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Scene.52「……怪しいな」

 会長が導師に逃げられたと確信したのと同じころ。


「…………」

「…………」


 暁たちは無事、オラクル・ミラージュの社長室へと足を踏み入れていた。

 あの社長が、オラクル・ミラージュ最後の戦力だったらしく、ここに来るまでに妨害らしい妨害もなく、社長室にも難なく侵入できた。

 社長室の中にあった、ごく一般的な貿易系企業の経営資料などもつつがなく確認し終えてしまった。この場にある資料だけを見れば、オラクル・ミラージュと謎の宗教団体のつながりを明確にできる物的証拠はなかったと言ってよい。

 彼らの発言などを考えれば、太いパイプがあると考えるべきだが、オラクル・ミラージュ側を検挙する決め手にはなっても、宗教団体側に攻め入る根拠にはできないだろう。向こうが繋がりを否定すればそれで終わりだ。

 ここに来て、社長室には資料がなかった。これは痛い点なのであるが……。


「……怪しいな」

「どう見ても怪しいわよねぇ」


 だが、どうもオラクル・ミラージュの五階は社長室だけではないようだった。

 暁たち四人は、皆で揃って社長室の壁を見つめている。


「怪しいっていうか……」

「露骨に狭いな」


 彼らが見つめているのは、出入り口から見て正面に位置する壁。社長の机が背中に背負っている場所。

 どうにもその位置が、オラクル・ミラージュの敷地面積からすると、社長室を圧迫しているように見えるのだ。


「あの社長、こんな適当な作りで誤魔化せると思ったのかしらん……?」

「せめて外装だけでも作り変えておくべきだろう……これは調べてくださいと言ってるようなものだぞ……?」


 バシバシと壁を叩く西岡と北原。オラクル・ミラージュの五階、外から見てもへこみの様なものは見えなかった。

 どう考えてもこの向こう側に何らかの部屋があるとみるべきだろう。


「でも、出入り口らしいものは見えませんよね? どこかに隠してあるとか……?」


 啓太も壁を触りながら首を傾げた。

 彼の言うとおり、壁に切れ目の様なものは見当たらない。おそらく巧妙に隠してあるのだろう。

 暁は社長室の豪華なイスに腰掛け、足を組みながらくるくると回る。


「ふーむ。カギが必要なのは確定だとして、何がカギかね? 異能とか?」

「でもそれだと開けられない人がいるんじゃ……」

「そもそも場所的に社長が開けるのだろう? 奴の異能がそう言う、カギ的なものに向くとも思えないのだが……」

「それもそうか」


 西岡の言葉に、暁は考えを改める。

 ここに来る前に地上一階に沈めてきた社長は、肉体操作系の異能者だった。

 自らの肉体を変質させる肉体操作系の異能者は、そもそもその特異性から発現者がほとんどいない、珍しい異能だ。そもそも体の形を変えることを望まない者の方が多いというべきなのだが。

 ただ、その分異能の力が肉体の外に作用することはほとんどないと言っていい。異能の力をカギにした仕掛けはそれなりに存在するが、その全てが異能の力をからだの外に放射するタイプの異能だ。肉体操作型の異能では、起動すら難しいだろう。


「となると、この辺に何かあるとか?」


 暁は机をペタペタと触り始める。

 何か仕掛けるとすれば定番と言える場所だ。

 しばらく机の上を触っていると、指先に何かが引っ掛かった。


「ん?」


 暁は指が引っ掛かった部分に目を凝らす。

 よく見ないとわからないが、蓋のような部分が机の上にあるのが分かった。


「これかね」


 引っかかった部分に指をかけ、サイコキネシスで蓋を開ける。

 すると、下から出てきたのは何かのスキャナーだった。


「なんだこれ」


 訝しげな顔で暁はスキャナーを覗き込む。

 赤外線方式か何かのスキャナーで、下の方に起動のためのスイッチが付いているようだ。

 試しに押してみると、赤い光がパッと現れ、天井を赤々と照らした。


「何をやっとるんだ暁?」

「いや、スイッチっぽいモノ見つけたんだけど……」


 スイッチを何度か押し、スキャナーを付けたり消したりする暁。

 が、すぐに飽きたかのように、スキャナーを消してぐったりと椅子に背中を預ける。


「ダメだこりゃ。なんかよませりゃいいんだろうけど、それが何かわからねぇわ」

「ふむ……ありきたりなところで社員証か何かだろうが」


 西岡もスキャナーを覗き込みながら、首を横に振った。


「さすがにその辺りは持ってきてないな。今から、一回に行って拾いに行くか?」

「めんどくさすぎるだろそれ。もうこうなったら仕方ねぇな」


 クルリと椅子を回して、暁は壁と相対する。


「物理的に開錠するとしようじゃねぇの」

「……結局そうなるか。あまり手荒にするなよ……?」

「努力する」


 ため息をつきながら、西岡は北原と共に後ろへと下がる。

 それを確認してから、暁は片手を上げる。


「……まずは一撃」


 その呟きとともに発動したサイコキネシスは、強かに壁を打ち据えた。

 壁材が壊れる音共に、噴煙が巻き起こる。

 暁はそれが沈むのを待たず、もう一撃打ち込む。

 衝撃波に吹き飛ばされ、噴煙はあっという間に吹き散らされ、壁材の下に隠れていた鉄の板を白日の下に晒した。


「……金属の壁かよ。徹底してんな」

「分厚そうですね……」


 啓太が壊れた部分に近づき、試しに手を触れてみる。

 ひんやりとした感触が掌に伝わってくる。

 さらに啓太はトランプを一枚取出し、壁に当てる。


「……んん」


 そしてカードから微弱なサイコキネシスの波動を投射する。

 トランプから飛び出したサイコキネシスの波動は、弱々しくも鉄の壁で反射することなく、ゆっくりと鉄の壁を越えてゆく。

 しばらくして、啓太は暁の方へと振り返った。


「……なんていうか、金属の壁そのものじゃなくて、中にいろんな機械が仕込まれてる感じです」

「ん? どういう意味だ?」

「ええっと、なんていうんでしょうかね……」


 暁になんとか説明しようと、啓太は頭をひねり、考える。

 だが、良い案が思いつかなかったのか、ため息をついて首を横に振った。


「……なんでしょう。歯車みたいなパーツとかがあって、移動する感じなんですよね。たぶん、上下に動くんじゃないかなぁ」

「ふーん。カギを使えば、その壁が下に降りるって感じかね」


 暁は鉄の壁を見ながら、小さく頷いた。


「ならこの下が何にもない部屋になってんのも納得かね。降りてきた壁の邪魔にならないようになってんだろ」

「わざわざ資料室と偽ってまで部屋を開けていたのはそう言うわけか」


 西岡も頷きながら、壁の向こうを睨みつける。


「……となれば、この奥には相応の何かが仕舞い込まれているというわけだな?」

「そう言うこっちゃな」


 暁は頷き、椅子から立ち上がる。


「となれば、直接下してみるとするか。古金、離れてな」

「あ、はい」


 暁の言葉に、啓太は壁から離れる。

 暁は自らが壊した部分に手をかけ、少し力を加える。


「ん」


 ゴゴン、と大仰な音が鳴り響き、壁が微かに揺れ動く。

 サイコキネシスの力で、無理やり引きずり下ろそうというのだろう。

 しかし、壁はわずかに動いた後、ピクリとも動かなくなってしまった。


「………」


 しばらくして、暁は手を離す。

 再びゴゴン、と重たい音が響いて壁が元の位置に戻った。

 どうやら、この壁は絶えず元の位置に戻るように力が加えられているらしい。


「………」


 暁は顔をしかめ、大きく手を振りかぶり。


「大人しく降りろコンチクショーが」


 などとのたまいながら、ペシリと壁をひっぱたく。

 途端にけたたましい破壊音を立てながら、壁は真下へと引きずりおろされた。


「そうそう、それでいいんだよ」


 暁は満足そうに頷きながら、すっかり下に降りた壁をまたいでその向こう側へと渡っていく。

 その光景を見て、顔を真っ青にしてしまっている啓太に、西岡が近づいていった。


「……おい、啓太君。大丈夫か?」

「………………あ、はい、大丈夫です」


 しばらく放心していたが、目の前で西岡が手を振るのを見て、意識を取り戻す啓太。

 大きく安堵のため息をつき、暁の後について歩き出す。


「ああ、心臓に悪い……。先輩のサイコキネシスでビルが壊れるかと思いました」

「……そんなにだったのか?」

「ええ」


 サイコキネシストは視覚でサイコキネシスを捕えることができる者もいるという。

 どうやら啓太もその一人らしい。西岡には、暁が冗談のようなパフォーマンスで壁を引きずり下ろしたようにしか見えなかったが、啓太には違って見えたようだ。


「俺にはわからんが……具体的にはどんな感じだったんだ」

「ええっと、そうですね……」


 啓太はしばし考え、それから思いついたように手のひらを打ってこう答えた。


「目の前で爆弾解体されていて、他愛ない動作でリード線切った瞬間、が多分近いです」

「……心臓に悪いということだけは伝わった」


 何とも言えない微妙な例えを出され、西岡は啓太の恐怖を理解することなく諦める。

 言いたいことが伝わらずしょんぼりしている啓太の頭を撫でながら、暁の背中を二人で追った。

 暁が引きずりおろした壁の向こう側は、一面が暗い紅色で塗装されており、ずいぶんと趣味の悪い装飾も施されていた。

 光源は蝋燭をともす燭台のような形をした、暗い電球だけである。おかげで、足元も暗い。

 パッと見、怪しい魔術が行われていたと言われれば信じてしまいそうな感じだ。足元に敷かれた絨毯も、すっかり毛羽立っており歩くたびにザリザリと変な音を立てている。


「まさか血がしみ込んでるんじゃないんですよね……?」

「……そう願いたいな」


 いやな創造に顔をしかめる二人。先へ進むと何やら台座の様なものがあり、その上には水晶……ではなく、一枚のディスクが鎮座していた。


「……それは?」

「さあ」


 それを覗き込んでいた暁は、一言つぶやいてディスクを手に取ってみる。

 CDのような円盤タイプのディスクだ。片面は白く、何かを書けるようなスペースになっている。おそらく、市販の録画用ディスクなのだろう。

 裏面の方をひっくり返してみても、ごく一般的な録画用ディスクのようにきらきら光っているだけである。


「……なんかのDVDかこりゃ?」

「なんでそんなものをこんな後生大事に……?」

「さあな」


 暁は肩を竦めながら、西岡にディスクを手渡した。


「とりあえず解析よろしく」

「ああ、分かった」


 西岡は頷き、ディスクを傷つけないように鞄の中へと仕舞い込んだ。


「これで、とりあえず全部調べ終わったんでしょうか」

「だと思うぜ? ミッションコンプリートって奴だ」


 欠伸を掻く暁。

 無事……とは言い難いものの、仕事を終えて、啓太は安堵のため息をついた。


「よかった……これで、タカアマノハラが少し静かになればいいんですけれど」

「だな。侵入者だなんだってのは、もうこりごりだぜ」


 暁も啓太のつぶやきに同意して、踵を返した。


「じゃあ、帰ろうぜ。途中で伸びてる連中も拾って、まとめて警備隊に突き出しながらなー」

「あ、待ってくださいよ、先輩!」


 すたすた歩きだす暁の背中を啓太が追いかける。

 そんな二人の背中を見つめながら、西岡は深いため息をついた。


「まったく……警備隊が聞いてあきれるな」

「そうだねー」


 北原もまた苦笑しながら、肩を落とす。

 そして二人で顔を見合わせてため息をつき、暁たちの後を追うようにオラクル・ミラージュを後にしたのであった。




 というわけで制圧編終了! 何この物理作業……。

 とりあえず、侵入者関係は一旦おしまいです。続報はまた後日!

 以下次回ー。

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