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Scene.74「ハッ! 吠えたな、虫けら!」

「お前らの宗教が摘発されて、壊滅状態、ねぇ」

―………―


 夜が明けるかどうかといった時刻に呼び出され、いささか不機嫌そうに眼を擦るクーガ。

 その隣には力なく本を抱いた少女が座り込み、二人の風よけになるかのように包帯男が風上に立っていた。

 人目のつかない場所、ということで再びタカアマノハラの下層に降り立った三人は、相変わらず姿を見せようとしない協力者からの報告を聞き、うんざりしたようにため息を突いた。


「まあ、来るべき時が来たんじゃねぇのー? 個人的には、騎士団にしろ警察にしろ、動きが遅かった気がすっけどよー」


 クーガ達が聞かされたのは、彼らと協力関係にあった宗教組織の摘発と、実質的な壊滅であった。

 現地においてはニュースになるかならないかと言ったところの時間であるが、声の主は何とか逃げ遂せた少数の仲間から事態を聞きだし、慌ててクーガ達を呼び出したのだ。


「明確な証拠がなかったもの……。けど、逆に言えばそれだけ。証拠さえあれば、どうなるかは火を見るより明らかだったよ……」


 クーガ同様、本来はまだ眠っている時刻だけに少女も不機嫌そうに目を瞬かせている。

 唯一、包帯男だけは眠気など感じさせない威容で何もない一点を睨みつけている。ただ、彼の場合は傷口が痛んでいるのか、覚醒と発狂の狭間にいるような危うさが漂っているが。

 クーガと少女の言葉を受け、意気消沈したように姿なき声が答える。


―……あるいは、仰る通りかもしれません……。けれど、この状況はそちらにとっても……!―

「ハッ! あんま嘗め腐ってんじゃねぇぞ、マジで? 教授がこの程度想定してねぇとでも思ってんのかよ!?」


 声が言葉を言い終える前に、クーガは金網を踏み鳴らす。

 瞳は声に対する怒りが宿り、爛々と輝いていた。


「どのみち、テメェらは臨床データを取るためだけの実験台だったろうが!? それが調子こいて、こんな極東くんだりまで手伝わされてよぉ……。テメェらの組織が潰れちまってんのも、自業自得じゃねぇか!!」

―クッ……!―


 クーガの言葉に、声は悔しそうに呻く。だが、反論はない。

 彼の言葉に自覚があるのだろう。

 実際、彼らとは協力関係というよりは主従関係のそれに近かった。

 適当な対象から刺激方式のディスクの臨床データを取りたかった教授に、導師様が近づき、宗教という体裁の実験場を与える。

 教授は実験データを、導師様は戦力を。それぞれ得ればそれだけでよかったはずだ。

 ……だが、教授の目的とするところ……神の証明には、導師様の考えが有用であったのも事実だ。


―……しかし、導師様のおっしゃる所に一利あるが故に、教授もあなた方をこちらに遣わしたのではないのですか?―


 なるたけ感情を抑え込んだかのような低いうなり声が、周囲に響き渡る。

 声の主も、己が寄り添う組織が壊滅状態となり、気が気ではないのだろう。

 もっとも、それを気遣ってやるだけの理由はクーガ達の側には無いようだったが。


「まーな。でなけりゃ、こんなクッソさみぃところにわざわざ出向いてやるかってんだよ」


 悪態をつくクーガであったが、そんな彼の服の裾を、少女が引っ張った。


「でも、クーガ……。ここに来たおかげで、彼に会えたよ?」

「ん? あ! ああ、そうだよなー!」


 少女の言葉を聞き、クーガは一転して笑顔を見せる。


「こっちに来たおかげで、こいつに会えたんだよな! まあ、そこだけは評価してやってもいいかなー」

「……」


 クーガがそう言って見上げるのは、包帯男だ。

 どうやら、彼らもまた強大な異能者を集めることに腐心しているようだ。当然、ディスクのデータ取りの意味もあるのだろうが。

 クーガの視線を受け、包帯男は微かに気配を和らげた。

 どこか、弟を見るような眼差しでクーガのことを見つめている。

 少女もまた、包帯男を見上げて微かに微笑んだ。


「本当に……彼に会えたのはラッキー、だったよね……」

「だよなー。異能強度で、即日俺たちについてこれるって、なかなかいねぇからなー」

―それは、ようございました―


 喜ぶ二人の声を聞き、声の主はいささか不機嫌そうな気配を見せる。

 声の主にとっては、今の状況は頂けないというのに、二人はすでに満足して仕事を終えたかのような様子なのだ。それを黙って許していられるほど、声の主も聖人君主ではないようだ。

 クーガも、そんな声の主の様子に気が着いてはいるのか、再び不機嫌そうな表情になった。


「……フン。心配しなくても、最後まできっちり手伝ってやるよ。泥船にのる趣味はねーけどなー」

―導師様はまだ健在です……! このタカアマノハラでの作戦行動さえ終われば、再起は可能なのです……!―

「無事に終われば、だけどね……。相手は、カグツチとイザナギ……。未だに、対策らしい対策は存在しない異能だよ……?」


 少女の言うとおり、第一世代たるカグツチとイザナギに、現状で確固たる対応策は存在しない。これは、現状存在する第一世代異能者の中でも、二人の異能が特異な性質を持つことを示している。

 例えばフレイヤの異能であるが、世界の裏側に存在しても都市一つ潰せる爆撃が降ってくるわけであるが、さしもの彼女の異能も核シェルターに対しては効果がない。

 いや、ないわけではないが……少なくとも有効打にはなりえない。どれだけ強大な力であっても、フレイヤの異能はサイコキネシスなのだ。少なくとも、物理的な衝撃をシャットアウトし得るものに対しては、サイコキネシスは有効ではないとされている。

 対し、イザナギは影が実体化するというもの。その中は異空間に繋がっており、中に物体を取り込むことができる。極端な話、シェルターごと相手を飲み込めるのがイザナギなのである。己の力の中に飲み込んでしまえば、どれだけ頑丈なシェルターだろうが、意味をなさないだろう。

 そして、カグツチはシェルターの存在自体が意味をなさない。あらゆる森羅万象を灰へと還すあの異能には、防御するという概念が意味をなさない。

 彼ら組織側の目的は、その二つの異能の力を己の組織へと吸収することだ。そうすることで、神の力が帰属する宗教として、世界に名を轟かせようというのだ。

 だが、正攻法では決して容易ではない。彼らは日本で生まれ、日本人の親である異世研三を父に持つ。彼らがそうなりたいと望まぬ限り、彼らは日本から離れることはないだろう。

 だからこそ、こうして犯罪に手を染めてまで彼らの傍に迫っているわけだが……。


―それに関しての方策は、ある程度固まっております―

「またそれかよ。いい加減聞き飽きてきたぜ」


 声の言葉に、クーガはつまらなさそうにため息を突いた。


「そう言われて、この一週間延々襲撃続けてるけどよー。あんなの何の意味があるんだよ?」

―あれは、この方策のための下準備です。あの襲撃のおかげで、タカアマノハラ委員会は、厳戒礼を敷き、本日中にも異界学園を巻き込んでマンハントを行う予定となっています―

「かなり、大掛かりになってるんだね……どうする気?」


 胡乱げな少女の言葉に、声は答える。


―大きな組織が大きく動けば、それだけ隙ができるというもの……。そこを突きます―

「具体的にはどうするんだよ?」

―一言でいえば……このタカアマノハラを沈める気概で暴れていただきたいのです―


 声の言葉に、クーガの顔が歪む。

 声の言葉が面白い、とでもいうような愉悦の表情に。


「……へぇ? 今までのお前の意見の中じゃ、ちったぁましな意見だなぁ……?」

―そうすることで、委員会、警備隊、そして異界学園の危機感をあおり、対処させ……カグツチとイザナギを分断するための隙を作ります―

「話を聞く限り、あの二人はべったりみたいだけど……?」

―委員会にも何名か潜りこんでおります。そこから、コトセ・ケンゾウ経由でカグツチとイザナギに命令を出します。あの男の命であれば、あの二人も従うでしょう―

「なるほどねぇ。異世研三を動かすための理由づくりをやれってわけか?」

―可能であれば、タカアマノハラ側の自治戦力の分断も……。動きを封じていただければ、確実にイザナギを捕えて見せましょう……―

「ハッ! 吠えたな、虫けら!」


 声の主の大言を聞き、愉快そうにクーガは吼えた。


「ならやってやろうじゃねぇか! このボロ島を確実に沈めて、異世研三のカグツチとイザナギより、教授の俺たちの方が優秀だって証明してやんよ!」

「そこまでする必要はないと思うけど……貴方も、アラガミ・アカツキと決着つけるよね?」

「………グァ」


 少女の声を受け、包帯男がうめく。

 その瞳には剣呑な輝きが宿り、今にも周囲が爆発しそうなほどに怒気が揺らめいた。

 クーガはどこにいるともしれない声の主の方を見て、もう一度吼えた。


「いいぜ、お前の提案で踊ってやるよ! だが、これで最後だ……しくじりゃぁ、次はねぇ。そこんとこ理解して、動けよな!!」

「……それじゃあ、皆を外に出さないとね……」


 少女はそう言うと、本を開く。

 文字が踊りだし、三人の姿を覆い隠し、そしてどこかへと連れて行ってしまう。

 やがて三人がいた場所には風だけが吹き抜けてゆき……。


「……これが、最後」


 先ほどまでそこにはいなかったはずの者が現れる。


「導師様の行方も知れず……仲間たちも、ほとんど捕まってしまってる……」


 クーガ達と話していた声でしゃべるその影は、異界学園の制服を身に纏っている。

 吹きすさぶ風に金の髪を揺らしながら、水平線上に現れた太陽を睨みつけた。


「それでも……私は、一人になっても為さねばならない……」


 夜明けとともに……少女は決意を固めた。


「神の力を、この世に顕現するために……!」


 不退転の、決意を。






 そして、運命の朝が開ける。

 とある予言が成就するやもしれぬ日が。

 とある組織の命運を定めるであろう日が。

 ゆっくりと事態が動き続ける中、いつものように、異界学園の始業のベルが鳴り響くのであった……。




 というわけで、最終章の始まりっぽく。

 そろそろ、ラストスパートだったり。

 以下次回ー。

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