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Scene.40「前後が逆です、お嬢様」

 英国、ロンドン。深夜三時。

 日本で言うところの草木も眠る丑三つ時。当然、英国最強を誇るサイコキネシストであるフレイヤ・レッドグレイブも大きな天蓋ベッドの上で横になり、夢の中へと旅立っている最中であった。


「んぅ……」


 小さな寝息を立て、ころりと寝返りを打つ。

 そのたびに、彼女の背に揺蕩う豪奢な金の御髪がシャラリと音を立ててベッドの上に広がる。

 その寝姿は一枚の絵画のように美しく、いまだ発展途上の少女であることを想わせるその寝顔は微かな背徳感と艶やかさを醸し出していた。

 そこいらの絵師がため息をつき、それこそ絵画が裸足で逃げ出しそうな光景を、打ち壊すものなどあるはずが――。


 ジリリリリリリリ!!


 ――なかった。つい、一瞬前までは。

 突如彼女の枕元に据えられた、アンティークの電話が鳴り響きだす。

 元々はベッドの傍に置く飾りとして用意されたものだが、どうせ電話なのだから通話できるようにすべきだと考えたフレイヤが、電話線を拵えたものだ。

 もちろん、彼女の寝室に繋がるものなので、プライベートでも親しいものしかその番号を知らない。そして、彼女の親しい人間もこの時間にはさすがに眠っているはずだが。


「ぁぅ……」


 いつまでも鳴りやむことのない電話の音にフレイヤは忌々しそうに眉根を寄せる。

 だがそんな抗議活動も知ったことかと電話は鳴り響く。このままでは従者たちに迷惑をかけてしまう……。

 そんなことを寝ぼけた頭で考えつつ、布団に包まりながらフレイヤは電話を取った。


「……もしもし?」


 寝ぼけた彼女の声は、と息が混ざりどことなく甘美な甘さを感じさせるものだった。

 男が聞けば一発で堕ちてしまいそうなそんな声を聞き、電話の主は実に愉快そうな声であいさつする。


『おはようフレイヤ・レッドグレイブ。いい夢は見れたかね?』

「んー……?」


 フレイヤはその声の主について寝ぼけた頭で考え……。


「………………!?」


 そして数瞬間をおいてからその正体に思い至る。

 ガバリと体を跳ね上げ、夜明け前だというのにはしたなく悲鳴を上げてその名を呼んだ。


「アラガミ・アカツキ!?」

『その通りだクソアマ』


 クツクツと、電話の向こうで暁が意地の悪い笑い声を上げる。


『クックックッ……。もう昼だってのにいまだにおねむか? いい御身分だなぁ、異能騎士団団長さんはぁ?』

「え、あ、はぁ!? ちょ、待って待って!?」


 混乱著しいフレイヤ。

 ひたすら悲鳴を上げながら、グルグルと頭の中でひよこの群れが飛び回る。


(なに、何、どうして彼がいきなり電話!?なんで、どうして、私何か予定を入れていたかしら!?)

『クフ、カッハハハ! スゲェ慌てようだなぁ、オイ! 不意打ち電話だけで効きすぎだろうこれは! どうなってんのマジで!?』

「それはあなたもご存じでしょう。もうよろしいですね?」


 突然聞こえてきた好敵手の声にほとんど返事らしい返事も返すことができないフレイヤの耳に、聞きなれた従者の声が聞こえてくる。

 ドアを開けて現れたのは、いつもの執事服を纏った従者の姿だった。


「失礼します、フレイヤお嬢様。御召し物をお持ちしました」

「レディ!? レディ、あの、あのあのあの!」

「まずはお着替えを。そして一杯のコーヒーをお飲みください。それでだいたいの物事は解決いたします」


 従者に対してもあられもない姿をさらしてしまうフレイヤ。混乱した彼女は電話の受話器を持ったままワタワタと無意味に手を上下させるばかりだ。

 そんな彼女の手から受話器を取り上げ、代わりにいつもの服を手渡し、さらにコーヒーも用意してみせ、レディは柔らかく微笑んだ。


「さあ、フレイヤ様。アラガミ様をお待たせしてしまいます」

「あ、ああ、ああ、そうね、そうね! 待たせてる、待たせてるのよね!」


 フレイヤはそう言いながら、慌てて服を着替えはじめる。

 そんな主に背を向けながら、手にした受話器を耳にあて、レディは咎めるような声を上げた。


「……アラガミ様。いささか趣向が悪いように思えます」

『ハッ! ある日突然空から道路標識が飛んでくるのとどっちが趣味悪い? なんなら学内アンケートで取り上げてもいいぜ?』

「その件に関しては申し開きもありませんが……」


 ちらりと主に目を向けると、シャツを前後ろ逆にしたまま上着を羽織ろうとしている。

 通話口に手を当てながら、レディはそれを指摘した。


「前後が逆です、お嬢様」

「え!?」


 フレイヤはその詩的に大いに慌て……上着をさかしまに羽織ろうとした。

 レディは慌てることなく、彼女の下着に手をかける。


「違います、シャツです、シャツ」

「にゅわ!?」


 クイクイと引っ張られてようやくその事実に気が付き、フレイヤは慌ててシャツを着直す。

 ようやく普通に服を着始める主に安堵し、レディは電話に戻った。


「さて、どこまで話しましたっけ?」

『申し開きがどうのだろ? まあ、こっちとしちゃクソアマがシャツ逆さに来てるなんて愉快な状態に持って行けただけで満足だがな』


 愉快そうに言いながら、暁は同情するような声を出した。


『しかしなんだね。そっちはそっちで大変だなぁ、相変わらず』

「あなたに比べれば、いくらでもましというものです」


 レディは暁の気遣いにそう答えながら、ポケットからスティックシュガーとカップミルクを取出し、フレイヤに手渡した。


「さあ、お嬢様。コーヒーを飲んで、どうか落ち着いてください」

「あ、ありがとうレディ」


 だいぶ落ち着きを取り戻したフレイヤはレディに礼を言い、コーヒーに砂糖とミルクを注ぐ。

 そしてティースプーンで中身をかきまぜ、ゆっくりと中身を呷った。


「ん……はぁ……」


 一息にすべてを呑み干し、息を吐き、目を開いた彼女は。


「――ありがとう、レディ。だいぶ落ち着けたわ」


 英国最強の異能者、フレイヤ・レッドグレイブであった。


「もったいないお言葉です、お嬢様」


 いつもの姿を取り戻したフレイヤに恭しく礼を行い、受話器を差し出す。

 フレイヤはそれを受け取り、耳にあて開口一番で文句を言った。


「……アラガミ・アカツキ。あなたの悪趣味の中で、最たるものですわよ、これは?」

『ハッ! いつも通りのクソアマに戻ったようで何よりだフレイヤ・レッドグレイブ。……にしたところで、不意の来客とかには対応できるようにしておけよ。お前の都合は誰も待っちゃくれねぇぞ?』

「そ、そういう時はまずレディが対応してくれるからよいのです!」


 ニヤニヤといういやらしい笑みが見えてきそうな暁の言葉に、いささか頬を赤らめながらフレイヤは反論する。

 だが、暁はそんな彼女を追いたてるように声を上げた。


『どうだかなぁ? いつだったか、俺が不意打ちでテメェを訪ねたときなんざぁ……』

「や、やめてください! あの時の話はもういいでしょう!?」


 自身にとっての古傷を抉ろうとする暁を、何とかフレイヤは制する。


「あれは、予定にない行動をとるあなたが悪いのです! あんな、思っても無いようなタイミングで……!」

『さっきも言ったぞ? 相手はテメェの都合を待ってくれねぇんだ。急に尋ねられたくらいで、自分ちの庭を半壊させる方が悪い』

「ぐぬぬぬ……!」


 鼻でせせら笑いながら、暁はそう溢す。

 それを聞きフレイヤはギリギリと悔しそうに拳を握りしめる。

 そんな主の姿を見て、レディはこっそりため息をついた。


(アラガミ様との付き合いが始まってから、大分収まったと思いましたが……やはりまだまだですね)


 フレイヤ・レッドグレイブ。英国最強の異能者で、世界最強のサイコキネシスト。

 そんな彼女のスケジュールは、病的なまでにきっちり定められている。誰に何時に会う、いつまでに仕事を終えるなどという基本的なことから、いつ屋敷を出る、どの時間で食事をとる、トイレには何時に入るなどという生理現象に至るまで、きっちり管理されている。

 これらは基本的にレディが定め、定時に目覚めたフレイヤに伝えられる。だが、そこにレディの意志は介入していない。あらかじめフレイヤがそう定め、そして国や世界からの依頼や騎士団の仕事などを加味して、レディが調整しているのだ。

 このフレイヤのスケジュールに関しては、プライベートにかかわる部分以外は、英国だけではなく世界的にも知られている。対外的には「淑女たる者、己の生活くらいはしっかり管理できなくてはならないものです」とフレイヤは口にしているが、実体はそうではない。

 フレイヤ・レッドグレイブという少女は、用意されたレールの上でしか走れない少女なのだ。

 彼女が生まれ、そしてその力を認識されてからは、その全てが英国によって管理されてきた。

 何を学ぶか、どんな運動をするか、どういう食事をとるか……そしてどんな人間と付き合い、どのような人間になるか。すべてを国が定め、それを運命として幼い少女に押し付けたのだ。

 あらゆる全てが管理されるがんじがらめの生活の中に自由などなく、幼い少女にかかる精神的ストレスは誰にも想像ができないものだったろう。

 少女はそんな生活から生まれたストレスを、当たり前のものであると受け入れることで凌いだ。

 力を持って生まれたものとして当然の責務であると頷き、こうあるべきなのが私なのだと口にし、英国最強の少女フレイヤ・レッドグレイブという人格を形成していったのだ。英国に恥じない……否、英国にとって不利益にならないように。

 いわば、国家による洗脳だ。異能科学が発展し始めていた当時、英国が異能科学という分野における一定の立場を保つために、一人の少女を犠牲にしようとしたのだ。

 第一世代の異能者は人工的には生まれず、自然に誕生するのを待つしかない。当然、自国に第一世代の異能者を有していれば自然とその立場が確固たるものとなる。英国は、フレイヤが諸外国に……特に異能科学が盛んであった日本へと流れるのを防ごうとしたのだ。

 そのもくろみは見事に功を奏し、フレイヤは英国にその心を捧ぐ忠実な騎士となった。その心に負った大きな傷を代償としながら。

 駿が、その心を奮い立たせてはならないように。光葉が、全ての存在に憎悪を向けるように。

 彼女は、自らが思いもよらない事態に極めて弱い。予定や予想が外れると、まともに思考することもままならなくなるほどに。

 第一世代が第二世代に負けるという、絶対にありえないはずの事柄を覆された時には、あわや心肺停止に陥ったほどだ。彼女の心の傷は、彼女の体機能にまで影響を与えていた。


(……けれど、変わられた。少なくとも、歳相応に動揺する程度まで抑えられるようになってきた)


 そんな彼女を変えたのは、彼女を負かした第二世代の少年……新上暁だった。

 彼が戦闘中に投げかけた言葉が、フレイヤの中に楔のように残り……彼女の心を繋いだのだ。


『ハッ! 道路標識が空から降ってくるよか何ぼかましだろうがよ! 人が死ぬところだったんだぞ!』

「何を言うかと思えば……! あなたがあの程度で死ぬなら、三年前のあの日に死んでいます! この程度で私の認識崩さないでください!」

『どんな理不尽だテメェ……』


 漏れ聞こえる二人の会話にレディは微かに微笑む。


(願わくば、いつかはお嬢様の呪縛を解いてくださるよう……期待していますよ? アラガミ・アカツキ様……)




 やはり我慢はできなかったよ……。フレイヤお嬢様、予定が崩れると乱れます。精神的に。

 暁君が予想外のことばかりするから、大分慣れてきたようですけどね。前はそれで死にかけてたし。

 以下次回ー。

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