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Scene.36「その怒りを、どこにぶつけるべきなのかは」

 けたたましい轟音と共に扉を吹き飛ばされ、警備室に待機していた西岡と北原がアサルトライフルのできそこないのような武器を構える。

 彼らの視線の先にいたのは鬼のような形相をした暁だった。

 周囲の空間は、無意識のサイコキネシスが影響しているか歪んですら見える。実際、彼が一歩歩くたびに地面が悲鳴を上げ、今にもひび割れそうだ。おそらく、扉が吹き飛ばされたのもサイコキネシスによるものだろう。


「っと、お前か……もう少し静かに入ってこれんのか」

「うるせぇ。壊れたドアとかどうでもいいから、この屑とっとと縛り上げてくれ」


 西岡の言葉に剣呑に返しながら、暁は肩に担いでいた侵入者の体を地面に転がす。

 ベルトか何かを使っている様子はないが、侵入者の関節はがっちり固まっているように見える。

 脊髄反射か何かのように、時折体が振動するのを見るに生きてはいるようだが。


「お前……仮にも人間に対して――」

「はいはいー。ちょいとごめんよー?」


 あまりといえばあまりの暁の対応に、西岡が説教モードに入ろうとした瞬間、北原が割って入り手早く侵入者を拘束する。

 行き場をなくした言葉を飲み込む西岡をそのままに、北原は暁を見上げて問いかける。


「あんれぇ? 啓太ちゃんと一緒だって聞いてたっけど、どこいったの?」

「医務室」

「肩をナイフで刺されていましたから、治療してもらってます。痛みのショックで、気絶していますけれど、大事には至らないとのことです」


 暁についてきていたメアリーが、何とか場の雰囲気を和らげようと努めて柔らかい口調で告げる。

 それを受けて北原が笑顔で返そうとするが。


 ガンッ!!!!


 ……暁がテーブルを叩き壊した音で、二人とも体を硬直させる。


「……で? なんかわかってんのか?」

「落ち着け、暁。今暴れても、啓太君の傷は塞がらんし、犯人たちの正体がわかるわけでもない」


 憤怒に濡れる暁の瞳を覗きこみ、西岡はゆっくりと言い聞かせる。


「お前の怒りは何に対するものだ? お前なら、わかるだろう? その怒りを、どこにぶつけるべきなのかは」


 ゆっくりとした語り口調は、子供を諭す様なものとは違う。まるで、戦友か何かに語りかけるような毅然とした忠告だ。

 暁とは逆に、どこまでも冷静な西岡。彼の瞳をまっすぐに見つめ……。


「……チッ」


 暁は小さく舌打ちをして、西岡から瞳を逸らした。

 西岡に冷静に諭されたおかげか、暁の剣呑な雰囲気が収まっていく。

 周囲に照射されていたサイコキネシスは収束し、暁の表情も……いまだ険は取れないが先ほどよりもずっと落ち着いてゆく。

 そして顔を覆い、俯きながら西岡に謝罪した。


「……悪かったよ。久しぶりに、ちょっと、イッちまって……」

「啓太君が傷ついたのは、俺たちの不覚だ。だから、自分を責めるな暁」


 暁の肩を叩いて慰めながら、西岡は油断なく気絶したままの侵入者を見下ろした。


「しかし、こうも容易く侵入されるとはな……」

「まあ、今回の予報会のおかげで、警備に穴をあける必要があったからねぇ。とはいえ、あっさり過ぎたともいえるけど」


 軽い口調の中に鋭い険を含ませながら、北原は侵入者が体のあちこちに取り付けていた装備を外す。

 来る道中か、あるいは交戦した時にか。どちらにせよ、暁の手によって完膚なきまでに破壊されたそれを持って、暁に示してみせる。


「暁ちゃん。これ、なんだと思う?」

「よくてプロテクター。ぶっちゃけ、ゴミにしか見えねぇよ」

「ゴミにした本人が言う言葉じゃないって。実はね、これが光学迷彩を発生させる装置なのよ」

「これが?」


 暁は眉を顰めながら、北原から光学迷彩装置を受け取る。

 横五センチ、縦十センチ、厚さ一センチ程度の小さな箱状の物体だ。

 ベコベコにへこんでしまっているので、詳細はよくわからないがリード線か何かで体中のあちこちに張り付けた同様の装置とつながっているようだ。

 試しに二つのへし折ってみると、中には基盤らしきものとよくわからない……強いて言うならコイル状の装置が備えられていた。


「……こんなちっぽけなもんで姿が消えるとは、便利な世の中になったもんじゃねぇか」

「まったくだねー。こんな装置が売ってるならおっさん、親兄弟一族郎党、質に入れてでも買い占めちゃうのに!!」

「何に使う気だ、何に」


 自分の体を抱きしめてくねくねと体を揺らす北原にツッコミを入れつつ、西岡は暁が壊した光学迷彩装置を手に取る。


「……だが、実際こんなものは世間に流通していない。話に聞いたこともないしな」

「だよな。こんなもんがあるなら、世の泥棒は苦労しねぇって」


 光学迷彩装置をゴミ箱に放り投げる暁。

 どこかの国が光学迷彩の実験に成功したという話を聞いたこともない。もし、そんな話が持ち上がっているのであれば、新聞の一面を飾る大ニュースだろう。ノーベル賞も夢ではないかもしれない。

 だが、現実に光学迷彩装置は目の前に存在している。

 暁は西岡を見上げる。


「……じゃあ、どういうことだ? そもそもこの装置、どういう原理で動いてるんだよ」

「問題はそこでな。調べた限りでは、中にあるコイル状の装置が何らかの磁場を展開することで、光を吸収、あるいは透過する膜の様なものをこいつらが来ている服の表面に張る仕組みらしいんだが……」


 そこまで言って、西岡は首を横に振った。


「だが、肝心の原理が全く不明らしい。適当な研究員を捕まえて問い詰めたが、よくわからんとのことだ」

「ここの連中は門外漢なんじゃねぇのか? 他の研究所には問い合わせたのか?」

「いいや。どこの研究所に問いかけても、おそらく結果は同じだよ」


 不意に聞こえた声にそちらの方を向くと、閉じた扇子を手に持った会長がやってきていた。

 暁はそちらへと向き直り、会長の言葉の意味を問う。


「同じってどういうことだよ? もう照会が終わったのか?」

「いいや。どこにも照会はかけていないが……少し気になってね。まだ無事な装置を起動させて、実験してみたんだ」

「何の実験だよ?」

「魂魄波動の計測実験だよ」

「なに?」


 魂魄波動。異能の発見と同時期に計測が可能となった、魂が発する波動の事である。異能科学論が発展する以前では、霊感の源と考えられていた。

 これこそが異能の力を発するために必要なものであり、第一世代の人間は生来この魂魄波動がきわめて強力な人間のことを指す。

 第二世代は、この魂魄波動を意図的に強めることで異能の力を発揮できるようにしているのである。

 そしてこの波動、名前の通り生物にしか発揮できないと考えられていたのだが……近年、生物以外もこの魂魄波動を発することができるとわかってきた。

 そのための条件は……ずばり、異能から生まれた技術。


「実験の結果、この光学迷彩装置から微弱な魂魄波動を検出できた。この装置、おそらく誰かの異能を解析して作成されたものだろう」

「そう言うことか」


 会長の言葉に、暁は頷く。

 近年、異能を解析して得られた結果生まれた技術を利用した物品が増えている。それに伴い、物から魂魄波動を検出できるようになったという例が続出しているのだ。

 この事象には諸説様々あるが、やはり異能を元にした技術には魂が宿るのではないか、というのが一般的な説だ。

 永く大切にしてきた古い物には魂が宿る……日本に古来より存在する付喪神思想だが、それに近いことを異能科学は実践してしまったのではないか……ということである。

 つまり魂魄波動を検出できた代物は、何らかの異能の原理を利用して作成された可能性が高いということである。

 会長の言葉に、西岡が腕を組む。


「となると、姿を消す異能者……ということか?」

「端的に言えば、そうなるでしょうか。この装置を鑑みるに、少なくとも姿は完全に消せるようですね」

「そうすれば、ここ数日の警報器の誤報騒ぎも納得いくねぇー。姿が見えないんじゃ、確かに警報器の誤報っぽくなるもの」


 北原はうんうんと頷いてみせ。

 そして首を傾げる。


「でもでも。これって根本的な問題なんだけど、どこがそんな技術開発したの?」

「それは……少なくともここ(タカアマノハラ)ではないな」

「ですねぇ。そんな技術が生まれたなんて、話も聞きませんし」


 会長は口元を押さえながら思案する。

 そして、暁の方へと視線を向けた。


「新上君は何かご存じないかね?」

「知らねぇよ。メアリー。お前はどうだ?」

「私も……存じ上げません」


 メアリーは首を横に振って見せ、それからおずおずとこう述べた。


「ですが、こう言った技術を生み出し、なおかつ量産できるということは……少なくとも資金力がある組織なのではないでしょうか?」

「確かにな……だがなぁ」


 西岡はメアリーの意見に頷くが、すぐに首を傾げて光学迷彩装置の一つを取り上げて見せる。


「この機械、どうにも安っぽいというかなんというか……」

「? どういうことです?」

「いや、手作り感が溢れてるというかな。どうも素人が作ったような出来なんだよな」


 そう言って、少し力を入れて見せる。

 途端、べコリと音を立てて一枚板が割れる。……いや、辺の一部が別れたというべきだろうか。


「……俺が少し力を入れただけでもこの通りだ。粗悪品ってレベルじゃないぞ?」

「ま、まあ、確かに……」

「技術を抽出するだけで、精一杯だったんじゃにゃい? 異能を一つ、科学的に再現するだけで国家予算が傾くとか言われてるしさー」

「まあ、その辺りは使用されてる部品を調べれば判明するでしょう。あとは……侵入者たちに話を聞くくらいか……」


 会長も侵入者を見下ろしながら、暁へと視線を流す。


「話すと思います? コイツ」

「口を割らすための拷問はざっと二十は思いついたが、今すぐ試すか?」

「ちょ、冗談はおよしってば暁ちゃん! 警備室を血で染めないでちょーだい!」


 突然指を鳴らしながら物騒なことを言い出す暁を、北原が慌てて止める。


「まあまあ、新上君。そこまで物騒なことをせずとも、僕の異能で……おや?」


 会長も暁をとりなすように暁に近づくが、そこで何かに気が付く。

 ゆっくりと侵入者の傍に屈みこみ、その首元に注目する。


「……? どうした会長?」

「いえ、ここのところが少し破けてるんですけど……」


 会長は侵入者の首元を指す。

 確かに少し破け白い肌が見え隠れしているが、それと一緒にチェーン状のものも見えている。


「なんですかね、これ? ネックレスでしょうか?」

「ん? ああ、そう言えば光葉君に捕まってた連中、みんな同じネックレスしてたな」

「同じネックレス? どんなんだ?」

「こんなんよ?」


 北原が証拠品置き場から持ち上げた透明のビニール袋に入れられていたのは、メダルのついた金色のネックレスだった。


「なんだこりゃ……?」


 暁はそれに近づいてよく見てみる。

 幾何学模様とでもいうのだろうか。三つの四角いマークが等間隔に三角形を描くように記され、その中は砂嵐か何かのように乱れた図が彫られていた。


「色は着色料か何かだな。成分は検査してみないとわからないが……」

「別にいいだろそんなの。っていうかこの模様は何なんだよ……?」

「さて? どこかで見た覚えはあるんだけどねぇ……?」


 そんなことを言いながら首を傾げる会長。

 だが、記憶からは出てこなかったのか、あきらめたように首を横に振る。


「ふむ、まあ、今はいいか……。それより、三人とも同じものということは……?」


 会長は侵入者の首元に手をかけ、破けた部分を無理やり裂いてその下にかかっているペンダントをと引きずり出した。

 果たしてそこにあったのは、北原が掲げ上げたのと、まったく同じペンダントだった。


「やはり、か……」

「……なんだこいつら気持ちわりぃな。ペアルックか何かか?」

「うぇー。ちょっとおっさん、こう言うのは受け付けないわよー」

「まあ、なんにせよ、重要な証拠物件だ」


 西岡はそう言いながら犯人の首元からネックレスを外す。

 そして他の三つと同じ袋に入れながら、会長と暁、そしてメアリーへと声をかけた。


「なるたけ、ここで見聞きしたことは口外せんでくれ。犯人らが、どこで情報収集しているかはわからんからな」

「了解」

「もちろんです」

「わかりました」


 三者三様の返事を聞き、西岡は満足そうに頷いた。




 どうやら敵は異能光学迷彩を装備している模様……。

 はたして打つ手はあるのか?

 以下次回ー。

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