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Scene.28「がんばれ青少年! おっさんは応援してるよ~!」

「うー……」


 朝七時前後。

 異界学園学生寮の前に、啓太は緊張した面持ちで立っていた。

 目の下には少し濃い色のクマができており、どうも十分な睡眠がとれていないことが窺えた。


「結局北原さんの言ったことが気になって、ほとんど眠れなかった……」


 ポツリと呟きながら、眠たそうに眼を擦る啓太。

 昨日の北原の発言を受け、改めてリリィを女の子として意識してしまい、悶々と夜を過ごしてしまったようだ。

 それならばとっとと学校にでも向かえばよさそうなものだが、リリィと友達になってからは毎朝一緒に登校するようにしているのだ。

 リリィにとっては、ここは異国だ。そんな彼女が少しでも早く日常に慣れられるように……と思ってのことだったが、今の啓太には半分くらい拷問であった。


「別に、僕は……リリィと、そう言う特別な関係じゃないから、そう、気にする必要なんてないんだよ……」


 まさに自分に言い聞かせるように、啓太はぶつぶつと呟く。

 だが、そうやって声に出すせいで、余計にリリィという存在を強く頭の中に刷り込んでしまっていることを、若い啓太はまだ気が付けない。

 本当に気にする必要がないなら、頭の中で別のことを考えるべきだ。余計な自己弁護などせず。


「でも、先輩はリリィのことを気にしてやれって言ってたから、なるべく一緒に居る僕が気を付けてあげるべきだし……」


 おかげでより一層リリィのことを考え始める啓太。

 暁の発言も、ある意味でタイミングが悪かった。

 そう言う意味では、古金啓太という少年には運がないのかもしれない。


「うー……」

「おはようございます、ケイタさん」


 唸り声を上げる啓太の後ろから、鈴の鳴るような声が聞こえてくる。

 その声に、ビクッと啓太の体が飛び跳ねる。


「う、あ! お、おはようリリィ!」

「おはようございます、ケイタさん」


 慌てて啓太が振り返ると、そこには制服を身に纏ったリリィの姿があった。

 昨日の暗かった様子など、微塵も感じさせない明るい笑顔を啓太に向けてくれる。

 なんの含みもないはずのその笑顔を見て、啓太は顔を赤くする。

 彼女の明るい顔を見れた。ただそれだけで、活力が湧いてくるようだった。


「さあ、学校に行きましょうか」

「う、うん、そうだね」


 明るい声でそう言うリリィに、頷きを返しながら、なんとなくリリィの顔を見るのが照れ臭かった啓太は余所を剥きながら、素直に思ったことを口にした。


「げ、元気になってよかったよ、リリィ! 何か、いいことでもあったの?」

「あ、はい。昨日、メアリーさんと一緒にお風呂に入ったんです」

「え」


 お風呂、の一言に思わずリリィの方へと振り返る啓太。

 微かに頬を染めながらも、リリィは嬉しそうな笑顔で啓太に事の次第を話してくれる。


「メアリーさん、前から私とお話しする機会を窺っていてくれたみたいで……お説教のこともあって、昨日一緒に」

「え、あ、そ、そう。でも、なんでお風呂?」

「なんでも、日本には裸の付き合いって言葉があるとかで……啓太さんは、知ってますか?」

「え、あ、いや、裸、の?」


 リリィの言葉を聞き、思わず啓太は唾を飲み込む。

 途端に思い出されるのは、いつかの廊下での出来事。

 あの日、リリィは確かスカートの下にスパッツを穿き……。


「………!」


 目に見えて顔が赤くなる啓太。

 そんな啓太の様子を不審に思ったのか、少し怪訝そうな顔でリリィが近づいていく。


「ケイタさん? どうしました? 大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫!? 僕は大丈夫だよ!」


 近づいてきたリリィに対して、一歩引く啓太。

 驚くほどに引き声だ。びっくりして、リリィも思わず一歩引いてしまうほどに。


「ほ、本当に大丈夫なんですか? 熱でも、あるんじゃ……」

「だ、大丈夫大丈夫! ほら、学校に――」

「ヒューヒュー。朝からお暑いねぇ、二人ともぉ」


 唐突に聞こえてくる野太い猫なで声。

 啓太はギシリと体の動きを止め、リリィは彼の存在に気が付き、ぺこりと頭を下げた。


「あ、おはようございます! キタハラさん」

「おぉう、リリィちゃんはいい子だねぇ……こんなおっさんにも元気な挨拶をしてくれて……」


 よよよとわざとらしい仕草で目じりを拭う北原。

 似合いもしない割烹着を纏い、手には古臭い竹箒が握られていた。

 啓太は、ほんのついさっきまで存在しなかったはずの北原の方を見て、何とか声を絞り出す。


「な……なんでここにいるんですか北原さん……」

「なんでって、寮の掃除」


 そう言って、サッサッと寮の前を掃く北原。


「寮長として当然でしょ? 何言ってんのさ啓太ちゃーん」

「あなた、いつもはめんどくさがってしないじゃないですか!? なんで今日に限って!」


 思わず噛みつくようにそんなことを言ってしまうが、北原は気にすることなく言い返す。


「んー? おっさんが寮の前掃除しちゃだめなのー? お仕事しちゃだめなのー? んー?」

「く……!」


 ニヤニヤといやらしく笑いながら、北原はわざとらしく寮の前を掃除する。

 啓太は形勢不利と見て、急ぎその場を離脱することだけ考える。


「リ、リリィ! もう行こう!」

「え? は、はい」

「がんばれ青少年! おっさんは応援してるよ~!」

「ほっといてください!!」


 ガー!と吠えながら、足早に寮を離れていく啓太。

 リリィは、そんな彼に引っ張られるようについていく。


「ちょ、待ってください、ケイタさん!」

「ハッハッハッー。二人とも気を付けてねーん」


 朗らかに笑いながら啓太を見送る北原。

 啓太はそれに応えることなく、ずんずん先を急いでゆく。


「まったく……! キタハラさんは、いつも人をからかうことばかり考えて……!」

「い、痛いです、ケイタさん! 離してください……!」

「え?」


 しばらくしてから、リリィのそんな声が聞こえはじめ、改めて啓太は今の自分の行動を顧みる。

 振り返れば、リリィの手をきつく握った自分の手。

 そして、痛みから涙目になっているリリィの姿。


「もう、ケイタさん……! 学校に急ぐのは賛成ですけど、そんなに強く手を握られたら……」

「う、うわぁぁぁぁぁ!!??」


 涙目で抗議を始めようとするリリィだったが、啓太は勢いよく彼女の手を離した。

 そのまま背泳ぎのスタートダッシュのような体勢でリリィの傍を離れ、慌ててリリィに頭を下げた。


「ごごご、ごめんリリィ! 僕、全然気が付かなくて……!」

「? ケイタさん、今日はなんだか少しおかしいですよ?」

「そ、そうだね! 少し、夢見が悪かったかな? あはは……」


 リリィの言葉をごまかすように笑いながら、啓太は当たりを見回す。

 幸いなことに、人通りの多い大通りにはまだ出ていない。ただでさえ、リリィと一緒に登校してるおかげか注目を浴びているのに、このうえ手まで繋いでいるところを見られたら、なんといわれるやら。

 少し落ち着くべく、深く深呼吸を始める。


「スー……ハァー……」


 朝の微かに冷たい空気が啓太の肺の中を満たし、少し体の熱を下げてくれる。

 そのおかげか、昨日の夜からずっと悶々としていたよくわからない感情も冷めているのに気が付いた。


「……よし、いける」


 いつも通りの自分の調子を取り戻し、啓太は頷いてリリィの方へと振り返る。


「ごめんね、リリィ。もう、大丈夫だから」

「はぁ……それなら、いいんですけど」


 声の調子から、いつも通りの啓太に戻ったとわかったリリィは頷く。

 頷いて、前を歩きはじめる啓太の背中を追い。


「――あ。そうです」


 ふと、いいことを思い付いたというように、啓太の手をぎゅっと握った。

 啓太のように力強くではなく、包み込むように優しく。


「ぇ、リリィ、さん?」

「せっかく手を繋いだんですし、学校へ着くまで手を握っててもいいですか?」


 リリィはそう言って、無垢な笑顔で啓太の顔を見つめる。


「ね?」

「………………はい」


 初心な啓太はその笑顔に一発でやられ、真っ赤な顔で頷いてしまう。

 結局学校に到着するまで、満面の笑みのリリィと、真っ赤になって俯いていた啓太はずっと手を繋ぎ続け、学校へと登校する多くの者に、その姿を見られてしまうのであった。






「今! まさに! 啓太さんと!! リリィさんが!! 熱いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「なんでこんなにこいつはヒートアップしてんだ」

「さあ? 俺が来た時にはもうこんな感じだったんだけど?」


 いつものように駿たちを伴って学校へ到着した暁を待っていたのは、鼻息も荒くそんなことを叫ぶ美咲の姿だった。

 その隣には暁の友人の一人、田中次郎の姿もあり、呆れたような顔でヒートアップする美咲を見つめていた。


「なぁんと言う純真!! なんという天然!! あれが英国淑女の実力なのか!? ムハァァァァァァァァ!! 夏の薄い本が厚くなりますよこれわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「何その矛盾。意味が解らん」


 目は充血し、ここではないどこかを見つめる美咲の様子を、やはり呆れたように見つめる暁。

 ちなみに光葉は美咲など存在しないかのように駿へと自らの肢体を絡め、駿も光葉の頭を撫でながら自分の席へと向かってゆく。


「さて、光葉。今日も大人しくしててくださいね」

『うん。駿の、言うとおりにするよ?』

「嘘こけテメェ。たった一日でも大人しくしてたことねぇだろ」


 二十四時間三百六十五日、駿へのアプローチを一切欠かさない光葉に律儀にツッコミを入れつつ、暁は美咲の方をまずなんとかすることにする。


「言葉から察するに啓太とリリィになんかあったか?」

「啓太はともかく、リリィって新しく生徒会に入った留学生か?」

「ああ」

「FOOOOOOOOOO!!!!」


 今すぐ何かに変身しそうなテンションの美咲を鬱陶しそうに見つめつつ、暁は次郎の方へと振り向く。


「……ちと、こいつが何でこんなテンションなのか見てもらっていいか? 御代はこいつ持ちってこで」

「OKOK。まかせんさいな」


 次郎は頷きながら、自分の机の上に置いてあったポラロイドカメラを手に取る。

 そしてレンズを覗き込み、美咲へとピントを合わせる。


「はい、撮りまーす」

「あー! 降りてきた! 降りてきましたよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 よくわからない神様さえ降臨させ始めた美咲に構わず、ぱしゃりと一枚写真を撮る。

 そして即座に現像された写真が、カメラの吐き出し口から排出される。


「ホイできた。うまく映ってるといいなー」

「お前が言うかよ。過去視の能力持ちのお前がよ」

「だって俺の能力は出来立てのアルバムインスタント・デジャブだもんよ。精度に期待なんてするなよ」


 田中次郎。彼の出来立てのアルバムインスタント・デジャブはハコニワ型のサイコメトリー能力だ。

 ポラロイドカメラを基点とし、写真に撮った光景の始点を写し出すという能力である。

 端的に言えば、殺害現場を撮影すれば誰が犯人かを一発で当てることができる能力であるが、完全に過去を写し出すには完全な状況再現が必要となる。それは物の位置はもちろん、その瞬間の室温や物質の温度に至るまで、全てだ。

 これらのずれが激しいほどに、写し出される状況に大きなズレが生じる。先の例えで言えば、死体の温度が低かったため、殺された瞬間ではなく殺されて数十秒後の姿が映る、といった具合だ。

 今回の場合は、美咲がヒートアップしている原因を視るわけである。この場合は、美咲本人ではなく、彼女が見た光景が映る可能性が高い。


「さて、いったい美咲は何を見たのか――」


 暁は次郎が写し出した写真を手に取り、よく見てみる。

 そこに写っていたのは、仲良く手を握って学校へと投稿する啓太とリリィの姿だった。


「おぉう……」


 それを見た途端、美咲のヒートアップの原因がはっきりして暁はげんなりと肩を落とした。

 頭の中が発酵気味な彼女にとって、こういうネタはとにかくおいしいのだ。

 暁の横から覗き込んだ次郎も写真の内容を見て苦笑する。


「ありゃ、仲睦まじいけどこりゃ……」

「抑え込むのに苦労しそうだな……」


 がっくり肩を落とし、暁は拳を固める。


「差し当たり、鳩尾いってみるか」

「加減はしてやれよー?」

「ヒィィハァァァァァァァァァァァァ!!!!!」


 どんどんヒートアップする美咲を前に、暁は勢いよく拳を振り上げる。

 とにかく大人しくさせないことには、今日一日どうしようもないだろう。




 なんか一気に色を取り戻したというか。

 まあいいや、きっと既定路線だよこれが!

 以下次回ー。

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