表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/104

Scene.55「やっぱり男の子ってダメよねー」

「ハー、いささか買い過ぎてしまいましたかねー?」


 両手いっぱいに買い物袋を引っさげた美咲はそう呟いた。

 中に詰まっているのは、大量の衣服だ。

 さすがにブランド商品こそないが、若者向けの衣服を取り扱う店はタカアマノハラの商店街にも存在する。

 美咲のように暇を見つけてそう言った店を渡り歩き、お気に入りの衣服を買いあさる女学生はたくさんいるのだ。


「たまにはいい。例え着る暇がないのだとしても」

「こんなに服を買ったの、初めてです!」


 美咲の後ろには、やはり両手に買い物袋を引っさげたつぼみと、やや興奮したようなメアリー。

 そして。


「………」


 俯いたまま、三人の後に続くリリィの姿があった。

 彼女の手にも買い物袋が下がっているものの、メアリーのように興奮してはいなかった。

 いや、むしろ買い物袋の重さに負けて、足取りも重くなっている様な雰囲気さえ漂っている。

 軽く振り返ってリリィの様子を窺い、彼女の陰鬱な雰囲気を確認した美咲は少し歩幅を狭め、つぼみとメアリーに近寄って声をかける。


「ダメですね……。いろいろ引っ張りまわしましたけど、リリィさんの気持ちが浮上してきません……」

「買い物の最中も、声をかけても上の空でしたしね……」

「それにかこつけて、着せ替え人形みたいな扱いしてみたけれど、効果なかった……」


 啓太との仲が、いまだに修復されていないリリィ。その影響か、彼女はずっと沈んだままの表情で一日を過ごしている。

 それを知った美咲たちは、彼女たちなりにリリィを何とか励まそうと、商店街に引っ張りだし、買い物めぐりに付きあわせたのだ。

 だが、今のリリィには美咲たちの気遣いは届かなかった。声をかけられても小さく返事をするばかりで、彼女たちの話題にのってくることはなく、つぼみの言うとおりに着せ替え人形のように扱われても為すがままであった。


「わかっていましたけど、ダメージ大きいですねぇ……」


 リリィの様子を窺いながら、美咲は一つため息をつく。

 何とかしてやりたい、とは思ってもやはりリリィ自身が心を開いてくれなければこちらからはどうしようもない。

 リリィの心は、あの日からずっと閉じられたままであった。


「あの子はトラウマを抉られてる。一朝一夕にはいかない」


 他の皆と違い、本を買い込んだつぼみはその重みにやや苦心しながらも、重々しく頷いた。


「……そうですね」


 メアリーもまた、リリィの様子を窺うようにちらりと振り返る。

 三人の声は聞こえていない様子のリリィは、静かに美咲たちについてきている。


「……それで、どうします? これから」

「むむむ……一通り、お気に入りの店は回ってしまいましたからね……」


 買い物袋を持ったまま腕を組み、美咲は唸り声を上げる。

 しばらく考えていたが、特にいい考えは思い浮かばなかった。

 小さく肩を竦め、両手の荷物を軽く振る。


「……とりあえず、荷物を寮に送ってしまいましょう。さすがに、重たいですしね」

「……そうね」

「わかりました。リリィも、いいですね?」

「………」


 メアリーの確認に、リリィが小さく頷く。

 それを確認してから、四人は商店街の各所にある、テレポーターによる荷物の転送所へと向かった。

 異能者の暮らすタカアマノハラ独自の店舗の一つであり、テレポーターがテニモツを指定の場所に転送してくれるというサービスである。

 事業主は委員会であり、所属するテレポーターは異界学園の生徒に限られる。学校側が紹介するアルバイト先の一つなのである。

 美咲たちが近場の転送所へと入ると、そこでは見知った顔が店番をしているところだった。


「いらっしゃいませー。……って、美咲ちゃん?」

「あら、朱音先輩? お久しぶりです」


 生徒会の一員である、姫宮朱音だ。

 委員会から支給される、専用の制服を身に纏った朱音は少し驚いたような顔で転送所に入ってきた四人の姿を見回す。


「つぼみちゃんも! 久しぶりねー。そっちの外人さんは……誠司君が言ってた新入り二人ね?」

「え、ええ……ミサキさん、この方は?」

「ああ、メアリーさんとリリィさんは初対面ですよね。生徒会の一員で、三年生の姫宮朱音さんです。生徒会の誇る、ハコニワ型のテレポーターなんですよ?」

「初めまして、姫宮朱音です。ええっと?」

「あ、はい。メアリー・ストーンと申します」


 美咲の紹介を受けて、自己紹介を始める朱音。

 メアリーもまた、自分の名前を名乗り、頭を下げる。

 そして、リリィの背中を押して、朱音の前へと押し出す。


「さあ、リリィ。あなたも」

「……リリィ・マリルです」


 リリィは元気なく名乗り、小さく頭を下げた。

 目の前の少女の様子に不審を覚えたのか、朱音は美咲の方を見やる。


「美咲ちゃん? この子、どうしたの……?」

「あー、えー、そのー……朱音さん? ちょっとお耳をよろしいですか?」

「? いいけど」


 美咲の手招きに、朱音は体を寄せる。

 美咲はリリィを気遣い、声を落としながら朱音に事の次第を手早く伝える。

 リリィの事、啓太の事、この間の天気予報会の事。

 そしてその時に起こった侵入者騒ぎと、啓太がリリィのトラウマを刺激してしまったこと。


「――というわけでして」


 すべてを簡潔に話し終え、美咲は朱音から体を離す。


「はあ、なるほど。やっぱり男の子ってダメよねー」


 美咲から話を聞いた朱音は、残念そうな表情で深いため息をついた。

 そんな彼女を見て、美咲は首を傾げる。

 美咲はどちらかと言えば、相手を酷評するよりまずリリィを慰めるような女性なのだが。

 そして、朱音はちらりと美咲を見る。

 ……なんとなく訪ねなければならない雰囲気を察し、美咲は口を開いた。


「……何かあったんですか、朱音さん?」

「そーなのよー! 聞いてよ美咲ちゃん! 昨日のことなんだけどね!?」

「あ、はい」


 美咲はカウンターの上に荷物を置きながら、話を聞く態勢を作る。

 どうやら誰かに話をしたくて仕方なかったらしい朱音は、すごい勢いで捲し立てた。


「久しぶりに誠司君と一緒にお仕事してたんだけれどね!? その時誠司君、私をお姫様だっこしてくれたのよ!」

「そうですか。おめでとうございます」


 日ごろの態度から、朱音が会長に対して慕情を抱いているのを知っていた美咲は素直にそう言った。

 だが、朱音はそう口にした美咲をぎろりと睨みつける。


「それが全然よくなかったのよ!!」

「え、そうなんですか?」


 お姫様だっこ。女の子なら一度は夢見るロマンス溢れる体勢である。

 そんな体勢に巡り合えたというのであれば、昨夜の朱音は幸運だったのではないだろうか?

 そう思っていた美咲だが、続く朱音の言葉ですぐに彼女の態度に納得した。


「その時、大体荒事が終わった後だったんだけど……誠司君、一息ついて「……ところで姫宮君、太りました? 思ってたより重いのですが……」なんて口走ったのよ!? 失礼だと思わない!?」

「それは失礼ですね! 何考えてるんですか会長!」


 美咲は朱音に同調し、憤慨したようにカウンターを叩く。

 女子にとって体重の話題は、禁忌にも等しい。特に重いなどと言われれば、朱音の憤慨もやむ形無しといったところか。

 余談だが、朱音はその報復に会長の顔面に斜め一直線の爪痕をつけている。美咲は知る由もないわけだが。


「まったくもー、男の子ってホント空気が読めないっていうか! そう言うわけだから、リリィちゃんだっけ? 元気出しなさいね! 私はリリィちゃんの味方だから!」

「あ……はい、ありがとうございます」


 朱音からエールを受けて、リリィは少し驚いたような顔で頷く。

 朱音はそんなリリィの様子に満足そうに頷きながら、四人の顔をそれぞれに見回した。


「……さてと! それじゃあ、荷物を預かるわね! 皆の寮って、同じかしら?」

「あ、いえ。私とつぼみは同じですけど、メアリーさんとリリィさんは別でしたよね?」

「はい。リリィと私は同じなんですけれど……」

「はいはい、じゃあ回るのは二つの寮ねー」


 朱音は四人から荷物を受け取り、メアリーたちの寮がどこなのかを聞く。

 そして料金を受け取ると、にっこりと笑った。


「はーい、ありがとうございまーす! じゃあ、さっそく寮母さんたちに預けてくるわねー」

「はい、お願いしますね」

「お仕事頑張ってください」

「ありがとうねー」


 美咲たちの言葉に笑って答え、朱音は奥へと引っ込んだ。

 おそらく転移の基点がそこにあるのだろう。

 口々に別れの言葉を口にしながら、四人は転送所から出る。


「んー! 荷物を預けて少しすっきりしましたねー」

「重かったもの。当たり前」

「いえ、ツボミさんの場合、自業自得かと」

「………」


 軽く伸びをする美咲たちにリリィは俯きながらついていく。

 そんなリリィへと振り返り、美咲は彼女へと声をかける。


「驚きました? 朱音さんは、生徒会の一員ですが、異能が便利なので外でのお仕事の方が忙しいんですよー」

「あ、いえ……それはそうなんですけれど……」


 美咲の言葉に、リリィは少し反応を返す。

 朱音との会話がきっかけになったのか、少しだけ気持ちが浮かび上がったようだ。

 リリィは少し迷うように視線をさまよわせながら、美咲にこう言った。


「ずっと……考えていたんです……」

「考えていた? 何をです?」

「………ケイタさんの事を………」


 リリィの体が少し震える。その名前を呼ぶのを、戸惑っているような感じだ。

 美咲はリリィの口から啓太の名が出たことに驚きながらも、リリィが自分から口を開いてくれたことがうれしく静かにその先を促した。


「はい。それで?」

「……それで、その……」


 リリィは俯き、もじもじと手をこねまわす。

 その様子から、彼女が何かに対して躊躇しているのが窺えた。

 美咲はリリィを急かすことなく、じっと彼女を待った。

 傍に立っていたつぼみとメアリーも、リリィの様子を見て静かに待っている。

 やがて、リリィが意を決して何かを口にしようとした、その時。


 ドォーン……!!


 と遠くで何かが破裂する爆音が響き渡った。


「!? な、なんです今の音!?」


 突然の出来事に、美咲は周りを見回す。

 見れば、周囲の者たちも何事かと周りを見回している。

 美咲は自分の聞き間違いではないことを確信し、さらに目を凝らす。

 と、一方から黒い煙が立ち上っているのが見えた。


「あれは……? なんでしょうか?」

「わからない。けれど、いい感じはしない」


 つぼみが顔をしかめながら、美咲と同じ方向を見る。

 音に委縮して、また口を噤んでしまったリリィを抱きしめてやりながら、メアリーも煙の登る方角を睨みつけた。


「どこかの誰かが騒いでいるのでしょうか? なんにせよ、非常識です」

「ですねぇ……」


 美咲も同意しながら、顔をしかめる。

 四人が見ている中、上り続ける黒煙は収まることなく空へと伸びていった。




 リリィたちの方でも、同じものを見ていたようです。

 さて、また視点を戻して、啓太の方です。

 以下次回ー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ