Scene.75「これからタカアマノハラを、ぶっ潰してーと思いまーす」
「光葉の情報が……?」
『はい。こちらで摘発いたしました、宗教組織にありまして……』
いつもの執務室にて、異能騎士団のレディから連絡を受け取った研三は、その話に微かに眉を顰めた。
彼女の情報が外部に漏れている……事自体は、そう珍しいことでもない。第一世代の異能者は、世界中から注目されるものだし、当然タカアマノハラの中には企業スパイの類もいる。光葉に限らず、タカアマノハラに住むすべての異能者たちの情報は、常に漏えいの危機に晒されると言ってよい。
ただ、今回の場合は少し趣が異なるようだ。なぜなら、光葉の生活周りの情報まで克明に調べられているというのだ。
『異能に関する情報も確認されていますが、それよりも生活サイクルの方が事細かいのが気になります。一応お伺いいたしますが、中央塔でそのようなデータを検証したりはなさるのでしょうか?』
「いや。今のところ、異能というものは普段の生活態度や遺伝子などよりも、自らがどうあるか、どうありたいかという思考こそが重要なのではないかと、私は考えている。無論、第一世代異能者のような例外はいるだろうが、第一世代異能者の再現が不可能である以上、あの子の生活態度を記録したとして、異能科学の役に立つことはない」
レディの疑問に対して、研三ははっきりとそう答えた。
その答えを受け、レディが思案するように唸る。
『だとしたら……ご令嬢の個人情報があの組織にあったということは……』
「その組織の目標は、光葉の確保だったのだろうな」
研三はそう結論し、何度か頷いた。
「異能は強い力だ。であれば当然、そのような連中が欲するのも頷ける。……だが、当の組織は、君たちの活躍で壊滅したのではないかね?」
『彼らの本拠地と目される場所は制圧いたしました。その後、関連施設も随時摘発していく予定ですが……いかんせん、全ての構成員を把握しているわけではありません。おそらく、相当数の取りこぼしはあるかと』
「ふむ、となると……。タカアマノハラでの行動自体を、そちらの結果で停止することは難しそうだな」
研三はそう呟き、机を指で叩く。
「本拠地がつぶれ、三々五々に散らばったとしても……光葉という旗頭を得れば、活動を存続することができるとは考えているだろう。むしろ、後をなくした背水の陣を覚悟するやもしれんな」
『そのことなのですが……ご令嬢を、ただの人間が捕えることは可能なのでしょうか?』
電話の向こうで、レディが最大の懸案を訪ねてきた。
『ご令嬢……コトセ・ミツハ嬢もまた、世界に名立たる第一世代異能者。そのような人材を、第二世代の異能者や、ただの人間が捕えることなど、不可能なのでは?』
「それは誤解だ、レディ。確かにあの子は第一世代の異能者だが、難攻不落の要塞などではない」
研三はそう言って首を振る。
「人間的な欠落が多く、常識こそ通用しないが……だからこそ、脆い。相手があの子の生活態度まできっちり把握しているというのであれば、おそらく容易に捕えることが可能だろう」
『まさか、そんな……』
研三の言葉が信じられない、というようなレディの困惑した声が聞こえてくる。
実際、誰が聞いても研三の言うことなど信用できまい。
異世光葉という少女は、世界の全てを憎悪している。それが故に、その警戒心も人並み外れて高い、と考えられているのだ。
だが、研三は知っている。すべてを憎む彼女の心の内を。
「あの子の憎悪、そして敵意が常に世界に向けられていると考えているのであれば、それは誤解だ」
『誤解……ですか?』
「ああ、そうだ。あの子は全てを憎んでいるが故に、全てに関心がない」
これもまた、あの子なりの自己防衛策だ、と研三は話した。
「自らの果てしない憎悪に押しつぶされないが故に、あの子は思考のほとんどを放棄し、常に駿の事だけを考えるようにしている。あの子がその憎悪を表に出すのは、自分自身に敵意が向いたその時だけなのだ」
『そうだったのですか……』
つまり、他人に対して何らかの関心を持つのは己に敵意が向いたときのみ……。
それ以外の感情で接してくる相手に対しては、意識を向けることすらしないというわけだ。
「だからこそ、常に駿の傍にいるのだが、すなわち駿との分断に成功してしまえば、捕えること自体は容易だということだ」
『ご子息も、それはご理解しているでしょう。みすみす向こうの手にのってくるとも思えませんが』
「相手がどのような手段で来るかわからない以上、最悪の事態は想定しておくべきだろう」
そして、おそらくその状況こそがつぼみの予知に存在した、タカアマノハラ沈没の可能性なのだ。
不安定だった予知が、レディのもたらしてくれた情報により確定した。
あまり喜ばしくない事態に、研三はため息を突きながらレディに感謝する。
「……ありがとう、レディ。こちらではこれから、タカアマノハラの内部に隠れている異能者たちのあぶり出しを行うところだ。君からもたらされた情報は決して無駄にはしない」
『お役にたてたのであれば、幸いです。もしもの時には、必ず救援に向かいますので』
「そう言ってもらえると、助かる。それでは」
研三はそう言って電話を切り、背もたれに体を預ける。
「……さて、どうしたものか……」
レディからもたらされた情報を元に、対策を考える。
とはいえ、そう難しいものでもないだろう。研三の口から、駿に光葉から離れないよう指示すればよい。
駿は拒否しないだろうし、光葉は元々駿からは離れない。あとは外的要因で彼らが分断されないことを祈るだけだが……そればかりは現場次第といったところか。
「まずは、あの子たちへと連絡を入れるとしよう」
研三はそう呟き、電話を手に取る。
なにはなくとも、まずは子供たちと話をしなければ。
「――っつーわけでぇ。これからタカアマノハラを、ぶっ潰してーと思いまーす」
どことも知れない、白い部屋の中で、壇上に立ったクーガはそう宣言した。
その目の前にずらりと並んでいるのは、宗教組織がもたらした異能者たちと、こちらで確保した異能者たち。会わせて、二百人ほど。
彼らはクーガの発言を受けて、いささか動揺しているようだった。
「……これはまだニュースにはなっていないけれど、昨日、私たちが協力していた例の組織……ええっと、テレズマの会の本拠地が、ロンドン市警と異能騎士団の合同摘発にあって、壊滅したの」
そして、続く少女の言葉に同様の波紋が広がっていく。
かの宗教組織……テレズマの会からの出向者らしい女性が一人、慌てたように前に出てきた。
「そ、そんな……! 導師様は!? 導師様はご無事なのですか!?」
「話によれば、その日には別の場所に出向いていたから無事だそうだけど、まだ連絡は取れてないって……」
「だからこそー、俺たちには後がねーわけなんだよー」
前に出てきた女性を追い払うように手を振り、クーガは前に立っている者たちを睥睨した。
「わざわざ強い異能を得て、それで暴れて……んで、捕まるだけなんて、つまんねー終わり方はしたくねーんだよ、俺は」
「私たちが動くのと同時に、カグツチおよびイザナギの確保部隊も動く。あの二つの異能を確保できれば、テレズマの会も息を吹き返すと思うし……」
少女の言葉に、動揺しざわめいていた人たちが活気を取り戻す。
さらにそれを煽るように、クーガは大きな声を張り上げた。
「俺たちが派手に動けば動くほど、確保部隊も動きやすくなるってなもんだ! 遠慮するこたーねー! こんなちんけな島、ぶっ潰しちまおうぜー!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
クーガの言葉に、観衆が大きな声で答える。特に、こちらで確保した異能者は刺激方式による性格転換の影響か、血走った目で拳を振り回している。
その様子に満足したように、クーガは頷いた。
「よーし、いい気合いだ! それじゃあ、具体的な行動指針になるけどー!」
「みんなを一斉に、まったく違う場所に出す。そうすることで、警備隊の動きを制限する。
少女がそう言うのと同時に、群衆の周囲に無数の光が現れる。
「みんな、光の中へ……。全部の光は、まったく違うところに通じてる」
「相手がどんな準備してようが、これだけの人数がいっぺんに動いてまともに対応できるわけがねぇ! 好きに暴れて、ぶっ壊しちまえよ!!」
クーガ達が言う間に、人々はそれぞれ光の中へと入ってゆく。
光の中に入れるのは、せいぜい二人か三人程度。全員が光の中に納まる頃には、百個近い数の光が現れていた。
「それじゃあ……外に出すね……?」
「あとで俺たちも行くからなー! がんばれよー!」
そして、少女の合図と同時に、光が強く瞬き、その中にいた者たちの姿が掻き消える。
そうして白い空間の中に残されたのは、クーガと少女と。
「……」
無言でたたずむ包帯男だけとなった。
「ありゃ? いかねーの?」
残っていた包帯男の姿に、クーガは不思議そうに首を傾げる。
包帯男は小さく頷き返した。
「てっきりイの一番に飛び出していって、新上暁を探しに行くもんかと思ってたんだけど」
「なるべく邪魔されたくない……自分の手で、アラガミアカツキを倒したい……そうだよね?」
「……」
「ふーん」
少女の言葉に、包帯男は頷いた。
どうやら男には男なりの考えがあるようだ。
クーガは納得したように頷き、そして少女の方へと振り返った。
「なあアリス。実際ん処、どこまでうまくいくと思う?」
「さあ、わからないよ……。私は、予知能力者じゃないもの」
クーガの言葉に、アリスと呼ばれた少女は首を横に振った。
「確かにバラバラの場所に出したけれど、何人かはすぐに捕まっちゃうだろうし……結局は、確保部隊次第じゃない……?」
「あの女次第かー。まあ、何があっても俺たちにはかんけーねーけど」
クーガはつまらなさそうにそう言って、床から生えたソファの上に体を横たえた。
「しばらくゆっくりしてよーぜー。どうせやるなら、弱ったところを叩いてらくしてーし」
「うん、そうだね……」
アリスはクーガに同意するように頷き、彼に膝枕するようにソファに腰かけた。
包帯男は特に何をするでもなく、ソファの傍に立っている。
クーガが座ったアリスの膝に自らの頭を載せて、彼女を見上げる。
「アリスー」
「うん……」
アリスが頷くと、今度は床から白いテレビの様なものが現れた。
しばらく砂嵐のような映像が流れていたが、やがて画面は安定し、タカアマノハラの光景を映し出した。
暗躍する組織。それはそれとして、今更名前が明かされるのはだめな気がする……。
まあ、それはともかく、次回からタカアマノハラ騒乱編です!
以下次回ー。




