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Scene.72「真に役に立つのは――」

 日本が夜半に差し掛かろうかという時刻。

 同日、英国において違法宗教の摘発が行われていた。

 同新興宗教組織は、未成年者を誑かしただけではなく、強い副作用を持った違法性の高い異能覚醒の映像を用いて、不法に異能者を戦力化した疑いがあるとされ、ロンドン市警により摘発されることとなった。

 その上、オラクル・ミラージュという輸出組織を利用し、日本に存在するタカアマノハラという都市に対し、テロ行為を仕掛けた疑いもあった。こちらに関しては、日本政府との協議の上で、後日罪状を確定する予定だ。

 宗教組織摘発に際し、主導を取るのはロンドン市警であったが、対異能者戦闘が予測されたため、英国が誇る異能者集団である、異能騎士団も摘発に参加。

 摘発されたのは、同組織の本拠地と目されていた、ロンドン郊外にある古い礼拝堂である。いつの時代に作られたかは正確には分からないが、かなり広く、摘発に時間がかかるものと思われていた。

 ロンドン市警および異能騎士団による摘発は、正午より開始された。当初より予想されていたが、同組織が保有していた異能戦力により、摘発は遅々として進まず、長い膠着状態へと陥ってしまう。

 異能騎士団が用意した戦力より、組織の戦力の方が多かったというのもあるが、それ以上に彼らの力がいささか異常であったというのもある。

 異能の練度よりも力を重視したかのような異能は、正規の訓練を積んだ異能騎士団の異能者たちでも対処が難しく、場合によっては押し負けてしまうこともあった。

 その膠着が二時間を上回った辺りで、異能騎士団は最後通告を行った。

 投降せねば、今から貴方たちを蹂躙する、と。

 組織の者たちは、その通告に応じることなく反撃を敢行。

 それを受け止め、異能騎士団は最終兵器を摘発へと投入することを決定する。

 すなわち、世界最強のサイコキネシストである第一世代異能者、フレイヤ・レッドグレイブを。






 戦場然とした新興宗教組織の根城たる礼拝堂。

 そこかしこは、発動した異能の破壊痕が残り、燃えカスどころか未だに何かが燃えている場所も存在した。

 そんな荒廃してしまった廊下の中を、一人の少女が悠然と歩いている。

 しなやかな体躯を持った可憐な少女だ。その身を異能騎士団の制服で包み、金の御髪を翻して歩いている。

 そんな少女の前方三十メートルほどには、複数人の男女が、バリケードの様なものを拵えて待ち構えていた。

 その顔に一様に浮かぶのは、恐怖。

 ゆっくりとした歩調で近づいてくる少女の姿を見て、これから起こるであろう恐怖に顔を歪めていた。


「く、くそ……!」

「化け物め……!」


 思わずといった調子で誰かが溢したその言葉を聞き、少女は……世界最強のサイコキネシストであるフレイヤ・レッドグレイブはたおやかに微笑み、髪を掻き上げた。


「フフ……おかしなことをおっしゃるのね? 私は人間よ。少しだけ、力が強い異能者……。あなたたちと、そう変わらないのではなくて?」

「だ、黙れ! 我々は力には屈しないぞ!!」


 フレイヤの言葉に刺激されたのか、男が一人声高に叫ぶ。

 しかし恐怖で震えるその声は明らかに怯えが見て取れ、その様子がフレイヤの笑みを一層深くする。


「フフフ……そう怯えることはないわ。抵抗することなく、こちらに降ってくれるというのであれば、傷一つない、綺麗な体で法廷へ上がることができてよ?」


 フレイヤはそう言葉にするが、抵抗した場合の身の安全を保障しないと宣言したようなものだ。

 その脅し文句に、先ほど叫んだ男がやけを起こしたようにもう一度叫んだ。


「黙れ、だまれぇ!! 英国政府の犬如きが、我らの崇高な理想を邪魔立てするかぁ!!」

「……フフ、犬……ね」


 男が叫んだ犬、という言葉にフレイヤが微かに眉根を寄せる。

 そうして、スイッと白磁のような肌をした右手を上げる。


「犬というのは……こういう生き物かしら」

「ぐ、がぁ!?」


 途端、バリケードを破壊しながら、犬と叫んだ男がフレイヤの前まで引きずられ、見えない力場に体を押さえられ、無様に床の上に四つん這いにされた。

 顔は床に擦りつけられ、尻を高く上げ、フレイヤに頭を垂れているようにも見える。


「そう……こんな感じでご主人様に尻尾を振る生き物よね」

「お、ごぁ……」

「ああ、いえ違ったかしら」


 男が何かうめいた途端、フレイヤは指をクイッと動かし、男の体を天井に跳ね上げる。


「ぎゃぁっ!?」

「私は貴方のご主人様じゃないから……これが正しい形よね?」


 そう言って、フレイヤはもう一度指を動かす。木製の床を破砕し背中から激突した男は、床に体をめり込ませ上に向かって腹を出して気絶してしまう。


「そう。強者に対しては恭順の意を示す生き物……それが犬よね」


 そんな男の悲惨な姿に微笑みながら、フレイヤは前進を再開。

 男を踏みつけ、壊れたバリケードへ向かって進み始めた。

 その顔には笑みが浮かび……いや、貼り付けられている。

 背筋が凍るような凄絶な笑みを浮かべてこちらへと近づいてくるフレイヤを見て、バリケードの向こうにいた者たちが恐慌を起こす。


「う、うわぁぁぁ!!??」


 叫び声をあげ、各々の異能を発動。

 火や風、電撃やサイコキネシス。色とりどりの力が一斉に発射され、フレイヤの元に殺到する。

 だが、フレイヤの元には一発としてその異能が届くことはなく、彼女が形成したサイコキネシスの壁によってすべてが吹き散らされてしまった。

 障壁発動によって、彼女の周囲の壁がへこみ、礼拝堂にひびが入る。


「あ、ああ……!?」


 それを見て、誰かの顔に絶望が浮かび上がる。

 だが、それを見ても諦めきれない別の誰かが、背後から何かを取り出した。


「ク、クソッ!!」

「!? おいそれ!!」


 男が背後から取り出した、武骨な鉄の塊。

 それは、長い砲身に巨大な弾倉を持つ、常軌を逸した破壊力を持つセミオート式の対戦車用狙撃(アンチマテリアル)ライフルであった。

 人体に放てば、一撃で粉みじんにするような威力を持つそれを、男は腰だめに構えた。


「ハ、ハハッ! しねよあぁ!!」


 そして叫んで引き金を引く。

 自身の体にサイコキネシスを使って反動を抑え込み、暴力的な弾丸を連続で発射していく。

 フレイヤと彼の間にそう距離は存在しない。人を肉片へと変える弾丸は瞬く間にフレイヤの元へと殺到し。


 ベゴッ。


 あっさりと、無力化されてしまう。


「は………」


 男の見ている前で、発射されたはずの対戦車用徹甲弾が無残にへこむ。

 対戦車用狙撃(アンチマテリアル)ライフルの弾丸は、フレイヤが生み出した障壁を一ミリもへこませることなく、あっけなく床の上へと転がった。


「は、はは……?」

「……あら? 今、何かしたかしら」


 呆ける男に当てつけるように、フレイヤはわざとらしくそう言ってのける。


「は、ははは…………はははははははははは!!!!」


 男は壊れたように笑い、叫び、引き金を引く。

 弾倉に残っている弾丸をすべて掃出し、フレイヤの張った障壁を穿たんと。

 耳をつんざく号砲は、廊下の中を反響し、礼拝堂全体を震わせているようだった。

 だが、届かない。

 フレイヤ・レッドグレイブには一発も届かない。

 発射された弾丸は例外なく受け止められ、へし折られ、床へと転がってゆく。


「は、はは……」


 すべての弾丸を吐き出した対戦車用狙撃(アンチマテリアル)ライフルを抱え、男は必死に引き金を引く。

 当然、それ以上弾丸が発射されることはなく、カチカチと、悲しげに引き金の音が響き渡るばかりだ。

 フレイヤは、哀れさえ誘う男を見て、軽く肩を竦める。


「もういいかしら?」


 そして一言断りを入れ、軽く手招きをした。

 瞬間、男が持っていた対戦車用狙撃(アンチマテリアル)ライフルが、強引にもぎ取られる。


「あ…ああ!!」

「どこから手に入れたかは知らないけれど」


 男は奪われた武器を取り戻そうと必死に手を差し伸べるが、フレイヤはきゅっと拳を握りしめる。

 それを合図に、男の目の前で対戦車用狙撃(アンチマテリアル)ライフルはサイコキネシスの力場で握りつぶされた。

 クシャァ、と空き缶でも潰すかのような音を立てて、脅威であるはずの武器が紙くずのように丸められてしまった。


「ぎゃぁっ!?」

「こんなもの、何の役にも立たないわ」


 そうして適当な場所に放り、フレイヤは腕を男たちのいる方へと差し向ける。


「真に役に立つのは――」

「あ……ああぁぁぁ!?」


 フレイヤがなにをする気なのか、理性ではなく本能で悟り、男たちは一目散に廊下の奥へと逃げ出す。

 だが、逃がさないし、逃げられない。

 フレイヤの放ったサイコキネシスの衝撃波は、そのまま男たちを追い抜き、その奥にあった扉を破砕し、男たちごと壁をぶち抜き……。


「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ――――…………!!??」」」」」


 礼拝堂の外へと、彼らの体を弾き飛ばす。

 突き抜けた衝撃波が日の光を礼拝堂の中へと差し込むのを見ながら、フレイヤは笑顔で男達へと話を続けた。


「己で磨き上げた、異能(ちから)だけ……おわかりかしら?」


 もう聞こえない。わかっていても、彼女ははっきりと彼らへとそう告げるのであった。






 そんな彼女の様子を、やや後ろの方から見つめながら、くたびれたコートを着た中年の男がため息を突いた。


「相変わらず、お宅んとこのお嬢様はむちゃくちゃだな」

「お褒めにあずかり、光栄です。ホームズ警部」

「褒めてねぇよ」


 隣に立つフレイヤの従者であるレディにそう言いながら、ホームズと呼ばれた警部は床で伸びている男を手早く拘束してゆく。


「一応現場の保守は徹底してもらいたいんだがなぁ」

「それは無理な話です。お嬢様の力量は、貴方もご存じでしょう?」

「ああ、わかってるわかってる。開かない家のカギにショットガン(マスターキー)を使うようなもんだ……。もうあきらめてるよ」


 無線で部下に通信し、そして進撃を続けるフレイヤの後を追いかけるホームズ。

 さらにその後をレディが追いかける。


「敵さんにゃ、なるべくこうなる前に、投降してもらいたかったんだがなぁ」

「先ほどから愚痴ばかりですね。お疲れですか?」

「事後処理を考えると頭が痛いね」

「そうですか。私も、微力ながらお手伝いいたしましょう」

「そうしてもらえると助かるよ……」


 シケモクを咥え、もう一つため息を突くのであった。




 お嬢様には、対戦車用狙撃(アンチマテリアル)ライフルなんてあってないようなものなのです!

 そして制圧完了する英国……奴らの目的とは?

 以下次回ー。

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