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Scene.81「それじゃあ……準備、するね」

 とある山奥に、ひっそりと暮らす集落がありました。

 その集落は、とある力を調べるために、ずっとずっと昔からそこにある集落でした。

 その力を調べるために、その集落では外の人間を完全に締め出し、自分たちだけで子孫を残し、ひっそりと暮らしていました。

 その中には、まるで人間には見えないような、醜い子供もいましたが、集落の人たちはそんな子供を決して捨てずに、生かしてあげました。

 喋れなかろうと、人間には見えなかろうと……子供を産むことができる限り、その集落では生きる価値があったのです。

 そんなある集落に、一人の女の子が生を受けました。

 お父さんは醜い化け物でしたが、お母さんはとても綺麗な女の人でした。

 その女の子は、お母さんにそっくりな、長い黒い髪が綺麗な女の子として育っていきました。

 お父さんは人の言葉もしゃべれないような有様でしたが、お母さんはそんなお父さんの分まで女の子に精いっぱいの愛を注いで育てました。

 お母さんの愛情を受けて、女の子はすくすく育っていきました。

 そしてある日、女の子に不思議な力が生まれたのです。

 集落の外れに立っていた柿の木に実った柿を取るために、女の子はまるで自分の手足か何かのように、自分の影を伸ばしたのです。

 それを見た、集落の人たちは大いに喜びました。

 ついに、ついにと叫び、その日は集落を上げて、お祭りのようにお祝いをしたのです。

 女の子はそのお祝いの意味は分かりませんでしたが、周りの人が笑っているのを見て、自分も笑っていました。

 きっと、何か楽しいことがあるのだろう。そうおもって、女の子は笑っていました。




 ――微睡から目覚めた光葉は、ゆっくりと目を開く。

 ずいぶんと懐かしい頃の夢を見たような気がする。

 目を開けても、一寸の光も差さないその中で、光葉は体を動かすことなく、再び瞳を閉じた。

 ……この深い闇の中は、光葉にとっては揺り籠だった。

 世界でただ一つ、心の底から安堵できる場所。それが、闇の中だ。

 駿の傍こそ自分の居場所だが、これほどの安堵を与えてくれる場所は他にはなかった。

 ここに来る直前に、どこか知らない場所を通った気がするが、そんなことはどうでもよかった。


―……私は闇。原初の闇。人の闇。世界の闇……―


 誰にともなくそう呟きながら、光葉は微睡の中にまた落ちてゆく。


―ああ、闇よ永久に……穏やかなままに、私を……―


 ゆっくりと落ちてゆく意識の中で、光葉は叶わぬ望みを、そっと呟いた。






 光葉を探す駿の姿は、今は商店街にあった。


「―――」


 言葉を一言も発することなく商店街を歩く駿。

 全身にメラメラと燃え上がるカグツチの炎を纏った彼の姿は、憔悴しているようにも見える。

 そんな彼に、飛びかかる影が二つ。


「……っ!!」

「っ!!」


 言葉を発することなく飛び掛かった影は前進を黒い装束で包み、顔にはマスクをかぶっていた。

 手にしたのは、電流を発するタイプのスタンガン。

 一息に駿の体にスタンガンを押し当て、二人の男はスイッチを入れる。


 ゴゥアァン!!


 しかし弾けた音は電流のそれではなく、炎が膨張し空気を飲み込む音だった。

 スイッチを入れた瞬間に膨れ上がった駿のカグツチが二人の男を飲み込んだのだ。


「「!?!?!」」


 男たちは数瞬、カグツチの炎を消そうともがいた様だが、すぐにそんな必要はなくなった。

 カグツチはかき消えたのだ。男たちの姿と共に。

 そして、炎が燃え上がっていた場所には、まるで何かの残滓のようにわずかに灰が積もっていた。


「―――」


 駿は無言で歩みを進めた。

 今しがた一体何があったのか、気にすることなく歩いてゆく。

 いや……あるいは気が付いてすらいないのかもしれない。

 彼の動きに一切の乱れはなく、黙々と歩き続けていた。

 そんな駿から一定の距離を取り、先ほど燃やし尽くされた男達と全く同じ格好をした男がいた。

 駿を監視するように、誰にも見つからないように。死角へとその身を移しながら、男はそっと口元のマイクに声を吹き込んだ。


「……目標は商店街を移動中。先ほどまでのように、全速力で移動することは無くなりました」

『彼が移動を止めてくれれば、それが一番いいんですけれど……』


 男の耳の中に聞こえてきた声は、存外若い女の声だった。


『どんな様子です? 捕縛は、可能そうですか?』

「おそらく捕縛は不可能。先だって、二名ほど挑みましたが……目標は意識することなく二名とも焼滅させました。おそらく条件反射かと思われます」

『中央塔で見た通りの情報ですね……。現状において、コトセ・ハヤオを武力で抑えるのは不可能……』


 聞こえてくる声は、ゆっくりと笑ったようだ。


『……であれば、搦め手で行くだけでしょう』

「では、プランに変更はなしですか?」

『ええ。彼から聞きだした通り、コトセ・ミツハはおとなしくしているわ。彼女を使いましょう』

「わかりました。監視を続行し、目標に動きがあれば連絡します」

『ええ、お願いね。アラガミ・アカツキ達の誘導は、彼らに任せるとするわ』


 その言葉を最後に、通信の切れる音が響く。

 男はそのまま移動しながら、駿の監視を続行する。


「―――」


 駿はそんな男に気が付かないまま、ゆっくりと歩き続けた。

 どこまでも虚ろで、生気のない眼差しで前を見据えながら。






「……そういえば、メアリーはどうした?」


 そろそろ倉庫街に差し掛かろうかという辺りで、不意に暁はそんなことを呟いた。


「生徒会の活動に、一番熱心なのがあいつだった気がするんだが」

「そう言えば、朝から見てませんよね……。リリィ?」


 啓太が振り返って問いかけるが、リリィは困惑したような顔で首を横に振った。


「……知りません。私も、朝から会ってないんです」

「どうしたんだろう……まさか!?」


 啓太はハッとなったような表情で暁の服の裾を掴んだ。


「町で暴れてる異能者たちの誰かに捕まったんじゃ!?」

「……まあ、ありえそうだが、違うんじゃねぇか?」


 暁は鬱陶しそうに啓太の手を払いながら、そう口にした。

 なんとなく矛盾したその言葉に、リリィは首を傾げた。


「……ありそうだけど、違うって、どっちなんですか?」

「違うっつってんじゃねぇか。とりあえず、誰かに捕まってるって心配はしなくていいだろってことだ」


 暁のその言葉に、リリィはほっとしたように胸をなでおろすが、すぐにまた首を傾げた。


「よくわかりますね。何か確信の様なものがあるんですか」

「……まあな」


 暁ははぐらかすようにそう言いながら、二人からの次の質問を封じるように声を上げた。


「ああ、お前ら。あれは任せるぞ」

「へ?」

「え?」


 言いながら一歩下がって啓太たちの後ろへと回る暁。

 二人が暁の突然の行動に驚いていると、一瞬で二人の男が間合いを詰めてきた。


「うぉおおおお!!」

「神の力は我が手にぃぃぃぃ!!」

「うわぁっ!?」

「きゃっ!?」


 おそらく異能者であろう、その男たちの姿に啓太たちは驚き戸惑う。

 しかし、行動に迷いはない。

 啓太はトランプを。リリィは傘を。

 それぞれの獲物を手にし、勢いよく力を振るった。

 啓太の手にしたトランプは鞭のようにしなり、目の前の男の腹を打ち据える。

 リリィの傘はまっすぐに伸びて、男の胴体に突き刺さった。


「「ごっはぁ!?」」


 男たちの体はサイコキネシスの力場に弾かれ、勢いよく滑っていった。

 二人は男たちが気絶したのを確認し、ホッと一息ついた。


「ああ、危なかったぁ……」

「と、とりあえず、警備隊に連絡しましょう!」

「連絡ならもうしてる。警備隊が到着するまで待ってろとよ」


 携帯電話に耳を当てている暁の言葉に、啓太たちは頷いた。


「わかりました。けど、午前中に比べるとだいぶ人の数が減りましたね」

「ああ。警備隊の方じゃ、五、六十人とっ捕まえたせいで、牢屋の数が足りねぇんだと」

「ずいぶん捕まえましたね……」


 実際にどれだけの数の異能者が動いていたのか知り、リリィはぞっとしたように身を震わせた。


「捕まえられたからよかったものの……もし何の手も打たずに動かれていたらと思うと、恐ろしいです」

「まあな。その辺も、タカアマノハラの沈没を示唆してたのかもしれねぇな」

「あ、それはありそうですね」


 暁の言葉に、啓太はパッと顔を明るくした。

 いくら正確な予言者が出した予言とはいえ、タカアマノハラが沈没することなど、考えたくもないのだろう。

 もし、今まで暴れていた異能者のうちの誰かがタカアマノハラの沈没を行う予定だったとするのであれば、それを未然に防げているということになる。

 ……とはいえ、油断は禁物だろう。タカアマノハラの沈没が、いつ起こるということに関しては、結局明かされていないのだ。


「あ、来ましたよ!」


 リリィが道路の向こうを指差す。

 警備隊御用達のバンが、こちらに向かって走ってくるところだった」


「さて、さっさと引き渡して、先に進むか」

「そうですね」


 立ち上がる暁に、啓太は頷いた。

 太陽はやや傾き始めている。これからは、後半戦と言ったところか。






「そろそろ、連中こっちにつくな」


 テレビの画面に映っている暁たちの姿を見て、クーガはニヤリと唇をゆがめる。

 体を起こし上げ、ソファの上から飛び降りて準備運動を始める。

 アリスも本を抱き上げ、ソファから降りる。


「じゃあ、そろそろ出る?」

「おう! いい加減、マヌケどもがとっ捕まる光景観てるのも飽きてきたしなー」


 クーガは呆れたように言い放つ。

 アリスが立ち上がるのと同時に引っ込んだテレビには、タカアマノハラに現れた異能者たちが捕まっている光景が映し出されていたのだ。

 包帯男もまた、ゆらりと動き始める。鬼気迫る気配が、陽炎か何かのように立ち上り始めた。

 それを見て、クーガはまた笑った。


「心配すんなよ。おめーと暁は二人っきりになるように、アリスが準備してくれるからよ」

「………」


 それを聞いて、包帯男の気配が少し和らぐ。クーガの言葉に安堵したのだろうか。

 アリスはそんな二人のやりとりを見て微笑み、そして本を開いた。


「それじゃあ……準備、するね」

「おう!」


 クーガの返事を聞き、アリスの持っている本から文字が踊り始める。

 文字は三人の体の周りを飛び回り、輝きだし――。

 三人の姿を、その場から消した。




 動き出す、動き出すよー。

 次回は、倉庫街に暁たちが到着したところからー。

 以下次回ー。

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