Scene.49「よぉーこそ……我らが居城に」
「いーじゃないですかちょっとくらいかっこつけたってぇ!?」
「残念なことにお前にニヒル系は似合わねぇよ。どう考えてもかわいい系だろ? 北原のおっさんもそう思うよな?」
「当然! 啓太ちゃんには可愛らしい路線を歩んでもらいたいわねぇ」
「だからお前ら……」
敵陣の真っただ中にありながらも、どこかのんびりした様子の三人に、西岡は諦観にも似たため息をつく。
現在は三階と四階の途中となる階段の踊り場。先ほどまで猛攻を仕掛けてきた敵異能者たちの襲撃は、今は落ち着いていた。
アサルトスタンガンの弾倉を交換しながら、西岡は暁たちの方へと振り返る。
「ところで二人とも。二人から見て、ここに現れた異能者たちをどう思う?」
「え? どう思うって……?」
西岡の質問の意味するところが解らず、啓太は首を傾げる。
だが暁はなにを問われたのか正確に汲み取り、西岡へと答えた。
「全体的にレベルが高いな。異界学園でも上位レベルの連中がゴロゴロしてやがる」
「そ、そうですか? でも、言われてみればそんな感じがしないでも……」
暁の言葉に啓太は唸りつつも、今まで出てきた異能者たちのことを思い出す。
出入り口で出会った小太りの少年と、フォークを操る少女。二人ともサイコキネシスの持ち主だった。
小太りの少年の方は自称ではあるがトラックを吹き飛ばせると豪語し、少女の方は百本近い数のフォークを飛ばしてみせた。
それぞれの力量を鑑みれば、確かに強力な異能者だろう。
「……でも、ここが犯罪組織とかだったら、強力な異能者がいてもおかしくはないんじゃ……?」
「まあ、普通はな。だが、全員お前か俺かってくらいに若い連中ばっかだったろ」
「あ……」
暁の指摘を受け、啓太は思い出す。
確かに道中現れた異能者たちは、全員、高校生くらいに見えた。あまりにも激しい襲撃だったため、完全に失念していたが……。
西岡が、暁の言葉に頷く。
「ここまででの襲撃を見るに、オラクル・ミラージュは黒と断定しても構わんだろう。だが、そんな組織に子供たちが出入りし、なおかつ強力な異能を操る……。これは明らかにおかしい」
「そうねぇ。みんな欧州系の子ばっかりだから……本拠地の方から連れてきたのかもね」
北原も油断なくアサルトスタンガンを構えながら、四階の扉を睨みつける。
「もしどこからか攫ってきた子供とかだったら……かーなーりー、許せないわねぇ……」
「……僕も、それは許せません」
胸ポケットにしまったトランプを、服の上から握りしめながら北原と同じ方向を睨みつける。
静かに怒りに燃える北原と啓太を、どこか冷めた眼差しで見つめながら暁は耳を掻いた。
「まあ、そりゃねぇだろ。こんだけの人数さらってりゃ、さすがに足がつくだろ。ここまでおおっぴらに連れまわしてんだからよ」
ここまで到達する段階で、十人以上の異能者を相手にしている。
仮に誘拐してきたのだとすれば、多少なり話題になってしまっているだろう。そんな子供たちが、こんな異国の地で叩きのめされているのだ。足がつくなんて話ではない。
「だが、そうなるとどうやって連れてきているのか、が問題になるがな」
険しい顔をしながら、西岡が四階の資料室の扉に手をかける。
オラクル・ミラージュという会社の従業員に、少なくとも子供はいないはずだ。ここは日本である。日本における就業可能年齢は、一般的に二十歳以上。それ以下の年齢のものは労働基準法によって民法とは別に保護される立場だ。
もっと言うのであれば、満十八歳未満のものは年少者とされ、法によって労働に関するすべてが保護されている。それは、タカアマノハラにおいても同じだ。
今までのしてきた者たちが十八歳以下であるとするのであれば、正規の従業員ではあるまい。バイトという可能性もあるが……ただのバイトが、いきなり襲い掛かってくるとも思えない。
もしその辺りが明らかにできるのであれば、オラクル・ミラージュをより追いつめられるのだが……。
「この資料室に、その辺りの関係の資料があればよいのだがな……」
微かな期待を込めて西岡は扉を開ける。
その先に広がる光景を見て、西岡はぽかんと呆けたように口を開けた。
「……なんだこれは?」
「どうしたよおっさん」
暁も、西岡に続いて部屋の中を覗き込む。
啓太、北原も同様に続き……。
「………資料室?」
「え、ここが……?」
西岡と同様に呆ける。
彼らの眼前に広がる光景は、一般的に言われる資料室とは大きく異なるものだった。
整然と並べられる、パイプ机とパイプ椅子。それらは全て同じ方向に並べられており、まるで、会議室といった風情である。
「資料室って、もっと紙臭いイメージだったけど、斬新だなこれは」
「いや、明らかに資料室ではないだろうこれは……」
壁の両脇に、ファイルのつまったスチール棚が据えられているが、資料室と言い張るにはいささか量が足りない。
そんな資料室(偽)を見回し、西岡は一点を見据えて油断なくアサルトスタンガンを構えた。
その視線の先にいたのは……。
「……その辺りの事情は、彼に聞いてみるとしよう」
そこにいたのは一人の男だ。
壁際におかれたホワイトボードの脇に置かれた、テレビモニター。おそらくDVDの再生用か何かなのだろう。そこに写っている何かを食い入るように見つめている。
男の背中が影になっているせいでよくわからないが、モニターについているスピーカーからは絶え間なく何らかの音楽が流れている。
いや、音楽というよりは音の羅列というべきか。曲というにはあまりにも暴力的な騒音を鳴り響かせ、男と、彼を見つめている暁たちの聴覚を刺激する。
「なんですか、この音……?」
「なんか、趣味悪ーい……」
あまりにも耳障りな騒音に、啓太と北原は顔をしかめる。
暁も片耳を押さえながら、片目を眇める。
「――……」
モニターを食い入るように見つめていた男が、その時動いた。
ゆっくりと片手をあげ、勢いよく振り下ろす。
ゴシャァッ!!
男の腕は、実にあっさりとテレビモニターとその下のDVDデッキを縦に押しつぶした。
「なっ……!?」
驚愕のあまり、西岡が反射的にアサルトスタンガンを構える。
「ク……クックックッ」
男は体を小刻みに揺らすように笑いながら、ゆっくりと振り返る。
そして同時に、男の両腕に異常が現れる。
はちきれんばかりに服の下から筋肉が押し上げ、やがてびりびりに繊維を破くほどに腕が、腕だけが膨れ上がっていく。異様なほどに筋肉が膨れ上がり、さらに筋肉の膨張に合わせて骨まで伸びているのかビキバキと、痛々しい音が響き渡る。それだけの変化が起こりながら、男の体そのものは全く変化がない。強いて変化している部分を上げるなら、顔に血管が浮かび上がっている程度か。
あまりにも異様な光景に、啓太の顔から血の気が引いていく。
男が完全に振り返る頃には、男の両腕は地面につくほどに巨大になっていた。
慄いている三人の姿を見て、男はニヤリと笑った。
「よぉーこそ……我らが居城に」
「貴様……何者だ!」
西岡の誰何に、男は丁寧に答えた。
「ここ……オラクル・ミラージュの社長を任されていたものです」
「なに……!?」
社長、の言葉に西岡が驚愕する。
てっきり逃走を図った導師とやらがこのオラクル・ミラージュのトップだと思っていただけに、意表を突かれてしまった。
だが、西岡はすぐに頭を振って思考を切り替える。
「……! ここ、オラクル・ミラージュには不審な点が数多い! よって強制捜査させてもらっている!」
「ええ、わかっていますよぉ? だから、こうして待っていたんですから」
そう言って両手を動かし、広げて見せる男。
異様な発達を見せている両腕だが、機能に異常はないらしい。
「……ならば答えてもらおう。何故こちらを襲った!? 貴社に対する疑いは、まだ不確定だった! こちらを攻撃などして、自らが不利になるとは思わなかったのか!?」
「ええ、思いました。だから、襲ったのです」
西岡の言葉に、男は何度か頷いてみせる。
信じられない言葉を聞き、西岡は目を剥いた。
「だから、だと……!? どういうことだ!?」
「我々は導師様に選ばれ、力を賜った者たち……。なれば、大恩ある導師様のために、心身捧げるのは当然のことです」
つまり、ここにはない導師様の身代わりになるために襲い掛かってきたと。
男の言葉に、西岡は眉根を顰めた。
「……ずいぶん、短絡的じゃないか。結果、導師様の首を絞めるとは思わなかったのか?」
「まさか。導師様を探るための手掛かりはここにはありません。あなた方に、あのお方の後を追うことはできないわけです」
西岡の恫喝にも動じず、男はにこやかに笑いながら、拳を握りしめる。
「……そして、今ここであなた方が死んでしまえば……導師様どころではありませんよね?」
「チッ! 北原!」
「アイヨッ!」
北原と西岡が前に出て、アサルトスタンガンの引き金を引く。
火薬の爆ぜる音と共にゴム弾が大量に発射される。
男は慌てず騒がず腕を交差し、ゴム弾から自身の体を守る。
大量のゴム弾が男の膨れ上がった腕を強かに打ち据える。
だが、西岡と北原が弾倉すべてのゴム弾を撃ち切っても、男は大したダメージもない様子で動き始めた。
「……それで終わりですか?」
「あれー!? 効いてない!?」
「くそっ!」
舌打ちと共に西岡は弾倉を交換しようとするが、それよりも男が動く方が早い。
拳を振り上げ、西岡めがけてまっすぐに打ち込んだ。
「あぶないっ!」
その時啓太が動き、西岡の前に盾のようにトランプを展開する。
男の拳がトランプにぶつかり、一瞬動きが止まる。
だが、それも一瞬だけ。すぐにトランプは、拳の勢いに押し込まれるようにぐにゃりと形を変える。
「……! だ、駄目です! 逃げて!」
啓太がこらえきれないように叫ぶのと同時に、男の拳がトランプの防壁を突破する。
だが、啓太が稼いだ数秒で西岡と北原はその場から逃げ出していた。代わりに、彼らがいた場所にあったパイプ机とパイプ椅子が紙くずか何かのように吹き飛んでいった。
「どんな力だ……!?」
「フフフ……逃がしませんよぉ?」
男は顔に微笑みを湛えながら、両腕を構え、拳を握る。
「我が異能・何よりも強き我が腕……そこいらの異能で破れる物とは思わないでくださいねぇ?」
「――……」
力を振るう愉悦に耽溺する男の姿を目にし、暁がため息をつく。
そして、一歩前に出てその身を晒す。
「あ、先輩!?」
無謀ともいえる暁の行動に啓太が悲鳴を上げる。
そして男は、さらに顔を歪めて笑う。
「フゥハハハァー! まずは君からぁ!!」
声を上げ、拳を握り、暁に向けて拳を叩き付ける。
対する暁は人差し指を一本だけ立て、男の拳に合わせるように突き込んだ。
「暁! よせっ!」
次の瞬間に起こるであろう惨劇を予想し、西岡が悲鳴じみた叫び声を上げる。
だが、遅すぎる。今まさに男の拳と暁の人差し指がぶつかり合い――。
「……? ? !?」
ピタリと、男の拳が停止した。
暁の人差し指がふれた瞬間、全ての攻撃力を失ったかのように男の拳が微動だにしなくなってしまった。
まるで予想だにしない出来事を前に、男は叫び声を上げる。
「ば、ばかな……!? 君の異能はサイコキネシスのはず……ただのサイコキネシスで、私の拳を止めるなど……!?」
男は何とか拳を押し込もうと全身を力ませるが、ぶるぶると体が震えるだけで拳は微動だにしない。
暁はため息をつき、口を開こうとした。
その時、携帯電話が鳴った。
暁は一コール鳴るか鳴らないかで携帯電話に出た。
「もしもし? ――ああ、会長か」
どうやら会長が相手だったようだ。
男が異様な声を上げて力む間にも、会長との話を続ける暁。
「ぉ、おおぉぉぉ……!!」
「何してんだそっちは? ……導師様とやらの捜索? 大変だなそりゃ」
会長の言葉に苦笑する暁。
「こっちは引き続きガサ入れだよ。まあ、もうあと一部屋なんだけどな」
「こ、この先にはぁぁ……!」
「――ああ。そっちも頑張れよ。それじゃあな」
暁が通話を終了し、電源を切る。
それを見て、男は開いているもう片方の手を振り上げようとする。
「このぉ……!」
「―――」
暁は無言のまま、男に突きつけた人差し指を捻った。
骨の折れる音。肉の割ける音。血が噴き出す音。
それらすべてが一度に響き渡り、不協和音を響かせる。
男の腕は、暁の一ひねりで砕け散り、真っ赤な血を吹き出しながらぼろ屑のように引き裂かれた。
「あ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「肉体操作系のゲンショウ型。珍しくはあるが、ひねりがねぇな」
つまらなさそうに吐き捨てながら、暁は痛みに叫ぶ男をねめつける。
「どれだけ肉体を肥大化させようと、所詮は人間の体。出せる力にゃ限界がある」
「あ、ああぁぁぁ!? 腕がぁ! 私の腕がぁ!!」
砕け散った自身の手を抱え、泣き叫ぶ男。溢れ出た血だまりの中に、男はへたり込んだ。
そんな男に向かって、暁はゆっくりと足を振り上げ。
「んん……せぇいやぁ!!」
勢いよく踵を振り下ろす。
サイコキネシスの力場も乗ったその一撃は、床ごと男を打ち据え、その身と床を砕き、一気に階下へと男を叩き下ろした。
「がぁぁぁぁ―――………!!??」
「……どうせなら腕を伸ばす方向にすりゃよかったな。そうすりゃ意表くらいはつけたろうに」
一番下のロビーに叩きつけられた男の姿を見下ろしながら、暁は吐き捨てる。
「だとしても……俺の我流念動拳にはつま先程度も及ばんだろうがな」
彼の声の中には、ただ力を甘受するだけ者に対する侮蔑も、強く込められていた。
筋肉ダルマ社長さん、即退場! まあ、完全なごり押しタイプですしね。
どうやら導師様の方は会長が追ってる様子。そちらは一体どうなっているのか!?
以下次回ー。




