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Scene.59「何って、躾」

 啓太がパイロキネシス系の異能者と戦い、負傷してしまった。

 美咲達にとってというべき出来事は、会長から伝えられた。

 彼女たちは買い物を途中で切り上げ、啓太が搬送されたというタカアマノハラ総合病院へと急いだ。

 タカアマノハラ総合病院は、タカアマノハラに唯一存在する医療機関だ。立っている場所こそ研究区画ではあるが、そこで働いているのは正当な医療免許を取得した普通の医師だ。異能を利用した医療技術というのも、タカアマノハラでは研究されているが、日本はもとより今のところ世界のどの国においても正式な医療方法としては認められていない。唯一米国が、実験的に利用を許可している程度である。そもそも個人の資質に強く作用される異能は、万人の体を治す医療技術に転用するのは難しいと言われている。タカアマノハラ総合病院に普通の医者しかいないのは、その辺りが理由だ。

 美咲達は総合病院の中へと駆け込み、受付へと殺到する。


「申し訳ありません! こちらに古金啓太という学生が運び込まれたと窺ったのですが!?」

「古金さん……ああ」


 血相を変えた様子の美咲が口にした名を聞き、受付の看護師はすぐに何かに思い至ったようだ。

 手元からメモの様なものを拾い上げ、美咲へと差し出した。


「古金さんでしたら、こちらの部屋へ運ばれていきましたよ」

「ありがとうございます! では!」


 美咲はむしるように看護師から紙を奪い、そのままエレベーターへと駆け出す。

 その後ろには、つぼみ、メアリー、そしてリリィが続いてゆく。

 院内は走らないでくださーい、という看護師の力ない声を聞きながら、美咲はエレベーターのボタンを乱暴に叩く。

 もどかしいくらいにエレベーターの扉はゆっくりと開いてゆくが、完全に開くのなど待っていられないと言わんばかりに、美咲達はエレベーターの中へ体を押し込んでいく。

 つぼみがエレベーターの階層ボタンに手をかけ、美咲へと問いかける。


「美咲! 階は!?」

「ええっと……五階! 五階です!」


 美咲はメモに書かれた階層を叫び、それに応じてつぼみは五、と書かれたボタンを押し、開閉ボタンを何度も叩いた。

 やはりゆっくりと閉まるエレベーターの扉。完全にエレベーターの扉が閉まり、ゆっくりとエレベーターが上階へと向かう間、メアリーがポツリとつぶやいた。


「何が……あったんでしょうね」

「……まあ、多分あの爆発があった辺りで何かあったんでしょうけど」


 商店街で見た光景を思いだし、美咲は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「この間あんなことがあったっていうのに、啓太さんは何を考えているんでしょうか」


 呆れと怒りの混じったため息を吐く。

 ついこの間、無謀に駆け出し、そして痛い目を見たというのに啓太はまた同じ轍を踏んでいる。


「ああ、もう……会長からだけではなく、私たちからも何か言っておくべきですねこれは」

「同感。このままじゃ、いつか命を落としてしまいそう」


 ぼそりと不吉なことを呟くつぼみ。彼女の言葉を聞いて、リリィが微かに震える。


「……」

「リリィ、大丈夫です。そうならないように、皆でしっかり叱ってあげるんですからね?」


 メアリーがリリィの肩を抱き、優しくそう言い聞かせる。


「……はい」


 リリィはメアリーを見上げ、小さく頷いた。

 そうする間に、エレベーターが目的の階へと到達する。

 扉が開き、美咲達の目の前に静謐な病室が飛び込んできた。

 いわゆる多床室の姿は見えず、個室だけが用意されたフロアのようだ。


「……それで、啓太がいるのは、どこ?」

「えーっと……」


 開閉スイッチを押し、エレベーターから皆が出るのを待っているつぼみの言葉に美咲はメモを見る。

 と、その時。


「あいだだだだだ!!」

「……え?」


 どこからともなく、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。


「……この声、ケイタさんじゃ?」

「み、たいですけど……」

「あい、だ、いだい!!??」


 美咲達が呆けている間にも、啓太の悲鳴が響き渡る。

 声の聞こえてくる方向を見ると、静まり返った個室の、さらに奥の方に見える部屋から聞こえてくるようだ。

 恐る恐る美咲たちが近づいていく間にも、啓太の悲鳴は止むことはない。


「ああぁぁぁぎゃぁぁぁぁぁ!!??」

「え、なんですこれ? 一体何してるんです?」

「さ、さあ……?」


 美咲の疑問に対し、リリィが怯えたように首を横に振った。

 今も啓太の悲鳴が響いてきている。怯えるのも当然だろう。

 美咲達が奥の部屋の前まで到着する。相変わらず、部屋の中から悲鳴は響き渡っている。


「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ……!!」

「なんなんです一体……」


 訝しげに顔をしかめる美咲。

 部屋のネームプレートには、特に何もかかってはいない。ごく普通の、病院の個室のようだが……。

 やや躊躇したものの、美咲はノックなしに部屋の扉を開けた。


「ちょっと、啓太君!? 一体どうしたん、です、か……?」


 目に入った光景に、美咲の声がしぼんでいく。

 そこにいたのは。


「おお、やっと来たか」

「いだだだだだだ!!??」


 啓太の背後から彼の左足に己の左足をからめるようにひっかけ、さらに右腕の下を経由して自身の左腕を首の後ろに巻きつけ、背筋を伸ばすように伸びあがった暁の姿。

 がっちり関節を決め、啓太を締め上げているその姿は、紛うことなきコブラツイスト。

 美咲はそれを見てがくんと顎を落とし、メアリーは目を丸くし、つぼみは半目で暁を見やる。ただ一人、リリィだけが啓太の姿を見てその心配をしていた。

 何故かプロレス技をかけている暁を見てのんびりとコーヒーを啜っているのは会長だ。


「ああ、皆いらっしゃい。コーヒー飲むかい?」

「啓太くーん……」


 そのそばで同じくコーヒーを啜りながらしょんぼりしているのは……背格好やリボンから察するに、啓太と同じ学年の少女だ。


「あ、モリヤマさん……?」


 その少女の姿を見て、リリィが小さくその名前を呟いた。どうやら知り合いのようだ。

 そして窓辺には、夜ということもあってだいぶおねむな光葉と、彼女に肩を貸して静かに本を読んでいる駿の姿があった。暁の啓太に対する体罰に関しては我関せずと言った様子だ。

 目頭を揉みながら、状況がつかめない皆を代表して美咲が暁へと問いかける。


「あー、そのー……暁さん? なにしてらっしゃるかお伺いしても?」

「何って、躾」

「躾ってあなた……」


 あまりにも直接的な表現に若干引く美咲。

 そんな彼女の前で技を解き、肩を竦める。


「この間の会長の説教でも身に染みてねぇみたいだからな。会長の言葉も聞かねぇんじゃ、あとは体に躾けるくらいしかねぇだろ」

「ぐぎゅ」


 痛みに悲鳴を上げていた啓太は、そのままばったり床の上に倒れる。

 かなり長い間、技をかけられていたのかビクンビクンと痙攣しながら白目を剥いている。


「……どのくらいの間、技かけてたんですか?」

「えーっと、精密検査が終わって、この部屋に引っ込んでからお前らが来るまでの間だから……小一時間?」

「どんだけ……」

「ケイタ君!? しっかりしてぇ!」


 暁の言葉にさらに引く美咲を押しのけ、リリィが倒れた啓太の傍に駆け寄った。

 涙目で、啓太の体をゆする彼女の様子は、商店街で見せていた憔悴した姿など無かったかのようだ。


「ふむむー。やっぱり、親しい女の先輩より、愛しい人の方が心の支えになるのですねー」


 よよよとわざとらしく泣き崩れる美咲。無論、その瞳に涙などない

 そんな美咲の脇をすり抜け、つぼみは暁の傍へと近づいていった。


「まあ、それはいいとして。精密検査と言っていたけど、何を見たの?」

「啓太の奴、背中を爆破されたとかでな。火傷は駿の奴が治したんだが、骨とかにひびが入ってたらことだからな。その辺調べてもらってたらしい」

「らしい?」


 曖昧な表現につぼみは首を傾げる。


「一緒に居たんじゃ?」

「いや、俺がこっち来たのはその検査が終わった辺り。駿から一通り話は聞いてたんだが、宿題が途中だったからな。しっかり終わらせてからこっち来たんだ」

「怪我した後輩より宿題優先するってどうなんですか……」


 啓太の先輩にあるまじき発言をする暁に、美咲は呆れたような視線を向ける。

 そんな視線を心外だというように、暁は鼻を鳴らしてみせた。


「何言ってんだ。学校の行事とか、委員会の依頼とかならともかく、放課後に自分から異能者と喧嘩して怪我したんなら、そりゃテメェの責任だろうよ。後輩の私事に、いちいち時間割いてやるほど俺は優しくはねぇぞ。儲かるわけじゃなし」

「いやまあ、儲からないでしょうけれど……大概酷いですね、貴方も」


 正論と言えば正論ではあるが、もう少し心配してあげてもよさそうなものだ。

 そんな暁のコーヒーを差し出してやりながら、会長は一応フォローを入れてやる。


「まあ、そんな彼ですけれど、宿題が終わったら飛ぶようにこちらへ向かったんです。なんだかんだで古金君のことは心配なんですよ」

「ほほぅ」

「ほっとけ」


 会長の言葉にニヤリと頬を歪める美咲と、その視線から逃げるように顔を背ける暁。

 美咲達に背を向けながらズズッとコーヒーを啜った。


「……なんでも、古金をやった奴はタカアマノハラでは見かけない異能者だったらしいからな。そのうち俺の方にも話が来るかと思ったんだよ」

「タカアマノハラで見かけない……。ということは学外の人間ということでしょうか?」


 その言葉に、美咲は首を傾げる。

 基本的に、タカアマノハラで見かける異能者=異界学園の生徒であると考えてよい。

 ここ、タカアマノハラは異界学園の生徒たちのために作られた街であるとも言われている。関係者以外の人間となると、あとは観光客位なものだ。

 腕に覚えのある異能者が、駿や暁に挑みに来たりもするが、迷って商店街で暴れるという話は聞かない。二人とも、それなりに目立つ人間だ。彼らに出会うのに迷うことはない。


「まあ、そう考えていいんじゃねぇか? 何考えて商店街で暴れていたかは知らんがな」

「一緒に居た、こちらの森山君に話によれば、啓太君は警備隊の方々と協力してその不審な異能者を取り押さえようとしたのだとか。結局、逃げられてしまったようですけどね」

「ムムム、捕まってはいないのですか……それは怖いですね」


 気絶した啓太の後頭部を見つめながら唸り、美咲は暁の方を見る。


「もしその異能者の捜索依頼が来たら、速攻で捕まえてやってくださいよ?」

「依頼額にもよるが、まあ任せとけ」


 暁は背を向けたまま請け負い、コーヒーを飲み干した。




 啓太君へのお仕置きの時間でしたー。

 そして事態は少し深刻な方へ……?

 以下次回ー。

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