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Scene.38「悲しいすれ違いでしょうかね?」

「っつぁ……」


 鈍く感じる痛みに啓太がうめき、目を覚ますと、見慣れぬ天井が目に入った。


「……ここ……どこ……?」


 小さく呟きながら辺りを見回す。自分の体の上にかかっているのは清潔な掛布団。体を載せているのは、白いパイプベッドだ。

 そして、視界に入るのは、ベッドの上に寄りかかるようにして眠る美咲やつぼみ、そしてパイプ椅子の上で眠っている暁の姿だった。

 部屋の外はすでに夜陰に沈んでいる。どれだけ時間が経ったのだろうか。


「先輩……?」


 暁を呼びながら体を起こすと右肩に鋭い痛みが走る。


「イタッ……!?」


 思わず庇い、見てみると上着をはぎ取られた右肩にきつく包帯が巻いてあった。

 血こそ滲んでいないが、感じる痛みからかなり深くまで傷ついているのがわかる。

 そこまで認識して……啓太は、自分が何をしていたのかを思い出した。


「……ッ! リリィ!」


 跳ねるように起き上がり、そして守ると決めた少女の姿を探す。

 はたしてその少女の姿は、自身の隣のベッドにあった。


「あ……」


 小さく寝息を立てるリリィの姿を見て、啓太は深い安堵のため息をついた。


「よ…かったぁ……」


 守ると決めたのに、自分は怪我を負わされてそのまま気絶してしまい、彼女がどうなったのか……。

 何もわからなかった数瞬の間によぎった悪い予感がすべて否定され、啓太の心の中は強い安心の感情で満たされる。


「何を安心しているんですか」


 そんな啓太の耳に、冷たい声が滑り込んでくる。


「あなたの勝手がどれだけの人に迷惑をかけたか、わからないとは言わせませんよ」

「か、会長……」


 いつの間にか傍に立っていた会長が、冷然と啓太を見下ろしていた。

 切れ長の目はうっすらと細められ、啓太の目を見つめている。

 いつもの優しさなど欠片も感じさせないまま、会長は口を開いた。


「なぜあの時僕の指示を無視したんです? あなたに命じたのは足止めです。侵入者の捕縛ではありません」

「で……でも、あのまま侵入者に逃げられたら、って僕思って、だから……」

「そんなもの、隔壁を下すなりなんなりすればどうとでもなります。相手は人間……どれだけ巧妙に姿を隠しても、体そのものを消して移動できるわけじゃない」


 会長の言葉に、啓太は俯いてしまう。

 確かに彼の言うとおりだ。別に啓太が捕まえねばならないわけではなかった。

 俯いた啓太の顔を、会長は扇子を使って起き上がらせる。


「古金君。君は自分の命と引き換えにしてでも、あの侵入者を捕えたかったのですか?」

「な、何言ってるんですか会長!? そんなわけじゃないじゃないですか!」


 いきなりといえばいきなりな会長の言葉に、思わず強い口調で反論してしまう。

 扇子を弾きながら、啓太は会長を見上げる。


「あの時……僕が、侵入者を捕まえようとしたのは、僕でもあの侵入者を捕まえられると思ったからです! そうすれば、先輩の手を煩わせずに済みますし……!」

「なるほど。確かに、あの侵入者であれば、古金君でも捕まえられると新上君も言っていましたね」

「え? 先輩が……?」


 敬愛する先輩からの思わぬ評価に、啓太の頬が思わず緩む。

 だが、続く会長の言葉に固まってしまった。


「ですが、君の背中にはマリル君がいた」

「そ、それは……」

「マリル君がいたため、君は侵入者を捕まえるどころか、返り討ちにあってしまった」


 淡々と事実を述べる会長に反論しようと、啓太は言葉を探す。

 だが、啓太の反論を待たず、会長は先を続けた。


「残念なことに、今のマリル君では今回の一件は荷が勝ちすぎたようですね……せめて、新上君と組ませるべきでした。そうすれば……」

「そうすれば……なんですか?」


 会長の言葉に、啓太の中で何かが燃える。


「そうすれば、誰も怪我をせず、リリィも守れたっていうんですか?」

「その通りです」


 啓太の言葉を、頷いて肯定する会長。


「彼であれば、たとえ侵入者と対峙しても、難なく捕まえてくれるでしょう。今の君と違い、自身の力量を弁えていますしね」

「それは……そうかもしれません。けど、僕は!」


 啓太は会長へと掴みかかる。

 啓太にされるがままになりながら、会長は啓太を冷たく見下ろした。


「僕は! リリィを守ると! 幸せにすると誓ったんです! リリィの話を聞いてしまったから……!」

「だからなんです。それはあなたが背負わねばならない義務ではありませんよ」


 啓太の誓いを聞いても、会長は冷たくあしらうだけだった。

 自身を掴んでいる啓太の手を握りながら、はっきりと口にする。


「いいですか、古金君? あの時、君が選択するべきだったのは迎撃ではなく逃走でした。何故だと思います?」

「僕が、弱いからですか?」


 思わぬ会長の行動にひるみながらも、啓太はそう口にする。

 だが、会長は首を横に振って否定した。


「違います。マリル君が、おびえていたからです」

「リリィが……?」


 思わず横目でリリィを見る。

 今は眠っているが、確かにあの時のリリィは怯えていた。

 だからこそ、啓太は立ち向かった。リリィを怯えさせるものを排除するために……。


「僕もマリル君の事情は窺っています。だからこそ断言できます。あの場は逃げるべきだったと」

「なんでですか? リリィが怯えているなら、その対象は排除すべきじゃ……」

「何故なら、マリル君の両親もマリル君を守るために死んだからです」

「……?」


 会長の言葉の意味が解らず、眉を顰める啓太。

 そんな彼に言い含めるように、会長は続けた。


「……彼女の両親は、彼女のトラウマの元に立ち向かっていった。こういえば、わかりますか?」

「え? ………………っ!」


 会長に言われ、首を傾げ、少し考え。

 そして気が付く。今回、啓太が取った行動に彼女の両親の最期が似ていることに。

 啓太の様子からそれを察しながら、会長は口を開いた。


「マリル君のトラウマは、幽霊だけではありません。ご両親が殺されてしまった状況や、そうさせてしまった自分の弱さ……そう言ったものすべてが彼女のトラウマなのです。今回の君の行動は、そんな彼女のトラウマを抉り、塩を塗り込むような行動だったんですよ」

「そ、そんな……! 僕は、ただ……!」


 啓太は弱々しく首を横に振りながら、会長へと縋りつく。

 握った手を離さないように支えてやりながら、会長は啓太に頷いてみせる。


「わかっています。君はただ、リリィさんのために行動してあげたいだけだった。それは分かっていますよ、古金君。でもね、君がまずやるべきだったのは、マリル君を守ることではなく、マリル君のことをもっと理解することだったんですよ」

「リリィを、理解……?」

「ええ、そうです」


 会長は力強く頷く。


「自身を理解してくれる存在ほど、尊いものはなかなかありません。駿君や光葉君だってそうです。お互いのことを理解し合っているからこそ、様々な問題あれどこうしてごく普通に生活することができているのです」


 会長の言葉に、一つのベッドで眠りあう駿と光葉の姿を見る。

 どちらもとても穏やかな寝顔であり、強い異能と問題を抱えているとは思えなかった。


「リリィ君のことを思うなら、まずは彼女のことを知る努力をすべきだったんです」

「リリィのことを、知る……」

「ええ、そうです」


 啓太が顔を上げると、そこにはいつもの優しげな笑みを浮かべた会長がいた。


「それは、これからでもできることです。僕は、応援しますよ」

「会長……」

「ん、んん……」


 リリィが苦しそうにうめき声を開け、ゆっくりと起き上がった。

 会長は啓太の肩を叩き、リリィと向き直るように体を向けてやる。


「さあ、頑張ってください」

「は、はい……」


 啓太は小さく頷きながら、リリィの傍へといく。

 そして屈みこんで視線を合わせながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「リリィ……リリィ? 大丈夫?」

「ん……私、は……?」


 意識をはっきりさせようと、頭を振るリリィ。

 右左と視線をさまよわせ、そして啓太を見た。


「…………ぁ」

「リリィ、その、ごめんね? いろいろと、迷惑を――」

「――イヤァッ!!」


 啓太がリリィに謝罪しようとした瞬間、つんざくような悲鳴が響き渡った。

 啓太は驚きに身を固め、会長は目を見開いた。

 その場にいた全員も、リリィの悲鳴に目を覚ます中、啓太がなんとか硬直から抜け出しリリィに近づく。


「リ、リリィ!? どうしたの!?」

「来ないでぇ!!」


 叫び、啓太向けて枕を投げつけるリリィ。

 それを何とか受け止めながら、啓太はリリィにさらに近づいた。


「どうしたのさ、リリィ! 落ち着いて!」

「なんで、どうして来るんですか!! 放っておいてください!!」


 ボロボロと涙を流しながら、リリィは啓太を拒絶するような言葉を吐き出す。

 リリィの言葉にショックを受ける啓太。だが、すぐに首を振って立ち直り、リリィに問いかける。


「放っておけって、どういうことさ! 僕は、リリィが心配で……!」

「あなたが、あなたがいたから……! あんな、思い出して……!」


 自身を責めるような言葉に、啓太がまた身を固くする。

 見れば、リリィの視線も啓太を責めるような恨みがましいものだった。


「もう、思い出さなくてよかったのに……! 思い出したく、なかったのに……!」

「リ、リリィ! 僕は……その!」


 リリィの視線に戸惑いながら、啓太は何とか言葉を紡ごうとするが、リリィは聞く耳を持とうとしない。

 啓太の耳を掠めるようにサイコキネシスを放ち、鋭く言い放った。


「出て行って!」

「リリィ……」

「お願い! 出て行って! 私に、顔を見せないでぇ!!」


 先ほどよりも強く、激しい拒絶の言葉。

 啓太はひどく傷ついた顔になり……。


「……わか、った」


 それだけ呟いて、逃げるようにその場を後にした。


「古金君!!」


 会長が声をかけるが、それにも振り返らずに、啓太は部屋を飛び出していく。

 あとには膝を抱えてすすり泣くリリィと、何が何だかわからずに混乱している生徒会メンバーだけが残された。


「……おい会長。何があった」

「何がといわれても、僕も困ってるんですけどね……」


 暁の言葉に頭を掻きながら答え。


「強いて言うなら……悲しいすれ違いでしょうかね?」

「すれ違いってレベルかこれ……?」


 すすり泣くリリィの姿と啓太の去っていった後を見て、暁は大仰にため息をつく。

 面倒事はこれだから、といわんばかりに。




 拒絶された啓太! 泣くリリィ!

 果たして暁たちは事態を収拾できるのか!?

 以下次回ー。

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