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Scene.85「僕が、君を守るから」

 圧縮された空気が唸り声を上げる。

 まるで身近に台風が来たかのような轟音を立てて、クーガの頭上で巨大なボール状に押し固められていた。

 直径は十メートルほどだろうか。クーガの頭上に空気が集中しているせいか、周辺の空気が薄くなったようにさえ感じる。


「これで吹っ飛ばしてやる……欠片ものこさねぇ!!」


 そう叫ぶクーガの頬には、大量の脂汗が浮かび上がっている。

 どうやら、これだけの量の空気を圧縮し続けるのは至難の業であるらしい。

 歯を食いしばりながら、クーガは両手を大きく振りかぶる。


「うぉぉぉ……りゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 力強い叫び声と同時に、クーガの頭上から巨大な圧縮空気が投げ飛ばされる。

 啓太はそれを見ながら、地面に拳を突き立てる。

 が、力が足りず、ズルリと地面に崩れ落ちた。


「く……かぁ……」


 誰が見ても、今の啓太に立ち上がる力がないのは明らかであった。

 なすすべのない啓太の元に、特大圧縮空気が迫る。


「く、くそ……!」


 それでもなお、啓太は目を閉じずに、クーガを睨み続けていた。

 最後の瞬間まで、あきらめないとでもいうように。

 そんな彼の視界に、しなやかな二本の足が映った。

 その足の持ち主は、両手で傘を構えて、飛来する特大圧縮空気を真っ向から受け止めた。


「させ、ないぃぃ!!」

「リリィ……!?」


 今の今まで、二人の戦いの空気に飲まれ動け無かったリリィが、啓太の危機に己を奮い立たせてクーガの圧縮空気に立ち向かったのだ。

 傘から展開されたサイコキネシスの力場が、特大圧縮空気に触れる。

 瞬間、解放される圧縮空気。

 限界まで詰め込まれた空気は、それまでの不平不満をぶちまけるかのように周辺に爆風を撒き散らす。

 先ほどまでの二人の戦いのせいで、限界まで痛めつけられていた倉庫ビルが、ついに決壊を初め、ボロボロと崩れ吹き飛ばされ始める。

 クーガは自らの身を守るように空気を押し固め、爆風をやり過ごしている。


「ぐ、く、ううぅぅぅ……!!」


 リリィは。

 その細腕にかかる荷重にへし折られそうになりながら。

 爆風の重さによって足を挫けそうになりながら。

 圧倒的な暴威の前に、心が負けそうになりながら。

 それでも必死に、自らの後ろに倒れている啓太を守るために。


「……おいおいおい」


 クーガの渾身の一撃に、耐えきって見せた。

 すべての暴威が過ぎ去り、辺りの景色が一変しても。

 リリィ・マリルは両の足でしっかりと立っていた。

 手にした傘は、今しがたの衝撃によってボロボロに割けてしまっていた。

 自らの力量に過ぎた力を受け止めたせいで、リリィは肩で大きく息をしていた。

 だが、それでもリリィは立っていた。


「ケ、ケイタさんは……や、らせ、ません……!」


 負荷がかかりすぎたせいで、両手は上がらず。

 必死に耐えた両足は小鹿のようにガクガクと震え。

 全身から発する痛みにボロボロと涙をこぼし。

 それでもリリィはまっすぐに前を見ていた。


「も……もういやです…………私の、目の前で…………大切な、人が、いなくなるのは………!」

(……僕は、何をやっているんだ……)


 リリィの背中から、彼女が流す涙を見ながら、啓太はギリッと歯を食いしばった。


(また、彼女を泣かせている……。あの時のように、また泣かせてしまった……!)


 いつかの夜のことを思い出す。

 自らの思い上がりによって、彼女の心を酷く傷つけてしまった日のことを。

 あの時と同じ過ちを、また犯してしまった。

 啓太は必死に立ち上がる。


(ダメなんだ、今のままじゃ……! 勝てる勝てないじゃない、このままじゃいけないんだ……!)


 目の前で必死に脅威に立ち向かう少女の背中を見つめながら、啓太は自らの記憶を手繰り寄せる。

 今のままではだめだと。そんな風に暁と話した時の記憶を。


(リリィと僕は、今のままじゃダメなんだ……! だから、僕は、リリィと……!)


 学校の屋上で暁とかわした会話。

 それを思い出しながら、啓太は声を上げる。


「リリィ……ごめん……!」

「! ケイタさん!」


 リリィは啓太が声を上げたことに驚き、次に笑顔を見せて振り返る。

 敵がまだ目の前にいるということを忘れたかのように啓太へと近づき、彼の元へと屈みこんだ。


「ケイタさん、大丈夫ですか!? いえ、大丈夫じゃないですね!」

「う、うん、そうだね……」


 啓太は力なく微笑み、リリィの言葉に頷く。

 そんな啓太を見ながら、リリィは力強く頷いた。


「ケイタさん、後は任せてください! 私が、あんな――」

「できるもんかよクソッタレが」


 リリィが最後まで言い切る前に、クーガは呆れたように言って、圧縮空気を放った。

 リリィの手前で破裂したそれは、容赦なく彼女の背中を打ちのめした。


「かはっ!?」

「テメェが突撃しか能のねぇのはバレてんだよ」


 クーガは両手に空気玉を生み出して弄びながら、にやにやと笑った。

 どうやら余裕を取り戻したらしく、不遜な様子が戻ってきていた。


「だったら近づけねぇ様に、徹底的に遊んでやるぜ」

「言いましたね……! ならば、私の力を思い知りなさい!!」


 リリィは勇ましく叫び、割けた傘を構える。

 ブゥンと空気の振動する音と共に、リリィの手にした傘が力場を纏う。


突撃する傘槍(チャージ・パラソル)……!」

空念複合体(エア・コンプレックス)ゥ!!」


 互いの異能の名を叫び、二人の力が激突する。

 クーガの解き放った空気玉に、正面から突撃していくリリィ。

 一発目。


 ゴゥン!!


「クッ……! まだまだ!」


 目と鼻の先で破裂した空気玉にひるまず、リリィは突貫する。


「そりゃこっちのセリフだ!!」


 二発目。


 ズバァン!!


「ぬぐっ……!」


 展開した力場で破裂した空気玉。微かに力場が緩む。

 リリィの足が止まった。


「おらぁ!!」


 無慈悲な三発目。


 ガァン!!


「きゃぁっ!?」


 狙い違わず飛んで行った空気玉が力場ごと傘を弾き飛ばそうとする。

 リリィは何とか傘を握りしめ、離すまいと力を込める。


「ハッ……」


 そんな健気なリリィの姿を鼻で笑い。


「終わりだぁ!!」


 クーガは掌に集めた空気を、リリィに向ける。


 圧 縮 (エアァァァァ)…… 空 気 砲 (カノォォォォォン)!!!!」


 叫ぶと同時に放たれた、空気の奔流。

 周辺にある瓦礫さえ吹き飛ばすその一撃は、リリィへとまっすぐに伸びていった。


「あ……」


 自らに迫る必殺の一撃を前に、リリィが最後に垣間見たもの。

 それは、生前微笑んでいた両親。

 それは、ここに来る前に笑ってくれたフレイヤ。

 それは、こちらへ来て仲良くなった級友たち。


切られた(ワイルド)――」


 では、なく。


必殺の札(カァァァァド)ッッッ!!!」


 大量の、ジャックのカード。

 リリィの目の前に、壁のように展開されたそれは、力強い叫び声と同時に力場を展開し、リリィの身を守る。

 ハッとなったリリィが振り返ると、全身ボロボロで立っているのが不思議な啓太が立ち上がり、リリィに向けて手を差し伸べていた。


「ケ、ケイタさん!」

「うあぁぁぁぁぁぁ!!」


 必死に異能を行使する彼を見て、リリィはまた涙をこぼす。

 全霊を振り絞るその姿は、まるで命を燃やしているようで。

 燃え尽きる寸前のろうそくを見ているようで。

 リリィの心が、激しくざわめく。


「やめてください! ケイタさん!」

「やめない! リリィは、僕が守る!!」


 啓太は叫び、再びトランプを解き放つ。


切られた札(ワイルドカード)ォ!!」


 解き放たれたトランプたちは、一糸乱れぬ動きで飛び、まっすぐにクーガの元へと飛んでゆく。


「チッ! まだ動くかよ死にぞこない!!」


 クーガは吐き捨てるように叫び、リリィへの攻撃を中断し、トランプの迎撃に移る。

 リリィを守る障壁への圧力がなくなるのと同時に、電池が切れたように啓太が膝をついた。


「ケイタさん!!」


 たまらずリリィは駆けだす。

 膝をついた啓太の肩を支えながら、涙ながらに抗議する。


「なんでそんな無理をするんですか!! 死んじゃいますよ!?」

「僕が、リリィを守りたいからだよ……」


 荒い呼吸と共に、啓太は自らの胸の内を吐き出す。

 それを聞き、リリィはぶんぶんと首を横に振った。


「いいえ……! 私が、貴方を守るんです! 今、傷だらけのあなたを……!」

「それは君もだ……」


 啓太は、リリィへと視線を向ける。

 柔らかそうな四肢には、先ほどのクーガの攻撃によって砕けた破片が飛んできたのだろう。痛々しい傷跡がいくつも残り、血も流れている。

 そんな彼女の姿を見て、啓太は目を伏せる。


「これ以上、君に傷ついてほしくないから……」

「それは、私もです! もう、貴方に傷ついてほしくないんです……!」


 リリィは涙を流しながら、大きな声で叫ぶ。


「貴方が、大切だから! 貴方を……失いたくないから……!!」

「リリィ……」


 リリィの言葉に、啓太の目が見開かれる。

 しばし、見つめあう二人。

 時が止まったような気さえする、そんな二人の間を。


「ふざけてんじゃねぇぞテメェらぁぁぁぁぁぁ!!!」


 傍若無人な風が通り過ぎてゆく。

 すべてのトランプを一挙に吹き飛ばし、肩を怒らせたクーガが轟々と風を唸らせる。


「人のこと無視していちゃついてんじゃねぇぞ!? お望みなら、諸共海に沈めてやらぁよ!!」

「っ……!」


 殺気さえ伴うクーガの気配に、リリィは唇を噛む。

 彼女に肩を借り、立ち上がりながら啓太はまっすぐにクーガを見据える。


「リリィ、聞いて……」

「いいえ、聞きません……!」


 リリィは啓太が二の句を告げる前に、はっきりと拒絶する。


「貴方は、私が守るんです……! この身を呈してでも……!」


 迫る暴威の前に、そう決意するリリィ。

 そんな彼女の様子に、啓太は微かに笑う。


「……うん、ありがとう。でも、僕も君を守るよ」

「ケイタさん……!」


 あくまでも戦う姿勢を止めようとしない啓太に、リリィは怒りを露わにする。


「どうしてですか! どうして、そんな体で……!」

「リリィ。僕が、君を守るから」


 リリィの言葉に返すことなく、啓太ははっきりとその言葉を口にした。


「君が、僕を守ってくれ」


 あの日、暁に言った通りの、その言葉を。


「えっ」


 啓太の言葉に、リリィは目を見開く。

 思いもよらない、その言葉に。


「しねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 クーガは、二人の様子に気が付かず、容赦なく攻撃を仕掛けた。




 二人は互いの気持ちを口にして……。

 さあ、反撃だぜヒャッハー!!

 以下次回!

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