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Scene.45(早急に、解決してあげたいですね……)

「うーん。少し買い過ぎましたかねぇ?」


 両手に、袋一杯に詰まった菓子をぶら下げながら、美咲が少し首を傾げる。

 リリィへのフォローへ向かう途中、どうせならお土産でも買っていこうかという流れになり、スーパーやコンビニ、あるいは菓子専門店などタカアマノハラに存在する商店を駆け巡り、たくさんのお菓子を買ったわけだが。

 美咲、つぼみ、メアリーの三人の両手には一抱えはありそうな大きさの買い物袋が一つずつぶら下がっている。少女一人の胃に対しては、少々酷な量と言えるかもしれない。


「確かに。けどまあ、今日全部食べるわけじゃないし」

「そうですよ。日持ちのするものも多少ありますし、きっと喜んでくれますよ」

「ですよね! サー、張り切っていってみましょうかー!」


 しかし美咲たちはそんなことを気にすることなく、意気揚々とリリィの部屋へと向かう。

 実に恐ろしきは甘味の魔力というべきか。彼女たちも年頃の乙女。普段甘いものを節制している分、大義名分があれば遠慮なく行動に移してしまうわけだ。

 メアリーが先行し、リリィの部屋へと向かう途中、美咲がメアリーにリリィの様子を窺った。


「……それで、どんな感じでした? 昨日、私たちが帰った後」


 真剣な表情で問う美咲に、メアリーは所在なさげに首を振った。


「あれ以来、ほとんど口も聞いてくれなくて……。一応食事は作りおいておいたんですけれど、朝見に行ったときには手もつけてなかったんですよ」

「重症ですね、それは……」


 美咲が思っていた以上にひどい状態であるようだ。

 リリィにとって、啓太の無謀はかつてのトラウマの再演に等しかったとは聞いていたが、それほどまでに深く傷ついているとは。

 こうなると、自身がサイコメトリー系の異能者でないことが悔やまれる。種類にもよるが、精神医療分野においてサイコメトリーほど有用な異能はないと言えるだろう。

 心が読めれば、患者の状態は手に取るようにわかるだろうし、光葉のように精神状態を平静に保てるのであれば、薬などに頼ることもなくなるだろう。

 そういえば駿の異能も人の心の平静を取り戻すことはできるが……。


(はて。考えてみれば、駿さんがその手の依頼で狩り出されたことは一度もありませんでしたねぇ……?)


 ふと美咲はそんなことを思い出す。

 考えてみれば、今回のような状況、彼のカグツチさえあれば一気に解決する気がしないでもない。

 あらゆるものを燃やすことができるなら、トラウマも燃やしてしまえばいい気がするわけだが。


(……まあ、考えても仕方ないですよね。会長も暁さんもそのことを言い出さなかったってことは、何か理由があるんでしょうし)


 会長はともかく、暁は効率主義だ。手が抜ける部分はとにかく手を抜きたがる。

 そんな彼が何も言わなかったということは、何らかの理由で非効率な手段なのだろう。

 そう自分で勝手に納得する美咲の前に、ようやくリリィの部屋が現れた。

 そこまで到達し、気合を入れるように一つ頷いてから……。

 美咲はやや情けない顔でつぼみとメアリーを振り返った。


「……さて、問題は招いてくれるかどうかですねぇ」

「まあ、そうね」


 ここまで来てそれを言うのか、と言外に含ませながらつぼみが呆れた顔で頷く。

 確かに問題と言えば問題だが、今更言っても仕方あるまい。


「妥当なところで、メアリーが呼び掛けてみるとか」

「ああ、その心配はないと思いますよ?」


 つぼみはメアリーに振ろうとするが、メアリーはなんてことなさそうに頷いて、美咲に変わって扉の前に立つ。

 そして、インターフォンのスイッチを押し、中にいるであろうリリィに向かって呼びかけた。


「リリィ? 私です、メアリーです。入りますからね?」


 中から返事は帰ってこない。

 だが、メアリーはそれを気にすることなく、ドアノブに手をかけて回す。

 何の抵抗もなく、扉はガチャリと開いてしまった。


「……もしや、鍵かけてないんですか……?」

「そうみたいで……。今朝も、鍵かけてなかったから、ひょっとしてと思って」


 呆れる美咲。確かに寮にはいくつもの鍵が存在し、別に自室に鍵をかけなくとも防犯は万全と言えるだろう。

 だが、それでも気分的に他人との共同生活を送る場で鍵をかけないのは不用心すぎるだろう。特にここは女子寮だ。万が一にも、ということがないわけではない。


「それだけ、リリィが傷ついているということ」

「うーむ。会長たちがなんとかしたがっている気分が、ようやくわかってきましたよ」


 つぼみも真剣な表情で開いた扉の奥を見つめている。

 精神的にやられているとはいえ、こんなに隙だらけではヘタに外を歩かせるのも危険だ。

 平時とは言わずとも、多少なり警戒心を蘇らせておかなければ、最悪なことが起きるかもしれない。

 三人はお互いの顔を見合わせ、頷き合い、リリィの部屋へと入っていった。


「リリィさん? 入りますねー」

「明かり、つけるよ」


 美咲とつぼみは口々に言いながら、明るくなった部屋の中でリリィを探す。

 1DK。さして広くもない部屋の端におかれたベッドの上。そこにリリィの姿があった。

 両手で膝を抱えた体育すわりの姿勢を取っており、顔を膝に押し付けてじっと押し黙っている。

 声がしないところを見ると、泣いているわけではないようだ。

 三人は土産の菓子をテーブルの上に置きながら、リリィへと向き直った。


「リリィさん? いるならせめて、お返事くらいは頂きたいんですけど?」

「……」


 少し責めるような口調で美咲が問いかけるが、リリィからの返事はない。

 これは、長期戦になるだろうか? そう考えて、美咲は袖をまくる。


「……まあ、いいですよ。リリィさんもお疲れでしょうしね。とりあえず、お洗濯と掃除だけはしちゃいましょうか」

「そうね。手分けしましょう」

「わかりました」


 美咲の号令を受け、つぼみとメアリーも動き出す。

 そこまで汚れているわけではないが、昨日きていた制服やら、部屋着やらが乱雑に部屋の中にばらまかれている。乙女の部屋としては、いただけないだろう。

 三人はパタパタと忙しなく動き回りながら、ぼそぼそと今後の作戦を練り始める。


「ダメですね、リリィさん。こっちのやることに無反応ですよ」

「昨日からずっとこの調子で……どうしたらいいんでしょうか」

「いちばんいいのは、中にあるものを全部吐き出させること。それにはまず、落ち着ける環境づくりが重要」

「ですねぇ。パパッと片づけてしまいましょうか」


 それだけ簡単に決めて、部屋の中を片付けていく。

 さすがに三人もいると、十分程度で部屋も片付く。

 すっきりしたリリィの部屋の中で、三人は持ってきたものを広げ始める。


「さーて、ここからは女の子の時間ですよー。リリィさん、チョコは好きですか?」

「クッキーも、ポテトチップスもある。何か、リクエストは?」

「飲み物も買ってきましたよ。これを呑んで、落ち着きましょう?」


 がさがさと音を立てながら美咲たちの買ってきた菓子がテーブルの上に広げられていく。

 タカアマノハラ中のお店から買い集めたのかと言わんばかりの量のお菓子は、瞬く間に床まで埋め尽くしていった。

 美咲はその一部の包装を開け、ついでに買ってきた紙皿に移し替え、リリィの傍に置いてやる。


「さあ、どうぞ! おいしいですよ?」

「………」


 この時ようやくリリィが動いた。

 顔を上げ、美咲を見つめるリリィ。その瞳は、ひどく薄暗く、濁っているように見えた。

 それを見て、美咲はわずかに体を硬直させる。

 何故なら彼女はこの眼差しを知っていたからだ。


(お、おぉう。質こそ違いますけれど、光葉さんによく似てます……)

「………」


 リリィは硬直する美咲と、ベッドの上に置かれた菓子とを交互に見つめる。


「遠慮せずにどうぞ」

「おいしいですよ?」


 固まった美咲の様子には気が付かず、つぼみとメアリーもそれぞれに菓子を摘まみながらリリィを促す。

 しばしリリィは黙り込んでいたが、やがて体を動かして、菓子を摘まみ始めた。

 硬直から解放された美咲も、自身の取り分である菓子を摘まみながらリリィの様子を窺った。


「ど、どうですか?」

「………………おいしい、です」


 長い間はあったが、リリィは美咲の問いにそう応えた。

 美咲はほっと安堵のため息をついた。何はともあれ、一歩前進と言っていいだろう。


「ああ、それは良かったです。適当に菓子を選んで持ってきたのですが、つぼみが新商品を買いたがるんで、少し困っていたんですよ」

「新しいものを試して何が悪いの? おいしいからいいじゃない」

「だからってあなた、スティックチョコ・イワシ味とか誰が食べるんですかこれ? 責任もって持って帰ってくださいよこれは」

「何味なのか全く想像できませんよね、それ……」

「………」


 そんな感じで、姦しく話を始める三人。

 思い思いに菓子の封を切り、それを食し、味に関して好き勝手に感想を言い始める。

 リリィはそんな三人を遠巻きに見つめているだけであったが、菓子のゴミが袋一つに一杯になる頃には、大分リラックスできるようになっていた。


「あの、美咲さん……そっちのお菓子、取ってください」

「おお!? リリィさんからのリクエストとは! さあさあどうぞリリィさん!」

「ありがとう、ございます……」

「もしかして、イチゴ味、好きなの?」


 イチゴチョコと銘打たれた菓子を受け取り微かに微笑むリリィを見て、つぼみがそう聞く。


「はい……」

「へー。なんか、イメージ通りって感じですねー」


 リリィは小さく頷いてみせた。

 意外と渋い趣味のある美咲は、自分用に買っておいた固焼きせんべいを齧りながら、何度か頷いた。

 と、メアリーが自分のカバンから一枚のDVDを取り出した。


「おや? メアリーさん、如何しました?」

「いえ、せっかくだからビデオでも見ようかと思いまして」

「ああ、いいですねー。リリィさん、テレビとデッキお借りしても?」

「どうぞ……」


 リリィからの許可を得て、美咲はメアリーと協力してDVDをデッキにセットした。


「で、中身はなんです?」

「ごく普通の恋愛ドラマですよ。でも、私このシリーズ好きでして」

「ほほぅ? それは楽しみですなぁ」


 メアリーの言葉にニヤリと笑いながら、美咲は自分のいた場所に戻る。

 テレビとデッキの電源を入れ、DVDを再生する。

 放映されたものを直接録画したものだろうか。しばらく英国で流れているらしいCMが流れた後、本編が始まりだした。

 そこまで始まってから、今更メアリーが美咲たちに問いかけた。


「……そう言えばこれ、日本語字幕ありませんけど大丈夫ですか……?」

「大丈夫です。こういうのは雰囲気が分かれば問題ないんです」

「平気。足りない分は、妄想でカバーする」

「そ、そうですか……」


 全編通して英語をしゃべる俳優たちを前にしても一歩も引かない美咲とつぼみを見て、メアリーは申し訳なさそうな顔になる。

 とはいえ、はじまってしまったものは仕方ない。メアリーもDVDの視聴に戻ろうとして。


「――ア、アア、アアアアァァァァァァ!!??」


 突然響き渡った、リリィの悲鳴にそれを中断されてしまう。


「!? リリィさん!?」

「リリィ!?」


 美咲とつぼみが、DVDをそっちのけでリリィに駆け寄る。

 リリィは頭を抱え、痛みに耐えるように声を上げた。


「あ、アア、アアア……!!」

「どうしました、リリィさん!?」

「頭……痛い……!?」

「頭が……? と、とにかくメアリーさん! DVDを止めてください!」

「わ、わかりました!」


 美咲の指示に、慌ててメアリーがDVDを切る。

 さっきまで大丈夫だったのに、いきなり苦しみだした以上原因はこれだろう。

 ぶつりと音を立てて再生が止まり、リリィがぐったりとベッドの上に体を横たえた。


「ハァー……ハァー……!」

「大丈夫ですか……?」

「は、い……」


 息も絶え絶えといった様子で頷くリリィ。

 目の前の少女の頭を撫でながら、美咲はなるたけ優しく言った。


「きっと、疲れてるんですね……。少し、眠ってください。私たちは、ここにいますから」

「は、い……すいま、せん……」


 リリィはそれだけ言うと、大人しく瞳を閉じる。

 間をおかず聞こえてきた寝息に、美咲はリリィがだいぶ無理をしていたことを悟る。


(……ひょっとして、ずっと起きていたんでしょうかね)


 昨日から寝付くことができず、ずっと起きていたのかもしれない。

 つまり、彼女の心の傷は美咲の想いが及ばないほどに深いということだ。夜も、眠れなくなるほどに。


(これは……早急に、解決してあげたいですね……)


 美咲はひっそりと決意しながら、リリィの頭をゆっくりと撫でた。

 少しでも、彼女が優しい夢を見れるように祈りながら。




 相変わらず芳しくないリリィの様子。美咲たちは、何か彼女にしてあげられるのか?

 再び視点移しまして、啓太側。怪しい連中を摘発するようですよ?

 以下次回ー。

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