Scene.66「俺たちは力を手に入れたんだぁ!!」
「ヒィヤァッハァァァァァァァ!!!!」
野太い男の雄たけびと共に、業火が迸る。
異界学園のグラウンドに突如現れたのは、謎の四人組。
全員男で、その両手には燃え盛る炎の棒のようなものが握られていた。
いや、より正確には、刀の柄の様なものの先から、炎の塊が刃状に伸びているのだ。
四人組の男たちは、それぞれに気勢を上げながら、手に持った炎の刀を振り回し、好き勝手にグラウンドで暴れている。
「オラァァァァァァ!! 燃えろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
男の一人が叫び声と共に炎の刀を振り回す。
振りに合わせて炎は伸び、グラウンドを舐めて生徒たちの元へと突き進む。
「う、うわぁ!?」
男子生徒が一人、悲鳴と共に腕を差し延ばす。
サイコキネシスの持ち主だったのか、見えない壁に阻まれたように炎が途中で遮られた。
だが、男が手に持つ炎は一つではなかった。
「まだまだぁぁぁぁぁぁ!!」
遮られたのとは逆の手に持つ炎の刀を振り上げ、男は勢いよく振り回す。
伸びる炎の刃は、一直線に男子生徒へと突き進んでゆく。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
彼の力では、片方の炎の刀を防ぐので精いっぱいだったのだろうか。
なすすべなく、悲鳴を上げる少年。
と、そんな彼の目の前に一本の木が舞い降りた。
「うわぁ!?」
無理やり引っこ抜かれたのであろう木は、根っこから土を落としながらも、少年の目の前に落着し、突き進んでいた炎の刃を防ぐ。
炎の刃は木に突き刺さり、その身を容赦なく焼き焦がしてゆく。
しかし、その裏にいる少年にもはや刃が届くことはないだろう。
「はっはぁ!! ムダムダァ!!」
だが、男はそう叫ぶと、防がれた方の炎の刀を振り上げ、伸びている炎の刃に組み合わせる。
「フレアブレードォ!! フルスロットルだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
男が叫ぶのと同時に、炎の刃が勢いを増し、今度こそ振ってきた木を打ち砕こうとする。
果たして、数瞬ののち炎の刃に討ち負けた木は砕け、爆散。黒く焦げた炭へと化してしまった。
……そして、その裏にいたはずの少年の姿はいつの間にか消えていた。
「あれ?」
男が間抜けな声を上げる。彼は、裏にいたはずの少年ごと木を打ち砕いたつもりだった。
だが、現実に砕けたのは木だけであり、少年の姿は消えている。
男は首を傾げ、今一度炎の刃を振り上げ――。
「そこまでにしておけよ」
その刃を振り下ろすことなく、何者かによって強かに地面に打ち据えられた。
「ンガァッ!?」
後頭部を強烈に地面に叩きつけられ、男の意識は一瞬で刈り取られる。
そして、男の体を地面へと叩き付けた暁は、首根っこをひっつかんでいた先ほどの少年の体を地面に下してやった。
「ほれ。どっかに隠れてろ」
「は……はひ……」
目の前に木が降りてきた瞬間、勢いよくダッシュしてきた暁に首根っこを攫われた少年は、その時の衝撃が抜けきらないまま、へっぴり腰でグラウンドを後にする。
暁はコキリと首を鳴らしながら、まだグラウンドで暴れているほかの三人の方へと視線を向ける。
皆奇声を上げながら、思い思いに生徒たちを追いかけまわしている。
「げひゃははははは!!」
「まぁてぇまぁてぇ!!」
「ひゃっはぁぁぁぁ!!」
叫びながら、両手に持った炎の刀を振り回す姿は、紛うことなき変態。
ただの変態と違うところは、その手に持つ凶器の威力といようが桁外れなところか。
「さて、差し当たり……」
暁は三人の注意を引くために、適当な場所をサイコキネシスで破壊する。
なるべく三人に音が聞こえるように、派手に。
「フンッ!!」
気合とともに放たれたサイコキネシスは地面を抉り、爆音を響かせ、砂煙をあげる。
その音に、グラウンドにいた全員が、音の方へと振り返った。
一撃で直径五メートルのクレーターを穿った暁は、そちらの方へと近づいてゆく。
男たちは、暁の姿を視界に入れた瞬間、目の色を変えてそちらへと突撃した。
「ミィツケタァ!!」
「にがさねぇ! にがさねぇぞぉ!」
「ぶっころしてやるぅあぁ!!」
「なんなんだ一体……」
両手に握った炎の刃を振り回しながら暁を取り囲む男達。
胡乱げにそいつらを見やりながら、暁は本日のグランド監督係の教師へと視線を送る。
「! すまん!」
教師は暁の視線を受け、そう叫ぶと大急ぎで他の生徒たちの避難誘導を始めた。
視界の端でそれを確認しながら、暁は適当に視線を巡らせ、ちょうど目の前に立っていた男に声をかけた。
「……で? お宅らどちらさんで、なんの用なんだよ?」
「忘れたとは言わさねぇぞ、俺たちのことをぉ!!」
男は猛りながら炎の刃を振り回し、暁へと突きつける。
「あの日、俺たちが受けた屈辱をぉ!! 倍返しにしてやるために、俺たちは力を手に入れたんだぁ!!」
「屈辱……」
男の言葉に暁は腕を組んで考える。
だが、先ほど会長に言ったように、暴力沙汰の恨み辛みというのは日常的に売り買いしている。
朝のうちに襲撃をかけてくる連中も、名を上げるためのものと、自分の恨みを晴らすものとが入り混じっているくらいだ。
もちろん、暁は他人にどれだけ暴力を振るったか、などということを一々覚えておくほど殊勝ではない。むしろ相手を叩き潰して三歩歩いたら、もう相手のことを忘れてしまうくらいだ。
なので、正直に答えることにした。
「あいにく覚えがねぇなぁ。いつ、どこであったっけな?」
「きぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁぁぁぁ!!!」
暁の正直な反応に、男はまたもや奇声を上げる。
男の奇声に反応するかのように、その手に持った二振りの炎の刃も轟々と音を立てて燃え盛った。
「覚えていない!!?? 人のことをあれほど、豪快に投げ飛ばしておいて、覚えてないとは何事だぁぁぁぁぁ!!!!」
「あいにくその程度日常でねぇ」
やかましい男の声に耳をふさぎながら、暁は片目を眇めて男を見据える。
「で、まあ……屈辱の倍返しだったか? そのためだけに、異能を身に付けたってわけか?」
「その通りぃ!!」
叫んで男は炎の刃をクロスさせる。
「このフレアブレード!! かの教団の助力を持って見に付けた我らが異能!! これでもって、貴様の身を粉みじんに焼き砕いてくれるわぁ!!」
「教団……ねぇ?」
胡散臭そうに眉根を寄せながら、暁は思い出す。
オラクル・ミラージュは、異能者を集めて戦力増強を図っている新興宗教団体とのつながりがあったということを。
となれば、彼らはその教団と接触し、異能を授かったということだろうか。
「ゆくぞぉ!! フレアァ! ブレェェェドォォォォ!!」
男が叫び、両手の炎の刃を振り上げる。
暁はそれを見ながら軽く屈伸を行う。
そして、サイコキネシスを纏いながら、跳ぶ。
「ホアァァァァァァァァァ!!!」
振り下ろされる刃を眼下に、暁は男を跳び越える。
危なげなく着地する暁に向かって、また別の男が前方から突っ込んできた。
「おりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
地面に対し水平に繰り出された刃を、暁は上体を逸らしながら回避する。
と、その隙をついて最後の男が、背後から炎の刃で足払いを仕掛けた。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
完璧なタイミングで仕掛けられた足払いであったが、暁はそのままバク転の要領で回避する。
アクロバティックな回避行動を終えた暁を、三人がまた囲う。
どうやら、輪の中から逃がすつもりはないらしい。
「フン。頭は悪くないようだな」
「グハハハハ!! 好きに吼えるがいい! 今すぐ貴様を消し炭に変えてやろう!!」
言うが早いか、男たちは暁の周りをグルグル回り始める。
三人の意思が統一されているかのように、まったく同じ速度で、暁の中心を走る。
手にした刃が軌跡を描き、一つのリングを形成しているようにも見える。
「……? なんだ?」
何かの儀式の光景にも見えなくもないそれを訝しげに見ている暁。
そんな彼の足元に、炎が走り始める。
男たちの回転に合わせて、円を描くように。
「……これは」
男たちの動きが早くなる。
それに合わせて、足元の円の速度も上がる。
ぐるぐるとまわる男たちの手に持つ炎の刃が輝き始め、そして足元の円を描く炎も燃え猛り始める。
「「「うおぉぉぉぉぉぉ………!!!」」」
男たちが声を上げながら走り続けていると、やがて暁の足元の炎も立ち上る渦のごとく燃え盛ってゆく。
「なんとまあ……」
暁がその光景に感心していると、男たちは呼吸を合わせて動きを止め。
「「「フレアブレード!! ストームケイジィィィィィ!!!」」」
叫んで、手にしていた炎の刃を地面に突き立てる。
地面に突き刺さった炎の刃はあえなく砕け、火の粉となって散る。
だが、それと同時に暁の周りをまわっていた炎が竜巻のごとく伸び上がった。
「うあぁぁぁぁぁ!!??」
その光景を遠巻きに見ていた生徒が一人、悲鳴を上げる。
昇竜のごとき炎の渦は、熱波を発し、グラウンドを焦がしてゆく。
「グアハハハハ! 我らが必殺奥義、ストームケイジ!! 中の温度は優に一千度を超える!! 焦熱地獄の中、苦しみ抜いて死ぬがいいわぁ!!」
勝ちを確信し、高笑いを上げる男達。
轟音を立てて立ち上る炎の竜巻は、辺りを不気味に照らし、熱風を撒き散らす。
「あ……新上先輩ぃぃぃぃぃ!!!」
先ほど暁によって救われた少年が、悲鳴を上げる。
それがまた心地よいのか、男たちはひときわ大きな声で笑った。
「グハハハハ!! よべよべぇ! どれだけ呼んだところで、もはや奴は助からん!」
「死の苦しみを持ってこそ、俺たちの屈辱は晴れるんだぁ!!」
「泣けぇ! さけべぇ! 後悔を抱いたまま、死んでいけぇ!!」
嘲り、罵り、そしてそんな自らを誇り。
男たちは笑い声を上げ続ける。
だが、次の瞬間。
「――それで終いか?」
「「「!?」」」
聞こえるはずのない声が、炎の竜巻の中から聞こえてくる。
その声に男たちが動揺するのと同時に、炎の竜巻が砕け散った。
中から現れた暁は、服がやや煤けていたものの、まったくの無傷であった。
「ば……ばかな!? ど、どうやって凌いだってんだ!? 一千度だぞ!?」
「こちとら、世界最悪のパイロキネシストにケンカを売る身だ。耐火対策なんざ、とっくの昔に完成してるに決まってるじゃねぇか」
パタパタと、肩についたすすを払いながら暁は平然と言ってのけ。
「……さて、これで終わりか? なら、覚悟はいいな?」
軽く首を傾げて、男たちにそう問いかけた。
必殺のストームケイジ、破れたり!!
そして暁の反撃が始まる……!
以下次回ー。




