Scene.46「これから強制捜査するところなのよー」
時刻は午後五時前後。
タカアマノハラが誇る警備部隊の一同が、倉庫街へと集結していた。
彼らの手には物々しい武器や盾が握られており、ただならぬ雰囲気である場所を目指して進んでいる。
その先頭に立つのは、西岡と北原の二人であった。
「………」
「………」
先を行く二人は無言で終始無言であり、その顔は極めて真剣なものであった。
やがて一行はとある商社の前でその歩みを止める。
西岡が見上げた先にある看板に書かれている名前は「オラクル・ミラージュ」と書かれていた。
「着いたな……」
「そうだな。ここが、例の……」
看板を見上げながらつぶやく西岡に、北原が同意し。
「研三のおっさんの情報が正しかったらここにいるってわけか……」
「………っ」
暁が北原に続き、啓太は緊張からかぎゅっとトランプを握りしめた。
「ああ、その通り――って、なんでお前らがここに!?」
暁の言葉に頷きかけた西岡が、いつの間にか隣に立っていた暁と啓太の方を見て驚く。
しかしすぐに思い当たる節があったのか、視線を北原の方へと向ける。
「北原、貴様……」
「待って西岡! 俺じゃない! いくら俺でも、暁ちゃんたちにこんな情報流さない!!」
情報漏えいを疑われた北原が、慌てて弁解を開始する。
そんな彼の言葉に、暁も頷いてみせる。
「ああ、うん。北原のおっさんは何も言ってねぇよ? さっきも言ったけど、研三のおっさんから話を聞いて」
「異世さん……」
西岡ががっくりとうなだれる。まさかの雇い主からの情報漏えいであった。
西岡は頭を振りながら、暁を半目で睨みつけた。
「……いったいいくら積まれたかは知らんが、協力してもらうつもりはないぞ。早いところ帰るんだ」
しっしっと追い払うように手を振る西岡。
守るべき子供の手を借りなければならないほど、タカアマノハラ警備隊は落ちぶれてはいない。
その、彼なりの矜持を察しながら暁はあっけらかんと答えた。
「ああ、気にしなくていいよ。今回はロハだから」
「……は?」
「だから、ボランティア。俺たちは俺たちで勝手に動くから、おっさんたちは気にしなくていいよ」
暁の言葉に西岡は少し呆然となった後、静かに彼の額に自分の手を当てた。
「……熱は出ていないようだな……?」
「正気を疑うとかおっさんひでぇな」
西岡の行動に憮然となりながらも、暁は軽く肩を竦めて見せる。
「俺だってたまには無償奉仕位するさ。気が向いた時と、むしゃくしゃしてる時だけだけどな」
「…………たとえ何を言おうとも、お前らに仕事はないぞ。絶対前に出るなよ」
「おっさんのけちー」
ブー垂れながらも、暁は素直に西岡の後ろに下がる。
そんな暁の様子に苦笑しながら、北原は啓太の方へと視線を向ける。
「啓太ちゃん、傷の具合はだいじょーぶなの?」
「あ、はい。まだ少し痛いですけれど、あまり激しく動かない限りは大丈夫です」
啓太はそう言いながら、侵入者にナイフを刺された個所を押さえる。
傷自体はもう縫われているが、抜糸も済んでいないし傷も完全に塞がったわけじゃない。無理をしているのは、火を見るより明らかだった。
北原は啓太の容態を察しながらも、顔に満ちた決意の様なものを見てため息をついた。
「……そう? じゃあ、無理しないでおっさんたちの後ろにいなさいね?」
「はい。ありがとうございます、北原さん」
北原の言葉に、啓太は嬉しそうに微笑んだ。
こんなことでお礼言われてもねぇ、と苦笑する北原。そんな北原の服の裾を、啓太が軽く引いた。
「ん? なによ、啓太ちゃん」
「いえ……それで、ここはどういうところなんですか?」
啓太にそう問われ、北原の目が点になる。
西岡は半目で暁を睨みつけた。
「お前ら知っててここに来たんじゃないのか……?」
「んにゃ? 研三のおっさんのところに行って、なんか適当に暴れられる場所はないかって聞いたら、ここを紹介されたんだけど?」
「異世さん……」
いよいよもって雇い主に不審を覚える西岡。何を思って彼はこの場を暁に紹介したのだろうか……。十中八九、暁に情報提供を求められたからだろうが。
彼は、そう言う人間だ。求められれば、必ず応じる。それが異界学園の生徒であれば、どんな話であれその求めを叶えようとする。さすがに非人道的なことには苦言を呈すらしいが、生徒が危険な目に合うとわかっている場所にも、生徒が求めれば平然と向かわせる。
西岡には理解できない思考回路だ。生徒は守るべきものであり、危険にさらす物ではないはずだが。
西岡は頭痛を覚えたように頭を押さえながら、暁に事の次第を話し始める。彼らが帰るのであれば何も話さないが、一緒についてくるというのであれば、多少なり情報を教えておかねばまずかろう。
「お前らも知っているだろう。ここ最近、タカアマノハラを騒がせている侵入者騒ぎ」
「知ってるも何も、この間当事者になったばっかじゃん。なぁ?」
「当事者っていうか、自業自得っていうか……」
暁の言葉に啓太が気まずそうな表情で目を逸らす。
西岡は二人の様子に構わず、話を続けた。
「だが、妙だとは思わんか? いかに高度な光学迷彩を持っているとはいえ、ここまで容易くタカアマノハラに侵入できるものか?」
「実際侵入している……じゃ、話が終わるわな」
「何か理由があるんですか?」
啓太の疑問を受けて、北原も口を開いた。
「その理由が、どうもこの会社らしくってねぇ。これから強制捜査するところなのよー」
「強制捜査……罪状は?」
「輸入品数詐称だな。物資の流れを確認すると、どうもこの会社が輸入しているものと、実際にタカアマノハラに出回っている物品の量に誤差がある」
西岡は喋りながらも、装備の確認を始めた。
彼が手にしているアサルトライフルのできそこないのような装備は、アサルトスタンガンと呼ばれるタカアマノハラ警備隊の標準装備。非殺傷目的のゴム弾を秒間十発の勢いで対象にぶつけるという武器だ。
これは対異能者を想定して開発された武器であり、現在はタカアマノハラでの試験運用の最中である。その後、最終調整を経て、世界中の警備会社へと販売される予定だったりする。
「輸入品として提出される資料に記されている数より、実際に出回っている品の数が圧倒的に少ないんだ。以前はそう言うことはなかったはずなんだかが……」
「ふーん……この会社って、どういう会社なんだ?」
「一般的な輸入企業だな。英国に本社があって、そこから流れてくる品を販売しているそうだ」
「ふーん……」
暁は看板を見上げ、おらくる・みらーじゅ、と口の中でつぶやいた。
「……聞いたことねぇな。最近できたのか?」
「いや、タカアマノハラ建設の際にはすでに進出している企業の一つだ。ただ、お前の言うとおりあまり表に名前は出ていない。要するに、卸売業者の一つだ。まあ、一般人にはあまり縁のない企業だと考えていい」
ふーん、と暁は話半分で聞き流す。
隣に立っていた啓太は真剣に話を聞いていたのか、おずおずと片手を上げた。
「その……この会社が何をやっているのかは分かったんですけれど、輸入しているものの実数と申請数が違うだけで、強制捜査なんてできるんですか?」
「まあ、ほとんど言い掛かりの域だな。普通は許可なんて降りんよ」
啓太の言葉に、西岡はため息をつきながらアサルトスタンガンを肩に担ぐ。
「だが、今回は降りた。実際、これから強制的に立ち入るからな」
「よく降りましたね……?」
「ああ。なんでも、異世さんあてに、匿名でタレこみがあったんだと。オラクル・ミラージュは、英国で活動している新興宗教団体と、つながりがあるってな」
「新興宗教……ですか?」
宗教と聞き、啓太は何とも言えない顔になる。
あまりなじみのない言葉であるし、新興宗教となればなおさらである。
少し言葉を選びながら、啓太は西岡に尋ねる。
「その……その宗教は危険なものなんですか……?」
「今のところ目立った活動はしていないようだが、英国ではテロリスト予備軍として扱われているようだな」
「その根拠は?」
「なんでも……」
西岡は一旦言葉を切り、二人の様子を窺ってからその言葉を口にした。
「異能者を集めて、戦力を増強している疑いがあるんだとか」
「……へぇ?」
暁の目がスッと細まり、身に纏っていた気配が刃のように鋭くなる。
「なかなか面白そうな話じゃんか? そいつら、英国で活動してるんだっけ?」
「……何を考えてるのかしらんが、あまり突っつかん方がいいぞ。まだ、英国の方で違法とみられる行為は行っていないようだからな」
「でも……この会社とつながりがあるんですよね?」
啓太はオラクル・ミラージュの看板を見上げて不安そうにつぶやく。
北原は、そんな啓太に頷いてみせた。
「そうねー。タレこみによれば、侵入者自体がその宗教団体の手のもので、オラクル・ミラージュを隠れ蓑にタカアマノハラに侵入しているって話だったのよねー」
「もちろん、根も葉もないうわさの可能性はある。だが、実際にオラクル・ミラージュが輸入品数を誤魔化しているのは確かだ」
西岡は会社を鋭い眼差しで見上げる。
「輸入しているものの数と実際の流通数に違いがあるなんてよくある話だが……それでも、実数の十分の一程度しか市場に流れていないとなれば疑いたくもなるさ」
「あからさまに怪しいな、それは」
暁は呆れたようにため息をついた。
まるで疑ってくださいと言わんばかりの杜撰さだ。何を考えているのだろうか、オラクル・ミラージュの社員は。
「それを踏まえての、強制捜査だ。委員会は、今回の侵入者事件の早期解決を望んでいる」
「多少、強引な手段を使ってでもねー。というわけで、皆覚悟はOK?」
おどけて北原が問いかけると、後ろで構えていた警備隊の面々がそれぞれに頷いた。
それを見て、北原が満足そうに頷いた。
「おーっし、準備はよさそうよ西岡~」
「気が抜けるからしゃっきりしゃべれ……」
北原の声に呆れながらも、西岡はアサルトスタンガンを構えた。
「鬼が出るか、蛇が出るか……」
緊張を含ませた西岡の声を聞きながら、暁と啓太はまっすぐにオラクル・ミラージュの看板を見る。
「さて、どうなるかね……?」
暁の小さな呟きは、啓太の耳にだけ届いた。
怪しい企業を押し入り訪問。
おかげで、次回はバトルスタートです。
以下次回ー。