Scene.57(けど、この場くらいは……!)
「啓太君……ッ!」
文の悲痛な叫びが、男の放つ爆音に掻き消されてしまう。
空中を走り、爆風をしのぎながら啓太は攻撃するチャンスを窺う。
(爆発から次の攻撃に移る時のタイムラグがほとんどない……! どうしよう……!?)
男が異能を発動する際の動作は、腕を爆発を飛ばす方向へと向け、指を鳴らす。
たったこれだけで、ダイナマイトもかくやという爆発を引き起こしている。
しかも、指を交互に鳴らすことで、連続で爆発を引き起こしてみせている。
異能の威力と比較して考えれば、驚異的な連射力だ。普通であれば、即座に消耗して果ててしまいそうであるが、今のところその気配もない。
暁のように異能の力が完全にコントロールできているか、出なければほぼ底なしかのどちらかだろう。
啓太は睨むように男を観察しながら、新たなトランプの束を取出し、暁から聞いた話を思い出す。
(そう言う相手と対峙したときのコツは……!)
中空にトランプをばら撒き、その先をすべて男の方へと向ける。
男は両腕を差し上げ、指を鳴らし、一瞬ですべてのトランプを灰へと変える。
その爆風から顔を庇いながら走り、啓太はさらにトランプを巻いてゆく。
(とにかく異能を使わせる! そして、その中で相手の癖を見抜く!)
そうすることで、少しでも状況を打開するヒントを見出す。それが暁の言葉だ。
もし相手が底なしでなければ、そうして消耗させることでこちらに優位な状況へともっていけるし、そうでなければ相手の攻撃動作の最中にある癖を見抜く。
その癖が、ひょっとしたら現状打破につながることもあるだろうし、少なくとも一方的に攻撃できているという状況で相手の油断を誘うことができるかもしれない。
攻撃が最大の防御であるが、王手をかけた瞬間が最も無防備な時でもある。問題は、その隙をつくことができるのか、であるが……。
「……っ!」
やむことなく連続で来る爆風の中、啓太は必死に目を凝らす。
男は最小限の動作で異能を発動し、こちらを追い立ててくる。
どうすれば奴の隙をつけるか……。少なくとも、啓太が空中を走っても同様らしいものは見えなかったのは確かだ。
(僕がこういうことができるのを知っていたのか……!? それとも、そんなことはどうでもいいのかもしれないな……!)
包帯の隙間から覗く瞳を見て、啓太は背筋を凍らせる。
どこまでも冷然とこちらを睨む男の瞳は、常に啓太の姿をとらえて離さない。
しかも、こちらに注目していながら警備隊の動向にまで注意を払っているようだった。
警備隊が啓太を援護しようと動き出すと、その動きを妨げるように彼らの元に爆発が起こる。
「うあっ……!」
爆発の大きさこそ大したことないが、さすがに直撃してタダで済むとも思えない。
警備隊の者たちは、固唾を呑んでこちらの攻防を見守っている。
だが、西岡は心配そうにこちらを見つめている。その表情は歯がゆそうで、今にもこちらへと援護に駆けだしてしまいそうだ。
(変に時間をかけると、西岡さんまで危険にさらしちゃいそうだ……!)
啓太はトランプをばら撒き相手の能力を誘っていたが、やがて意を決する。
敵の懐に飛び込むことを。
(相手が爆発を操るなら、その範囲に自分を収めることはないはず……! なら、一気に接近してしまえば!)
キッと顔を上げ、男を睨む。
至近で爆発が起こり、体が煽られる。
それに従い、啓太は体を空中へと投げ出した。
「ヒッ……!?」
誰かが息を呑む声が聞こえた気がする。
それは文の物のように、啓太には聞こえた。
(僕は……また同じことを繰り返したのかな……?)
文の声に、リリィのことを思いだし、啓太は歯を食いしばる。
(やっぱり僕には、無理なのかな……)
何一つ変わっていない自分に悔しさがこみ上げる。
だが。
(けど、この場くらいは……!)
視界の片隅に見える赤い導火線。
それを認識しながら、啓太は中空を蹴る。トランプを足場に。
「―――ッ」
顔を上げると、男が微かに目を見開いて啓太を見つめている。
だが即座に腕を上げ、導火線を爆破するために指を鳴らそうとする。
それを見て、啓太は。
「遅い――ッ!!」
大きな声で叫びながら、空中で加速した。
その速度は尋常ではない。一瞬で、啓太の姿が掻き消えたのだ。その直後、啓太のいなくなった場所で虚しく導火線が爆ぜる。
その場にいた全員が、騒然となる。
何しろ、ただの人間が空中で加速したのだ。そして。
「たぁぁぁーー!!!」
男へ一気に殴りかかる。
男は間一髪のところでそれを避けた。
返す刀で、啓太は拳の先にトランプを張り付けてそれを振りかぶる。
「これでぇ!!」
そのまま男を逃がさぬままにもう一度殴りかかる――。
ジジッ……。
その時だ。
何かが焦げる……そんな音が、耳元で微かに聞こえ。
「……ッ! 啓太君、後ろッ!!」
文の悲鳴と共に、背中で何かが爆ぜ、焼けるような痛みが啓太を襲う。
「あぐぅっ!?」
啓太の背中が勢いよく反り返る。
しばらくぶすぶすと、啓太の制服が焦げる音が聞こえ、そして啓太が膝をつく音が嫌に大きな音で聞こえてくる。
「啓太君!!」
「待つんだ!!」
文が悲鳴を上げ、啓太へと駈け寄ろうとする。警備隊の隊員が、何とかそれを止めた。
「離してぇ! 啓太君が!!」
「わかっている! だが、君まで……!」
警備隊の隊員が何と文を制止しようと必死になっている中、啓太は朦朧とした意識を必死につなぎとめようとする。
(背中にトランプを張ってなかったら、危なかった……!)
先ほど、啓太が加速した種は背中に仕込んだ一枚のトランプであった。
啓太の異能、切られた札はトランプを基点にサイコキネシスを発動するゲンショウ型の異能だ。その性質を利用し、啓太はトランプを簡易ブースター代わりに使ったというわけである。
そして、先ほどの爆発の際には、防御障壁として使用した。そのおかげで、致命傷は避けられたが……。
(けど、なんでだ……!? 僕の加速と同時にあいつは導火線を爆破したはず……! 僕の背中を、攻撃できるはずが……!?)
痛みの中で考える啓太。そんな彼の頭を無造作に誰かが掴んだ。
「あぐっ……!」
「………」
そのままグイッと持ち上げられる。
痛みに目を閉じ、そして微かに開くとそこには包帯を巻いた男の顔面があった。
どうやら片手で啓太の頭を掴んで持ち上げているようだ。頭にかかる指の痛さから考えても、相当力が強い。
「ぐ、くく……!?」
背中と頭。双方の痛みにうめきながらも、啓太は相手から目を離さない。
そんな啓太の視界に、赤い粉のようなものが見えた。
「ぐ……!?」
その粉は、男の周囲を舞い、絶えず動いているように見える。
そして、時折中で何かが爆ぜるように瞬いた。
(なん、だ、これ……!?)
不可解な現象に思考がかき乱されるケイタだが、男はそんな啓太に構わず彼を勢いよく空へと放り投げた。
どんな膂力か、啓太の体は容易く空へと舞い上がった。
「啓太君――!!」
文の声がまた聞こえてくる。
だが、啓太にそちらに気を払う余裕はなかった。
目を凝らして男を見る。
遠く離れていては気が付かなかった赤い粉は、男が上げた指の先に集まり、男が指を弾くと同時にまっすぐに啓太の方へと伸びてくる。
「くっ……!」
啓太は残る力でサイコキネシスを練り、何とか防ごうとするが、トランプを撒くだけの時間がない。
次の瞬間、啓太の視界を紅い炎が覆い尽くした。
爆音、閃光。
啓太の体は、炎の中へと消えた。
「キャァァァーー!!??」
文の甲高い悲鳴が商店街に木霊する。
警備隊の者たちも、息を呑む。
……だが、すぐに異変に気が付く。
啓太の体を包んだ炎は、何の支えもなく空中で延々と燃え続けているのだ。
その炎を見て、爆破した男もまた目を見開いている。
どうやら、男が行ったことではないらしい。
「な、なんだあれは……!?」
その場にいた者たちの気持ちを代弁する警備隊の一人。
そんな彼の疑問に、一人の少年が答えた。
「そこまでです。このタカアマノハラでのこれ以上の狼藉……俺が許しませんよ?」
「――ッ」
男が、聞こえてきた声に振り返る。
そこに立っていたのは、学生服に身を包んだ、最強のパイロキネシスの持ち主。
「分を弁えないというなら、相手をしましょう。お前が灰になるまで」
異世駿だった。
駿は悠々と男の脇を通り抜け、今だ燃え続ける炎の元へと近づいてゆく。
男は駿に仕掛けることなく、それを黙って見つめる。
駿は炎の足元まで来ると、両手を捧げて何かを受け止めるような体勢を取った。
駿を待っていたように、炎はゆっくりと降りてきて、駿の手の中へと納まる。
やがて炎はそのまま駿の体の中へと納まっているかのように消えてゆき、その中から啓太の姿が現れた。
「啓太君!」
それを見て、涙をこぼす文が駈け寄ってきた。
駿は文の方へと体を向けると、啓太の体を地面に横たえた。
文が傍に屈みこむと、いつも通りの平静な声で彼女に伝える。
「背中の火傷は、さっきの炎で治しておきました。他の傷ならともかく、火傷であれば俺の領分ですので」
「そう、ですかぁ。よかったぁ……」
ほっとしたような表情で気を失っている啓太を見つめる文。
駿はいつも通りの表情でそのまま立ち上がり、男の方へと振り返った。
「……さて。大人しく下るならよし。そうでなければ、燃やしますが」
「……」
脅しとも取れる駿の言葉に、男は無言。
それを反抗の意志ととったのか、駿は無言のまま炎を男へと飛ばす。宣言通り、燃やして灰にするつもりなのか。
だが、男も黙ってはいない。素早く両手を突き。
「………ッ!!!」
ここまでで、一番大きな爆発を起こした。
「ぬ、ああぁぁぁ!!??」
振動と衝撃が、その場にいた全員へと襲い掛かる。
平静のまま立っていられたのは、炎を纏って襲い来る衝撃をすべて燃やした駿位なものだった。
「………」
目の前で起こった爆発にも動じることなく、駿は炎を身に纏ったまま歩を進める。
そして、上がる黒煙に炎を差し向けすべて焼き払った。
その後に残るのは、ブスブスと残り火による煙を開ける地面に開いた大穴だった。
「……逃げましたか」
駿は小さく呟きながら、こちらへと駈け寄ってきた西岡の方へと振り返った。
「駿くん! 無事か!?」
「西岡さん。この下には、何がありましたか?」
西岡の問いには答えず、駿は逆に質問する。
その様子から、心配無用と判断したのか西岡は穴を覗き込みながら答えた。
「いや……特に何があるわけじゃない。強いて言えば、海位なものだ」
「そうですか」
駿はその言葉に頷き、穴を見下ろした。
確かに波の音が聞こえてくる。下には特に何もなさそうだった。
「……啓太君の敵くらいは、討ちたかったのですが……まあ、いいでしょう」
駿は呟きながら、今も学校で宿題に取り組んでいるであろう親友に連絡するため、電話帳を開いた。
……そんな駿の影を、遠くから見つめている小さな影が二つ。
「……んだよあいつ。早く逃げすぎじゃね?」
「相手はカグツチ……。彼の判断は、正しいよ?」
「わーってるよ……。教授も絶対戦うなって言ってたしな」
「うん……。彼を拾って、次、だね」
「おー、わかってるよ。せいぜい、ドウシサマのために、たくさん時間を稼いでやんよー」
影はそう言い合うと、そのまま溶けるように姿を消した。
一応の決着と、謎の影の登場。なんでしょうね?
そしてこの事件に研三先生は?
以下、次回ー。




