Scene.3「――その転入生は、女だ!」
その後、啓太を連れた三人はつつがなく異界学園の校舎へと到着した。
途中、またバット等で武装したり、異能を全開にしたり、しまいにゃタカアマノハラだと割とメジャーな電気自動車(一人乗り)にのって突撃しかけたりする者もいたが、全員無事に暁によって迎撃されて終わった。
余計な損害発生の予感に、啓太がまた涙を流したが、暁たちはそれを無視して自分の教室へと向かった。
この学園……そして暁の身の回りでは日常なのだ。いちいち気にしてはいられない。
「うーっす」
適当な挨拶をしながら教室に入ると、何やらクラスメイト達が沸き立っていた。
そしてその中心には友人の一人である鈴木一の姿があった。
「? なんかあったか?」
「おお! 暁! それに駿に光葉も! おはよう!」
「おはようございます、一」
「………」
一の言葉に、駿は軽く会釈を返すが、光葉は無視し、そのまま自分の定位置である教室の隅にある自席へと向かう。
そして席につき、駿を急かすように隣の椅子をポンポンと叩いた。
それを見て、駿はまた一に会釈する。
「では光葉が呼んでいますので、失礼します」
「おう! ……でだ、暁」
さっさと自身の前を離脱する二人には見切りをつけ、一は暁に標的を絞る。
そもそもあの二人は、他人にほとんど干渉しないし、干渉されることを良しとしない。そのことを、一も理解しているのだ。
暁は軽く肩を竦めて、一の相手をしてやることにした。
「切り替えはやすぎんだろ。どうした、今日は」
「お前たち生徒会なら知ってんだろ? 今日、この学校に転入生がやってくるって……」
「らしいな。つっても、生徒会にはあまり関係のねぇ話だ。詳しくは、駿か美咲当たりの方が知ってるんじゃねぇの?」
一の言葉に興味なさそうなそぶりを見せる暁。
異能科学研究世界学園、通称“異界学園”。
異世研三が提唱した異能科学論。それに基づいた異能学習理論を、学校教育として真面目に実践する、日本で……いや、世界で唯一の学園だ。ここ以外の場所でも異能を学ぶ場所は存在するが、学校という教育機関でそれを実践している場所は他に例をない。そもそも異能はオカルトと呼ばれる分野だと考えられていたので、当たり前なのだが……。
ともあれ、異能を学びたければこの異界学園へとやってくるのが最も効率がいいと言える。学校がそのための時間や場所、そして訓練のために必要そうな道具をすべて用意してくれる。生徒は心行くまで異能を学び、そして訓練すればよい。もちろん、そのデータはさらなる異能科学の研究に利用されるので、学校側としても生徒が訓練に乗り気なのは良いことだ。
そのため、世界中の子供たち……そして異能に興味を持つ成人した大人たちが、毎年この学園に入学しようと集まってくる。今や異能は一種のステータスとして認知されるほどに、世間一般に知れ渡っていると言えた。
しかし、あらゆる人間を受け入れると豪語する異世研三を学園長とする、異界学園にも当然限界はある。一度に入学できるとされている人数は厳しく制限されており、学力テスト、面接テスト、そして異世研三が開発したと言われる異能テスト……この三つの入学テストをクリアしたものだけが、異界学園に入学できると言われている。
だが、異界学園に入学する方法は、この入学テストだけではない。ここから零れ落ちたとしても……まだ望みはあるのである。
それは“転入生”となること、である。
「おいおい、生徒会が無縁とか言っていいのかよ? 転入生と言えば……」
「ある程度の異能強度を誇る人材……だろ? たまにそのテストに付き合うんだ。もちろん知ってらぁよ」
暁はそう言って小さく欠伸を掻く。
異界学園の転入生となるには、所属している学校の紹介状ともう一つ。異能強度のテストに合格する必要がある。学力テストや、面接を行うこともあるが、これらは必須ではない。
異能強度とは、言葉の通り異能の強さを示すものである。わかりやすい強度分類としては、自然発生型の第一世代と、人為発生型の第二世代、といった具合だ。第一世代の方が強く、第二世代は弱いと一般的には認知されている。
ただ、今を生きる異能者たちは大抵第二世代であるため、今のところこの分類は機能しているとは言い難い。
さらに異能自体も種々様々であり、人間の数だけ異能があるとも言われているせいで、明確な強度分類が難しいとされている。ただ、一般的には自動車一台クラッシュできたら十分超人、と認識されている。異界学園へと途中転入するための条件も、同等程度である。
と言っても、必ず全員がそれだけの強さを持っているわけではない。異能に対する認識や、練磨を怠っていなければ、それなりの強度であっても異界学園には入り得る。
来る者をすべて受け入れる。それが、異世研三の信条だからだ。
暁は興味を失ったように自分の席に向かおうとする。
「今の時期に転入できるってこたぁ、それなりの異能者なんだろうけど、まさかこのクラスに転入してくるわけじゃなし……」
「それがそのまさかよ……!」
「――なんだって?」
一の言葉に暁の興味が鎌首をもたげる。
昨今の入学希望者数のせいで、常時満員とされる異界学園の席である。そうそう容易に空くものではない。
暁は首をかしげる。このクラスに転入してくるということは、この教室の席に空きができたということだが……。
「どういうこった? 誰も転移実験で壁の中に跳んでねぇし、光葉が飲み込んだり、ましてや駿が消し炭に代えたりしてねぇだろ?」
「そこでその二人の名前が出てくるあたりお前らしいっちゃらしいが……」
思わず聞こえていやしないかと二人の方を窺う一だが、駿は黙々と一時限目の準備をしているし、そもそも光葉はこちらに興味すらないのか、上着のボタン開けつつ駿にしな垂れかかっていた。着やせするタイプである光葉の、沁みひとつない肌と大きな乳房が、少しだけ顔を覗かせている。
思わず生唾飲み込む一だが、見られていると気づいた時の光葉の反応が怖いので、何とかそちらから視線を外す。
「……まあ、その、なんだ。いわゆる交換留学生って奴だよ」
「交換留学? つか光葉。テメェ、少しは周りに配慮しろっつってんだろボケがぁ!!」
一の視線の意味に気が付いた暁が、その辺りにあった机を光葉の方に向かって投げつける。
結構な速度で迫ってきた机を、自分の影から伸びた手で受け止めた光葉は、同じくらいのスピードで暁に向かって投げ返した。
返って来た机をキャッチした暁は、その表面に何か書かれているのに気が付く。
『これから気を付ける』
「そう言う問題じゃねぇよ……」
暁が読み上げるのと同時に光葉と駿を覆うように黒い影が現れるが、それを察したらしい駿が光葉の顔に手のひらを押し付ける。
「我慢してください光葉。これから授業があるんです」
そう言う駿の言葉に従う……わけもなく、光葉は駿の手首をつかんで、手のひらを舐めはじめた。犬か何かのようにペロペロと。
そんな光景を見て処置なしと首を振った暁は全てを忘れて一の話を聞くことにした。
「……交換留学生ね。そういやそんな話もあったな……」
「あったどころの話じゃねぇよ、誰が行くかで盛り上がってたろうが」
暁に倣い、二人の方は無視することに決めた一は、呆れたように肩を竦める。
「ほんとお前、金がからまねぇとやる気ださねぇんだからよ」
「貧乏苦学生なんでな。金はあるだけ欲しい」
「いやまあ、お前の気持ちもわかるが……だが、そんなお前も、こういうのは多少気になるんじゃねぇの……?」
「なにが?」
「その転入生……男と女どっちだと思う?」
「おい早く話せよ一!!」
「私たち、その部分からずっと焦らされてるのよ! いつになったら話すのよ!!」
一がその話題を始めた途端、周りに集まっていたクラスメイト達が急にヒートアップし始めた。
「暁への説明が終わるのだって待ってたんだぞ!?」
「というか、そこだけ焦らされてどんだけ経ってると思ってるのよ……!」
「ま、まーまー! こういう情報はなるべく公平に! な!?」
殺気立ってすらいるクラスメイト達の様子に、先ほどの盛り上がりの理由を知る。
要するに、一がこのクラスへの転入生の情報をいち早く入手し、それを出し惜しみしていたということなのだろう。
「そういや、お前はそっち系の能力だったか。聞き耳だっけ?」
「へへ、まあな! 転入生と聞いて、思わず職員室に……な?」
鈴木一、彼が持つ異能は“聞き耳”と呼ばれている。
文字通り音を聞く能力だが、使用するのは自前の耳ではなく、耳の絵を描いた紙だ。材質を問わず、耳の絵を描かれたカードを通して遠隔地の音を拾う能力である。
おそらく職員室のごみ箱の中にでも、能力を付与した紙を捨てておいたというところだろう。
「……で? 結局男なのか? 女なのか?」
暁のその質問に、ようやく一は口を割ろうとする。
「へへっ! やっぱり暁も気になるよな! で、その転入生は――」
「暁君、扉閉めて!!」
「こいつ、新しく人が入るたびに話を延ばしやがる!!」
「あいよ」
どうやら一は、自分の手柄をよほど大勢の人間に自慢したいらしい。
クラスメイト達の言葉に、暁は指を鳴らして扉を固定する。
そのことに気が付かない一は、ようやく話の確信を口にした。
「――その転入生は、女だ!」
「「「「「おおおおぉぉぉぉ!!」」」」」
「「「「「へー」」」」」
一の言葉に、男子生徒たちは沸上がり、逆に女子生徒たちはテンションが下がっていった。焦らされた分、期待感も喪失感もひとしおなのだろう。
「へぇ、女か」
さほど焦らされたわけでもない暁も、一の言葉にやや下卑た笑みを浮かべる。
彼とて男だ。そういう話題にはそれなりに敏感である。
健全な男子高校生である暁は、一の肩に手を置きながら顔を近づけぐいぐい質問を始めた。
「で? どんな女だ、顔は、体型は? 個人的には胸はそこそこで顔はかわいい系だと嬉しいんだがなぁ」
「ふっふっふっ……そうあわてんな。あと顔ちけぇよバカ」
暁の顔を押し返しながら、一は小さく咳払いし、しばし溜め……。
「顔は美人……そして体型はグラマラス!!」
「「「「「おおおおぉぉぉぉ!!!」」」」」
一の言葉にさらにテンションが上がる男子たち。
女子はもう半分くらい興味を失い、テンションが上がっていく男子を冷めた目で見つめている。
「そしてなにより……! かの英国に存在する異能騎士団の一員らしいことが分かったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」」」」
そして続く言葉に、男女等しく驚きの声を上げる。
異能騎士団とは、英国で組織されている、世界初の異能者だけで構成された公的警備組織である。
その役目は英国女王をお守りすることであるとされるが、実質的には異能犯罪に対応するためであるとされている。
その役割と性質上から国の外に出て活動することは今までなかったのであるが……。
「だとしたらすごくない!? ホントに異能騎士団なの!?」
「間違いねーって! 今、先生が本人たちに確認してるもんよ!」
「たち!? ってことは二人なのか!?」
「おうとも! 一人がこっちで、もう一人が下の学年らしいぞ!?」
異能騎士団の名に盛り上がり続ける教室。
が、それとは対照的に暁は一気に熱が冷めたかのように、自分の席に座り机の上に足を投げ出して脱力し始めた。
「んだよ騎士団かよー……」
「あれ……? 暁なんかテンション駄々下がりだな……? どした?」
そんな暁の様子に、さすがに不審を覚えた覚えた一。
そんな彼の問いに答えたのは、暁の後ろの席に座る駿だった。
「皆さんもご存じでしょうけれど、暁と異能騎士団の団長には因縁がありますからね。その関係で、騎士団によく思われていないんですよ、彼」
「ああ、言われてみれば」
駿の言葉に、一は納得したように頷く。
暁が異界学園に本格的に入学する前、彼は一度英国に渡り異能騎士団にケンカを売ったことがある。その時の模様は全世界に放映されており、彼の名が知れ渡っている一因でもある。
その時は暁の勝利ということで決着がついたのだが……その後も確執は続いているらしい。
「ちなみにやってくるのは金髪碧眼の美女なんだけど」
「チッ! しかも金髪碧眼かよ……」
「何そのわざとらしすぎる舌打ち」
苛立ちを隠そうとすらしない暁の様子に、さすがに一はひるむ。
いったい彼と騎士団の団長の間に何があったのだろうか……。
荒れる親友を気遣うように、駿は言葉を続けた。
「確か彼女も金髪碧眼でしたね。ひょっとして団長がこちらに?」
「いや、さすがに団員らしいけど……来たりすんの? 団長がわざわざ?」
「来るんなら来るで叩き伏せるけどよぉ……さすがに来ねぇだろ。あれで仕事には真面目なやつだ。自分の職務放棄してまでこっち来たりゃしねぇよ」
目もつぶって完全に眠る体勢の暁の言葉に、一も納得したように頷く。
「そりゃそうだわな……。ああ、ちなみにこっちから代わりに行ったのは暁の隣の席の加川だから、たぶん転入生は暁の隣の席になるんじゃねぇか?」
「おーい、誰か席交換しねーかー。今なら一万円からで手を打つぞー」
「いや、速攻で売却しようとするなよ……。せめてただで交換しろって」
「それには同意しますが、そんなことより暁。助けk――」
「おはよう諸君! 今日も朝のホームルームを始めようか! 今日はビックニュースもあることだしな!!」
一の言葉に暁が自分の席の売却を申し出るが、その競りは教師の到着によって不問となってしまった。
そして教師の後ろからゆっくり入ってきた美麗の女子留学生の姿に、教室の中にいるほぼ全員が息を呑む。
「一がどうせ聞き耳で聞いているだろうから、皆知っているな! 今日からこの学校に通うことになった、交換留学生の――」
「メアリー・ストーンです。どうぞよろしくお願いします」
よく通る綺麗な声で、流ちょうな日本語を話し、メアリーは頭を下げる。
スタイルは完璧に整い、その顔もまるで人形のような美しさ……おそらく教室にいるほとんどのものが心奪われてしまっただろう。そう思わせるほどに……彼女は完璧だった。
『駿、駿、駿、駿、駿ぉ……』
「気づいた時にはこの様で」
「だから少しは抵抗しろってのお前は……!!」
ちなみに、暁と駿は、光葉の舌で舐める攻撃が駿の首筋にまで及び始めていて、それをどうにか止めようとしていて転入生どころではなくなっていた。
こういう話だとどうしても説明が多くなる……。何とか必要最低限にとどめたいのですけれど、こう、設定を書きだしてしまいたい病が……!
なるたけ気を付けるとして、次回はもう一人の転入生にも顔出ししてもらうおうかと。