自らの背後に爆発を起こす。

 その反動で、前へと突き進む包帯男。

 固く握った拳を、暁に向かって叩き付ける。


「ッハァ!!」


 暁はそれに合わせて、自らの拳を打ちつけた。

 響き渡る轟音。衝撃で、二人の体が後ろへと吹き飛ぶ。

 暁は、拳の痛みに顔をしかめるが、なお笑みを浮かべて包帯男を睨みつけた。


「ッぁ……! やるじゃねぇか………!」

「………ッ!!」


 包帯男は暁を睨み、両腕をゆっくりと上げる。

 それに答えるように、暁もまた、拳を構えた。






 ――そんな二人の戦いを、遠くからじっとアリスは見守っていた。

 額から、汗を流しながら。


「……こんなに、強いなんて」


 爆炎を操る包帯男……元々は、新上暁に強い恨みを持っていそうな人間を適当にピックアップして用意した、捨て駒要因であった。

 教授の開発した、異能覚醒ディスクを見て、最も強力な異能を発現したのが彼であったから、クーガと一緒にあの男を連れまわしていた。

 顔面潰されるほどに殴られたせいか、あるいは別の要因からか。あのディスクを見終った後の彼は、精神構造すらすっかり変わり、普段は寡黙で大人しいが、異能を行使するとなると途端に凶悪な人格と力を発揮する危険な人物へと変わってしまった。そして、その思考は基本的に新上暁への復讐へと向いている。

 少なくとも、新上暁と対立している今はうまく動いてくれているが、その目的が果たされたときどうなるか、アリスにはいまいち読めず、彼女は包帯男のことを信頼することはできなかった。

 だが、そんなことよりも、アリスは暁の実力に驚いていた。

 教授のディスクによって異能覚醒したものは、元の素養にもよるが、異世研三の提唱する誘導方式で目覚めた者の数倍の異能強度を誇るものが多い。

 特にあの包帯男は、クーガなどと比べても、遜色ない異能強度を持つ。普通の異能者では、正面から彼の一撃を受け止めることさえできないはずだ。

 だが、新上暁は彼の一撃を回避するだけではなく、真正面から撃ち合ってみせた。

 しかも、サイコキネシスで、だ。物理的な壁を生み出すような異能ではなく、純粋なエネルギーであるサイコキネシスで、質量兵器にも近い包帯男の爆炎を凌いでいるのだ。

 並大抵の異能強度ではない。第一世代を降したことがあるというのは、嘘でもなければ伊達でもないということだろうか。


「彼でも、勝てるかどうか……」


 アリスは、再び異能を撃ち合う二人の様子を見ながら、つばを飲み込む。

 場合によっては、包帯男ごと、新上暁を倒す必要があるだろう。

 胸に抱いた本をより強く、握りしめる。

 そのために、この世界に、彼を引きずりこんだのだ。

 そんなアリスの覚悟も知らず、二人の異能者は全力で異能を撃ち合った。




 小さな少女を余所に、男たちは全力を尽くし合う。

 そして、暁は明かす。己の異能を。

 以下次回!

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