Scene.47「防御不可能……!?」
西岡が会社で入り口わきに備えられたブザーを鳴らす。
機械的な呼び出し音が鳴り響くのが、外にいる暁たちの耳にも聞こえてきた。
……そのまましばらく待っていても、誰も出てこなかった。
「……出てきませんね、誰も。留守ですか?」
「っつーか、こんだけの大所帯が店の前で突っ立って話し込んでも誰も出てこねぇ時点で、誰もいないんじゃねぇの?」
啓太と暁は口々に社員の不在を危惧する。
が、それはないと西岡は首を横に振った。
「いや、それはなかろう。このタカアマノハラで海外からの物資を搬入できる基本的なルートは海になる。船の発着場は限られるうえ、輸送船自体が鈍足だからな。商品の搬入は昼夜を問わず行われている」
「で、オラクル・ミラージュの商品が搬入されるのは、今日の夜六時前後。搬入した商品のチェックやら、商品の確認やらで、人手がいるはずなのよん」
西岡と北原の説明に、啓太が感心したように頷いた。
「そうなんですか……」
「となると……居留守か?」
暁が口にした可能性に、その場にいた全員が黙り込む。
ありえそうな可能性であるが、オラクル・ミラージュ側にしてみればメリットはゼロだろう。
少なくとも容疑はまだ確定していない。明確な証拠があるわけではないのだ。オラクル・ミラージュにしてみれば、堂々と「当社は輸入品目を詐称していません」と主張すればよいだけである。
「おっさん。ここんちに、今回の捜査は通達したのかよ」
「ああ。委員会を通じて……大体一時間くらい前か。その時は誰かいたはずなんだが……」
「委員会の電話にきちんと応じたらしいから、それは間違いないはずなんだけどねぇ」
一時間。なんというか、微妙な時間だ。
取るものもとりあえず逃げ出したかもしれないし、準備万端で待ち構えているかもしれない。
暁はボリボリと後ろ頭を掻いた。
「……どうすんだよ、おっさん。このまま帰んのか?」
「まさか。こういう事態を想定して、マスターキーを借りてきている」
そう言って、西岡はカードキーを取り出した。
タカアマノハラの物件のほとんどは、出入り口がカードキー方式による電子ロックとなっており、大抵の場合社員証や生徒証など、登録された磁気データによって開錠できる仕組みになっている。
西岡が持つマスターキーは、委員会が持つ最高ランクのカードキーで、最上位権限によってすべての建物の鍵を開けてしまうという代物だ。
普段は警備隊に貸し出されるようなものではない……だが、それを貸し出している以上、委員会も本気でオラクル・ミラージュが怪しいと考えているということだろう。
「こいつで鍵を開けて、中に入るぞ」
「啓太ちゃんたちは、おっさんたちが安全確認した後からついてくるといいよん」
「あ、はい。わかりました」
「安全な場所で高みの見物も、たまにゃいいもんか」
啓太は素直に、暁はやや不満そうに頷き、一歩下がる。
逆に西岡と北原は一歩前に出て、オラクル・ミラージュの前に立った。
「さあて……開けるぞ、北原」
「らじゃったりー」
声こそふざけているが、北原は真剣な表情でアサルトスタンガンを構える。
西岡も小脇にアサルトスタンガンを挟みながら、カードキーのスリットにマスターキーを差し込んだ。
ピピッ、と小さな電子音が鳴り、続いて扉の鍵が開錠される。
「………」
西岡がゆっくりとドアノブに手をかける。
北原もそれに合わせてすぐに動ける体勢をとる。
ゆっくりと、西岡がドアノブを回し始めた。
金属の擦れる音が、妙に大きな音で聞こえる。
「………ッ」
啓太は西岡たちが発する空気に飲まれ、緊張から生まれた唾をゴクリと飲み込んだ。
「くぁ……」
暁はすでに退屈しているのか、小さく欠伸をした。
やがてドアノブは周り切り、西岡の手がそれ以上動かなくなる。
「………」
西岡が目線で北原に合図をする。
「……」
北原は無言のままに頷く。
そして呼吸を三つ。数えると同時に西岡が勢いよく扉を開き、北原と共に中へと侵入する。
「……!」
次の瞬間。
「「ぐぉああぁぁぁっ!!??」」
ガラスが砕け散る音と共に、西岡と北原の体が、まるで木の葉か何かのように吹き飛ばされた。
「西岡さん! 北原さん!」
突然の出来事に、啓太が悲鳴を上げる。
二人の体は放物線を描くように啓太の頭上を飛び越える――。
「我流念動拳・捕縛掌」
――寸前、暁が掲げ上げた手から放射された念動力場に捉えられ、中空に止まった。
暁はそのまま二人を地面へと下し、開け放たれた扉の方を睨みつける。
そこから出てきたのは、小太りの少年だった。15歳ほどだろうか。ポッチャリ系……というにはいささかふくよかな体型をしている。
髪が金色なところを見るに、日本人ではなかったが。
暁は少年をねめつけながら問いかける。
「……さっきのはテメェが?」
「Yes。そこの人たちが、何やらこそこそしていたからね」
少年はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、肩を竦めた。
「泥棒か何かかな? ひどい大人もいるものだよね?」
「何言ってるんですか! この人たちは警備隊の人で、今日はオラクル・ミラージュの強制捜査に来たんですよ!」
啓太は声を上げられない西岡たちに変わって叫ぶ。
さらに、西岡たちの代わりに代表を務めるらしい男性が一歩前に出て、捜査令状を少年に突きつけた。
「我々はタカアマノハラ警備隊だ。オラクル・ミラージュには輸入品目詐称の疑いがある。それ以外にも――」
そう続けようとした男性の目の前で、突然何かが弾けた。
「!? なんだ!?」
「あ、外しちゃった。一発で決めるつもりだったのに」
少年はそう言って顔をしかめるが、すぐににやけ面を取り戻す。
「まあいいや。導師様は今日でここを去るから、派手にやれと言われてるし。良いよね、一発くらい外しても」
「問答無用か……!」
少年の言葉に、警備隊がアサルトスタンガンを構える。
「おい君! 三つ数えるうちに投降しろ! さもなければ――」
「どうするの~? 僕わかんない」
おどけたように言いながら、少年は両手を上にあげた。
「おじさんたち、そんな怖いものをこっちに向けないでよ。下してくれないと……」
「一つ!」
警備隊が、少年に構わずカウントダウンを始める。
「僕の異能が……」
「二つ!」
少年はカウントにもひるまず、両手を大きく振りかぶり。
「暴れちゃうよぉぉぉぉ!?」
「三つ! 撃てぇ!!」
少年が勢いよく腕を振り下ろすと同時に、無数のアサルトスタンガンが火を噴く。
スタンガンとはいえ、硬質ゴムを射出する関係で、火薬を使用している。十人が一斉に発砲すれば、アフリカゾウも数秒で気絶させる代物だ。普通の人間には耐えられないだろう。
……問題は、少年が発生させた衝撃波のせいで一発も彼の体に届かなかったことだが。
「なに!?」
警備隊の一人が目を見開く。少年の目の前で起きた無色の衝撃波は発射されたゴム弾を真上へと弾き飛ばす。
威嚇および捕獲のために、発射数を絞ったのだが、全ての弾丸が上へと弾かれてしまった。
「そ~れ~ぃ!!」
そして、それに驚いた瞬間の隙をついて少年がまた腕を振り下ろす。
同時に、警備隊たちの集まっている場所でまた衝撃波が発生した。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!??」
悲鳴と共に、真上へと吹き飛ぶ警備隊たち。
そんな彼らの姿を見て、少年はおかしそうに笑い始めた。
「デュッフッフッフッゥ!! 見たか! 僕の異能・上衝撃波!! トラックだって吹き飛ばせるんだぞ! 恐れ入ったかぁ~!?」
力を誇示するように、また一発衝撃波を放つ少年。
そんな彼を見て、暁は片目を眇めた。
「……サイコキネシス系。視界内の特定範囲に上向きの衝撃波を発生させる異能だな」
数回みせた彼の力からそう分析する暁。
「そのと~り~!!」
だが、少年は驚かなかった。
むしろ自身の力をより誇るように、己の周りに断続的に衝撃波を発生させてみせた。
「けど、わかったところで防ぐ手立てはあるかなぁ!? そっちの人たちも、サイコキネシス用の防御盾とか持ってきてるけど~」
そう言って、少年は盾を構える警備隊の隊員に向かって腕を振りかぶる。
「はっきり言って無駄なんだよねぇ~!?」
そして思いっきり振り抜くと同時に、警備隊の体が盾ごと吹き飛んだ。
「ぐふぅっ!?」
「デュッフッフッフッゥ! 防御不可能な僕の異能に恐れおののけぇ~!」
「防御不可能……!? そんな異能があるんですか!?」
少年の言葉に、啓太が恐れおののく。
そんな啓太を安心させるように、暁は笑顔を向けて見せた。
「あるだろ? 駿のカグツチ」
「………………いや、そう言う規格外の異能じゃなくて」
思わず真面目にツッコミを返す啓太だが、その会話を聞いたらしい少年が哄笑を上げた。
「デュッフッフッフッゥ! 聞いたことあるよぉ~。あらゆる異能の頂点に立つ異能の一つ、カグツチィ~。けれど、その異能だって、僕の上衝撃波を防げるはずがないんだよぉ~!」
「ほー。根拠は?」
言いながらも興味がなさそうな表情の暁だが、少年は構わず捲し立てた。
「まだわからないのぉ~!? 僕の異能は、足元から突然噴き上げる! さながらそれは地雷のように、人間の体を吹き飛ばすんだぁ~! いくらカグツチだって、突然の奇襲に対応できるわけがないよぉ~! 結果は火を見るより明らかだねぇ~!」
「カグツチ相手に火を見るより明らかとは笑止だな」
暁は小馬鹿にしたように少年の言葉を鼻で笑い、彼の指を突き付けた。
「いいものを見せてやろう、デブ」
「僕はデブじゃない~! ポッチャリ系――」
暁の言葉に顔を赤くして抗議しようとする少年。
そんな彼の動きに合わせて、暁は指先を上へと跳ね上げた。何かをめくるように。
瞬間、少年の目の前の地面が勢いよく吹き飛んだ。さながら上昇気流のような、衝撃波と共に。
「………………は?」
「あいにくだがな。お前の異能は俺にも使えるんだよ」
つまらなさそうにため息をつきながら、暁は説明を始めた。
「何のこたぁねぇ。あらかじめ射程範囲の地面の表面にサイコキネシスを投射。で、あとはタイミングを見計らって衝撃波を発生させる。至極単純な、奇襲用の技だな」
硬直する少年に代わり、啓太が疑問を口にした。
「でも先輩? 言うほど簡単でしょうか? 射程範囲って言っても、結構広いですよ?」
「そう難しくもねぇよ。別に力場を纏わせるだけなら誰でもできる。サイコキネシスで物を持ち上げるときの基本だからな。お前だって、切られた札を使うとき、常に力を込めるわけじゃないだろ?」
「あ、そうか」
言われて啓太は気づく。つまり、啓太にとってのトランプがあの少年にとっては地面だったというわけだ。
「ということは、僕たちは知らず知らずのうちに、彼の力場の上に立っていた、ってわけですか」
「そう言うことだな。待ち伏せからの奇襲にはうってつけの異能だが、駿には通じないんだよなぁ」
「なんでですか?」
「あの野郎、力場の上を歩くたびにこっちの力場を焼きやがる。おかげで、これを使って戦おうとしたときなんざ、その辺りが火の絨毯と化したぞ」
「うわぁ」
その当時の光景を想像し、啓太が困ってるような笑ってるような絶妙な表情を作る。
暁は少年の方へと振り返り、顎で奥の方をしゃくってやる。
「つーわけだ。種の割れた手品ほどつまらんものはねぇ。とっととうちへ帰んな」
「耳の痛いセリフですそれ」
「ふ……ふふふ、ふざけるなぁ~!!」
暁の言葉に、少年は激高し、まっすぐに指を突き付けた。
「たとえこの異能がカグツチに通用しなくても、お前らはどうだよ!? もう僕の力場の上に立ってるんだ! いつまで無事にいられるかは、僕の気持ち次第なんだぞ!?」
「啓太」
「は、はい?」
暁は喚く少年を無視し、自分たちと少年の間の地面を指差した。
「サイコキネシス、その基本防御」
「……ああ、そういうことですか」
「おい! 僕を無視するな~!!」
少年は叫びながら両手を振り上げ、そして自らの異能を高らかに叫ぶ。
「喰らいやがれぇ~! 上衝撃波ゥ~!!」
「えいっ」
だが、少年の手が振り下ろされるより早く、啓太のトランプが二枚、彼らの目の前に突き刺さる。
少年はそれに気が付かず両手を振り下ろしたが……。
「………? ? な、なんで……?」
暁たちの足元に変化はなく、彼らは無事にそこに立っていた。
信じられない様子の少年は、その場で地団太を踏み始めた。
「ど、どうしてだよぉ~!? 最大出力だったんだぞ~!? お前たちの体は、粉々に砕け散るはずなのに~!!」
「いいことを教えてやろう、デブ」
暁は言いながら少年の方に手を差し向ける。
「……破ァッ!!」
そして気合いと共に手のひらから衝撃波を放つ。
その衝撃波はまだ残っていた扉の残骸を吹き飛ばし。
「ブギュッ!?」
少年の体を巻き込み、そのまま思いっきり奥の方にあったエレベーターを破壊した。
暁は少年が立っていた場所を見つめ、小馬鹿にしたように続きを口にした。
「サイコキネシスの力場ってのはお前が思ってる以上に繊細でな。特に力を発生させる前の力場は、同じサイコキネシスであっさり無効化できるんだよ。種が割れた時点で、テメェはとっとと逃げるべきだったのさ」
「……聞こえてませんよ、先輩」
啓太は奥の方でエレベーターの扉の下敷きになっている少年を見て、そう呟いた。
というわけで、能力者系バトル開始! まあ、そこまで長引かないとは思いますが……。
きっちり啓太君もバトるよ? 期待せずに待て!
以下次回ー。