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Scene.7「いやぁ、すまない! 遅れてしまったよ、ハッハッハッ!」

 異界学園の校舎は三階建てで、ちょうどくの字を書くような形で作られている。それぞれの階層の半分は一階から一年生、二年生、三年生といった具合に教室が用意されており、各種特殊教室はもう半分に適宜割り振られている。

 暁たちの目指す、異界学園の生徒会室は三階にある。

 学校らしい無機質な階段を上り切り、“生徒会室”とプレートの掲げられた部屋の扉を暁は無造作に開けた。


「チィーッス」

「あ、暁さん。いらっしゃーい」


 長机を円卓か何かのようにつなげた生徒会室の中にいた、数名の男女のうちカメラを弄っていたショートヘアの少女が暁の来訪に気が付く。

 人懐っこい笑みを浮かべて、一端カメラを机の上に置いた。


「ちょっと遅かったですねー。何かしてたんですか?」

「気にすんな。ところで美咲」

「なんですかー?」


 暁は懐から携帯電話を取出し、軽く示してみせながら目の前の少女、久遠美咲に問いかけた。


「古金の卑猥な発言や、年端もいかない少女との絡みを収めたMD、五万で買わねぇか?」

「買ったぁ!!」

「売らない!!」


 美咲が立ち上がり暁に五万叩き付けるより早く、啓太は暁の手の中から携帯電話をかすめ取った。

 啓太は息を荒げながら、涙目で暁をきっと睨みつける。


「いつも言ってますけど、人の肖像や音声使って金もうけしようとしないでください!! その結果、どんなものがネットに出回ってるのか知ってます先輩!?」

「うちにはパソコンないんで知らん」

「いいですね良いですねその表情!! 実にそそります、グッときますよー!!」


 肩を竦める暁の隣で、いつの間にかカメラを手にした美咲が上目遣い涙目の啓太のバストアップを連続で写真に収める。


「さあ! そこで暁さんにしな垂れかかって! こう“もうがまんできないの……”と、劣情を誘うかのような感じで!! さあ!!」

「お断りします!!」


 携帯電話の中からMDを取出し、ポケットに収めながら啓太が叫ぶ。

 だが暁はポケットから別のMDを取り出した。


「まあ、そっちはダミーなんだが。ホレ、美咲」

「はい確かに! これが報酬です!!」

「この外道がぁぁー!!!!」


 啓太は半ばやけくそのように叫びながら手にしたMDを地面に叩き付けた。

 そんな彼の姿を慰めるべく、リリィが駆け寄って肩に手をかける。


「ケ、ケイタさん落ち着いて!! この外道たちには、いつかしかるべき報いを受けさせてやりますとも! 私が、騎士団の名において!!」

「うう……。たぶん無理だと思うけれどありがとう、リリィ……」

「もう少し信用してくれてもいいじゃないですか!?」


 そんな二人のやり取りを見て、部屋の隅の方でハードカバーの本を読んでいた一人の少女が顔を上げた。

 眠たそうな眼を薄く開き、じっと二人のことを見つめる。


「………」

「……あの、なんですか、近衛先輩……?」


 啓太に問われ、近衛つぼみはゆっくり手を上げ、握りこぶしに親指だけ上げる、いわゆるグーサインを作った。

 そして呟く。


「男の娘と合法ロリはありだと思う」

「どういう意味ですか!?」

「? ロリってどういう意味ですか?」

「大丈夫だよリリィ、君は知らなくていいんだよ!」


 お世辞にも高校生とは呼べそうにない、下手すると小学生と間違われそうなリリィが可愛らしく首をかしげる。

 穢れを知らない少女にいらん知識が入る前に、啓太は暁に先を促すことにした。


「こ、これは……! ……暁さん、もうちょっと写りの良いのなかったんですか? 音も若干割れてますし」

「言われるとは思ったが、携帯で撮ったもんだからな。デジカメとかなら、十万いただくところだぞ?」

「音がよければそれだけの価値があるのは認めますが、これで五万はぼりすぎじゃ……」

「はいそこ不穏な取引してないで!! 先輩、今日はお仕事の話に来たんでしょう!?」

「ん? ああ、そうだったな」


 啓太に促され、暁は部屋の中をぐるりと見回す。


「……で、肝心の会長はどうした?」

「会長なら、もうすぐ」

「いやぁ、すまない! 遅れてしまったよ、ハッハッハッ!」


 つぼみが呟き、扉を指差すのとほぼ同じタイミングで、すまなさそうに笑いながら一人の男が部屋へと入ってきた。

 身長は高いが、細身なおかげでスタイルが良い印象を与える男だ。暁たちと同じ、高校生であることが身に着けている制服から窺える。

 男は手にしたコーヒー豆の袋を掲げ上げながら、笑顔で周りに謝った。


「本当にすまない! だが、いつも飲んでいるコーヒー豆が切れてしまってね! やはりいつも飲んでいる銘柄でないと、気分が出ないじゃないか! だから仕方なかったんだよ! なあ皆!」

「……あの、会長。コーヒー談義はいいですから……」

「ん? ああ、すまないね古金君! すぐ、コーヒーを入れてしまうからね!」


 会長と呼ばれた男は、啓太の言葉に頷きながら、生徒会室の隅に据えられたコーヒーミルに近づき、コーヒー豆を挽き始めた。本格的である。

 コーヒー豆の香ばしい香りが漂い始めた生徒会室の中で、その雰囲気に飲まれていたメアリーが暁に近づき、そっと問いかけた。


「……あの、アカツキさん……? 彼が……?」

「あ? ああ、うちの生徒会長」


 暁は椅子に腰かけ、体を机の上に横たえながらメアリーの問いに答えた。

 そして、その後を引き継ぐようにつぼみがその名を呼んだ。


「異界学園の高等部三年生、生徒会会長、出雲誠司」

「親しみを込めて会長と呼んでくれたまえ! 遠慮することはないよ!」


 出雲誠司……会長はコーヒーカップを人数分用意し、手ずから淹れたコーヒーをその中に注いでいく。

 そして淹れ終えたコーヒーと、ミルクと砂糖のポットを盆に載せ、一人一人に配り始めた。


「さあ、どうぞ」

「あ、お手伝いしましょうか」

「いやいや! せっかく英国からおいでくださったレディに手伝いをさせては紳士の名折れだ! せめて今日だけは座っていただけますかな、お嬢さん?」


 茶目っ気たっぷりにそう言って、ウィンクまで決めて見せる会長。

 いやに芝居がかった仕草だが、不思議と嫌みな感じはしなかった。


「はあ……」


 メアリーはそんな彼の雰囲気に気圧され、大人しく頷き、席に着いた。暁の正面だ。その隣にリリィが座る。

 啓太は暁の隣、駿がその反対側で、彼の背中にくっついていた光葉も大人しく席に着いた。

 会長は最後に部屋の隅から動こうとしないつぼみの、専用らしい小さなテーブルの上にコーヒーを置き、ようやく自らの席に着いた。


「さて! やはりこうして話をする以上、コーヒーがなければしまらないな!」

「……あの、コーヒーまでいただいておいて今更なのですけれど……」


 コーヒーには手を付けないまま、メアリーは申し訳なさそうに問いかけた。


「私たちも、その、生徒会の活動に参加させていただいてよろしいのですか……?」

「初めからそのつもりだったんだろ。気にすんな」

「まあ、そうですけれど……」


 山のように砂糖とミルクを注ぎ込んだコーヒーを啜る暁の言葉に、メアリーは曖昧に頷いた。

 確かに初めからそのつもりだったが、ここまでスムーズというより何も気にしないかのように招かれても、困る。

 そう言外につぶやくメアリーを安心させるように、会長が朗らかに笑った。


「ハッハッハッ。気にしなくていいよ、ストーン君にマリル君! 君たちの自由意志ではあったが、二人の生徒会入りは決まっていたからね!」

「え!? そうだったのですか!?」


 暁に対抗して無糖でコーヒーを飲もうとしているリリィが、驚いたような声を上げる。

 同じように驚いた啓太が問いかけた。


「え……? どうしてですか?」

「研三先生から頼まれてね! なんでも、君たちの上司がそうしてくれと頼んだそうだよ?」

「上司……団長が!?」


 上司と言われて思い当たる節があったのか、リリィが嬉しそうな顔で立ち上がった。


「ああ、団長……! 団長が与えてくださった試練、必ず乗り越えて見せますからね!」

「おいおい、大げさだなぁ。マリル君は」


 リリィの姿に会長は苦笑するが、すぐに頷いた。


「だが、やる気があるのは結構だ。ストーン君も構わないかな? いやであれば、当然かまわないよ」

「いえ。私も、参加させていただきます。初めから、そのつもりでここに来たわけですし。それから、私のことはメアリーで構いません、会長」

「フフ。頼もしいね。わかったよ、それじゃあ、メアリー君とマリル君は、今日から異界学園の生徒会の一員だ!」


 そう言って、会長は嬉しそうにウィンクしてみせた。

 彼のしぐさに、メアリーは苦笑し、リリィは無視して発奮し続ける。

 そんな二人の反応を気にすることなく、会長は話を続けた。


「さて! 無事にこの生徒会の新しい仲間を迎えたところで……新上君。仕事の依頼が来ているよ」

「やっとか。あとコーヒーお代わり」

「うむ!」


 横柄に空になったカップを差し出す暁に、甲斐甲斐しくお代わりを与えながら、会長はそばにあった自分のものらしいカバンの中から、何枚か資料を取り出した。


「まあ、いつもの通り、スパイ騒ぎだ。君なら、楽に捕まえられるはずだよ」

「なんだ、スパイか……。じゃあ、報酬は期待できねぇな」

「え、スパイ……? スパイなんて出るんですか?」


 スパイ、の一言にリリィが怪訝そうな顔になった。

 そんな彼女に説明するように、美咲が頷いた。


「ああ、リリィちゃんにはなじみありませんか? 騎士団ではどういうお仕事を?」

「どう、と言われても……。基本的には市街の見回りとかですけれど」

「もっと言えば、私たち位の年齢ですと、勉学こそが仕事だということで、仕事らしい仕事は……」

「ですよねー。スパイとか言われても、なかなか馴染みないですよね。私も、ここに入ってからですもの、そんな言葉を日常で聞いたの」


 リリィとメアリーの言葉に、美咲は笑いながら同意する。


「まあ、なんですか? スパイなんておしゃれな言い方されてますけど、要は泥棒ですよ。泥棒」

「泥棒……ですか」

「ええ。いわゆる、技術泥棒ってやつですね」

「残念なことに、犯罪を生業とする人間は後を絶たない」


 会長はそう言い悲しげな表情になり、まっすぐにリリィとメアリーの方へと顔を向ける。


「このタカアマノハラは、日本における異能科学研究の最先端だ。そのことは分かるね?」

「ええ、もちろんです」

「も、もちろんです!」


 会長の言葉にメアリーは力強く頷き、やや遅れてリリィもカクカクと頷いた。

 二人の反応に満足したように頷きながら、会長は続けた。


「そして、日本は、この異能科学の分野においては世界でトップと言ってもいい。異世研三先生の御助力があるとはいえ、真っ先に異能が浸透したのがこの国だからね」

「そのため、他の国と比べるといくらか先の技術がこの、タカアマノハラに集中していると言えます」


 駿が会長の後を継ぐように口を開き、そしてつぼみも後に続く。


「そのため、タカアマノハラにはいろんな国の人が来る。良い人、悪い人、それらの区別なく」

「……つまり、企業スパイの類にとって、タカアマノハラは絶好の仕事場ということですか?」

「その通りだ」


 会長はメアリーの言葉に頷き、声のトーンをやや落とした。


「それが、ただ単に技術を盗むだけであればまだしも、異界学園の生徒たちの個人情報を盗もうとする場合もある。盗んだ個人情報がどのような使われ方をするにせよ……そういったことは許しておけない」

「学園に侵入者が現れると?」

「この学園だけじゃない。この学園で得られた異能のデータは、タカアマノハラの各種研究機関へと送られるんだ」


 異界学園は、世界で唯一の異能教育機関。そのため、この学園は数多くの実験的な要素が含まれている。

 完全水上都市であるタカアマノハラに建設されたことを初め、異能科学を応用した数多くの新しい技術を日夜研究開発されている。

 その研究のためのデータには、この異界学園で学ぶ生徒たちが練磨した、異能のデータを利用されているのだ。


「故に、我々は立たねばならない。生徒たちの、安全を守るために。その強い異能を持って、悪意に打ち勝たねばならないのさ」


 真剣な表情で会長が語るその言葉は、どこか芝居がかったものではあったが――。

 強い正義感を感じさせるものだった。




 生徒会メンバー、とりあえず登場。

 みんなそれぞれに結構強力な異能者です。各人の能力に関しては、追々。

 次は泥棒を捕まえるメンバーの選出ですね。


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