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Scene.33「さて、鬼が出るか、蛇が出るか」

 生徒会会議より二日後。日程通り、週間天気予報会が執り行われることとなり、タカアマノハラ中の予知能力者がタカアマノハラ気象情報研究所へと集結した。

 ここではタカアマノハラを含む世界中の気象を研究しており、気象とそれに関係する異能に関する情報がぎっしりと詰まっている。

 気象と異能は、古来より雨乞いと呼ばれる儀式が行われたり、雨人間と呼ばれる雨を呼ぶ性質の人間がいることから、かなり深い関連性を持つと考えられている。

 神話における神の天罰も、大抵の場合は天空からの落雷や突然の豪雨などであることから、雨や雷を降らせる異能も存在していたと考えられる。

 現代においてそれらの異能を持つ者は存在しないが、もしいたとすれば第一世代と認定されることは想像に難くないと言われている。タカアマノハラ気象情報研究所に勤める所員たちや、そこに定期的に通う異能者の卵たちは、そんな異能獲得を目指して日夜努力を繰り広げている。

 そんなタカアマノハラ気象研究所は、高い緊張感に包まれていた。

 その周辺では物々しい警備態勢が敷かれ、入ってくる学生たちは一人一人学生証によるIDチェックを行われていた。大勢の生徒に対して一つしか出入り口を用意していないせいで、気象情報研究所にはこれまでに類を見ないほどの長蛇の列が出来上がっていた。

 これも、ここ最近のタカアマノハラを騒がせている侵入者騒ぎによって発令された厳戒態勢のせいだ。

 本来であれば、厳戒態勢が敷かれた研究所には学生の身分では入れなくなるのだが、日々の生活に支障をきたさないよう、今日の週間天気予報会だけは特例として侵入を許されたのである。

 その代りに敷かれているのが、物々しい警備態勢だ。厳戒態勢のためほぼフル活動している警備隊の面々が、油断なく研究所の周辺を警備している。

 学生たちも、今のタカアマノハラの状況は知っているのか、特に文句を言うでもなく黙々とIDチェックを受けている。彼らにとっては、貴重なアルバイトの時間でもあるからだろう。ここで文句を言って騒ぎを起こせば、即座に警備隊のお世話になってしまう。実際、何人かが癇癪を起してその場を連れて行かれてしまっている。当然、そうなればバイト料も入らないため、二の舞を踏むまいとじっと我慢しているところだ。

 ……そんな長蛇の列を、モニター越しにじっと見つめている学生の姿があった。異界学園の生徒会会長である、出雲誠司その人であった。

 彼と美咲は、研究所の所長室に陣取っていた。ここには研究所の監視モニターが存在し、さらに隔壁などの内部装置をコントロールするための場所でもあった。


「ふむ、やはり学生たちのストレスが溜まってしまっているなぁ……。これはよろしくない」


 小さく呟きながら、モニターのリモコンを操作して、モニターを切り替えていく。

 画面は研究所内に入っていく学生の列。入り終え、さっそく各々の方法で予知を始めている学生たちの姿。そんな学生たちの方法をモニターしている研究者たちの姿。どこかの通路で警備を行っている警備隊の人間の姿……。

 また別の場所へと変わっていくモニターを睨みながら、会長は横で別のモニターを見つめている初老の研究者に声をかけた。


「申し訳ありませんね、所長。今日の警備のために、所長室まで解放していただけるとは……」

「気にせずとも構わないよ、出雲君。今日に関する予測は私も聞いている。君たちも協力してくれるとなれば、渡りに船だよ」


 申し訳なさそうに頭を下げる会長に、所長と呼ばれた男は鷹揚に応える。彼はこのタカアマノハラ気象情報研究所の所長である。異世研三と同い年に見えるが、その功績は彼には遠く及ばない。

 だがそんな自らへの世間の評価など気にしないようにゆっくりとコーヒーを啜りながら、会長と同様に別のモニターを眺めながら、所長は彼に問いかける。


「それで、どうかね? 今夜の侵入者は捕えられそうかな?」

「それは何とも。近衛君の予知でも、この研究所に現れるとしか出ませんでしたからね。どういう結果になるかは未知数ですよ」


 複数のモニターを何度か切り替え、特別異常が見当たらないことを確認してから、会長はモニターをまた切り替え、生徒会メンバーが映るように設定した。


「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……久遠君、準備はいいかね?」

「もちろんです……今夜こそ、見逃しませんよ……!」


 静かに言いながら、美咲はここではないどこかを見るように視線を中空に固定している。

 今、彼女が見ているのはサテライト(アイ)によって生み出された複数の義眼から映し出された映像だ。今は警備の死角を補うように配置したそれで複数個所を見張り、何か異常があれば会長に伝えられるようにしている。

 彼女としても、ここ連日の呼び出しの原因である侵入者は因縁の相手だ。ここいら辺りでこの辺りで確実に捕えておきたいのだろう。

 会長は気合の入った美咲の背中を頼もしそうに見つめながら、手元にある三つの通信機に問いかける。


「さて、そちらはどうだい?」

『感度は良好。よーく聞こえるぜ』

『こっちもです。いつ侵入者が来ても大丈夫です』

『特に問題はありません』


 返ってきた声の主は、暁と啓太、そして駿の三名だ。

 彼らにはそれぞれ、メアリー、リリィ、光葉が着いており、今日はツーマンセルでの行動となる。

 彼らの役割は中を徘徊する警備隊と同様に、侵入者の捕縛・拘束だ。なるべく侵入者が通りそうなルートをあらかじめつぼみの予知によって割り出し、出現率によって配置が異なる。

 もっとも出現率が高いのが暁のいる場所で、最も低いのが啓太のいる場所だ。とはいえ、それぞれの出現率の違いは誤差の範囲内なので、出るときにはだれの場所でも出ると言えるだろう。

 会長たちが使用している通信機は、警備隊に頼んで貸してもらっているものである。この手の警備の場合、電波状況によって通信できなくなる可能性がある携帯電話より、こういった通信機の方が信頼性は高い。繋ぎっぱなしにしておけば、向こうの状況も拾うことができる。


「すでに会場入りしている生徒の何名かは予知を始めているよ。どの程度で侵入者が現れるかはわからないが、気を引き締めてほしい」

『了解。サボらず頑張るとするわ』


 会長の声に適当に返す暁。いつもと変わらぬ彼の様子に、会長は苦笑した。

 苦笑しながら、冷静にモニターを観察する。


(さて、侵入者の狙いはタカアマノハラに存在する異能者たち……。この予報会は、ある意味格好の囮になり得るだろう)


 いつ現れるかもしれない侵入者がいるというのに、天気予報会を開催したのには、そう言う事情も含まれる。

 タカアマノハラの研究所への侵入を繰り返す侵入者は、今のところデータを盗み出すのに成功してはいないようだった。少なくとも、データをコピーされてしまったというような報告は入っていないのだ。

 だが、だからといって侵入者がデータを盗めていないとは限らない。一番最初の侵入者騒ぎと同一の組織の犯行だとすれば、彼らの目的は異能者そのものだ。そして、今まで侵入されたと思しき研究所や工場では、必ずといっていいほど異能者が何らかの異能を行使していた。


(もし犯人が異能者の存在そのものに目を付けているというのであれば……今日、この日に現れないわけはないだろう)


 会長はそう考えながらも、自身の判断に嫌悪していた。


(……まったく、僕はおろかだな……。守るべき生徒たちを餌に、犯罪者を釣ろうなどと……)


 そう自嘲する会長。実際、今回の侵入者捕縛作戦は悪手といえる。

 現時点で、侵入者に関する情報は圧倒的に不足している。せいぜい、タカアマノハラの警報装置に引っかからない、高度な侵入技術を持つといった程度だ。

 美咲の目や、過去視能力を持つ者たちの力を持っても、その存在を感知することは叶わず、対策らしい対策をほとんど立てることができないままに、こんな作戦を決行してしまったわけだ。

 最悪、異能者たる生徒たちの身柄が確保されてしまうかもしれない。それを考えると、会長は気が気ではない。


(それに、警備隊と共に、生徒たちの警護に当たってくれている新上君たちが必ず無事でいられるとは限らない……。相手がわからないというのは、つまりそう言うことだ……)


 初めの侵入者たちでさえ、拳銃で武装していた。今回の侵入者たちが全く何も装備していないなどと、誰が言えるだろうか。

 暁と駿はまだよい。彼らは、たとえ目に見えない相手が存在しても、それを感知する術を持っている。だが、もし啓太たちがいる場所へ賊が現れたとしたら……。


(……いや、そうなる前に警備隊の方々が侵入者を捕縛してくれるかもしれない。よしんばそれが叶わずとも、僕が最善の指示を出せばよいだけのことだ)


 会長は最悪の考えを頭の中からはじき出しながら、モニターをじっと睨みつける。

 暁たちと啓太のいる場所は、直結しているわけではない。だが、隔壁を下すなどすれば、ある程度時間は稼げるはずだ。極端な話、侵入者を見つけられれば、即隔壁を下して閉じ込めてしまえばよいのだ。

 会長は気持ちを落ち着けながら、四つ目の通信機に手をかける。


「……久遠君。そちらに異常はないかな?」

『こっちに異常はない。みんなが、真剣に予知を行っている』


 つながっている先は、予知会場でスタンバイしているつぼみだ。

 彼女は予知会場で学生たちと一緒に先一週間の天気を予測しながら、侵入者に備えている。生徒会なのでアルバイト料は入らないが、委員会から別途で報酬は出るだろう。

 最悪の場合は、彼女に指示を出して予報会を中断し、中にいる生徒たちを警備隊と一緒に誘導してもらう役割だ。


『そちらに異常は?』

「今のところ、各部署に目立った動きはないよ。安心して天気予報に勤しんでくれたまえ」


 モニターを確認しながら、会長はつぼみにそう告げる。

 彼の声に安心したように、つぼみはこう返してきた。


『そう。わかった。みんなにも、よろしく伝えて』

「了解したとも。それではね」


 つぼみとの短い交信を終え、会長はゆっくりと息をつく。


(予報会が終わるのは午後四時前後の予定……何事もなく、終わってくれればよいが)


 会長が時計を見ると、時刻は午後一時を回った辺り。

 予報会が終わるまで、あと三時間であった。




 さて、予報会が始まりました。

 生徒会の面々は、侵入者を捕まえられるのか?

 以下、次回ー。

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