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Scene.35「何があっても、僕が守るから……!」

 突如として、研究所内に警報が響き渡る。

 突然の出来事に天気の予知を行っていた生徒たちはざわめき、その様子をモニターしていた研究者たちも騒然となる。

 研究所の周囲を警戒していた警備隊の面々は、突然の侵入者の報に愕然となり、慌てて研究所を封鎖しようと動き始める。入られたのであれば、出られないようにすればよい。結果、中の生徒たちが人質に取られる可能性もあるが……幸いなことに、生徒たちの中でも選りすぐりの戦闘力を持つ者たちがすでに中に入っていた。

 異界学園生徒会の面々である。

 生徒会には異界学園の中でも特に異能強度が高いものが選出される傾向にある。もちろん、すべての人間が戦闘に秀でているわけではないが、それでも武器で武装した程度の人間より強いのは確かだ。


「リリィ、下がって!」


 そんな生徒会の一員である古金啓太は、会長へ連絡を入れた後に自身の拳を叩き付けた警報装置から離れ、油断なくトランプを取り出した。

 その視線は油断なく一点を見据えているが、そこになにがしかの姿を見出すことはできない。


「ケ、ケイタさん……? 何を見ているんですか……!?」


 彼の背中には、おびえた様子のリリィが庇われている。

 啓太がなにもない場所をじっと睨みつけているのを見て、この世にあらざる者の侵入を疑っているのだろう。

 声には覇気がなく、体は小さく震えている。

 啓太は手に何枚かトランプを持ちながら、前方の空間に向かって声をかけた。


「……いつまで隠れているつもりですか?」


 姿なき者への問いかけへ、答えはない。

 だが、啓太は確信をもって呼びかけを続けた。


「例え姿を隠せても、本当にその場からいなくなるわけではない……。見えなくても、わかります。あなたがそこにいることは!!」


 啓太は吼え、トランプを鋭く投擲する。

 腕の一閃と共に飛翔する一枚の紙切れは、壁にぶつかって落ちる……ことはなかった。

 バシリと小さな音を立てて、中空で叩き落とされたのだ。


「え、ええ!? な、何がいるんですかそこにぃ!?」

「大丈夫だよ、リリィ。何があっても、僕が守るから……!」


 強い決意と共にそう口にする啓太。

 そんな彼の前で、小さな稲光が現れる。

 パチリ、パチリと音を立て稲光が瞬き、モーターの震えるような音と共にそこに人影が現れた。


「え……ええぇ!?」


 突然目の前に人が現れ、リリィが目を丸くする。今まで何もいなかったはずの場所に、全身黒ずくめの人間が現れたのだ。リリィでなくともこうなろう。

 黒ずくめ……というより体の至る所を黒い装甲状のもので覆ったようだ。頭部もすっぽりラバースーツ状のもので覆われ、顔面にはゴーグルとマスクが装着されている。

 そして片手には、啓太のトランプを弾いたと思われる、ナイフ状の武器が握られていた。

 ナイフのように金属の刃ではなく、硬質プラスチックの類で刃ができているように見える。黒い刀身は光を吸収し、不気味な存在感を放っている。

 啓太は油断なく侵入者の姿を見据えながら、口元に固定した通信機に向けて口早に報告を始める。


「会長! 相手が姿を見せました! 初めは姿がなかったんですけれど、突然出てきました」

『こちらでも確認したよ。まるで、ゲームの光学迷彩だね……こんなものが存在するなんて話、聞いたことがないよ』


 会長は緊張によるものか、固い声で啓太に返事をする。

 カタカタと通信機越しに聞こえてくるのは、研究所の設備を操作するキーボードの音だろうか。


『未知数だな、何か隠しているかもしれない。古金君。すぐに新上君が――』

「いえ、逃げられたら困ります。ここで捕縛します……!」


 両手に持ちうる限りのトランプを持ち、扇状に広げる啓太。

 そんな啓太を制止しようと、会長の慌てた声が響き渡った。


『待ちたまえ古金君! 君が敵う相手かわからない! 新上君が来るまで、足止めに徹したまえ!』

「そんなことしている間に逃げられたらどうするんですか! それに……!」


 啓太は小さく振り返る。

 リリィは目の前の存在が人間であるかどうか、疑うように怯えていた。

 機械然とした目の前の人間は肌も顔も見えず、どこか機械的で不気味な印象だ。幽鬼にも通じるような、そんな存在を前に怯えるリリィを見て、啓太は闘志を奮い立たせた。


「……とにかく、僕が戦います!」

『待ちたまえ! くそっ、新上君――!』


 会長は啓太を止められないと悟ったのか、即座に暁へと通信を繋いだようだ。

 啓太は会長にはかまわず、両手に持ったトランプを一斉に侵入者に向けて投げつけた。


「いけぇー!!」


 無数のトランプが飛翔し、目の前の侵入者に向かって飛んでいく。

 侵入者は空いていたもう片方の手にもナイフを持ち、飛来するトランプを叩き落としていく。

 が、さすがに52枚もの枚数のトランプを一度にたたき落としきれず、何枚かの直撃を受ける。

 刺さったり斬り裂いたりはしないが、内一枚が侵入者の懐に潜り込む。


「弾けろっ!」


 それを見て、啓太は指を鳴らした。

 啓太の行動に呼応するように、トランプを中心にサイコキネシスの力場が展開される。

 空間そのものが爆ぜるような音と共に、侵入者の体が吹き飛んでいく。

 まるで木の葉のような動きだ。侵入者の体の重さを感じさせない。


「よし……!」


 啓太はそんな侵入者の動きを見て、自身の勝利を確信し、新たなトランプの束を取り出す。

 トランプを振るうと、まるでトランプは警棒か何かのように伸び、お互いを支えて一本の棒になる。サイコキネシスの力場を利用した、即席の武器だ。啓太の十八番の一つでもある。


「このまま……!」


 啓太はトランプ・ロッドを構え、そして駆けだす。とどめの一撃を打ち据えるために。


「ケイタさん……!」


 リリィはそんな啓太の背中を追いかけようとして、視線をちらりと侵入者の報へと向け……。


「……!」


 そして気が付く。

 侵入者に、啓太の攻撃が通用していないことに(・・・・・・・・・・)


「ケイタさん! 避けて!」

「!?」


 リリィが叫ぶ。それに反応して、啓太も動くが、少し遅かった。

 侵入者の手が微かに動き、手に握られていたナイフの刃が勢いよく発射された。

 ドス、と布と肉を突き刺す鈍い音が聞こえる。


「づ……!?」


 黒い刃が突き刺さったのは、啓太の肩。赤い血が微かに飛び散る。

 啓太の脳裏に走る激痛。啓太にとって未知のそれは、あっという間に彼の意識を刈り取ってしまった。

 啓太の動きが止まり、体が傾いでゆく。


「い……!?」


 それを見たリリィは、啓太の姿をかつての父親に重ねてみてしまう。


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 また、守れなかった。

 リリィは狂ったように叫びだした。

 叫び、啓太に駆け寄る。


「いやぁ、ケイタさん! いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 意識のない啓太は動かない。リリィの叫びを聞いても動かない。

 侵入者は立ち上がり、新たなナイフを手に取った。

 そして、啓太とリリィの傍に近寄り、見降ろしその姿をじっと見つめる。


「いやぁぁぁぁ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 リリィは叫び続ける。だが、その瞳には涙が見受けられない。

 そんなリリィの様子に侵入者は迷うことなく刃を振り上げ。


「そこまでだ、クソ野郎」


 上げた刃を一瞬でへし折られる。


「!」

「よくもやってくれたなテメェ……」


 ようやく啓太たちの元にたどり着いた暁は、倒れ伏し血を流す啓太と、それに縋りつき叫び続けるリリィを見て、眉尻を吊り上げた。


「めんどうくせぇ……どう落とし前付けてくれるんだテメェ? アァ?」


 パキリパキリと、拳を鳴らしながら侵入者へと近づいてゆく暁。

 侵入者は刃の折れたナイフを捨て、残ったもう一方のナイフを暁へと差し向け――。


「効くか、そんなもん」

「!?」


 自身が射出した刃を、自分の手に突き刺され狼狽える。

 本人は時間稼ぎのつもりだったのか、やけくそのようにへし折られた方のナイフを暁に投げつけ、そのまま逃走しようとする。


「だ・か・ら……」


 だが、そんな侵入者の態度が余計に暁の神経を逆撫でした。

 左手を差し向け、侵入者に向けてサイコキネシスを照射。

 侵入者の体が浮き上がり、その足が虚しく空を蹴る。

 そして残った右手を握りしめ、ありったけのサイコキネシスで腕を覆い包む。


「どうしてくれるんだよ……」


 暁が左手を引くと、宙に浮いている侵入者の体が暁の方へと向かう。

 暁もそれに合わせて前進し、右腕を大きく振りかぶる。


「この始末をよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 そして、そのまま侵入者の後頭部へと向けて、勢いよくサイコ・ラリアットを決める。

 引かれる力と叩きつけられる力。双方をいっぺんに味わった侵入者の顔面は、そのまま勢いよく研究所の廊下へと叩きつけられてしまう。

 だが、暁はそれで済まさず、侵入者の頭を掴みあげ、そのまま襟首を捩じりあげ、ガクガクと前後へと揺さぶり始める。


「ああ!? おい、どうしてくれんだよマジで!? いっとうめんどくさくなってんじゃねぇかテメェ! おぉ!?」

「あ、アカツキさん……? も、もうそんなところで……」


 あとから暁に追いついたメアリーは、目の前で繰り広げられている拷問まがいの暁の行為を慌てて止めようとする。

 侵入者はすでに意識がないのか、だらりと暁の為すがままにされていた。


「その侵入者の意識もありませんし……事情聴取は後日ということで……」

「ああ!? マジでふざけんなって!!」


 暁は叫び、乱暴に男の体を壁に放り投げる。

 サイコキネシスも浴びせていたのか、男の体が容赦なく研究所の壁にめり込んだ。


「この薄らバカのせいで、悩み倍増じゃねぇかよ! 案の定、古金のアホは先走って事態を深刻化しやがるしよぉ!!」

「あ、そっちですか……」


 暁が示してみせたのは、絶えず叫び声を上げ続けるリリィと、気絶したままの啓太の姿。


「がっちりトラウマ刺激されてリリィは壊れたラジオみてぇになってるしよぉ……寝てろ!!」


 暁は指を鳴らしながらリリィにそう言い放つ。

 瞬間、リリィの体が微かに揺れた。


「か……ぁ……!?」


 そしてそのまま啓太の体に覆いかぶさるように気絶した。


「……アカツキさん、何を?」

「頭の中を直接揺らしてやった」


 暁は言いながら、壁にめり込んだ侵入者を回収する。


「脳みそ揺らされてオチねぇ生き物はいねぇ。だいたいはこれで何とかなる」

「脳震盪ってわけですか……? 無茶しますね……」


 暁の言葉から、彼が何をしたのか察して、メアリーはため息をつく。

 つまりサイコキネシスで直接脳震盪を起こしたのだろう。確かに一発で気絶するかもしれないが、やり方を間違えれば脳に傷がつきかねない。

 さすがに暁の乱暴なやり方に物申そうかとメアリーが顔を開けたとき、彼の持っている通信機から会長の声が聞こえてきた。


『新上君! 古金君たちは無事かね!?』

「リリィの奴がトラウマ抉られて、古金の馬鹿が肩を抉られた以外は無事だな」

『それは無事とは言わんよ……』


 暁の報告を聞いて会長は深いため息をつくが、すぐに気を取り直したようにこう告げる。


『それでは、捕縛した侵入者は警備隊に引き渡してくれ。駿君たちも、何人か捕えたらしい』

「複数いたか……。だが珍しいな? 駿が相手して、相手の原型が残るってのは」

『ああ、いや……捕まえたのは彼じゃなく光葉君の方でね……』

「ああ、無事じゃねぇのな……」


 駿がやれば跡形残らず焼滅するが、光葉がやった場合、体は残る。

 が、精神の方に保証はない。あの影に飲まれ、光葉の憎悪に晒され、まともに精神を維持できる人間はそうはいまい。


「SAN値が0じゃ、このくそったれが唯一の情報源か……? 忌々しい、これ以上手ぇ出せねぇじゃねぇか……」

『せめて君だけは自重してくれたまえよ、新上君……。ともあれ、今日のところはこれまでだ。所長も、天気予報会を中止すると言っている』

「妥当だわな。引き上げらぁ」


 言いながら侵入者を担ぎ上げ、さらに倒れたままの啓太とリリィもサイコキネシスで持ち上げる。


「あの、ケイタ君の肩の傷を……」

「警備隊に合流してからだ。今、下手にぬいたりすると、出血がひどくなる」


 傷が動いて痛みにうめく啓太を見て、メアリーが仏心を出すが、暁はそれを許さずそのまま警備隊との合流へ向かう。

 その顔に、収まりきらない憤怒を宿しながら。




 啓太君負傷とリリィトラウマコンボ! 暁が激怒した!

 まあ、さすがにこれはねぇ。切れるでしょう、さすがに。

 以下、次回ー。

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