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Scene.54「楽しい気持ち、感じられなかったんだー」

「はぁ……」


 生徒会室を暁によって追い出され、一人リリィたちを探しに街に出た啓太。

 だが特別当てがあるわけでもなく、とりあえず商店街へとやってきていた。

 人が集まったり、放課後の学生たちの憩いの場と言えばここだ。

 様々な商品の専門店だけでなく、ゲームの種類ごとに分けられたゲームセンターまである。ちょっとした、アミューズメントパークと言っても通用してしまいそうなくらい、放課後の商店街は賑やかであった。

 そんな中を一人歩く啓太の顔は、周りの学生たちとは違い、陰鬱に沈んでいた。


「……リリィに味方になってほしい……って思ったけど、これって完全に僕のわがままだよね……」


 考えるのは、この間暁の前で吐露した自分の気持ちのこと。

 リリィに拒絶され、落ち込んで……ならばリリィに何を求めるかと考えて、出した答え。

 それを抱えて、啓太は深く悩んでいた。素直に、この気持ちをリリィにぶつけてよいものかどうか。


「リリィ、今日も僕のこと避けてたし……今そんなこと言っても、リリィに余計に避けられるだけだよね……」


 今日、学校でリリィに話ができる機会があれば、改めて天気予報会でのことを謝罪しようと考えていた。

 だから、寮の前でいつものように待ち、リリィに話しかけようとした。

 だが、寮から出てきたリリィは、啓太の姿を認識した途端、怯えたような表情を見せ、逃げるように顔を伏せて駆け出してしまった。

 啓太はその背中を追おうとしたが、結局追うことはできなかった。

 リリィの顔に、明確な拒絶の意志が浮かんでいたからだ。

 また、はっきりと言葉に出して拒絶されるのが怖くて……結局学校でもリリィに声をかけることを戸惑ってしまった。


「……はぁ」


 また一つ、ため息をつく啓太。

 先ほどから、ため息ばかりついてしまっている。

 考えることは、リリィとの仲直りの方法のことばかり。

 だからこそ、啓太は気が付くことはできなかった。

 背後から忍び寄る……彼を追う人影を。


「………」


 その人影はゆっくりと前を歩く啓太の背後へと忍び寄り、彼に気が付かれないようにゆっくりと息を吸い込み。


「――オアァー!!」

「っぎゃぁ!?」


 突拍子もない大声を上げ、文字通り啓太の度肝を抜いた。

 突然驚かされてしまった啓太は、あられもない悲鳴を上げながら足をもつらせ、そのまま前のめりに倒れ込んでしまう。

 大声を上げた不埒物は、そんな啓太の様子を見て、愉快そうに笑い声をあげた。


「あっははは! びっくりした? ねぇ、びっくりした? あははは!」

「も、森山さん……」


 啓太は転んだままの態勢でゆっくりと後ろへと振り返り、自身を驚かせた相手……クラスメイトの一人である森山文の姿を睨みつけた。

 ニコニコと楽しそう笑っているが、彼女の表情はこれがデフォルトであり、少なくとも啓太は彼女の悲しそうな表情や怒ったような表情を見たことはない。

 彼女も異界学園に通うだけあって異能者らしいのだが、あいにく啓太は彼女がなんの異能を持っているのか知らない。グラウンドで見たことはないので、おそらく物理的に作用しやすい異能ではないと思うのだが……。

 ツインテールをピコピコ揺らし、自分の体も楽しそうにゆらゆら揺らす彼女を睨みつけて、啓太は恨みがましそうに、唸り声を上げた。


「いきなり何するのさ……」

「あははは! ごめんごめん! なんか、啓太君が一人でさびしそうに歩いてるからさー!」


 楽しそうに笑いながら、文は啓太へと手を差し伸べる。

 啓太は渋い顔でその手を取り立ち上がり、自分の尻についた汚れを手で払う。


「ああ、もう……制服なんて、そう何着もないのに」

「あははー、ごめんねー?」


 啓太の顔を見て、さすがに罪悪感が刺激されてきたのか、申し訳なさそうに眉尻を下げながら文は手を合わせて謝った。

 啓太はしばらくそんな文の様子を睨みつけていたが、すぐにため息をついて小さく笑った。


「……もう。こんなふうに驚かすのは、やめてよね?」

「あははー。約束するねー」


 彼女もまた笑いながら、一つ頷いた。

 啓太は一つ咳払いして気を取り直す。


「それで、何か用?」

「あははー? 別に用があったわけじゃないよー?」


 啓太の問いに、文はそう言って首を傾げる。

 啓太は、その返答に思わず一瞬黙り込んでしまう。


「……そ、そうなの……?」

「うん、そうだけどー?」

「あ、ああ……そう……」


 思わず顔をひきつらせて頷くが、文は不思議そうに啓太を見つめるばかり。

 本当に用があったわけではないようだ。

 啓太は脱力したようにため息をつきながら、再び商店街の中を歩きはじめる。

 文はそんな啓太の後ろについて歩き始めた。


「啓太君どこ行くのー?」

「リリィを探しに……というか、ついてくるんだ?」

「うん。やることないしー」


 啓太の後ろについて歩きながら、文は不意にこんなことを呟いた。


「啓太君、やっぱりリリィちゃんと喧嘩したんだー」

「うぐっ」


 笑顔で痛いところをついてくる文。

 思わず胸を押さえる啓太に、文はさらに追い打ちをかけた。


「一昨日からだっけー? 前の日まではすごく仲良かったから、皆不思議そうだったんだよー?」

「うぐぐ……!」


 苦しそうにうめく啓太。

 しかし文の口は止まらない。止められない。


「みんな言ってるよー。きっと啓太が空気の読めない発言して、気まずくなったんじゃないかってー」

「なんでそんな評価!? 人の気も知らないで、みんな勝手なー!!」


 さすがの啓太も憤慨と共に大きな声で叫ぶが、文は気にした様子もなく続けた。


「何があったのー? お話聞かせて?」

「いや、あの……」

「聞かせて? ね?」


 何故か妙に押しの強い文の様子に戸惑う啓太。

 まっすぐにこちらを見つめて問いかける彼女を前に、啓太はしばらくして彼女から視線を逃がす。

 文は啓太をまっすぐに見つめ続ける。

 しばらく、そのままの状態で立ち続ける二人。


「……なんていうか、その」


 やがて、文の視線に耐え切れなくなり、啓太はゆっくりと口を開く。


「……リリィの、さ。嫌な思い出を……その……思い出させちゃって……」

「………」

「それで、その……リリィに、さ……嫌われちゃった……みたいで、その」


 黙って啓太の話を聞く文。

 そんな彼女の様子に耐え切れなくなり、啓太は背中を向けて完全に彼女の視線から逃げる。


「……とりあえず、そんな感じ……でさ! 僕が皆、悪いんだよ! 僕が……」


 啓太はギュッと瞳を閉じる。

 侮蔑か罵倒か。

 どちらにせよ、肯定的な意見は帰ってこないだろう。

 来るであろう言葉に覚悟し、身を固くする。


「……ふーん、そうなんだー……」


 けれど、啓太が思っていたような言葉は帰ってこなくて。

 文が少し納得したように頷く気配だけが感じられた。


「だからかー……リリィちゃんから、楽しい気持ちが感じられなかったのはー」

「……? 楽しい、気持ち……?」

「うん、そうー」


 恐る恐る振り返ると、文は頷いて胸の前で手を組んだ。


「私の異能はね? 周りの皆が、楽しい気持ちでいられるかどうか、わかる異能なんだー。笑顔で満足チャーミング・スマイルっていうんだけどねー。ゲンショウ系ー」

「そうだったんだ」


 説明が漠然としていて把握しづらいが……おそらくサイコメトリー系の異能だろう。

 思考ではなく感情を読み取るタイプのようだ。

 その異能で、どうやら彼女は周りの人間より、啓太たちの状態を深く把握しているようだった。


「啓太君も、リリィちゃんも……楽しい気持ち、感じられなかったんだー」

「……そう、だね」


 文に言われて、自覚する。

 リリィの拒絶されたあの日を境に、楽しいと思ったことはあまりない。

 そう感じる余裕がない……のか、あるいはそう感じるのに後ろめたさを抱いているのか。自分でも、よくわからなかった。


「僕は……今は、楽しくないかな」


 啓太はそう言って、文の言葉に同意する。

 自分は今、楽しい気持ちを抱いていないと。


「そっかー……」


 文はそんな啓太を見て悲しそうに眉尻を下げ、何かを決意したようにむんと腕を構えた。


「なら私……啓太君が楽しい気持ちを取り戻せるよう協力するよ!」

「え……いや、いいよ別に!」


 突然の文の申し出に、啓太は思わずそう言ってしまう。

 あまりにも私事過ぎて、他人を巻き込んでしまうのが気恥ずかしいのだ。

 だが、文は啓太の都合などお構いなしに力強く宣言する。


「ううん、遠慮しないで! 啓太君たちの楽しい気持ちを取り戻す! 何故なら……!」

「な、何故なら……?」

「そうでないと、私が楽しくないから!」

「自分本位!?」


 思わぬ理由にのけぞってしまう啓太。

 そんな啓太に頷いてみせながら、文は大きな声でさらに叫んだ。


「だってみんなが楽しい方が、私も楽しいし! 皆の楽しい気持ちを感じられると、私も楽しくなれるんだもん!」

「そ、そうなんだ……」


 文の言葉に、啓太は何度か頷く。

 文の言う、楽しい気持ちとやらがどんな感覚なのかはわからないが、彼女にとっては大切なことなのだろう。

 アクティブな文の様子を見て、啓太は少し微笑んだ。

 そんな啓太を見て、文もまた微笑んだ。


「あ! 啓太君、今少し楽しい気持ちが戻って来たよ!」

「え? そ、そうなんだ……」


 指摘されても、さすがにわからないが……確かに、そんな感じかもしれない。

 少なくとも、文と話したおかげか、少し気分が軽くなっている。


(森山さんの言う楽しい気持ちって……こういうことなのかな?)


 嬉しそうな文の顔を見ながら、そう感じる啓太。

 小さく頷き、文に手を差し伸べた。


「それじゃあ、いこうか森山さん。まずは、リリィを一緒に探してくれる?」

「りょうかいー! それじゃあ、リリィちゃんを探しにいこー!」


 元気いっぱいに両手を振り上げる文。

 そんな彼女の様子に啓太はまた微笑んで……。


 ドォーン!!


「「!?」」


 突然響き渡った爆発音に驚き、振り返る。


「なーに!?」

「さ、さあ……!?」


 振り返った先からは、何やら黒煙が上がっている。

 不穏な気配に、道行く人々も不安そうにそちらを振り返っている。


「いったい何が……!」


 啓太は少し顔を引き締め、そちらに向かって駆け出した。


「あ、啓太君!?」

「ごめん森山さん! 少し見てくるよ!」


 啓太はそう言い残して、煙の上がった場所へ向かう。

 もし異能者が暴れているのであれば、警備隊と連携してその鎮圧に努めるのも生徒会の務めだ。

 リリィのことと、生徒会としての務め。この瞬間は、後者の方に軍配が上がってしまった。

 文は少しだけ迷った様子だったが、意を決して啓太の後を追っていった。


「啓太くーん! 待ってー!」


 啓太を追う文。彼らが向かう先に上がっている黒煙は、蒼い空を覆い隠すように、不気味に立ち上っていた……。




 突然の騒ぎ。その原因は一体?

 少し時間を巻き戻し、リリィの方も見てみませうー。

 以下次回ー。

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