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Scene.64「そりゃもうデートに決まってるじゃなーい!?」

「ありがとうございましたー」


 店員の声を背に、喫茶店を出る啓太とリリィ。

 小さく息を吐きながら、啓太は腹をさすった。


「お腹いっぱいだねー……」

「はい! たくさん食べました!」


 まさに満腹といった様子の啓太と、その隣で興奮冷めやらぬ様子のリリィ。

 目をキラキラ輝かせながら、リリィは啓太の手を取った。


「それにしても、日本は本当にご飯がおいしいです! あんな……あんな、ふわふわのパンケーキが食べられるなんて! まるで夢みたいです!!」

「あはは……リリィ、パンケーキ大好きなんだね」

「はい! 大好物です!!」


 微かに頬を引きつらせる啓太にリリィは満面の笑みで答えた。

 リリィが注文したパンケーキの総枚数を思い浮かべながら、啓太は若干ゲンナリとした様子でその数を口にする。


「……三十枚も食べちゃうほどだもんね」

「はい! 思わず食べ過ぎちゃいました……」

「ほんとどこに消えたの、あの枚数が……」


 啓太は、朝起きた時とさほど変わらないリリィの姿を見て、訝しげにつぶやく。

 気恥ずかしそうにお腹をさすっているが、体型が変わっているわけではない。昇華されたのだろうか。

 甘いものは別腹とはよく言うが、甘いものだけで腹を満たした場合はなんというのだろうかと、啓太はちらりと考える。

 次から次へと消費されるパンケーキに、その準備に追い立てられる喫茶店店主の姿が脳裏に浮かぶ。最後の辺りなど、出店の焼きそばを焼くかのごとくパンケーキをひっくり返していた。それでも味の劣化がない辺りは、さすがプロといったところだろうか。


「しかも、ポイントでの支払いでしたから、本当にお安く済みました! タカアマノハラ、すごいです!」

「そうだねー。ポイントでの支払い、少し甘く見てたかも」


 啓太は自身のポイントカードを見つめながら、少し驚いたかのように呟く。

 ミートスパゲッティとジュースくらいしか頼んでいない啓太はともかく、パンケーキ三十枚を平らげたリリィの支払いはどうなるものかと戦々恐々だったが、それでも3000ポイント程度の消費で済んだ。喫茶店であるから割高であったとしても、現金であれば倍額以上は取られているところだろう。

 もっと取られるものかと覚悟していただけに、嬉しい誤算といったところか。

 啓太もリリィも、ポイントの残高はまだまだ残っている。もう少し荒っぽく使っても大丈夫そうだ。


「……とはいえ、使ってたらなくなるし、そこは気を付けないとね」

「はい。確か、委員会からの依頼か、研究所の斡旋するアルバイトをこなせばポイントがたまるはず……」


 と、そこまで呟いて啓太は思い出す。

 そう言えば最近、委員会からの依頼を一つこなしていたことに。


「……そう言えば、気象情報研究所の依頼……」

「え?」

「あ、いや……。ほら、あの日の依頼。あれが達成されてれば、ポイントが入ってるのかなって……」


 啓太の声に、微かに気まずそうな気配が混じる。

 二人にしてみれば、あの日からしばらくの間、仲違いが続いていたのだ。あまり、話題に上らせたくないものだろう。


「……そう、ですね」


 リリィはぎこちなく頷き、啓太の言葉に同意する。


「ひょっとしたら、入ってるかも……しれないですね」

「うん。だから、ちょっと確認しにいこっか?」

「はい、わかりました」


 頷くリリィの動きが、若干固いことに気が付きつつも、気にしないふりをして啓太は先を歩く。

 リリィはそんな彼を追い、彼の隣に立って歩き始めた。

 啓太はちらりとリリィの横顔を見て、微かにこわばる彼女の表情に、こっそりため息をついた。


(ああ、やっちゃった……なんで今、あの日のことを話題にしちゃったんだよ……)


 せっかく仲直りしたのに、わざわざ自分から傷を抉りに行った様なものだろう。

 ここまでは順調に言っていたのに、リリィとの間にまた微かにひびが入ってしまった気がする。


(ああ、もう……僕って、なんでこう、バカなんだよぅ……)


 リリィに気付かれないように自嘲しながら歩く啓太。

 そんな彼らに声をかける男がいた。


「おんやぁ? 啓太ちゃんに、リリィちゃん? まだ学校終わってない時間じゃないかね?」


 二人が足を止めて振り返ると、そこに立っていたのは警備隊装備の北原であった。

 ガチャリとアサルトスタンガンを肩に担ぎながら、北原は二人へと近づいていった。


「もしかして、ズル休み? おっさん、そう言うのは感心しないんだけどなー」

「あ、いや、そうじゃないんです」


 別に後ろ暗いところがあるわけでもないのに、啓太は思わずたじろいでしまう。

 やはり、皆が学校で勉強なりなんなりしているときに、商店街なんかにいるとき恥ずかしさが出るものなのである。

 北原に向かいながら、啓太は事情を説明する。


「ええっと……北原さん、昨日のこと知ってますか?」

「ああ、うん、知ってるよん。ひょっとして、その関係で?」


 一瞬北原の顔が鋭くなる。昨日、啓太が警備隊と共に爆発系異能者に立ち向かったのは知っているようだ。

 啓太は少し安堵して、頷いた。


「はい……。一応、昨日に続いて、検査を受けてて、それで今日は学校を休んでいいことになってるんです……」

「なるほどねぇー……」


 北原は啓太の説明に納得したように頷き、それから不思議そうな顔でその後ろのリリィを見やった。


「それじゃあ、リリィちゃんは? リリィちゃんもどこか怪我したの?」

「あ、いえ、リリィは」


 一緒についてきているリリィについて、何と説明したものかと啓太は頭を悩ませる。

 だが、彼が何か言うより先にリリィははっきりとこう口にした。


「私は、ケイタさんが心配だったので、学校を休みました!」

「え、ちょ、リリィ」


 堂々とした説明。いっそ天晴と言うべきかもしれないが、決してほめられたことではない。

 フンスと鼻を鳴らさんばかりのドヤ顔のリリィを前に、北原は唖然となり、啓太はおろおろと狼狽える。


「――ップ、ッハッハッハッハッ!」


 しかし、すぐに北原が噴き出した。

 愉快でたまらないというような北原の様子を前に、リリィは顔を赤くして怒鳴り声を上げた。


「な、なんで笑うんですか! 私は、ホントにケイタさんが心配で……!」

「あっはっはっ……! いや、ごめん、まさか、そんな正直に言われるとは思わなくって……!」


 目じりに微かに涙が浮かぶほどに笑った北原は、すぐに優しい笑顔を浮かべて啓太を見つめる。


「啓太ちゃん……無事に、リリィちゃんと仲直り出来たんだねぇ」

「え!? あ、はい、いや、その……」


 北原の言葉に、啓太はうろたえる。

 まさか、リリィとの仲違いのことを知っているとは思わなかったのだ。

 そんな啓太の様子から大体察した北原は、少し苦笑した。


「啓太ちゃん、本当に無防備ねー。お前さん、自分が思ってるより、ずっと有名なのよん?」

「ぼ、僕がですかぁ? 先輩たちならともかく……」


 北原の言葉を胡散臭そうに聞く啓太。


「何言ってるの。朝から二人仲良く学校まで行ってた二人が、数日後、急に一人ずつ登校するようになって、話題にならないわけないじゃなーい。いつだって、一番早く広まるのは、事実より噂だからねぇ」

「そ、そうなんですか……?」


 北原の言葉を聞いても、半信半疑な様子の啓太。

 まだ納得できていないようだが、北原は構わず言葉を続ける。


「まあ、それはともかく……無事仲直りできてよかったじゃない? 二人とも、ちょっと見てて不憫なくらい落ち込んでたからさぁ……気が気じゃなかったのよ?」

「北原さん……」


 寮長という立場上、北原は生徒たちと接する機会も、警備隊の中では多い。

 気さくな性格というのもあり、生徒から相談を受けることもあるという。

 そんな彼が、啓太の身を案じていないわけはがなかったのだろう。

 そのことに気が付き、啓太はぺこりと頭を下げた。


「すいません……。なんか、心配かけちゃったみたいで」

「いーの、いーの。そんな時期に、自分から顔出したとはいえ、仕事手伝わせちゃったりしたのはおっさんたちなんだから」


 北原はそう言って笑い、気を取り直したようにニヤリといやらしく顔を歪めた。


「……けどまあ、仲直りして即、学校休んでデートっていうのは……おっさんさすがに感心しないけどねぇ?」

「……デートって……」


 思っていても、決して口に出さなかった単語を北原に言われ、啓太は顔を赤くする。


「いやーん! だって、男と女が二人で仲良くご飯食べたんでしょ!? そりゃもうデートに決まってるじゃなーい!?」

「違いますよ!! 確かにせっかくだから商店街で食べようとは言いましたけれど、決してデートと言うわけじゃないんですってば!!」


 必死になって否定する啓太。

 確かにシュチュエーション的には限りなくデートであるが、決してそんな邪な想いがあってリリィと一緒に商店街を訪れたわけではない。

 しかし、くねくねと変な風に体をくねらせる北原には一人で行っても聞いてくれそうにない。

 だが、今の啓太は一人ではない。


「リリィ! リリィからも何か――」


 啓太はリリィにも北原に説明してもらおうと振り返る。

 そこにいたのは、説明不要なほどに顔を赤くしたリリィの姿だった。


「………」


 リリィは顔を赤くし、俯きながら両手をこねくり合わせる。

 言うまでもなく、北原のデートの一言に過剰反応してしまったわけである。

 まさかの事態に開いた口がふさがらない啓太。

 そんな二人の姿を見て、北原は一言。


「青い春! 青春っていいわー!」

「だからぁー!!」


 涙目で抗議する啓太。

 彼らの暴走が収まるまで、五分少々の時間を要した。


「ハーッ……ハーッ……!」

「いやぁ、ごめんねぇ二人とも」


 年若い少年少女を弄って遊び、英気でも養ったのかすっかり北原はつやつやになっていた。

 そんないい年をしたおっさんを恨みがましく睨みつける啓太。


「ほんと……北原さんは、いい趣味してますよね……!」

「あ、ホント? 嬉しいなぁー」

「褒めてないです……ハァ」


 啓太は疲れたようにため息を突きつつ、ふと気になったことを問いかけた。


「……そう言えば、北原さんなんで警備隊装備してるんですか? また、どこかで異能者が暴れたとか?」

「ああ、これ? 当たらずとも遠からずってとこ」


 北原は微かに苦笑しながら、アサルトライフルを肩に担ぎ直す。


「昨日、急に異能者が現れて、暴れたでしょ? また今日も同じことがないとも限らないから、手すきの警備隊の人間が商店街を見て回ってるってわけ」

「そうなんですか……」


 警備隊の中では、まだ昨日の出来事の緊張が解けていないことを悟り、啓太は顔を引き締める。

 北原の言うとおり、昨日の出来事は本当に唐突に起きた。

 であれば、今日もまた同じことが起きるかもしれないのだ。


「まあ、さすがに連日でってことはないと思うけど……一応、警戒してちょうだいな」

「はい、わかりました」


 真剣に頷く啓太に対し、北原もまた頷き。


「それじゃ、デートの続きを楽しんでねぇん」

「だからぁ!!」


 余計なひと言を残して、その場を立ち去っていった。

 去ってゆく背中を肩を怒らせながら睨みつける啓太。

 そんな彼の手を、リリィが取った。


「え、あ、リリィ?」

「ケイタさん……」


 啓太が振り返ると、顔の赤みは引いたが今度は微かに青くなったリリィの姿が目に入る。

 リリィは唇を震わせながら、啓太に懇願した。


「もう、何かあっても……無茶しないでくださいね」

「あ……」


 リリィの震える声を聞き、啓太は微かに沈黙。


「……うん、わかってる。大丈夫だよ」


 そして微かに微笑んで、そう返した。

 その言葉にほっと安堵するリリィの顔を見て、啓太は微かに胸を痛めた。


(……ごめん、リリィ。きっと僕は……)


 何かあれば、また無茶をしてしまうから……。

 その言葉は、啓太の胸の中で、そっと消えていった。




 せっかく仲直りしたのに、啓太君は懲りないようです。

 さて、異界学園生徒会の方でも、先日の異能者の事で動きがあるようです。

 以下次回ー。

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