Scene.71「……政府は、なんと言っています?」
タカアマノハラ警備隊詰所。
タカアマノハラの治安を維持し、そこで暮らす者たちの安全を守る者たちが集う砦の一つ。
今その砦は、空前の慌ただしさを迎えていた。
警備隊の隊員たちが詰所の中を右往左往し、自らの装備を細かく点検する。
警備隊標準装備のアサルトスタンガンはもちろん、中にはスナイパーライフルやショットガンのような形状をした銃器を点検しているものもいる。当然、どちらも発射するのはゴム弾の、非殺傷兵器だ。
他にも異能者の攻撃を防ぐための、超硬プラスチック製の盾や、夜間での作戦行動も考慮してか暗視ゴーグルまで用意し始めている。
着用しているジャケット類も、特殊部隊のそれを思わせる装備だ。今からどこかに戦争しに出かけるのかと問いかけたくなるような物々しさである。
タカアマノハラ警備隊がなぜこのような対応に追われているかと言えば、それは一本の予言が原因である。
タカアマノハラの沈没。そして、異世駿の暴走。
信頼性の高い予言者の一人である近衛つぼみがもたらしたこの予言は、タカアマノハラ委員会を震撼させるのに十分なリアリティを持っていた。
故に、委員会は戒厳令を発動。起こりうるかもしれない、二つの災厄に対処するべく、警備隊に十分な準備をさせているところなのである。
何人かの者たちは、たかが予言如きで……という不満を微かに顔に表しながら準備に取り掛かっているが、ほとんどの者たちがこれから起こるであろう状況を想像し、微かに顔を青くしている。
日常的に異能に触れる機会のある彼らにとって、予言がもたらされるというのは、冗談でもなければただ事でもない。
今はただ、これらの準備が勇み足になることを祈りながら、一切の余念なく、起こってほしくない予言に向けて準備をするだけであった。
警備隊の一角を預かる西岡は、自らの装備の点検を終え、委員会の最高責任者である異世研三へと電話をかけていた。
件の予言に関して、より詳細に話を聞くためだ。
「――では、予見された未来は、起こりうる可能性がきわめて高い、と?」
『うむ。現れた異能者たちや、ここ最近で捕まっている異能者たちの言動。さらに、侵入者騒ぎや、英国における事象などの情報を元にした予言だ。このまま放っておけば、まず起こるとみて相違ないだろう』
ありがたくない研三の太鼓判をいただき、西岡は頭を抱える。
タカアマノハラが沈むなど、冗談でも起こってほしくない出来事だ。
これでその原因が単純に異世駿の暴走、というのであればまだある程度ましだ。
いや、それでも起こってほしくないのは事実だが、タカアマノハラが沈むのは彼が原因ではない可能性が高いからだ。
「……政府は、なんと言っています?」
『予言に関しては伝えている。今のところ眉唾といった対応だが、駿が暴走するとなれば他人事でもいられん』
研三は一旦言葉を切り、深呼吸しながら続きを口にした。
『あの子の暴走が止められなければ……タカアマノハラは日本政府によって沈められるだろう』
「……やはり、そうなりますか」
西岡は、何故、タカアマノハラが海上に建てられたのか、その理由を思いだし、陰鬱にため息を突いた。
ただ単に、異能者のための都市を作るというのであれば、わざわざ海上に建てる必要もない。国内の、どこか適切な場所を再開発し、そこに都市を建造すればよい。
もちろん、海上に都市を立てることによって日本の技術力の高さを世界にアピールするという側面も持つが、最大の理由はもしもの時の対処を容易にするためだ。
現在日本が抱えている第一世代の異能者は二人。異世駿と、異世光葉だ。
この二人は、世界でも類を見ないほど強力な異能者である反面、その制御に極めて難があることでも有名である。
光葉は駿がいなければそれだけで不安定となるし、ある程度感情制御によって自己の安定を図っている駿とて、何をきっかけにタガが外れるともわからない。
そして、その暴走の結果、都市が丸々一つ廃墟と化す可能性も無きにしも非ずなのだ。
言ってしまえば、自我を有した核兵器が二つ、堂々と歩き回っている様なものだ。しかもその起爆スイッチはどこにあるかわからず、誰が踏んでしまうかもわからない。
下手なことさえしなければ、そうそう爆発することもないだろうが、万が一ということもあり得る。
そこで政府は、タカアマノハラという海上都市を建造し、そこに異能者のための学園を作り、二人をそこへ学ばせるようにした。
万が一の場合……都市一つを犠牲にして二人の暴走する第一世代異能者を処理するために。
当然のことながら、利口な方法ではない。たった二人の異能者をどうにかするために、タカアマノハラに住む数千とも言われている人間を犠牲にしていいわけがない。
だが、この二人の暴走を放っておけば日本が……果ては世界が滅ぶ可能性も秘めているのだ。
二人の暴走を食い止める。そのためのタカアマノハラ警備隊であり……そのための異界学園なのだ。
『委員会は厳戒例発動と同時に、異界学園への通達も行うことにしている。いわゆるマンハントだ。そもそもの原因と目される、爆発を操る異能者、およびその関係者をあぶりだすために、目撃情報や身柄に賞金を懸ける予定だ』
「その通達はいつ頃になりますか?」
『明日にでも、行われる予定だよ』
「そうですか……」
委員会が異界学園そのものへこの手の通達を行うことは、めったにない。
基本的に委員会への依頼は生徒会へと行われ、生徒会の人間がその依頼を遂行するのに最もふさわしいと思われる人間を推薦するのが基本だ。
その手順を踏まないということは、それだけ委員会は事態を重く見ているということだろう。つまり、正規の手順を踏んでいるだけの余裕はないと考えているということだ。
『爆炎の異能者の情報も開示され、発見したものには相当額の賞金を支払うことになっている』
「その情報……当然、危険性なども含まれますな?」
『無論だ。委員会とて理解している。相手が、一朝一夕に捕まる相手ではないということはな』
少なくとも相手は、古金啓太を降している。そのことを知っている西岡は、委員会の決定に気が気ではなかった。
異界学園の生徒は入ったばかりの生徒を除き、例外なく何らかの異能を獲得している。その異能を駆使して成り上がろうという考えを持っており生徒は少なくない。一番の例は、暁への挑戦だろう。同じ第二世代であればあの男を降すことができる……そう考えるものは後を絶たない。当然、挑むたびに己の分というものを叩き込まれるわけだが。
そこへきての、委員会からの学園全体への依頼。これで自らが成果を立てれば、委員会に対して顔が売れると考えるものも少なくはないだろう。
「……明日から、爆炎の異能者の捜索以外でも忙しくなりそうですな」
『かもしれんな。対応は、君たちに任せる』
西岡は、好き勝手に動き回るであろう異界学園の生徒たちのことを考えて、頭痛を覚える。
異能を覚えたての者は、異能を持たないものを見下す傾向があるように思う。たとえこちらが武装していたとしても、大義名分と力がある以上、大人しく言うことを聞いてくれるとも思えない。
考えを改めるように、西岡は首を振った。
こればかりは、考えていても仕方がない。いや、いっそのこと明日になる前にこちらで異能者を捕まえてしまえばいいのだ。
そう考え、西岡は研三へと問いかける。
「それで……爆炎の異能者に関して何かわかったのですか?」
『素性に関しては、やはりこの間暁君が撃退した不良の一人のようだ。異界学園に直接攻め込んできた異能者たちの一人の証言から、そう判断した』
「そうですか……となると、爆炎の異能者の目的は、暁への復讐でしょうか?」
『話を聞く限りでは、そのようだな。予言の一つに、彼と暁君がどこかで対峙するというものがあった。彼も、暁君を目的に動くのではないだろうか?』
「……あとで、暁に教えておいてやるか」
何も知らないよりは、知っておいた方が動きやすいだろう。
今後の方針を考えながら、西岡はメモを取っていく。
「では、爆炎の異能者の背後には、アルマ・ディジーオの存在があるのでしょうか?」
『そこまでは断定できんが、教団とやらがディスクを使っているらしいことは分かった。関連があるのだとすれば、そちらの方ではないかな』
「教団……」
教団と聞いて思い出すのは、オラクル・ミラージュの母体となっているであろう、英国の新興宗教。
アルマ・ディジーオという男が、そこに技術を提供し、異能者を量産しているということなのだろうか。
「仮に教団とアルマ・ディジーオに繋がりがあるとして……その目的は何でしょうか?」
『今もおそらくは変わるまい。神の存在証明だろう。宗教の体裁を取っているのは……研究に使う人間を集めるためだろう。異能は、人の存在なくしては成り立たんからな』
「実験台というわけですか……」
西岡は、研三の言葉に不快感を覚えた。
異能者の存在を、己の研究のための糧としてみるのは研三も同じだが、彼はそのことを消して隠さない。
対し、教団を隠れ蓑にしているであろうアルマ・ディジーオはそのことをおそらくは教団の者には話していない。
ここ一週間で捕えた異能者たちの中には、教団の所属とみられる者たちも何人かいたが、その者たちは皆、自分が選ばれた存在であるということに一切の疑いを持っていなかった。
自分たちは神に選ばれた。故に、強い異能を賜ることができた。そう、考えていた。
そして、その異能をもたらしてくれた者に、強く感謝しているようだった。
その人間が、いったい何を考えて自分に異能をもたらしたのか、疑うことなく。
西岡は怒りを覚え、しかしため息を突く。
「……腹立たしいですが、本拠地が英国では、干渉のしようがありませんな」
『うむ』
そう。ここでどれだけ怒りを募らせようと、奴らの本拠地は英国にある。
タカアマノハラでは防衛のための権限を持っている西岡も、英国ではただの人だ。
向こうで何があったとしても、指をくわえてみているしかない。
『まあ、そう気を落とすな。今日か明日辺りにかけて、異能騎士団が宗教団体の摘発に動くらしいと、情報が入っている』
「異能騎士団が? それは本当ですか?」
『不確定な情報ではあるが……この間、暁君がそれらしい情報を向こうに流していたからな。それが決め手になったのだろう』
「そんなの初耳ですが……」
暁の名が出て、その行動を聞き、胃が痛みを発し始めたような気がする西岡。
相変わらず、自分本位な男である。その行動の結果、何が起こるのか少しでも気を使ってくれれば西岡も多少は気苦労が減るのだが。
「……まあ、いいです」
とりあえず、研三の言葉は聞かなかったことにした西岡。
小さく頷きつつ、英国のある方へと顔を向けた。
「今は、異能騎士団の宗教団体摘発がうまくいくことを祈りましょう」
『うむ。あるいは、こちらにも影響があるやもしれんからな』
研三も西岡に同意する。
遠い異国の地での作戦行動が、うまくゆくように祈りながら。
警備隊もてんやわんやのようです。それだけの事態なわけです。
一方の英国は、英国最強が無双しているようです。
以下、次回ー。




