表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/104

Scene.30「御霊鎮め」

 朝からクラスメイト達にリリィとの関係をひたすら弄り倒された啓太の精神は、もはや擦り切れた雑巾よりも薄っぺらになっていた。


「あの……ケイタさん、大丈夫ですか……?」

「ウン、ダイジョウブ。ヘイキヘイキ」


 心配そうなリリィの呼びかけにも、どこか棒読みな感じで答える啓太。

 いろいろと限界であった。疲労困憊と言い切ってもいい。


(みんなに見られるのは覚悟してたけど、あそこまで食い付かれるとは思わなかった……)


 リリィと手を繋いでの登校……相応の覚悟はしていたが、啓太もまさかクラスメイト全員から質問攻めに遭うとは思わなかった。

 リリィがやってきたときよりもはるかに激しい勢いでクラスメイト達から詰問を受けたときはさすがに死ぬかと思ったほどだ。

 クラスメイトの一人で、親友でもある真宮寺曰く「人は娯楽に飢えている……他人の恋愛という娯楽になぁ!!」とのことだった。

 飢えるのは結構だと思うが、肴にされる方の身にもなってもらいたいものだった。


(だいたい恋愛ごとなら、校内で一番有名な駿先輩と光葉先輩がいるのに……。まあ、嫉妬でもしようものなら間違いなく目も当てられない事態になると思うけれど)


 光葉の性質はよく知っている。いざ暴れ出したとなると、駿以外にはおそらく確実に抑えられる人間はいないだろう。

 軽く震えながら、啓太は生徒会室の扉を開けた。


「失礼しまーす」

「おーう、入れ」


 啓太の声に、何故か暁の声が返ってくる。

 首を傾げながら中に入ると、ちょうど会長はコーヒーの味を堪能しているところだった。

 啓太の視線を察してか、暁は軽く肩を竦めて見せた。


「新しい豆を仕入れたとかでな。まあ、それはともかく……」


 啓太、そして彼の後に続いてはいってくるリリィの姿を見てから、暁は怪訝そうな顔で首をかしげた。


「メアリーの奴はどうした? 一緒じゃなかったのか」

「え? メアリーさんですか?」

「来てませんけど……どうかしたんですか?」

「いや、授業が終わったら即行で出て行ったから、てっきりお前らのところかと思ったんだが」

「まあまあいいじゃないですか。それより、お二人も早く座ってくださいな」

「あ、はい」


 美咲の声に従い、啓太とリリィは席に座る。

 ごく自然に二人は隣り合った席に腰を掛ける。

 それを見た瞬間、美咲は突然机の上に突っ伏した。


「ぐっふぅ」

「え、ちょ、美咲先輩!? どうしたんですかいきなり!?」

「な、ナチュラルに隣の席に……! ごちそうさまです……!」

「ああ、持病のシャクが疼いたんだよ。ほっときゃ治るから、放っておいてやってくれ」

「はぁ……」


 興奮のあまり息を荒げ始める美咲の背中を、哀れな眼差しで見つめながらつぶやく暁。

 そんな彼の言葉に納得したわけではなかったが、啓太は一応頷いた。


「すいません! 遅れました!」


 それから少しだけ時間が経ってから、大いに慌てた様子のメアリーが生徒会室に駆け込んできた。

 全力疾走してきたのか、息もかなり荒い。


「す、すいません……! メール、読んでたんですけど……! その……!」

「ああ、かまわないよメアリー君。駆け付け一杯とは言わないが、コーヒーでも飲んで落ち着きたまえ」

「すみません……いただきます……」


 メアリーの様子に苦笑しながらコーヒーを差し出す会長。わざわざ透明のグラスに注ぎ直したアイスコーヒーだ。

 メアリーは礼を言いながらそれを受け取り、一息に仰ぐ。

 ぐいぐいとメアリーの喉が動き、あっという間にコーヒーを飲み干してしまった。


「ッハァ! ……本当にすみません。これでも、急いできたんですけど、その……」

「気にしていないとも。生徒会の活動は基本的に自主参加となる。都合が悪ければ、外れても構わないんだよ」

「そうはいきません! 私も、生徒会の一員なのですから」


 メアリーは顔が赤いまま、残った席に腰かける。

 そんな彼女に、暁は問いかけた。


「メアリー。なんか急いでたみたいだが、何かあったのか?」

「え!? いえ、その……」


 瞬間、少し赤みが戻っていたメアリーの顔が、再沸騰する。

 そのままもじもじと体をゆすり、恥ずかしそうに暁から視線を逸らす。

 暁はそんな彼女の様子に不審を覚えるが、美咲とつぼみは何かを察した。


「おい、メアリー? 一体何が――」

「暁さんのセクハラ大魔神ー!」

「おっぶぉ!?」


 暁がメアリーを問い詰めようとした瞬間、美咲の鋭い肘とつぼみが投げつけた百科事典が暁の顔面に直撃する。

 そのまま吹き飛ぶ暁に指を突き付け、美咲はプンプンと擬音が付きそうな感じで声を荒げた。


「まったく暁さんってば! 乙女はデリケートな生き物なんですよ!? そんな不躾に秘密を探ろうなんて、恥ずかしいと思わないんですか!?」

「何がだちくしょう!? 訳が分からねぇぞ!?」


 打撃を受けた部分を押さえて立ち上がる暁。

 そんな彼から隠れるように、つぼみはメアリーへと薬瓶のようなものを手渡した。


「これ。よく効くから。辛かったら、飲んで」

「あ、はい……すいません、ツボミさん……」

「? 何をもらったんですか、メアリーさん?」

「あなたも、辛かったら、相談して。力になるから」

「はあ……? ありがとうございます」


 美咲と暁が喧々囂々と吠えあうのを余所にで交わされる密約。

 ちなみにつぼみが手渡したものは、一般的には整腸薬と呼ばれるものである。


「大体テメェいつも上前跳ねすぎだろうが! 俺の取り分の少なさに悪意を感じるぞ!!」

「何を言います! そう言うあなたもぼりすぎなんですよ!! 啓太さんの写真とかその他もろもろ!!」

「あー、二人とも? 今集まれる人間は全員そろったことだし、そろそろ会議を始めたいのだけれど……」


 だんだん話題がずれて、お互いの不満を叩き付け合いつつある二人に、会長が苦笑しながら声をかける。

 だが、ほとんど会長のことなど眼中にないように、あーだこーだと喚き合った。


「困ったねぇ」


 会長は苦笑の度合いを高める。

 こうなると、人間の精神に作用する造言被語(ライアー・ボイス)といえど、二人をコントロールするのは難しい。

 人の心は熱しやすいものだが、一度熱が付くとなかなか冷めないものなのだ。

 とはいえ、議題が進まないのは困る。会長は強硬手段に出ることにした。


「すまないが駿君。いつものを頼めるかな」

「わかりました」


 会長の言葉に駿はスッと立ちあがり、白熱する暁と美咲に向けて手のひらを向けた。


「テメェはいつも――!!」

「あなたは大体――!!」

「御霊鎮め」


 ともすれば互いに手を出し合いそうな、一触即発の雰囲気にバッと焔が点る。

 比喩表現ではなく、実際に。


「ええっ!?」


 暁と美咲の間に点り、二人を飲み込み一瞬で成長した焔を見て、リリィが悲鳴を上げる。

 駿が立ち上がった時、てっきり彼が仲裁してくれるものだと思ったのだ、彼女は。

 だが、駿がやったのは仲裁以上の効果を持つ行為だった。

 上がった焔は何かを燃やすことはなく、そのまま天へと消え失せる。

 そして炎に呑まれたはずの二人は、体のどこかに焦げ目をつけることもなく、憑き物が落ちたかのようにすっきりした表情でお互いを見つめていた。

 先に動いたのは美咲だった。

 コテンと首を傾げ、困ったように眉根を寄せる。


「……私たちなんであんなくだらないことで言い合ってたんですっけ……?」

「知らん」


 暁は美咲の問いに対しそう答え、ドカリと自分の席に座り直した。その顔には、強い後悔の色が浮かんでいる。さっきまでの自分の行為を恥じているようだ。

 似たような表情で美咲も座り、ゆっくりと頭を抱える。


「ああ……またやってしまいました……。駿さんの御霊鎮めにはお世話にならないと、固く誓っていたはずなのに……!」

「あのー……ミタマシズメ、ってなんですか……?」


 突然豹変したように見える二人の様子が理解できずに、リリィがおずおずと手を上げて質問した。

 そんな彼女に最初に答えたのは、会長だった。


「ふむ、いい質問だ。マリル君は、駿君の異能がどのような性質を持っているか知っているかな?」

「えっと、確か……」


 啓太やいろんな人から聞いた話を思い出しながら、リリィは答える。


「異能名はカグツチ。型式はゲンショウ型。あらゆる全てを燃やし、灰に還る異能……と伺っています」

「うむ。正解だよ。駿君の異能、カグツチはあらゆるすべてを灰に還す」


 リリィの答えに満足そうに頷きながら、会長は指を折りながら駿が燃やせるものを数え始める。


「紙のような可燃物はもちろん、金属のような不燃物に、異能……そして人の精神も燃やせる範囲に含まれる。森羅万象に通ずるあらゆるものを燃やすのが、彼の異能だ」

「人の精神……ですか。お話を伺ってはいますが、それはどういうことなのでしょうか」


 リリィのように、暁と美咲の様子に疑問を覚えていたのか、横からメアリーが口を挟んでくる。

 そんな彼女に対し、会長は端的に暁と美咲を示してみせた。


「なに、そう難しい話ではないよ。ちょうど、今の新上君と久遠君がそうだからね」

「え?」

「「はぁ~……」」


 ぐったりと俯き、同時にため息をつく二人。

 そんな様子を見て首をかしげるメアリーとリリィに、啓太が助け舟を出した。


「もっとわかりやすく言うと、カグツチが燃やしたのは、二人の感情なんです」

「感情を……燃やす?」

「うん。燃やされた感情は灰へと還り、その人の心の中へと降り積もる……」

「そして燃やされた後には何も残らず、空虚な寂寥感が心を満たすというわけさ」

「???」

「ああ……」


 続く会長の説明も理解しきれずに首を傾げるリリィ。メアリーは何かを察したのか、同情の眼差しで暁と美咲を見やる。

 解説に使われている身分にたまりかねてか、暁は体の中の物を吐き出すように、重苦しくこういった。


「早い話が、俺たちは今、賢者タイムの真っ最中ってわけよ……」

「やめてくださいその表現……もっとウェットな感じでお願いします……」

「どう表現しろってんだ、この虚しさを……」

「ケンジャタイム? ですか……? ?」


 だが、やっぱり理解しきれていないリリィ。

 啓太は、何とか理解してもらおうと言葉を紡いだ。


「んー、あー……つまり、暁先輩と美咲先輩の怒りを、駿先輩のカグツチが燃やしてなくしちゃったんだよ」

「なんだそういうことですか。それならそうといってください」

「いいよな、単純で……羨ましいわいっそ」

「なんですってー!? どういう意味ですそれは!」


 死んだ魚のような眼差しでリリィを見つめながら、暁はそう呟く。

 そんな彼や、彼の言葉に憤慨するリリィを見ながら、どこからか取り出した扇子を広げながら会長はひときわ大きな声を上げる。


「さぁて! 皆一同に会したところでご清聴願えるかね!?」

「あ、はい!」


 声を荒げかけたリリィはピシッと姿勢を正し、会長の方へと向く。

 他の者たちも各々の態勢で会長の方へと向き直った。




 駿の異能マジ万能。とりあえずこれがあれば一通り何とかなる気がする。

 とはいえ便利すぎるのも困りものですよねー。

 以下次回ー。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ