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Scene.26「英国のフレイヤ・レッドグレイブか?」

 暁は電話のディスプレイを見なかったが、誰がかけてきたのかの察しはついていた。


「いきなり何しやがるクソアマ。殺す気か」


 開口一番の暁の言葉に帰って来たのは、涼やかな少女の声だった。


『あら、失礼。いつまでたってもベ○ードさまからの天誅が下らないようでしたので、代わりに私が道路標識を降らせて差し上げました。感謝してもよくてよ?』

「ぶち殺すぞ。だいたい、一歳しか違わねぇじゃねぇか」

『いやねぇアカツキさんてば……見た目が幼ければロリとみなされる風潮のお国にお住まいですのに、そんなことおっしゃいますの? まさか合法ロリ? 合法ロリがストライクゾーンですの? 私、真っ当な人類としてそれはどうかと思いますわよ?』


 ヲホホホー、といういやに耳に残る笑い声が上がり、暁のこめかみに青筋が立つ。

 傍目から見てもフラストレーションが溜まっているのがわかる。

 苛立たしげに舌打ちしながら、暁は電話の主へと問いかけた。


「……で? この道路標識はどうすりゃいい? お望みなら、テメェの脳天に直返品してやってもいいんだぞ、フレイヤ・レッドグレイブ」

『気にしなくて結構よ、アラガミ・アカツキ。それは私があなたに差し上げた物……せいぜい大事に使ってちょうだいな』


 電話の主、フレイヤ・レッドグレイブは朗らかな声でそうのたまった。

 暁は電話をかけながら、サイコキネシスで地面から道路標識を抜き取る。

 見るに、まだ新しい標識だ。風雨にさらされた貫禄の様なものが見られない。

 そしてよく見ると、先の方が鋭く尖っている。特別へし折ったような形跡がなかった。むしろ初めからそう設計されているように見える。


「なにこれ。特注か?」

『ええ。こう、距離がありますと、あなたへ一撃見舞うのも苦労するものだから。これなら私でも、ピンポイントであなたを狙えましてよ?』

「一度病院に行って来い。外科じゃなくて精神科に」


 フレイヤの言葉に暁はため息をつきながら、片手で持って振り回してみせる。もちろん、サイコキネシスでの保持を忘れない。

 なかなか奇跡的な重心だ。武器として使っても、十分通用しそうである。

 おそらく設計からして普通の道路標識とは別物だろう。それを悟って暁はまたため息をついた。


「ありがとうよ。そのうちお礼参りに行ってやらぁな」

『ええ。首を長くして、待っているわ。アラガミ・アカツキ』


 暁の呆れ声に、本当に楽しそうにフレイヤはそう言ってみせる。

 彼女にしてみれば、友人を呼び出すのに手紙を送った……その程度の認識なのだ。

 何かにつけ、暁の元にこういった凶器を飛ばし、その都度自分持ちで交通費をだし、暁を招き直接対決に臨む。そうして、かつて自身が受けた汚名を雪ぐ機会をうかがっているのだ。

 だがまあ、そんなものに真っ当に取り合う暁でもない。以前戦った際は、政府と研三から報奨金が出たからなのであって、彼が目指す先にフレイヤの姿はないのだ。

 そんな彼の辟易した顔から、西岡は道路標識を飛ばした主を悟った。


「……なんだ、英国のフレイヤ・レッドグレイブか?」

「ああ。どうせ、いつものことだろうさ」


 西岡に頷きながら、暁は意識を切り替える。

 何かあれば攻撃的なアプローチを繰り返すフレイヤだが、何もないのに攻撃を仕掛けることはない。あくまでこういった攻撃はついでであって、常に主目的が存在するのが彼女なのだ。

 道路標識を肩で担ぎながら、暁は電話の向こうのフレイヤに問いかける。


「……で? 今回は何の用だ?」

『もちろん、不埒な若者に天に変わって天誅を下すため……』

「それはもういい」


 暁がバッサリ切り捨てると、フレイヤがつまらなさそうな声を上げた。


『もう。せっかく淑女が勇気を出して電話したというのに……その反応はなに? もう少し、楽しませていただいてもよくてよ?』

「やかましいんじゃ、アーパー女。テメェのわがまま聞くつもりは一マイクロミリもねぇんだよ。ようがねぇなら切るぞ」


 そう言って体から携帯電話を離す暁。

 現地からサイコキネシスのソナーでこちらの様子を窺っているらしいフレイヤは、慌てて本題を切り出した。


『今日、そちらに電話をしたのはほかでもない、リリィのことでよ』

「……リリィのことで?」


 暁にサイコキネシスで投げ飛ばされたせいで、啓太と折り重なるように気絶しているリリィを見て、暁は首をかしげる。


「なんだ。何かあったのか?」

『今しがたナニかありそうになったばかりじゃない。そのことに関してよ』


 ナニ、といわれて顔をしかめる暁に、フレイヤは言葉を続けた。


『会長からの電話で聞いたのだけれど……幽霊の話をしたようね』

「ああ、流れでな。……何かあったのか?」


 リリィの尋常でない怯え方を思い出す暁の耳に、フレイヤの慎重な声が聞こえてくる。


『……本来なら、こういうプライベートなことを他人が話すべきではないのだけれど……教えておくわ。リリィの両親は、幽霊屋敷に食い殺されたのよ』

「なんだと?」


 うめき声を上げながら起き上るリリィと啓太を横目で見ながら、暁は口早にフレイヤへと問いかけた。


「それが、リリィのトラウマってわけか?」

『リリィの執着ともいえるわね。かつて、ロンドン郊外に格安で売り出された曰くつきの屋敷があった。リリィの両親はすぐさまそれに飛びついて、まだ幼かったリリィと一緒に屋敷へと移り住んだ』


 暁は黙ってフレイヤの言葉に耳を傾ける。

 西岡はそんな暁の様子を黙って見守り、啓太とリリィは不思議そうに暁の背中を見つめていた。


『移り住み始めて数日のうちは、まだ平和だったようだけれど、ある日惨劇は起きた……。近隣住民の通報で駆け付けた当時の騎士団の方々が見た者は、シャンデリアによって押しつぶされたリリィの母親、クローゼットの前で首もなく体を横たえていたリリィの父親……そしてクローゼットの中に隠されていた、自分の父親の首を抱きかかえていたリリィの姿だったそうよ』

「……ポルターガイストか」


 フレイヤの話から、おおよその当たりをつけ暁はそう呟く。

 死者が生み出す怨念から発生する異能としては、最もポピュラーなものだ。早い話が、サイコキネシスの幽霊版である。

 多くのポルターガイストは家屋を憑代として発生するため、家そのものが危険といえる現象だが、家さえ潰せれば発生はしなくなるので、比較的対処は容易い怨霊といえる。

 暁の口にした言葉が聞こえたのか、リリィがびくりと体を震わせる。

 啓太はそんな彼女の肩を抱き、突然彼女を怯えさせた暁を睨みつける。


「先輩、急に変なこと言わないでください! 誰なんですか、相手は?」

「ちょっと待ってろ」


 暁は啓太の質問に答えることなくそう言い放って、リリィに会話の内容が聞こえないように距離を離した。


「……それがきっかけでリリィの奴は幽霊にトラウマを抱えるようになったと?」

『ええ。無理もないわ……目の前で両親が惨殺されてしまったのだもの。幼かったリリィに耐えられるわけがないわ……』

「それは分かったが……執着ってのはどういうことだ」


 暁は、先ほど引っかかった言葉を口にする。

 トラウマはまだわかるが、執着するとはいったい何のことなのか。両親の死に執着しているとでも言うのか。


『そのことなのだけれど……リリィが保護されてから数年後、彼女は異能を発現したわ』

突撃する傘槍(チャージ・パラソル)か」

『ええ。そのことをきっかけに、リリィは強さに固執するようになったのよ』


 そう言って、フレイヤは小さくため息をついた。


『あの時、自分にこの力があれば両親を守れたのに……と思うようになってしまったのね。幼い身には過ぎた力に幻想を抱くようになったの』

「……テメェの周辺をうろついてるみたいなこと言ってるが、だからか?」

『ええ。目を離すと、無理にでも大人の訓練に混ざろうとするから……私が訓練するという名目で、傍に置いていたのよ』


 フレイヤの言葉に、暁は納得がいったように頷いた。

 確かにリリィの異能は強力だが、それを利用した戦闘法という意味では、この異界学園でも下から数えた方が早い程度の実力しか持たない。

 そんな彼女が、英国でも最強の実力の持ち主のフレイヤの傍にいられるのが疑問であったが、フレイヤの傍にいたのではなく、フレイヤが傍に置いていたというわけだ。


『私が傍にいることで、それなりに落ち着いていたけれど、やはりずっとそのままというわけにはいかないわ。どうにかしないとと考えていたのだけれど、そんなときに異界学園への留学の話が持ち上がったのよ』

「リリィがこっちに来たのはだからか」

『ええ。一人でも、同年代の友人が増えれば、リリィも少しは落ち着くようになるかと思ってね』


 フレイヤの声には、母が子を案ずるような響きがあった。

 おそらく、フレイヤは本気でリリィの心配をしているのだろう。彼女は、愛深い女性だ。その愛の強さ故に、周りが見えない時もあるが、それこそが彼女の原動力ともいえる。

 暁はそんなフレイヤにはっきりとこう答えた。


「なら心配すんな。少なくとも一人、リリィのことを真剣に案じてる奴がいるからよ」


 そう言って、横目でリリィの方を窺う。

 微かにおびえるリリィを庇うように、啓太が彼女の前に立っていた。

 暁の方を睨み、その会話に全霊を傾け、リリィが怯えないように注意を払っているのが窺える。

 そんな啓太を見ながら、暁は笑った。

 なにも心配することはないというように。


「強さに固執するのは変わってねぇが……そう言うのはゆっくり治していくもんだ。違うか?」

『……いえ、違わないわね』


 暁の言葉の力強さに、フレイヤも安心したように笑い声をあげた。

 微かなものであったが、少なくとも彼女はそれで十分だと思ったようだ。


『……ともあれ、リリィの事、よろしくお願いするわ』

「ああ。心配しなくても、俺が鍛えておいてやるよ」

『それはなるべくなら遠慮していただきたいところだけれど……ああ、忘れるところだった』


 フレイヤは何かを思い出したのか、急にこんなことを問い始める。


『そう言えば、タカアマノハラの中央塔へ侵入者があったらしいのだけれど……』

「耳が早いな。それがどうした?」

『どうやらそれ、この間の侵入者騒ぎと同じ組織の犯行っぽいわ』

「ほう……?」


 暁は目を細める。

 二度にわたっての侵入騒ぎ。その火元が同じ場所からだというのであれば……。


「本気でここを狙ってる連中がいるってわけか……?」

『ええ。注意した方がいいわ。あなたは私が殺すのだし……リリィは可愛い妹分。傷つけられては困るわ』

「フン、言ってろ。それじゃあな」

『ええ。次は直に会いましょう』

「断る」


 暁は大きく鼻を鳴らしながら、携帯電話を切る。

 そうして携帯電話を仕舞い、啓太とリリィの方へと向き直った。


「オラお前ら。いつまでも抱き合ってねぇで、さっさと帰るぞ」

「抱き合ってるとか変なこと言わないでください!! ほら、リリィ、立てる?」

「あ、はい……」


 啓太の言葉に、リリィが頼りなく立ち上がる。トラウマを抉られた衝撃はまだ抜けないようだ。

 啓太はそんなリリィを気遣うように支える。……どうやら、電話の話は聞こえていなかったようだ。


(後で軽く教えてやるとするか)


 そう決めて、歩き始めた二人を追う暁の背中に、西岡が声をかける。


「暁!」

「んー?」


 振り返る暁に、西岡は何と声をかけるか迷う。彼は暁の言葉を聞いていたのだ。

 しばし唸り声を上げていた西岡だったが、結局思いつかなかったのか、手を振り始めた。


「……気を付けて、帰れよ」

「ああ。おっさんも、気を付けろよな」


 暁は西岡にそう言って、夜の街を歩き始めるのだった。




 ややきな臭い話は余所に、リリィの過去が明らかに!

 啓太は暁の言葉に応えられるのか!?

 以下次回ー。

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