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Scene.39「……いろいろあったな」

 モノレール“ミハシラ”駅は、基本的に二十四時間営業である。だが、夜中の十時以降の利用には、タカアマノハラの関係者であることを示す身分証を提示する必要がある。

 学生であれば学生証、どこかの研究機関に所属しているならそこの職員証を出入り口のカードリーダーに通さねば、駅に侵入することはできないわけである。もっとも、この時間になると半自動化されているこのミハシラ駅にはほとんど人はいなくなる。カードリーダーを通すことでスリープモードに突入しているモノレールの機械を動かすわけである。

 そして今、ミハシラ駅には三人の男女が訪れていた。

 異世駿。異世光葉。そして新上暁の三人だ。


「……いろいろあったな」


 誰にともなく、暁は呟いた。

 啓太が一人で飛び出していってしまった後、会長はため息とともに解散を宣言した。

 元々、啓太とリリィが目覚めるのを待つためにあそこにいたのだ。二人が目を覚ました以上、長居する必要はなかった。

 すすり泣くリリィは、メアリーが連れて帰ることになった。

 彼女なら同じ寮に暮らしているわけだし、適任だろうという会長の判断だ。

 連れ添いに、美咲とつぼみも申し出た。彼女たちとしてもリリィの様子が気になっていたのだろう。メアリーはその申し出をありがたく受け、四人は連れだって気象情報研究所を後にした。

 残った暁たちに、会長はあの後何があったのかを簡単に説明した。

 生徒会を預かる身として啓太を叱責したこと、そして啓太とリリィの関係を後押しするように煽ったこと。

 会長は、自らの判断を過ちであったと暁に溢した。

 時期尚早であった、リリィの精神状態を考えて、啓太に行動を喚起させるべきだった、と……。

 暁は無言でそれを聞き、会長の背中を慰めるように叩いてその場を後にした。

 自責の念に駆られている会長にかける言葉がなかったし、もし自分が同じ立場だったら同じことをしていただろうと思ったからだ。

 啓太が無謀にもリリィを守るために戦いを選択したこと……これは喜ぶべきことだろう。それは、啓太が本気でリリィのことを想って行動している証だ。

 あるいは独りよがりだと、善意の押しつけだと言われる行動だろう。だが、命を懸けて行うのであれば、その奥にあるのは真摯な想いだ。叱りはすれど、否定することではない。

 であれば、どうすべきか。行動を間違えたのであれば、正せばいい。それだけだ。会長は、啓太の間違いを正そうとしたにすぎない。

 ただ、間の悪いことにリリィの症状が思いのほか根深く、そして負った傷がふさがっていなかった。それだけなのだ。


「はぁ……」


 暁がため息とともにミハシラ駅のカードリーダーに学生証を通すと、さっきまで真っ暗であった駅構内に最低限の明かりがつく。

 そのまま扉の前に立てば、自動ドアが起動する。暁は駿と光葉を伴って駅へと入っていった。

 この時間のモノレールは半自動で動く。モノレールのドアに学生証をかざせば、モノレールが起動。五分の時間をおいてから、本土のミハシラ駅へと発進する仕組みになっている。

 暁はさっさとモノレールの発着場へと向かう。

 時刻はすでに夜中の零時。もう草木も眠る丑三つ時だ。帰ってひと眠りしたい。

 発着場には一台のモノレールが止まっている。深夜運転の際に使用されるもので、かなり小型だ。なるべく運転費用を抑えるためのものらしい。こちら側のものが動くと、向こう側のものも一台だけ動くので、当然と言えば当然だが。

 暁は学生証をドア付近のタッチパネルに押し付け、モノレールを起動させる。

 ぷしっ、と空気の抜ける音がしてドアが開いた。


「………」


 そしてモノレールの中に駿と光葉が乗り込んでいく。

 どこまでも静かな二人に、暁は軽くため息をついた。


「お前ら毎度のことだが、なんか喋れよ……」


 この時間になると、駿も光葉も極端に口数が減る。光葉に至っては、駿に対するアピールまで極端に減って大人しくなる。

 駿に関してはいつものことだが、光葉の場合はものすごく眠いためだ。

 彼女は太陽が出ているうちは極めて活発に行動するが、こうして太陽が沈むと意識が沈むのかとても眠たがる。ほっとけば、立ったまま眠るだろう。

 ちなみに日が出ている間でも視界を完全にふさいでしまえば寝るし、夜でもある程度の明かりが認識出来れば目を開けていられる。今は、彼女の目の前に提灯か何かのように駿の炎を灯すことで我慢させている。

 暁も一応そのことは知っているので、期待しているわけでもない。なんとなく、間が持たなくなっただけだ。

 もう一つため息をついて、暁もモノレールへと乗り込んだ。

 しばらく待つと、小さなモーター音を響かせてモノレールが発進する。同時に車内アナウンスが流れ始める。


『ご乗車、ありがとうございます。当モノレールはタカアマノハラ・ミハシラ駅発、東京ミハシラ駅着の、深夜便となっております。ご乗車の際、御忘れ物などないよう――』

「くぁっ……」


 車内アナウンスを聞き流しながら、暁は欠伸を掻く。

 リリィを待つ間に眠りはしたが、それでも夜は眠たくなるものだ。

 むにゃむにゃと残った欠伸を噛み殺す暁。

 彼は今、座った駿と光葉の前に立っている。座ると、眠ってしまいそうだったからだ。

 このモノレール、駅に到着した場合、下手に寝過ごすとそのまま一晩この中で過ごす羽目になるのだ。

 外からは学生証で開けられるが、中からは緊急の脱出装置でしか開けられないのだが、肝心の脱出装置は駅に努める社員の持つ鍵でしか開かないときている。

 一応停車時には目覚まし時計のノリで大音量のベルの音が鳴り響くし、ドアが閉まりきるまで十分ぐらいはあるが、モノレールが向こうにつくまで十分かそこらだ。そのくらいなら我慢すればいい。

 暁が眠らぬよう必死にこらえていると、不意に駿が口を開いた。


「――光葉」

『……ん。なーに? 駿』


 微かに眠そうな光葉が、それでも目を擦りながら駿の前に影文字を浮かび上がらせた。

 光葉の返事を見て、駿は前を見たままぼそりと尋ねた。


「……今日は、どうしたのです?」

『何が?』

「リリィさんの事です。なぜ、リリィさんを大人しくさせたのですか?」


 駿の問いに、暁は眠気とは別の理由で目を細めた。

 聞きようによっては非道な質問だが、光葉の性質を知っていればあの行動は当然違和感を覚える。

 暁も当然あれには驚いた。ならば光葉のことをもっとよく知っている駿であればなおのことだろう。

 暁が見れば、光葉の前で瞬く焔は不安定に揺れ、時折バチバチと音を立てて火の粉を撒き散らしている。

 暁は眉を顰めた。よくない兆候である。駿の精神がひどく揺れている証拠だ。


『? どういうこと……?』

「今日、光葉はリリィさんと接触しました……何故、あんなことをしたのですか?」


 駿はなるたけ抑え込んだような声色で、光葉に問いを続ける。

 何か、焦っているようにも見える。光葉を見ない両の眼も、微かにではあるが揺れているのがわかる。

 暁は舌打ちと共にひそかにサイコキネシスの準備を始める。

 駿にとって光葉とは不変の存在であり、傍にいて最も安心できる存在だ。

 変わらぬが故、自分も変わらずに済む。心を揺らすことなく、穏やかに過ごすことができる……。

 それが、駿にとっての光葉という少女なのだ。それが予想外の行動をとったために、駿の心もまた機敏に揺れているのだ。

 事の推移しだいによっては、翌日のモノレールの運行も休止せざるを得ない可能性がある。


(めんどうくせぇ……。なんでこんなことになってんだよ……)


 侵入者。啓太の負傷。リリィの変容。そして駿の暴走……。

 好まざる事態の変遷に泣きたくなる気持ちを抑えて、暁は光葉の返答を待った。

 事態が切迫している……などと認識すらしていない光葉は、駿の問いに不思議そうに首を傾げるばかりだ。


『……意味が解らないよ、駿』

「わからないなんてことはありませんよ。だって、実際に光葉は行動したのです。覚えているでしょう?」

『本当にわからないよ? だって――』






光葉が(・・・)光葉を大人しくさせる(・・・・・・・・・・)のは当たり前でしょう?』






 モノレールの中に沈黙が満ちる。

 その中を、光葉の影文字が躍ってゆく。


『光葉も不思議だったけど、光葉がいたの』

「光葉……が?」

『うん。光葉がいたの。泣いてる泣いてる、小さな光葉が』


 光葉は頷きながら、駿の方へと向き直る。


『光葉が泣いていたから、光葉は光葉に教えてあげたの。もう泣く必要は、ないよって。光葉の傍には駿がいるんだよ、って』


 光葉は嬉しそうに微笑みながら、駿の手に自分の手を重ねた。


『暖かな光。優しい焔が、光葉の傍に入るんだよ……って』

「そう……でしたか」


 駿は光葉の言葉から何を得たのか、安堵したように表情を和らげた。


「それなら、よかった。光葉は、光葉が心配だったんですね?」

『しんぱい? なに、それ?』

「光葉にはいらないものですよ。あなたの不安も、嘆きも、心配も……すべて俺が焼き払うんですから」

『うん、そうだね』


 駿が微笑み、光葉の長い黒髪に顔をうずめる。

 光葉はくすぐったそうに笑い、それから駿の頭に手を回した。


『駿、駿、駿……』

「はい、光葉……」


 まるで睦言を囁き合うように、互いの名前を呼び合う二人。

 そんな恋人たちを藪睨みしながら、暁は考える。


(……今、光葉はリリィのことを自分と呼んだ。つまり、同調した原因は、リリィの根っこに光葉に近しい何かがあるってことか?)


 ここ最近の光葉の不可解な行動に関する謎が、さらに深まった気がする。

 そう感じて暁はため息をまたついた。


(それなら道理ではあるが……いったい何が光葉に近いんだ?)


 光葉の精神構造は特殊だ。ほぼすべての人間が異形に見えるほど、ねじくれている。

 そんな彼女が、自身であると告げたリリィという少女……。彼女は一体、何者なのだろうか。


「こりゃ、こっちから一度電話する必要があるか……?」


 忌々しそうにつぶやきながら、暁は外を睨みつける。

 そちらの方角には、世界に名高き異能騎士団を有する、英国が存在していた。




 光葉の意外な発言が謎を呼ぶ。

 暁はこの事態を解決できるのか!?

 以下次回ー。

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