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Scene.27「メアリーさんって、案外怖い人だなぁ……」

 モノレール・ミハシラ付近で暁と別れ、啓太はリリィを連れて学生寮へと向かう。

 異界学園の学生寮は、ミハシラ駅の周辺に幾つか立っており、性別ごとに別れて立っている。それぞれの寮に違いはほとんどないが、色や細部の形などは微妙に異なる。それぞれの出入り口にはカードリーダー形式の鍵が付いており、学生証やそれに類するものを通すことで、鍵が開く仕組みとなっている。

 啓太はリリィが暮らしている女子寮に近づき、自分の学生証をカードリーダーに通した。ピピッ、と小さな音がして、女子寮の入り口のかぎが開いた。

 別に啓太が女子寮に暮らしているわけではない。異界学園の関係者であれば、それぞれの寮の出入り口までなら入ることができるだけだ。各寮に入室していなければ、エレベーターは起動せず、階段の鍵を開けることもできない。


「リリィ、大丈夫? お腹とかすいてない?」

「はい、大丈夫です……」


 暁と別れてから、微かに気落ちした雰囲気を見せるリリィは、啓太の言葉に首を横に振ってこたえる。


「そう……遠慮しないで言ってね。何か欲しいものがあれば、買ってくるから」

「はい……お気遣い、感謝します……」


 ドアを押しあけながらリリィにそう声をかけるものの、啓太は内心大きく首をかしげていた。


(先輩……とにかくリリィに気を使ってやれってどういうことだろう?)


 暁と別れる直前、彼はリリィには聞こえないよう啓太の傍によって小さな声で話しながら、そんなことを口にしたのだ。

 曰く、なるたけリリィに気を使って、安心させてやれ、と。


(リリィが幽霊を怖がってるみたいだから、こういう夜は気を付けろってことかな? それとも、電話口の相手と何かリリィの話してたみたいだから、その関係かなぁ……)


 リリィに気取られないように悩みながら、寮の中へと入ってゆく。


(あ、そう言えば、結局電話の相手がだれか聞いてないや……まあ、フレイヤさんだろうけど)


 啓太はそのことに気が付いたが、空を飛んできた道路標識の存在などから大体の当たりはつけていた。

 ああいう無茶を、暁に向けてやってのける存在は、彼女位なものだろう。

 となると、暁とフレイヤはリリィに関して何かを話していたということになるが。


(なに話してたんだろう……明日、先輩に聞いてみようかな)


 そんな風に考える啓太の前に、一人の女性が現れる。


「ケイタさんにリリィ! こんな遅くまでどこへ行ってたんですか!」

「あ、メアリーさん」


 すでに私服に着替えているメアリーが、眉尻を吊り上げながらこちらに近づいてきた。

 エレベーターから出てきたところらしく、彼女の後ろでチン、と小さな音を立ててエレベーターのドアが閉じられる。

 どうも遅くまで帰ってこなかった二人を心配して、怒っているらしかった。


「あの後、会長さんを通じてリリィの話を聞いて……ああ、もう、とにかく心配したんですからね、リリィ!」

「……あ、え、メアリーさん……」


 プンスコ怒りながら近づいてきたメアリーにびっくりした様子で、リリィは軽く目を見開いてメアリーを見上げていた。


「あの、その、ごめんなさい……」

「まったくもう……いったいこんな時間まで何してたんですか?」

「えーっと……」


 啓太はメアリーの言葉に、視線をさまよわせてしまう。

 時刻は午後七時過ぎ程度。あれから、晩御飯を食べに寄り道したりしたせいで、結構な時間になってしまっている。


「そのー……先輩と一緒に、ご飯食べに行ったり、してました……」

「先輩……アカツキさんですか? ご飯って、どこに?」

「駅前の、立ち食いそば屋さんでした。僕、行ったことないって言ったら、先輩が紹介してくれて」


 タカアマノハラに入っている店の中ではかなり珍しい、個人経営の飲食店で、蕎麦一筋四十年という大ベテランの蕎麦職人の店らしく、リーズナブルな値段から、暁は割と頻繁に利用しているらしいとのことだった。


「リリィも日本の蕎麦は食べたことないって、言って……それで、一緒に」

「蕎麦……そう言えば、何件かありましたね」


 メアリーは啓太の言葉に納得したようだが、それでも怒りは収まらないらしい。


「……けれど、それはこんな時間まで出歩く理由にはならないでしょう!? つい最近も、夜半過ぎに動く犯罪者が現れたのに……リリィ、あなたには警戒が足りません!」


 メアリーの言葉に、リリィは肩をすくませる。


「ご、ごめんなさい、メアリーさん……」

「いーえ、許しません! きちんと理解するまで、今日はお説教です! 私の部屋にいらっしゃい!」

「あ、あう……」


 手を握られ、そのまま強引に連れて行かれるリリィ。

 涙目でメアリーを見、啓太を見つめる。

 まるで助けを求められているかのようなその視線に耐え切れず、啓太はメアリーに声をかけようとする。


「あ、あのー、メアリーさん? もうそんなもんで……」

「ケイタさんは黙っててください!」

「はいすいません」


 ぴしゃりと遮るように言われて、思わず首を垂れる啓太。

 メアリーはリリィの背中を押すような体勢に移行しつつ、ぐいぐいとリリィをエレベーターへと押し込んでいく。


「さあ、今日はみっちり行きますからね! 騎士団の訓戒から、レディとしての教育、たくさんありますよ!」

「は、はいぃ……」


 涙声でそう呟くリリィの背中に回りながら、メアリーはエレベーターを起動させる。


「ああ、リリィ……」


 リリィがかわいそうになって、何とか最後に声をかけてあげようとする啓太だったが、それはメアリーに止められた。


「シー……」


 リリィに気が付かれないように、啓太にだけわかるように口元に指を当てるジェスチャーをするメアリーの顔は、どことなく優しげな雰囲気で、啓太を安心させるように微笑んでいた。

 そして口だけを動かして、啓太にこういって見せた。


・・・・・・・・・・(大丈夫。本当に叱った)・・・・・・・(りしませんから)

「あ……は、はぁ……」


 思わず曖昧に頷く啓太。

 そんな彼の様子と、メアリーが動く気配を不審に思ったのか、リリィがメアリーを見上げる。


「あの、メアリーさん……」

「なんですか、リリィ」


 一瞬で怒りの仮面をかぶり、リリィを見下ろすメアリー。

 さっきまで啓太に向けていたのとは異なる表情だ。

 リリィはそんなメアリーに怯えて、また俯いてしまう。


「い、いえ、なんでも……」

「まったく……」


 リリィにわざと聞こえるように呟きながらも、朗らかに啓太に向かって手を振って見せるメアリー。

 そんな彼女の仮面のかぶりっぷりに恐れおののきながらも、啓太は一応手を振りかえしておく。

 やがてエレベーターの扉が閉じ、二人の姿が見えなくなったのを確認してから、啓太は大きなため息をついた。


「メアリーさんって、案外怖い人だなぁ……」


 怒ると怖いとかではなく、ああいう行動が。

 啓太は呟きながら、女子寮を出ていく。

 啓太が現在暮らしている男子寮は、女子寮のすぐ隣に存在する。

 タカアマノハラには敷地の余裕があまりないため、致し方なくこうなったらしい。

 ただ、今回のように送っていってあげる場合には帰りが楽なので、啓太としてはありがたい限りだ。

 男子寮の鍵を開け、中に入った啓太に、また声がかけられる。


「あーら啓太ちゃん。今お帰りー?」


 野太い猫なで声を聞いて、啓太はびくりと体を震わせる。

 ゆっくりと声のする方へと振り返ると、ニヤニヤといやらしく笑う無精ひげの男がこちらを見つめていた。


「ど、どうも……北原さん……」

「なーんだよぅ。啓太ちゃんにそんな顔されると、おっさん、かーなーしーいー」


 そう言いながら北原はくねくねと体をゆする。彼はいい年したおっさんなので、かなり気色の悪い動作である。

 彼はこの寮の寮長を務めている警備隊の人間だ。常に監視の目を光らせ、生徒たちが不純異性交遊に走らぬかどうか見張るのが彼の役目……なのだが。

 その実態は、むしろ学生たちをたきつけてそう言う行為に走らせるという、給料泥棒もいいところなダメ親父だった。


「それでどしたのよ、啓太ちゃん? 今日は遅いお帰りじゃない。ついにコレができたの? コ・レ・が」


 そう言いながら、小指を立てる北原。古いスラングであるが、啓太も一応知っていた。


「……違いますよ。先輩がまたケンカして……その関係で少し遅くなったんですよ」


 首を横に振りながら、余目用意しておいた答えを口にする。

 啓太はどうにもこの北原という男が苦手だった。

 名目上とはいえ寮長なので、この寮の監督にあたるのだが……。


「なんだそうなのかよ。つまんねー」


 北原はそんなことを言いながらぐてーっと体を寮長室とつながっているカウンターの上に横たえ、傍に置いてあった雑誌をパラパラとめくった。

 啓太にもちらりと見えたが、妙に肌色面積の多い写真が載っていることだけ窺える。


「いかんよー、青少年。もっとエロいことを覚えていかねば。そうでないと、いざって時につまんねーぞー。というわけで、どう? 一冊」

「ほっといてください! 北原さんが……その、そう言う方向に走りすぎなんです! あといりませんよそんな物!!」


 案の定、いわゆる水着グラビアの写真集だった。

 ムチムチとした色気満載のグラビア嬢の載った表紙を向けられ、思わず啓太は真っ赤な顔を明後日の方向に逸らして怒鳴る。

 この北原という男、隙あらばそう言う話題をこちらに吹っかけ、反応を見て楽しんでいる節があるのだ。

 大半の男子学生は、一緒になって騒いだり、あるいはこっそりお世話になったりしているようだが……。


「と、とにかく! 特別なことはなにもありませんでした!!」


 そう叫びながら、啓太は早足でエントランスホールを抜けようとする。

 そう言うことにあまり耐性のない啓太にとって、その手の話題はノリ辛いというか、とにかく気恥ずかしい。うまい躱し方もわからないので、とにかく急いでその場を離れることしかできない。

 そんな啓太の姿が北原は面白くて仕方ないのか、姿を見かければとにかく啓太を弄ろうと先ほどのような行為をせっせと行ってくるのだ。

 おかげですっかり啓太は北原が苦手な人間となってしまった。西岡とは別の方向で面倒見はいいので、悪い人ではないのだが……。

 エレベーターに備えられたスリットに学生証を通し、エレベーターを待つ啓太。

 そんな彼の背中に、北原の声がかかる。


「そーいえばさー、啓太ちゃーん」

「……なんですか。あと、ちゃん付けはやめてください」


 北原の挑発に乗らないように、わざと固い声を出す啓太。

 だが、そんな彼の防御を、あっさり北原は打ち破る。


「隣歩いてた子可愛かったねー」

「え」

「なんていうか、お人形見たいっていうかー。スゲェ綺麗な金髪でさー。あれは将来が楽しみだねー」


 思わず振り返ってしまう啓太。

 ニヤニヤと笑ってこっちを見つめている北原と、ばっちり目が合ってしまった。


「……で? どうなのよ啓太ちゃん? あの子狙ってんの?」

「ね、狙うって……」

「初心だねー。あの子と良い仲になりたいのかって聞いてんの!!」


 口ごもる啓太を見て、水を得たのか、息の良い魚のごとく飛び上がりながら北原が言葉を重ねてくる。


「ちゅーしたくね!? ああいうお人形みたいなこと! いいことしたくねー!?」

「な、何言ってるんですかあなたは!?」


 ニュー、とタコのごとく唇をつきだす北原に、顔を真っ赤にした啓太は叫び声を叩き付ける。

 だが、その程度では北原は怯まない。さらに変なことを言い出す。


「いいよなー! いい匂いすんだろうなー! ×××したりしたらスゲェ気持ちいいんだろうなー!」

「な、な、な……!!」


 決定的な猥語を突き付けられ、啓太の顔がこれ以上なく赤くなる。


「何言ってるんですかこのセクハラおやじー!!!!」


 啓太は泣きそうな声でそう叫んで、ちょうど良いタイミングで降りてきたエレベーターへと逃げ込んだ。

 早く閉まれと祈りを捧げてドアの開閉ボタンをひたすら連打する啓太に、北原は追い討ちの一言をかけた。


「おっさんは応援してるぞー! がんばれ青少年!」

「うすらやかましいんですよぉ!!」


 扉が閉まる寸前にそう叫び返す啓太。

 そのまま目的の回へと上がり始めるエレベーターの中で、ずるずると崩れ落ちた。


「あああ、もぉぉぉ………」


 真っ赤な顔を手のひらで覆い、瞳を閉じる。

 すると、さっきまで隣にいたリリィの姿と、彼女の物だろうか、微かな甘い匂いが脳裏に思い出された。


「う、ううぅぅぅ……」


 呻きながら、啓太はエレベーターの天井を見上げてポツリと呟いた。


「……明日、リリィに会った時、どんな顔すればいいんだよぉ……」


 その言葉は、割と切実な思いが込められていたのだった。




 真面目なおっさんもいれば、こういうふざけたおっさんもいるよね!

 まあ、そんな出番ないと思いますが。そんなあっても困りますし。

 以下、次回ー。

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