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Scene.2「――これぞ、我流念動拳」

 東京湾沿岸に存在する、水上都市「タカアマノハラ」への直通線。モノレール“ミハシラ”。

 本土と「タカアマノハラ」を繋ぐ、数少ない連絡経路の一つであるである。

 他には船舶での接岸や、飛行機での離発着などが方法としてあげられるが、全て政府の厳重な管理下に置かれているため、一般人が利用できることはまれである。

 そのため、世間一般にはこの“ミハシラ”が、「タカアマノハラ」への唯一の交通機関であると認識されている

 この“ミハシラ”は、「タカアマハラ」へと観光へ赴くものはもちろん、「タカアマノハラ」に唯一存在する教育機関、異能科学研究世界学園、通称異界学園へと向かう、学生たちの姿もそこにはあった。

 現在の時刻は朝七時前後。モノレールの中に見える姿は、そのほとんどが学生だ。小さく揺れるモノレールの中で、眠たげに眼を擦ったり、今日行われるであろうテストのための予習に余念がなかったり、それぞれが思い思いに過ごしている。

 海上をまっすぐに進むモノレールは、やがて「タカアマノハラ」の上へと進入し、モノレール駅に到着する。

 車内アナウンスがモノレールの停止と到着を告げ、扉がゆっくりと開く。

 そして中から学生たちが溢れだし、早朝であるためか閑散としていた駅構内が俄かに騒がしくなってゆく。


「くぁ……」


 そんな喧騒の中に、暁たちもまぎれながら歩いていた。

 欠伸を掻く暁を先頭に駿が続き、その背中にべったりと光葉が張り付いているという珍妙なメンツは駅の改札口から外へと出ていく。

 と、そんな三人組に駆け寄ってくる小柄な人影があった。


「先輩! おはようございます!」


 満面の笑みで近づいてきたその人影の姿を認めた暁も、そんな元気のいい挨拶に笑顔で答えた。


「おう、古金。今日も元気だな」

「おはようございます、古金君」

「はい!」


 古金と呼ばれた少年は、二人の返事を聞き、嬉しそうにうなずいた。

 暁たちと同じ意匠の制服を身に着けた彼の名は、古金啓太。

 暁たちの後輩で、一つ下の学年に所属している異能者の少年である。

 彼は暁たちと違い、この「タカアマノハラ」に存在する学生寮で生活している。

 彼のみならず、異界学園は基本的に全寮制となっており、大半の者が「タカアマノハラ」に存在する寮の中で暮らしている。水上都市の名に恥じず、多くの者たちが生活する「タカアマノハラ」の住人は、大半が異界学園の生徒なのだ。

 とはいえ、何事にも例外は付き物。親の都合や生活している地域、あるいは一部の特殊な事情を持つ生徒は、「タカアマノハラ」の外で生活することが許可されている。

 そんな例外的な生徒である暁は、啓太の姿を見下ろして、小首をかしげて不思議そうに問いかけた。


「ところで古金、お前なんでズボン穿いてんの?」

「僕男だって毎朝言ってますよね!?」


 暁の暴言に、啓太が声を張り上げる。

 そして啓太の発言を聞き、周りにいた若干名の男女が「ええっ!?」と声を上げて驚いた。

 それを聞き咎め、啓太は涙目で振り返った。


「ちょ、なんですかその反応! 確かに男っぽくないのは認めますけど、僕は男です!」


 彼が振り返った瞬間、微かに浮かんでいた涙の雫がキラキラと零れていく。

 背が低く、顔立ちは柔和に整った……あるいは、少女と見違えそうな美少年の泣き顔。

 それを目撃した一部ごく少数の男女が、微かに顔を赤らめる。


「だからなんでそんな反応!?」

「朝っぱらから人の事、魅了してねぇでいくぞー」

「切っ掛けつくっといて、あと放置ですか先輩!?」


 とっとと先に進んでいた暁の背中を、慌てて啓太は追いかける。

 走って追いつき、息を荒く吐きながら、啓太は暁の背中に恨み節を投げかけた。


「先輩ひどいですよ……僕が女顔なの気にしてるの知ってるじゃないですか……」

「うむ。だからこそ弄る」

「ひどいって言ってるじゃないですかー!」


 血も涙もない暁の発言に啓太が悲鳴を上げた。

 そんな彼の悲鳴に反応したのかどうか……暁たちの進路を塞ぐように、突然男たちが現れた。

 男たちの手には、ナイフや角材、あるいは鉄パイプなどが握られ、目はギンギンに血走っていた。

 そして男の一人が角材を振り上げ、暁に勢いよく躍り掛かる。


「死ねや暁ぃぃぃぃ!!!」


 その脳天めがけて勢いよく振り下ろされる角材。

 周りにいた生徒の何人かが、小さな悲鳴を上げる――。


「個性ってのは磨けば光る。お前のそういう部分だって、きっとダイヤモンドの原石なのさ……」


 だが暁に触れる寸前角材がへし折れ、そのきれっぱしが勢いよく男の顔面にめり込んだ。

 崩れ落ちる男の姿に気が付いていないかのように、暁は男の脇をすり抜けた。

 倒れた男の顔面からダクダク血が溢れているのを、青白い顔で見つめながら、啓太はその背中を追いかける。


「い……いやですよそんな原石! 磨かなくていいです、むしろ汚したいです!」

「汚すとかお前、そういうこと言うときは先に言えよー。録音して美咲の奴に売りつけるのに」

「オラぁぁぁぁぁ!!」


 男がまた一人、暁に向かって突っ込む。

 腰だめに構えたナイフに全体重を乗せての体当たり……。だが、暁に接触するより前に、ナイフが見えない壁か何かにぶつかったようにねじ曲がり、手首の骨が折れる鈍い音が響き渡る。

 悲鳴を上げる男の姿を痛ましそうに見つめる啓太と違い、暁はそちらの方を見向きもしない。


「ちっくしょう。せめてボイスレコーダーが手元にあったら……五万は固かったのになー」

「……か、金の亡者なのはいいですけど、その……」


 微かに声を震わせながら、可能な限りいつも通りに振る舞おうとする啓太。

 そんな彼の前で、鉄パイプで武装した男が暁に襲い掛かる。


「くそがぁぁぁぁぁ!!」

「ひっ……!?」


 啓太は反射的に悲鳴を漏らす。

 しかし、男の鉄パイプが血に染まるより、男の顔面から血が噴き出す方が早かった。

 見えない拳に殴打されたかのように男の顔面はへこみ、鮮血が飛び出す。


「………………」

「最近学園からの依頼もご無沙汰で懐がさびしいんだよー。というわけで、今からでもさっきのセリフ、リピートしようぜ? さあ」


 言いながら携帯電話を取出し音声録音モードを立ち上げる暁。その背後で、また一人の男が体をくの時に折り曲げ、腹を押さえながら地面に崩れ落ちた。

 彼の周りには死屍累々と言った様子でうめき声をあげる男たちの姿が残される。


「………」


 周囲の光景を涙目で見つめていた啓太は、やがて我慢できなくなったのか大きな声を上げた。


「……もう……我慢できません……!」

「お、いいねそのセリフ。三万くらいは……」

「せめて! せめて正面から相手してあげてください先輩!! 名乗り上げもなくただやられるこの人たちが不憫でしょうがないです!!」


 暁の肩を掴み、啓太は周りの惨状を指差して暁に訴えかけ始めた。


「確かに襲撃は毎朝の事ですし、相手するのがめんどくさいというのは分かります! わかりますけど、戦隊ヒーローものの雑魚キャラだって、もっときちんと相手してもらってますよ!? この人たちかわいそうです!!」


 涙ながらに戦闘シーンもなくやられてしまった男たち……毎朝のように暁を襲撃しにくる異界学園の生徒たちの待遇改善を訴える啓太。

 ……異界学園には、最も強力な能力の持ち主が三人いる。

 異世駿。異世光葉。そして新上暁の三人である。

 同時に、この三名は世界において最も強力な能力の持ち主としても名を馳せている。

 つまり、世界から注目を浴びるこの三人のうち誰か一人でも打倒しえれば……自然と自分も世界から注目を浴びることができる、と考える生徒もいるほどだ。

 そして三人のうち、駿と光葉は第一世代と呼ばれる、自然発生した異能者であり、能力の強大さゆえにその名を馳せる異能者だ。存在そのものが規格外とも呼ばれているこの二人に挑もうと考えるものはまずいない。

 対し、暁は第二世代と呼ばれる、異能科学論によって覚醒した異能者。すなわち、異界学園の生徒たちと同じ条件で覚醒した異能者だ。

 よって狙うのであれば暁を狙う者が多く、血の気が多くなおかつ名声を欲す者は必ずと言っていいほど、暁の存在を……酷いときになると命を狙う。

 そして……彼らは思い知るのだ。新上暁という少年が、何故第二世代でありながら、第一世代である駿や光葉と並び、称されるのかを。


「っていうかホント、見るに忍びないです! 名前も知られずにやられるこの人たち見てると、なんか涙が出てきます!」

「せめて心配してくれよ。毎朝のように暴漢に襲撃される先輩のさぁ」

「その暴漢を見事返り討ちにする人がなにを言いますか」


 おどけるように言いながら歩き出す暁の背中を、半目で睨みつける啓太。

 そんな彼の肩を、ポンと駿が叩く。


「駿さん……」

「早くしないと学校に遅れてしまいますよ、古金君」

「はい……」


 倒れた連中のことなどどうでもいいと言わんばかりの駿の言葉に、はらはらと涙を流しながら、啓太は暁たちの後をついていく。

 そんな優しい後輩に背中を向けながら、暁は指を三本立てた。


「それにな。俺がまともに相手してないなんて、そいつは誤解だぜ? 古金」

「何言ってんですか、まともに顔も見てあげないくせに……」


 言いながら啓太は暁の立てた三本の指を不審そうに見つめる。

 立てられた指の意味を問う前に、一本指が折り曲げられた。

 残り二本。


「俺が相手の顔をまともにみねぇのは、別に見なくても対処できるからだ。結果が変わらねぇなら、なるべく楽をするのが俺の信条だからな」

「それは知ってますけど……」


 啓太が見ている前で、さらに立っていた指が一本減る。

 残り一本。

 先を歩く暁たちの後ろの方で、よろよろと先ほど叩き伏せた暴漢たちが立ちあがった。


「く、くそ……!」

「あ! せ、先輩! あの人たち……!」

「それにな、古金」


 注意を喚起しようと声を上げる啓太を制し、暁ははっきりと告げた。


「人のことを襲うような連中に……俺が止めを刺さねぇと思うか?」

「え……」


 ゆっくりと折り曲げられる最後の指。そして襲いかかろうとこちらに駆け寄る暴漢たち。

 その二つの因果関係に、ようやく気が付いた啓太は急いで声を張り上げる。


「に……逃げて! その人たちの(・・・・・・)周りにいる人たち(・・・・・・・・)、逃げてくださいー!!」


 こちらに襲い掛かろうとしている暴漢ではなく、その周りを遠巻きに歩いている生徒たちに向けて。

 だが、その注意の意味に周りの生徒たちが気付くより早く、暁の指が完全に折り曲げられる。


「――念動、爆砕」


 暁が小さくつぶやくのと同時に、こちらに向かって駈け寄ろうとしていた暴漢たちの内側から、見えない衝撃波が吹き荒れた。

 衝撃波はまるで爆風のように拡散し、爆心地である男たちはもちろん周りにいた生徒たちまで吹き飛ばした。


「「「「「!?!?!?」」」」」


 彼らが上げた悲鳴は声にならず、ただ吹き荒れる衝撃波に散らされるのみ。

 啓太は目の前の惨状にただ目を覆うことしかできない。


「ああああ………! やっちゃったぁ………!」

「――これぞ、我流念動拳」

「なにかっこつけてるんですかぁ!!」


 どこかにドヤ顔を向ける暁の後頭部に、啓太の鋭いチョップが炸裂する。

 そのまま連続でチョップを打ち込みつつ、啓太はとにかく叫んだ。


「ホントどうして周りに気を使うとかそういうことしないんですか貴方は!? おかげでまた怪我人が増えちゃったじゃないですかわかってます!? 生徒会の予算の大半がその怪我人のための見舞金なんですよ!? 生徒会の活動がいろいろキツキツなの自覚してくださいよもぉぉぉぉぉ!!」

「はっはっはっ。そういう時は、後ろを振り向かないのが勇気だ!」

「少しは気にしてくださいっつってんですよコンチクショォォォォォォォ!!!」


 ひたすらチョップを繰り返す啓太をそのままにしながら、暁はなんてことないように歩き続ける。

 そして道行く生徒たちも、暁の凶行を特に気にするでもなく学校へ向かう。

 つまるところ……。

 これが、異界学園の朝の風景であった。




 能力説明とかどの段階で挟めばいいのかしら。ああ、こういう時のために何も知れないキャラがいるのか……。

 まあ、暁の能力は字面からなんとなく察していただけると思いますが。

 次回はドキドキ転入生イベント!

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