Scene.34「異能に目覚めた奴の責務だろうよ」
「会長はなんと?」
「今のところ異常なしだとよ」
ゆっくりとした調子で研究所内を歩きながら、暁は小さくため息をつく。
いつ来るかわからない侵入者に対する緊張感もあるが、何より頭が痛いのはこの間の啓太の宣言だった。
(リリィを幸せにしてみせるとか、なにを一人で背負いこんでるんだあいつは……)
あれからの啓太はといえば、とにかくリリィと一緒に行動することを心がけるようになっているようだ。
学校もそうだが、商店街への買い物などにも積極的に付き合ってやり、とにかくリリィが一人にならないように気を付けているらしい。
おそらく彼なりに考えた結果なのだろう。あの後会長からも、リリィの心の中には孤独を恐れる感情が根付いている可能性があると聞いている。故に、啓太はリリィを孤独にしないように必死になっているわけだ。
(やってることは間違ってねぇが、あいつ今周りから自分がどんな目で見られてんのかわかってんのかね)
暁はここ最近、学校で持ち切りになっている噂を思い出す。古金啓太とリリィ・マリルは、相思相愛の恋人同士であると。
勘違いも甚だしい。啓太は勝手な義務感からリリィを幸せにしてやろうと奔走しているだけだ。おそらく本人に訪ねても、首を横に振って否定する。実際に噂を指摘して確認したので間違いない。
ただこの誤解は、リリィの態度も原因となっている。何か意図があってか、あるいは単に気が付いていないのか、特に拒むこともなく啓太の申し出を受け入れているのだ。
暁の話を聞く前と聞いた後で、明らかに啓太の態度が違うのは分かるはずなのだが。
(……単に自分の周りにしっかりと目を向ける余裕がねぇだけかもしれねぇが)
暁はリリィの過去を思い出して、もう一つ可能性を付け加える。
彼女の向こう見ずともいえる一直線な態度には、トラウマから来る強迫観念的なものもいくらか含まれているのだろう。あれが生来のものでないとなれば、おそらく彼女は啓太の想いを受け入れる余裕もない可能性がある。自分が幸せになることよりも何よりも、まず強くあらねばらなないと考えているのであれば……。
(啓太の一人相撲になるな。まあ、今でも十分、一人相撲なわけだが)
今回の警備でも、リリィと行動を共にしようと真っ先にリリィとのペアを申し出た。
リリィはその申し出を喜んで受けたし、会長も笑って許したが、暁としては不安を感じずにはいられない。
今の啓太は、自身の気持ちばかりが先走って、リリィそのもののことをないがしろにしているような感じがするのだ。
幸せを押し付けているとでも言えばいいのか……そんな嫌な感じが啓太から感じる。
(それが悪い方向に歪んでいかなきゃいいんだがな)
暁はまた一つため息をつく。
そんな暁を心配するように、メアリーが声をかけた。
「あの……アカツキさん? 大丈夫ですか?」
「ん? ああ、心配すんな。ちと考え事してただけだから」
「考え事……ケイタ君のことですか?」
メアリーも、啓太の変化に気が付いているのか、小さく苦笑した。
「なんていうか、急に変わりましたよね。リリィのことを、必死に励ましているようで、微笑ましいです」
「微笑ましいか? ……いや、微笑ましいか」
確かに微笑ましいと言えなくもない。少なくとも、必死になってリリィの傍にいようとする啓太の姿は微笑ましかろう。その裏に秘められた思いが、独りよがりな義務感から生まれた一方的なものではあるのだが。
「ただまあ、今ん処は啓太の空回りだろ。相手のことを考えているようで、今のあいつは自分の考えを押し付けてる節がある」
暁はメアリーに背を向けて研究所の中を歩く。
今彼らがいるのは一般向けに開放された見学コースだ。天気に関する様々な情報がカラフルに彩られたポースターが張られていたり、モニターやパネルを使ってこの研究所の歴史などが説明されている。
パネルの一つを興味なさげに眺めながら、暁はポツリとつぶやく。
「誰かに考えを押し付けられることほど、いやなこともねぇ。テメェのことはテメェで決めるべきだろう」
「そうですか? 今のケイタ君は、アカツキさんが思うようなことを考えているわけではないと思いますけれど」
メアリーが、暁を見つめながら口を開く。
「誰かの幸せを願い、その力を存分に発揮する……それは、正しいことです。非難すべきでも、否定すべきでもありません」
「見解の相違って奴だな」
暁はメアリーの言葉に肩を竦める。
そもそも同意を求めたいわけでもない、さっくり話題を切り上げ、別の話を始めた。
「まあ、啓太のことは置いとこう……。いざってときには、お前にも戦ってもらうことになる」
「私にもですか? アカツキさんがいて、私が必要になるとは思えませんが……」
謙遜するように、メアリーは首を傾げる。
暁の戦闘力を知っていれば、こうも言いたくなるが暁は首を横に振る。
「俺がめんどくせぇんだ。お前でもなんとかなるんなら、俺はなるべく楽をしたい」
「あ、ああ……そう言うことですか……」
暁の物言いに、メアリーは苦笑する。
今回の依頼、委員会から報酬が出るのだが、前回の侵入者捕縛に比べると金額が低いのだ。
おかげで暁のモチベーションはかなり低い。具体的には、研究所の中をほとんど動かず、同じ場所をグルグルとまわって時間つぶしをするほどに。
まあ、今回の警備における主力は数で勝る警備隊だ。あくまで生徒会の面々はその隙間にお邪魔させてもらっている立場なので、暁が悪いわけではないのだが。
「今更ながら、お前さんの異能のことを知らないってのもあるがな。で? どうなんだ?」
暁はメアリーを見据える。
あの異能騎士団の所属であり、途中編入を許されるほどの異能者だ。そこそこの異能強度は備えているはず。
そう言外に匂わす暁に対して、メアリーは恥じ入るように答える。
「アカツキさんに披露するには、つたない異能で申し訳ないんですけれど……その、エレクトロマスターに分類される異能です」
「へぇ、電気系か」
エレクトロマスター。早い話が人間スタンガンだ。
電気ウナギのように、生物が電流を発するのはおかしな話ではない。実際、神経には電流が流れており、それを利用した義手義足の研究も進んでいる。
エレクトロマスターは、そんな電気を体外に生み出す能力者なのだが、今のところ第一世代に相当する能力者は確認されていない。第一世代ともなれば、素手でコンピュータをハッキングできるのではないかと期待されているが、今のところはコンピュータを物理的にクラックするので精いっぱいである。
「で、なんて力だ?」
「リリィやフレイヤ様のように、特別名前を付けているわけではないですけれど……強いて言うならスタンガン、でしょうか?」
メアリーは言いながら、何もない中空に向けて手を差し向ける。
「射程距離もさほどありませんが、このように……フン!」
メアリーが、腕に力を込める。
瞬間、彼女の腕の先に、バチリと電流が迸った。
「……という感じで、離れた場所に電気を発生させることができる力です。途中に障害物などがあったら届きませんし、そもそも電流も電圧も高くないので、人一人を気絶させるので精いっぱいで……」
「……ふん、まあいい」
メアリーの説明を訝しげに眺めていた暁だったが、もうメアリーの能力に興味を無くしたように通信機を弄り始める。
「役に立たねぇってんなら仕方ねぇ。俺一人で何とかするしかねぇか……」
「申し訳ありません、アカツキさん……」
辛辣な暁の物言いに、メアリーは申し訳なさそうに頭を下げる。
メアリーの表情は、役に立てないことの申し訳なさと、自らの弱い異能を恥じる羞恥が入り混じったに満ちていた。
「私の異能がもっと強ければ、アカツキさんのお役にも立てたものを……」
「異能が弱くても、工夫してみろ。弱さを嘆く前に、自分の異能と向き合う努力をしろ」
弱々しく己の胸中を吐き出そうとするメアリーを遮り、暁は言葉を紡いだ。
「自らの魂を磨かないものに、異能の力を持つ価値はねぇ。研三のおっさんは異能を持つこと自体に価値があるというだろうが、俺は違う」
「アカツキさん……」
「弱いことに理由を見出そうとする奴は屑だ。何もしねぇうちから諦めるような奴は救いようがねぇ」
吐き捨てるように言葉を紡ぐ暁の視線は、ここではないどこかを見据えているようにも見える。
「自分の力を磨いて磨いて磨き抜く……それが、異能に目覚めた奴の責務だろうよ」
「……そうですね」
暁の言葉に同意するように、メアリーはギュッと手のひらを握りしめた。
「せっかく神より賜ったこの力……磨かず過ごすのは、不徳というものですよね……」
「………」
メアリーの発した言葉を聞き、暁はうっそりと目を細める。
と、その時。暁が持っている通信機から会長の声が聞こえてきた。
『聞こえるかね、新上君!? 僕だ、会長だ!』
「聞こえてる。どうした?」
『啓太君たちのいる場所に侵入者が現れたようだ! 今、二人が応戦しているところだが……!』
「わかった、すぐに向かう。場所は?」
暁は会長と二、三言葉を交わし、すぐに通信を切る。
会長の言葉はメアリーにも聞こえていたのか、彼女は真剣な表情で暁を見つめていた。
「アカツキさん、今のは……!」
「聞いての通りだ。急ぐぞ」
「はい!」
二人は互いに頷き合って、啓太たちのいる場所に向けて駆け出した。
啓太君たちにピンチが訪れる!
はたして啓太君は男を見せられるか!?
以下次回ー。