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Scene.60「世話の焼ける……」

 そうして暁たちがしばらく待っていると、ベッドの上に寝かせていた啓太がゆっくりと起き上がった。


「ううう……。自業自得とはいえ、ひどい目にあった」

「せっかくの会長の忠告をバカにした報いだ」


 お代わりのコーヒーを啜りながらそう口にする暁に、啓太は項垂れてしまう。


「面目ないです……」

「命あっての物種だ。テメェの実力って奴を、きちんと把握して行動するようにしな」

「はい、これからは気を付けます……」


 啓太はそう言って、凝り固まった背筋をほぐすように背伸びをしながらベッドから降りようとして体を横に向ける。

 そこには、じっと啓太の事を心配そうに見つめていたリリィの姿が。


「…………」

「…………」


 起き上がった啓太を、じっと見つめ続けるリリィ。

 そんなリリィの姿に驚いたように動きを止める啓太。

 しばし二人の間の時間が止まり、カッチコッチと秒針が動く音だけが心地よく響き渡る。

 静かに暁たちがその様子を見守っていると、すー……っと啓太の顔だけ赤くなっていく。まるで彼の内心をそのまま表しているようだ。

 そして、啓太の時が動き出す。


「リ、リリィィィィィ!!?? ななな、なんでここにぃ!?」


 勢いよく後退する啓太。

 今ベッドの上にいるということを忘れているようだ。

 当然、幅のさほど広くないベッドでそんなことをすれば。


「っ!? う、うわぁ!?」


 足、ではなく手を踏み外してベッドから転げ落ちる。

 そのままあわや後頭部強打からの気絶コンボに陥りそうになる啓太だが。

 呆れたように息を吐いた暁が、手助けする。


「世話の焼ける……」


 クイッと指を引き寄せるような動きをする。

 すると、落下しそうになっていた啓太の体を、暁の展開した力場が包み、力強く引き上げてくれる。


「え、ちょ、わぁぁぁぁ!?」


 そのまま引き上げられた啓太は、ストンとリリィの目の前に座らせられてしまう。


「あ、う、ちょ、先輩……!」


 リリィから目を離さないまま、啓太は抗議するように声を上げるが、我関せずと言った暁はのんきにコーヒーを啜り続ける。

 目の前に啓太が現れたリリィは、じっと彼の瞳を見つめ続けていた。

 その瞳の中は、何かの感情が微かに揺れているのが、至近距離の啓太には見て取れる。


(ど、どうしよう……!?)


 リリィに会って話をするつもりで外に出ていたはずの啓太だったが、いざ本人を目の前にするとなんと言ったら良いのかわからず、言葉が出てこない。

 そもそもこんなシュチュエーションを想定していなかったというのもあるが、彼女が今、自分のことをどう思っているのか……それがわからないのだ。

 また、リリィに嫌われるのは避けたい。その思いが、啓太の口を自然と重くしてしまう。


(ううぅぅぅ……どうしよう……)


 脂汗を流して迷う啓太。

 じっと見つめ返してくるリリィから視線を逸らしてしまいたい衝動に駆られるが、今それをやらかしてしまうともう二度とリリィと向き合うチャンスがなくなってしまうかもしれない。

 必死に首を固定して、リリィを見つめ返す啓太。

 リリィはそんな啓太をまっすぐに見つめながら、小さな唇を動かす。


「ケイタ、さん……」

「は、はひっ!!」


 リリィに名を呼ばれ、啓太の声が裏返る。

 暁が呆れ、美咲が噴き出しそうになり、会長は苦笑する。

 そんな周りの様子を気にする余裕もない啓太は、考えてもいなかったリリィのセリフを耳にした。


「本当に……ごめんなさい……!」

「………………え?」


 リリィが頭を下げて、震える声でそう口にしたのだ。

 リリィに嫌われていると思っていた啓太は、彼女の謝罪に一瞬思考が停止した。


「私……あの日……! ケイタさんに、ひどいこと、言って……!」

「え、ちょ……待って、リリィ。ひどいことをしたのは、僕の方で……」


 リリィの声に涙が混じるのを感じ、啓太は慌ててリリィを宥め始める。


「僕は、リリィのことを考えないで、向う見ずに突っ走って……そのせいで、リリィが危ない目に……」

「けど、ケイタさんは私を守ろうとした……! 守ろうと、してくれたのに……!」


 ついに涙が零れ始め、手で自分の顔を覆うリリィ。

 啓太は少し迷ったが、リリィの肩をそっと抱き寄せ、自分の胸元にリリィの体を寄せる。


「な、泣かないでリリィ……。僕は、気にしてないよ」

「そ、そんな、優しいこと、言わないでください……!」


 泣きじゃくりながら、リリィが顔を上げる。

 悲しそうな彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「私、ひどいことしたのに……! 優しくされたら、どう償っていけばいいのか、わからなくなっちゃいます……!」

「償うって……」


 リリィの口から出た重たい言葉に、啓太は困ったように眉尻を下げる。


「リリィ、僕は、別に君にひどいことを言われたからって、その償いを求めようとは思っていないよ? むしろ君に許してほしい、って思ってたんだよ?」

「いいえ……! あなたにひどいことをした私は償うべきで……許されるべきじゃないんです……!」


 ぼろぼろ涙をこぼしながら、リリィは訴えるようにそう言った。

 彼女のあまりにも痛々しい姿に、どう接すべきか迷う啓太。


「そんなことは……ないよ? だって、リリィは……」

「いいえ、私、私は……!」


 しゃくりあげ、リリィは。


「パパと、ママを、見捨ててしまったから……!」


 そんなことを、口走った。


「……どう、いう、こと……?」


 リリィの口から出た、衝撃の告白。

 それを聞き、啓太は動揺しながらも、何とか問いかける。


「君が、ご両親を見捨てたなんて……そんなこと……」

「いいえ……! だって私には、力があるから……!」


 そう言って涙にぬれる瞳で自身の両手を見下ろすリリィ。


「あの時……ママがシャンデリアに潰されて、パパがクローゼットに噛み殺されたとき……あの時に、この力が目覚めていれば……!」


 まるで濡れた血を拭うかのように、自らの顔を両手でごしごしと力強く拭うリリィ。


「私、私が、あの時力に目覚めていなかったから……! だから、パパとママが……!」

「リリィ……」


 その声に根付くのは強い悔恨。責められるべきではない少女は、自らの目の前で起きた惨劇を受け止めきれず、己を責め続けていたのだろうか。

 啓太は、微かに迷い、そして強くリリィの肩を握った。


「リリィ、聞いて」

「私のせいで、私が目覚めなかったから……」

「お願いだよ、リリィ……」


 少し強く力を込め、リリィの両肩を揺さぶる。

 だが、リリィに啓太の声は届かず、リリィはひたすら己が罪と思っていることを口にする。


「私が……! 私が、パパとママを……!」

「………」


 啓太は悲しそうな目でリリィを見つめ、やがて意を決したように瞳の中に意志を宿す。


「ごめん、リリィ」


 そう呟くと、彼女の肩を抱いていた手を離し、大きく振り上げる。

 数瞬後。パン、と乾いた音が響き渡った。


「………」


 一瞬何をされたのかわからなかったのか、リリィが呆けたような顔で自らの頬を触る。

 やや赤く腫れた頬が痛みを発するのか、恐る恐るといった様子だ。

 そして、険しい表情で自分を睨む啓太の方を見る。


「ケ、ケイタ、さん……?」

「ごめん、リリィ」


 啓太はもう一度そう言うと、今度はリリィの体をぎゅっと抱きしめた。

 啓太に抱きすくめられ、リリィはびくりと体を震わせる。


「ケイタ、さん? な、なにを……?」

「君のせいじゃない」


 啓太はリリィの耳元に口を寄せ、囁くようにそう言った。


「君のせいじゃない。君の、両親が死んでしまったのは」

「………」


 その言葉にリリィが体を硬直させ、啓太を拒絶するように暴れはじめる。

 啓太は体を離されないように、より強くリリィの体を抱きしめた。


「は、離してください……! 私、私がパパとママを見捨ててしまったのは、事実なんです! あの時、私が……!」

「君が力に目覚めていても、君はパパとママを守れなかった!」


 啓太の言うことに耳を貸さずに叫んでいたリリィは、その言葉を聞いて目を剥いた。


「な、なにを言って……」

「力に目覚めて、それだけで人が強くなれるわけがない! たとえ君が力に目覚めていても、悪霊に返り討ちにされていたのがオチだ!」

「そ、そんなこと……!」


 弱々しかったリリィの瞳に、力が籠る。

 啓太の言葉に怒りを覚え、それに反論するように彼を突き飛ばそうとする。


「そんなこと、ないです! 私があの時力に目覚めていたら、きっとパパもママも……!」

「じゃあなんで君は僕に勝てなかったんだ!? 君を守れず、無様に傷ついた男に負けて、君の両親を殺した悪霊には勝てたのか!?」

「!?」


 啓太のさらなる怒号を耳にし、リリィの動きが止まる。

 今度こそ、リリィの動きを封じるように啓太が彼女を抱きしめる腕に力を込める。


「守れなかったんだ……たとえ力があったとしても……! ただそれだけで命を脅かす物に勝てるほど、僕たちは強くないから……!」

「あ、う……」

「だから、君のご両親は命を懸けたんだよ……何よりも、大切な君の命を守るために……自分の命を……」


 いつの間にか、啓太の瞳から涙が零れている。


「だから見捨てたなんて思っちゃだめだよ……君は、大好きなパパとママに……守ってもらったんだよ……」

「う、うう……」


 啓太の言葉を聞き、声をもらすまいと歯を食いしばるリリィ。

 だが、自分を抱きしめる啓太の体の暖かさに、彼女の口がゆっくりと開いてゆき。


「う、う、ううああああぁぁぁぁぁぁ……――!!」


 彼女は泣いた。

 心の底から湧きあがる悲しみに任せるように。

 自分を救ってくれた両親の死を、ようやく受け入れたかのように……。






 啓太がリリィを抱きしめたあたりから、美咲達と一緒に部屋を出た暁たちは、リリィの泣き声を背にしながら、その場を後にした。


「まあ、あとはほっといても平気だろ」

「でしょうけれど……大丈夫ですかね、二人きりにして?」

「平気でしょう。今日このためだけに、このフロア丸々研三先生に貸し切っていただきましたから」

「権力の無駄遣いね」


 会長の言葉に呆れたように呟くつぼみ。

 読んだエレベータを待つ間、自嘲するようにメアリーが呟いた。


「ダメですね、私……。ケイタさんより、あの子のことを分かってるつもりで、結局何もわかってませんでした……」

「気にすんなよ。ありゃ半分くらいリリィの自爆だろ?」

「けれど、あの子に心を開いてもらえなかったのは事実ですよ」


 やってきたエレベータに乗り込むメアリー。

 それに暁たちは続く。


「……まあ、なんにせよ、これで二人は元通りですかね」

「だといいがな」

「おや? 何か不安でも?」


 二人の仲を懸念するかのような暁の言葉に、美咲が首を傾げる。

 天井を見上げながら、暁はポツリと溢した。


「いや。今回のこれのせいで、二人とも顔を見合わせられなくなったりしねぇかと」

「……ああ、それはありそうですねぇ」


 その瞬間の光景を想像したのか、美咲がじゅるりと涎を啜る。

 それはさぞかしピンク色の背景が幻視出来る光景だろう。ついでに、無糖のコーヒーも甘く感じられるかもしれない。

 そんなことをしゃべりながら、暁たちは病院の外へと出た。

 少し集団の輪から外れながら、会長は扇子を開いて口元を覆い隠す。


「――では、今日はここで解散としましょうか?」

「だな」

「はい、わかりました。光葉が限界の様なので、俺はこれで」


 コックリコックリ歩きながら舟をこぐ光葉の腕を抱きながら、駿はいち早くその場を離脱していく。

 駿の背中を見て肩を竦めながら、暁もまた歩き出した。


「じゃあ、俺も帰るぜ」

「私も帰りますかねー。つぼみ、あなたは?」

「私も帰る。お腹が減ったし……」

「私も、帰りますね。会長さんは?」


 自らの寮へと足を向ける三人に問われ、会長は小さく笑った。


「手続きの関係で、もう少しここにいますよ。少なくとも、今夜一夜は泊まれるようにしてあげませんとね」

「……その気遣いをもう少し、朱音さんに向けてあげればよいのに……」

「? 何か言いましたか、久遠君」

「いいえ、別に! それでは!」


 美咲は誤魔化すように力強く言い切り、つぼみと共に歩き出す。

 事情を知っているメアリーは苦笑し、会長に小さく会釈して帰っていった。

 会長は全員を見送り終え、小さく息を突きながら病院の中へと戻っていく。


「さて、お医者様たちに何と説明したものですかねぇ……」


 これからの交渉の厄介さを考え、一つため息をつく。

 月はやや傾き、そんな会長の姿を静かに見降ろしているのだった。




 ひとまず、啓太とリリィのケンカは終息! よかったね二人とも!

 さて、タカアマノハラを訪れた不穏の影は今……。

 以下次回ー。

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