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Scene.5「そりゃお前、天の配剤って奴だろ」

 リリィ・マリル。

 それがはいてない少女、もといもう一人の交換留学生の名前らしい。

 四人で連れ立って学校の校庭に赴きながら、リリィは悔し涙にむせぶ。


「ううう……! 騎士団団員にあるまじき失態です……! それというのも!」

「恨み言ならあの女に言えよ。俺は欠片も関係ないぞ」

「リリィ。アカツキさんの言うとおりですよ」

「はい……」


 暁だけでなく、メアリーにまで諌めるように言われてリリィはおとなしく俯いた。

 だが、しょげていたのはほんのわずかな間。すぐに勢いを取り戻すと、大事に抱えていた傘を勢いよく暁に突き立てた。


「で、ですが、汚名挽回の機会はまだ失われていないはず! アラガミ・アカツキ尋常に勝負です!」

「それは別にかまわんが。汚名は挽回するものじゃないぞ?」

「汚名返上、が正しい日本語だよ、リリィ……」

「なんと!?」


 背中から啓太に訂正を喰らい、今度こそリリィは校庭に両手をついて愕然と項垂れた。


「い、一度ならず二度までも……。団長、リリィは、リリィはダメな子ですぅぅ……」

「ここまで来ると、いっそ清々しいな」

「この子も、悪い子じゃないんですけれど……」


 がっくり項垂れるリリィの姿を見て、メアリーは苦笑する。

 彼女の背中を慰めるように、啓太は軽く叩いてやった。


「まあまあ、リリィ……失敗したなら、取り戻せばいいよ……」

「ケイタさん……」


 啓太の言葉にリリィはやる気を取り戻したのか、瞳を潤ませながら顔を上げ。

 ギュッと拳を握って立ち上がる。その瞳には、もう闘志が宿っていた。


「はい! そうですね! ここで落ち込んでいては、団長に合わせる顔がありません!」

「そうそう、その意気だよ!」


 リリィの復活に、啓太がうれしそうに微笑む。

 リリィはそんな啓太の両手を取って、ぎゅっと握りしめた。


「ケイタさん、ありがとうございます!」

「え!? ど、どういたしまして……」


 至近距離の微笑み、そして柔らかな手の感触。

 思春期の少年には、いささか刺激が強すぎたのか、啓太は顔を赤くし、リリィから顔を背け。


「私、団長に報告します……異国には、ケイタさんのような立派な淑女がいたと!」

「僕男だって言ったよね!?」


 リリィの衝撃発言に、ショックを受けて思わず振り返る。

 啓太の言葉に、リリィは不思議そうに顔を背けた。


「え、でも……団長は“フルガネ・ケイタという少女は男装して学校に通っている”と……」

「何故!? どうして異国の騎士団の団長にまでそんな認識が!?」

「俺と奴とで唯一合意に達した議論だからな」

「普段、すごい勢いで反目しているのに!?」


 一連の光景を、携帯のカメラに動画として収めながらの暁の発言に、啓太が振り返る。

 暁は力強く頷いた。


「なに。この一点においては合意に達したというだけだ。普段はいけすかねぇバカ女に違いはねぇよ」

「だからどうしてその一点でだけ合意に達したんですか!?」

「面白いから」

「あんたって人はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 啓太はリリィの手を振り払って再び飛び蹴りを放つが、暁はあっさり避ける。

 避けられた啓太は危なげなく着地し、そのまま両手を大地に着いた。

 背中には、哀愁を漂わせながら。


「ああ、もう……なんで僕って、どこに行ってもこんな扱いなんだよぅ……」

「そりゃお前、天の配剤って奴だろ」

「廃材の間違いじゃないんですかぁ~」


 泣きながら啓太が振り返る。アカツキはその様子をも撮影しようとするが、あいにく容量が限界となった。

 メモリ容量の小ささに舌打ちしながら携帯をしまう暁に、再び人影が襲い掛かった。


「アラガミ・アカツキ、覚悟ぉー!!」


 傘を構えたリリィである。

 軽く回避行動をとった暁の制服の裾を捕えたリリィの傘が、容赦なく布地を引き裂いた。

 ビリィ!と音を立てながら、暁の制服の裾がリリィの傘の先端に持っていかれる。


「を?」

「リリィ!!」

「止めないでください、メアリーさん! この男、やっぱり許しがたいです!!」


 暁の脇を通り過ぎ、そして振り返るリリィ。

 傘をさながら突撃槍(ランス)のように構えながら、リリィは自らの怒りを暁に向けた。


「ケイタさんのような優しい方に、あのような仕打ち……! この男、悪鬼羅刹の類に相違ありません! この場で、騎士団の名において成敗します!!」

「……あれ? ひょっとして、リリィが僕のことさん付けで呼ぶの、男だと認識してないからじゃ!?」


 地味に重要な事実に気が付いた啓太を置いて、リリィはヒートアップする。


「さあ、アラガミ・アカツキ!! 覚悟なさい!!」

「………」


 目の前の少女の怒気を受けながらも、暁は冷静にリリィを観察する。

 持っていかれた制服の切れ端は、今はリリィの足元に落ちている。

 そして、持っていかれた自身の服の制服の端をつまむ。

 その部分はまるで、力尽くで引き裂かれたようだった。無理やり引きちぎられた布地の繊維が、痛々しく露出している。制服とて、決して安い品物ではない。力尽くで破くとなれば、相当な力がいるだろう。そもそも、単純な力で引き裂いたというのであれば、全身をそのまま引きずられてもおかしくない。ならば、リリィの膂力が優れているのか?


「やぁー!!」


 リリィが再び、傘を腰だめに構えて突撃してくる。

 暁はそれを正面から受けることはせず、足元の小石を蹴飛ばして対処してみる。

 暁が蹴り飛ばした小石が、傘の先端に触れる、と見えた瞬間。


「無駄です!!」


 リリィの一喝と共に、小石は無残に砕け散った。

 文字通り微塵に砕けた小石を勢いで吹き散らしながら、リリィが突貫してくる。


「我が突撃する槍傘(チャージ・パラソル)、その程度の小石で止まるものではありませーん!!」

「大した自信だな」


 見たままで威力を判断するのであれば、間違いなく人体程度であれば容易く貫く威力だろう。

 リリィが自信満々であるのも、その威力に裏付けされているからだと思われる。

 勢いのまま突撃してくるリリィに対し、暁は自然体のまま構え――。


「……だが、足元がお留守だ」

「ぎゃわん!?」


 しかし何もせぬままに、リリィは勢いよくすっ転ぶ。

 顔面で再び地面に激突したリリィの後頭部を見下ろしながら、暁は彼女が持っていた日傘を拾い上げる。


「高そうな日傘をまあ、武器にしちまって……」

「うぐぐ……! あ!? か、返してください!!」


 鼻を押さえながら起き上ったリリィは、暁が傘を持っていることに気が付き、慌てて取り戻そうと飛び上がる。

 リリィが懸命に飛び跳ねる間に、暁は日傘を広げ、リリィの頭上に影が差すように、傘を掲げ上げた。

 そして、リリィを見下ろし、にやりと笑う。


「ああ、別にいいぜ。取れたら持ってけ」


 そう言い、日傘から手を離す暁。

 だが、彼の言葉と行動とは裏腹に、日傘はふわふわと浮き上がり、リリィの身長では到底届かない高さへと浮き上がってしまう。

 そして日傘はそのままいずこかへと、まるで風に流されるように飛んで行ってしまった。


「あ、あー! 待って、待ってー!」

「あ、リリィ!」


 日傘を追いかけるリリィと、その背中を追いかける啓太。

 そんな二人を眺める暁の背中に、メアリーが声をかけた。


「……すいません、アカツキさん。あの子は、特に団長を慕ってまして……」

「だろうな。言動があのバカ女くさい」


 あちらへふらふら、こちらへふらふら。

 糸の切れた凧のように飛び回る日傘と、それを追いかける二人の子供。

 まるで童話の一ページを切り取ったかのような光景だ。

 それを眺めながら、暁はメアリーに確認した。


「……傘の表面に力場を展開する……それが、リリィの異能か?」

「……はい、その通りです」


 メアリーは暁の指摘に、小さく頷いた。


「区分としちゃ、ゲンショウ型。種類は……サイコキネシスだな。力場だけ纏うってのは、発想としちゃありがちだが、傘ってのは面白いな」


 ゲンショウ型。これは、異能を区分するときの形式の一つだ。

 異能科学論において、異能とは二つの種類に大別できるとされている。

 それが、ゲンショウ型とハコニワ型。


「ええ、そうですね。あの傘は、ご両親に勝ってもらった、思い出の品らしくて……だからこそ、念が宿ったのではないかと、団長は仰っていましたが」

「器物に念が宿る……付喪神の思想か。そういう意味じゃ、ハコニワ型だな」


 二つの異能の区分、これは概ね以下のような分類を取られる。

 ゲンショウ……すなわち現象型。己が魂を通し、森羅万象に通じる理を、己の手足として行使できるもの。

 ハコニワ……すなわち箱庭型。己の魂を形として、森羅万象に投影し、己の理として行使できるもの。

 だが、異能科学論の父である異世研三は、この分類に意味はないとも口にする。

 あくまで分類として必要だったから用意したものであり、一定の型にあてはまる必要はない、と。

 故に、異能者の中にはどちらに分類されるのかよくわからないものも存在する。

 ちょうどリリィの突撃する槍傘(チャージ・パラソル)のように。


「持ってた傘に念が宿ったのか、持ってた念を傘を通して発現してるのか……。まあ、どっちでも構わねぇんだろうがな、研三のおっさんは」

「そうですね。ケンゾウ氏は面接でも、そうおっしゃられ……おや?」


 と、そこで一つの変化が起きた。

 傘を追いかけていた二人のうち、啓太が懐から何かを取り出したのだ。

 そして急いでそれを傘に向けてばらまく。

 それはどうやら、トランプのようなカードに見えた。


「お、出たな切られた札(ワイルドカード)

「ワイルド……?」


 暁の言葉に、メアリーは不思議そうに首をかしげるが、すぐにその意味に気が付く。

 彼女が見ている目の前で、宙にばらまかれただけのはずのトランプが傘へととりつき、リリィの手が届きそうな位置まで押し下げているのだ。


「あれは……ひょっとして、ケイタ君の?」

「ああ。リリィと同じ、物を通して使うゲンショウ型だな」


 しばらくトランプと傘は拮抗していたようだが、、やがて傘の方が根負けしたようにゆっくりとリリィの手元へと降りてくる。


「あんな具合に、トランプから念を発する異能だ。リリィの突撃する槍傘(チャージ・パラソル)と違って、威力は低いが、汎用性が高い」

「なるほど……」


 メアリーに説明してやりながら、暁は指を鳴らした。

 同時に、傘を引っ張っていた見えない糸が突然切れたように、リリィの顔面に傘の柄がぶつかった。

 突然の出来事にリリィはひっくり返り、そして啓太は必死にリリィに頭を下げ始める。

 その光景を目にし、メアリーはじっとりとした眼差しで暁を睨みつけた。


「アカツキさん……今、わざと念を解きましたね……?」

「さて、何のことかな」

「とぼけないでください」


 白々しい暁の様子にため息をつき、メアリーはその名を口にした。


「我流念動拳……あなたが扱う、サイコキネシス現象の総称でしょう? リリィの傘があの子の手を離れて動くというのであれば、それ以外に原因があり得ますか?」

「傘ってのはあれでなかなか幻想的なアイテムだ。たまには、空を飛びたくなるんじゃねぇか?」

「詩人ですね」

「先輩コラァァー!!!!」


 メアリーが半目で暁をねめつけていると、啓太が叫びながら突撃してきた。

 彼の周囲にはトランプが舞っており、しかも触れるもの皆斬り裂かんと言わんばかりにギュインギュイン回転していた。

 薄い紙で出来たトランプは、よく斬れる。


「今念解きましたね!? 僕がリリィのすぐそばまで傘下すの待ってから、念解きましたねぇ!?」

「何のことやらさっぱり」

「犯人はみんなそう言うんですよコノヤロォー!!!!」


 怒声と共に、無数のトランプが暁へと向けて飛翔する。

 高速回転するトランプは、暁の素肌を無残に斬り裂く……かと思われたが。


「フンッ!!」


 暁が勢いよく拳を振り下ろすのと同時に、トランプが皆ベチャリと地面にたたきつけられた。見えない巨大な掌に押しつぶされたかのように。


「我流念動拳、巨掌(きょしょう)……!」

「何を無駄にかっこつけてんですか! やってることは後輩いじめですからね、あんたぁぁー!!」


 悔しそうに地団太を踏む啓太を得意げな表情で見つめる暁。

 そんな彼の横顔を見つめて、メアリーは深々とため息をついてしまうのであった。




 なんかようやくそれっぽいシーンが書けた気がする。

 ちなみに能力名は“厨二病っぽく”というテーマに決めております。

 突撃する槍傘(チャージ・パラソル)はともかく、切られた札(ワイルドカード)とかはスゲェお気に入り。あとで後悔しそう的な感じで。


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