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Scene.25「私、強くなりたいんです……!」

「何度言ったらわかるんだお前は!? ああいう手合いに出会ったら、まず警備隊に連絡しろといっているだろうが!!」

「正当防衛のはずなのに説教される。なんという理不尽」

「お前の場合は、どうあがいても過剰防衛だろうが!!」


 ナイフに貫かれた手の治療を受けながら黄昏る暁に向かって、西岡の怒号が響き渡る。

 あの後、駆け付けた西岡によって暁は取り押さえられ、そのまま最寄りの警備隊詰所へと引きずられて、こんこんと説教を喰らっていた。

 件の不良たちは暁がひたすら殴り続けていた男がどうやらリーダー格だったらしく、「もう二度と来ません。改心します。反省してます」とひたすら泣き叫びながら、リーダーを担いでそのまま逃げるようにタカアマノハラを後にしていった。おそらくもう二度とここにはよるまい。


「まあまあ、西岡さん。暁君が前に出てくれなきゃ、一緒に居た子たちが危ない目にあってたかもしれないんでしょ?」


 暁の傷を縫ってやりながら、警備隊の一員である東は苦笑しながら西岡にとりなそうとする。

 荒事の絶えない警備隊には珍しい女性隊員で、医療資格を持つ看護係だ。

 今日は休暇だったのだが、暁の流血を見て泡を食った西岡が大慌てで読んでしまい、彼女もそれに応じて今に至る。


「暁君がいてくれて、むしろラッキーだったじゃないですか? ね?」

「まあ、状況を聞けば逃げられるような場合ではなかったようだが……その後が問題だろうが」


 東の言葉にため息をつきながら、西岡は相手の負傷具合を思い出す。

 西岡が現場に着いた時にはすでに意識不明で、顔面も骨折してるんじゃないかという腫れ具合だった。

 おそらく、訴えられたら勝てないだろう。十中八九、あの場にいた誰もが暁が加害者であったと証言するだろうし。

 再び、西岡はため息をつく。


「……とにかく、もしもの時は覚悟しておけ。俺も、精一杯の弁護はしてやるが」

「オッス。おっさんの迷惑にならない程度に覚悟しとくよ」

「ガラの悪い子供の世話は迷惑じゃない。心配するな」

「何かある前提で話すのもどうなんですか」


 西岡と暁の会話に苦笑しながらも、東は暁の手に包帯を巻き終える。


「……さて、とりあえずこれで終わりだよ、暁君。綺麗に貫通してたから、傷は残らないと思うけれど、しばらく痛むよ。痛み止めはいる?」

「いや、いいや。薬たけぇし」

「お金なんかとらないよ」


 さっそく治療の終わった手を握ったり開いたりして具合を確かめている暁の言葉に、東は苦笑を深めた。

 そして応急セットを片付け、立ち上がる。


「……さて、と。じゃあ、私は帰りますね、西岡さん」

「ああ。すまなかったな、東。休んでるところ呼び出したりして」

「いいんですよ、西岡さん。どうせ、暇だったんですし」


 西岡の言葉に、東は笑顔を返しそのまま警備隊詰所を出て行った。


「じゃあ、また明日。暁君? くれぐれも無茶はしないでね?」

「オッス。前向きに善処します」

「それは無茶をする人の言葉だよ」


 暁の返しに苦笑しながら、東の姿は見えなくなった。

 彼女の背中をぼんやりと見送りながら、暁がぼそりと呟く。


「……どうでもいいけど、東さん、西岡のおっさんの要請にはすぐ応えるよな」

「何が言いたい」

「いや、べつに」


 何かを勘ぐるような暁の言葉に、西岡は眼光鋭く睨みつけるが、暁は口笛を吹きながら明後日の方向を見る。

 しばらく暁を睨みつけていた西岡だが、すぐにため息をついて視線を伏せる。


「……まあ、いい。今日のところはもう帰っていいぞ。お前も一応怪我をしてるし、報告書にはやむを得ず応戦と書いておいてやるから」

「ありがとう、おっさん。アイシテルヨー」

「やめんか気色悪い」


 白々しい暁の物言いを受け、西岡はまたため息をついた。

 そして、外へと出て行こうとする暁の背中に、一言声をかけてやった。


「あの二人にもよろしく言っておいてくれ。特に、あの金髪の子にはな」

「なんでリリィに? おっさんそう言う趣味?」

「張り倒すぞ」


 暁を睨みつけながら、西岡は暁を捕縛した瞬間のリリィの表情を思い出してこう口にする。

 暁を見る、彼女の顔は――


「なにか……ひどく傷ついていたように見える。啓太君も一緒だから、そこまで心配いらんかもしれんが……お前からも気を付けてやれ」

「んー? あいつが?」


 西岡の言葉に眉根を寄せながらも、暁はとりあえず頷いておく。


「まあ、わかったわ。古金がいるなら、俺の出番なんぞねぇだろうが、頭の隅っこにはおいとく」

「それで構わん。それじゃあ、気を付けて帰れよ」

「んー。おっさんもお勤め頑張ってねー」


 暁はひらひらと片手を振りながら警備隊詰所を後にする。

 時刻は午後六時半。太陽はすっかり傾き、夜の帳が降り始める時刻だ。

 暁は携帯電話を取り出しながら、少し考える。


「んー……とりあえず古金に合流するか? もう帰ってるかもしれねぇが……」

「先輩!」

「を?」


 携帯電話を弄びながら思案する暁に声をかけるものが一人。

 誰あろう、これから探そうかと思っていた啓太その人であった。

 警備隊詰所の前で待っていたのか、手には缶ジュースが握られていた。


「やっとお説教終わったんですね! よかったぁ……」

「まあ、そうだけど。お前なんでここにいるんだよ。帰っていいと言ったろうが」


 どうせ西岡の説教が長くなるだろうと考えて、啓太とリリィの二人には帰るように言っておいたのだ。

 西岡も、二人が被害者だという暁の言葉を信用し、二人に関してはそのまま解散しても構わないと言っていた。

 だが、そんな暁の言葉に、啓太は不満を募らせるように頬を膨らませた。


「何言ってるんですか、先輩。せっかく三人で商店街に遊びに来たんだから、先輩も一緒じゃなきゃダメに決まってるじゃないですか」

「……そう言う話だっけか」


 あまりにもまっすぐな啓太の言葉に、ふざけてついていっただけの暁は鼻白む。

 まさかそう言う認識だとは思わなかった。やることもなく暇だったから、弄り回すつもりでついていったというのに。

 あわよくば、あの手の連中に絡まれれば、刺激的に立ち回れるかも、という期待も少なくなかった。

 そんな彼の内心に気付かないまま、啓太は小首を傾げた。


「先輩? どうかしたんですか?」

「いや、なんでもねぇ」


 暁は誤魔化すように首を振り、啓太と一緒に居たはずの少女の姿を探す。


「ところで、リリィはどうした? さすがに帰ったか?」

「ああ、彼女ならそこにいますよ」


 啓太はそう言って、自動販売機の傍のベンチを指差す。

 よく見れば、確かにそこにはリリィが腰かけていた。手に握っているのは、ホットココアだろうか。

 啓太はリリィの傍へと駈け寄り、笑顔で申し訳なさそうに謝った。


「リリィ! ごめんね、僕に付きあわせちゃって」

「いえ、いいんです。私も、彼に言いたいことがありましたから」


 リリィは啓太の言葉に、首を振って答える。

 暁も近づいて、鷹揚に手を上げながらリリィに声をかける。


「おう。悪かったな、待たせて。帰ってもよかったんだぜ?」

「気にしないでください。私が、自分で待ったんですから」


 リリィはそう言いながら立ち上がり、暁をまっすぐに見つめる。


「アラガミ・アカツキ……いえ、アカツキさん」

「はいよ」


 自らのことを敬称で呼ばれ、微かに目を見開く暁。

 リリィはそんな暁の様子に気付いてか気付かずか、ゆっくりと頭を下げた。


「今日は、本当にありがとうございました。あなたが対処してくれなければ、私は罪を犯すところでした」

「あー……まあ、気にすんな。俺が勝手にやったことだからよ」


 リリィの素直な謝礼を受けて、なんとなく居心地の悪さを感じて頬を掻く暁。

 まさかケンカしたかったからちょうどよかったとは言えない。

 その次に何と声をかけるか迷い、視線をうろうろさせ。


「――ああいう輩は存外多いもんだ。お前も、今後は変に絡まれないように気を付けて立ち回りな」


 結局無難な注意を口にすることにした。

 そう言って、自分も何か飲むかと暁は自販機の方へと振り返る。


「まあ、お前さんの場合は、迷わず逃げろ。異能の力なしじゃ、さすがに大の男にゃ叶わねぇだろ」


 何を呑もうかと品定めを始める暁は気が付かなかったが、リリィの体が微かに揺れる。

 まるで、体の中に溜めた怒りを来れるように。

 それに気が付いた啓太が、心配そうにリリィに声をかけた。


「リリィ、どうしたの……?」


 だが、リリィは啓太の声に言葉を返すことなく、一歩暁に近づいた。


「……アカツキさん」

「んー? なんだよ」


 ようやく何を呑むか品定めした暁が自販機に金を投入しようとしたとき、リリィが暁の腰に縋りついた。


「――アカツキさん!!」

「ぬぁ!? なにしやがるこのガキ!」


 思わず声を荒げる暁を見上げて、リリィが涙目でこう叫んだ。


「私を……私をもっと強くしてください!!」

「……はい?」

「私、強くなりたいんです……! 異能だけじゃない、肉体的にも、精神的にも!!」


 いったい何を触発されたのか、そんなことを叫びながら、暁に縋りつくリリィ。

 揺れる瞳からはやがて涙が溢れだし、ボロボロと雫となって零れていった。


「私、悔しいんです……! ロンドンでも、こっちでも、私は誰かに守られてばかりで……! 私も、誰かを守りたいのに、守られてばかりで……!」

「お、おい、まて! 引っ張るな、引きずるな!!」


 リリィが縋りついている暁のズボンが、リリィの力でぐいぐい引っ張られる。

 おかげで、少し下着が見えてきていた。何とも嬉しくない光景である。


「リ、リリィ? 少し、落ち着こうか? ね?」


 さりげなく公然わいせつの危機に陥る暁に助け舟を出そうと啓太がゆっくり近づくが、リリィはそれには気付かずにさらに強い力で暁のズボンを引っ張る。


「私、わたしどうしたらいんですか!? どうしたら強くなれますか!! 強くなるためなら、私、何でもしますからぁ!!」

「だぁぁぁ!! やめろ! 引っ張るんじゃねぇよ! ズボンが伸びるっつぅの!!」

「わー!! リリィストップ! そのままじゃ先輩、もう一度警備隊のお世話になっちゃうからぁ!!」


 リリィはさらに力強く暁のズボンを引っ張る。

 あわや暁の下半身が往来に曝け出されようとした瞬間、暁は強い殺気を感じる。

 天空から降り注ぐ、鋭い槍のような殺気だ。


「二人ともあぶねぇ!!」

「え? うわぁ!?」

「きゃぁ!?」


 サイコキネシスで二人の体を遠くへと飛ばし、自身も回避行動をとる。

 次の瞬間、空から何かが舞い降りた。


「おおおぉぉぉぉ!!!!」


 回避行動をとりながら、空から舞い降りた何かが撒き散らそうとする衝撃波を、自身のサイコキネシスで抑え込む暁。

 空間が歪むような轟音と共に、空から降ってきた何かがタカアマノハラの地面へと突き刺さった。


「なんだ!? 何事だ!?」


 突然の出来事に、詰所の中から西岡が飛び出してくる。

 しばらくは、落着した何かが巻き上げた土煙のせいで前が見えなかったが、やがて突き刺さった物の正体を西岡も知った。


「………………なんだ、これは? 標識か……?」


 詰所の前に突き立っていたのは、赤く塗られた円の中心にまっすぐ横棒の白線が引かれた……車両通行禁止の道路標識だった。

 暁はズボンを直しつつ、立ち上がり。


 Pirrrrr――


 突然なりだした自分の携帯電話を取り出して、耳にあてた。




 空から道路標識が降り注ぐ!!

 この世界だと割と普通のことです。特に暁の周辺ですと。

 以下次回ー。

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