Scene.23「暁先生の異能科学論講座にようこそ!」
「あかつきせんせいのー」
「いのうかがくろんこうざー!」
わーっ!という歓声と共に、安っぽいラジカセから軽妙な音楽が流れ始める。
ちゃんちゃかちゃー、とラジカセが音を吐き出すのをBGMに、ホワイトボードの裏から白衣を着た暁がなんか笑顔で姿を現した。
「やあみんな! 暁先生の異能科学論講座にようこそ!」
しかも笑顔のままそんなことをのたまう暁。根本的におかしかった。しかしおかしいのは暁だけではない。
その両脇に控える美咲とつぼみも相当おかしい。
どちらも黄色い園児坊に、青色のスモックを着ている。もちろん下に制服を着てはいるが、サイズが合わないせいで妙な背徳感が醸し出されている。
が、残念なことにここにそれらの事にツッコミを入れられる人物はいなかった。
いるのは事の次第についてこれないメアリーと啓太。そして逃げ出さないように椅子に縛り付けられたリリィの三人だけだった。ちなみに会長はホワイトボードの裏で、黒子のマスクをかぶって待機している。
こうして観客先の三人を置いてけぼりに、暁先生の異能科学論講座は一方的に始まってしまった。
「ねーせんせー! 異能科学論が発達したこのご時世に、幽霊なんて超非科学的な存在はいないよねー!」
「そうです幽霊なんていないんです、いるとしたら頭のおかしい浮浪者位なんです」
美咲の質問に同調するように、リリィが虚ろな眼差しでぶつぶつと呟いている。
だが、暁はそんなリリィの希望をバッサリ切り捨てる。
「いいや、残念ながら幽霊はいるんだなぁ」
「えー、ほんとにー?」
つぼみがどこまでも棒読みな口調で事の真偽を疑う。
「幽霊なんていないって、おとーさんもおかーさんもいってたよー」
「ほんとに幽霊なんているのー?」
「ああ、いるとも! 異能科学論は、魂の存在を証明する学問! 皆が異能を学べるようになったのと同じように、幽霊の存在も証明してしまったんだよ!」
「……ハウッ」
暁の言葉に瀕死寸前のリリィ。
一人の少女が危篤状態に陥りかけているが、それすら構わず暁は言葉を続けた。
「みんなの中にもある魂。それが異能の力を使うための原動力なんだけれど、幽霊はその魂がひとりでに動いている状態を差すんだ! 原因はいろいろあるけど、一番多い原因は、人間が若くして死んじゃった場合かな! 普通に天寿を全うした場合は、魂は残らず消耗されると言われているよ!」
「じゃあ、おじいちゃんやおばあちゃんには会えないんですねー! 美咲残念だなー!」
「今も世界に残っている幽霊とは、お話しできるんですかー?」
美咲の寒い演技の後に続いたつぼみの質問に、暁は首を横に振ってこたえた。
「それが残念なことに、意思疎通はほとんどできないんだ。大抵の幽霊は、ハコニワ型の異能として勝手に動き回ってるだけだから、幽霊はみんなが思ってるような、意志を持つ存在じゃないんだよ。言ってしまえば自立起動型の異能かな? 条件さえ合えば、勝手に動き回っちゃうんだ!」
「えー、なにそれこわーい! なんでそんなものが存在してるんですかー?」
美咲のぶりっ子みたいな演技に合わせて大振りな動作で悲しそうな顔を作って見せる暁。どちらもなかなかの白々しさである。
「いろいろ言われているけれど、やっぱり世の中に強い未練を残して死んじゃうと、幽霊としてこの世界に残り続けちゃうみたいなんだ! そうなると、だれかれ構わず勝手に動き回る異能になっちゃってすごい迷惑だから、皆は未練を残さずさっぱり死のうね!」
「はーい!」
元気な返事を返す美咲と、ヘロヘロと手を上げるつぼみ。なかなかいい対比である。
「あかつきせんせー。それじゃあ、世界に残った幽霊は、危険な存在なんですかー?」
「うん、そうなんだ! 制御の聞いていないハコニワ型の異能ほど危険なものもないからね! 怪我をするだけならまだしも、最悪その異能が形成する世界の中に飲み込まれて帰ってこれなくなっちゃうよ! 皆も気を付けてね!」
ラジカセから流れる音楽が唐突に切れ、今度はなんというか、エンディングテーマ的なものが流れ始める。
それに合わせて、暁たちも手を振り始める。どうやら本当にエンディングテーマらしかった。
「はーい! それじゃあ、皆! 暁先生の異能講座!」
「これにて、しゅーりょー」
「「「まったねー!」」」
元気の良い三人の声が、どこまでもむなしく生徒会室の中に響き渡った。
観客である、いろんな意味で取り残された三人は、パラパラと小さく拍手をするので精いっぱいであった。
「……で、なんだったんですかさっきの茶番劇は」
「お前たまに言うこときついね」
真っ先に金縛りから解放された啓太からの刺々しい言葉に、暁はいつもの気だるげな表情を取り戻してから答えた。
「なにって言われりゃ、幽霊って言葉にビビッてるリリィを気遣って、小学生相手に講義するときの格好とやり方で説明してやっただけだが」
「講義って……暁先輩、そんなことしてるんですか?」
「ええ、やってますよ? 隔月くらいの間隔で。これも生徒会としての活動の一つですよ?」
自分の着ているスモックを摘まみながら美咲が答えてくれる。
彼女の言葉に、メアリーが顔をひきつらせた。
「もしかして……私も、それ着ないと駄目ですか……?」
あり得るかもしれない自身の未来に、恐怖したらしい。
そんな彼女に、美咲は笑って答えた。
「ああ、いえいえ大丈夫ですよ。もし新しい人を入れるとしたら、啓太君に女子制服を着せて“お隣のお姉さん役”として」
「僕は男です! っていうかなんで一番年下の僕が年上役なんですか!!」
「ギャップ萌えを狙ってのことだろう。心配しなくても、会長の女装姿より映えるだろ、お前なら」
「「え゛」」
暁の衝撃の一言に硬直する啓太とメアリー。
ゆっくりと会長の方へと振り向くと、黒子覆面をかぶったままの会長が元気よくサムズアップした。
……これ以上、この話題に触れないようにしよう。
「……そ、それはともかく……。幽霊って、ホントにいるんですね」
「正確には、残留魂魄による自律しているハコニワ型異能だがな。確かに存在してるぞ」
白衣を脱ぎながらの暁の言葉に、ビクンとリリィの体が飛び跳ねる。
その後静かなままと、まだ白目剥いたままなのを見るに、脊髄反射で動いただけのようだ。
講義が終わっても気絶したままのリリィを見て、啓太は静かに涙した。
「リリィ……ホントに幽霊が怖いんだね……」
「確か向こうの騎士団、ゴーストバスターズの側面も持ってたはずだが、そう言う任務の時はどうしてんだこいつ」
「英国ではそう言う事例はごく稀ですから、そもそも担当したことがないと思われます」
「そりゃ羨ましい。こっちじゃ半ば日常茶飯事だってのにな」
小さなため息をつきつつ、暁が椅子に腰かける。
そのまま長机の上に足を放り出しながら、気だるげに声を上げた。
「自律型の異能ほどめんどくせぇ存在もねぇぞー。根っこを叩きゃ停止するのは変わらんが、幽霊というか怨霊の場合は、その原因があいまいなことが多い」
「曖昧、って言いますと?」
「死体が残ってれば、その死体を基点として異能を展開してるんですけれど、それすらない場合、何を基点に動いているのか判断しづらいんですよ」
スモックを脱ぎ捨てながらの美咲の言葉に、つぼみも続いた。
「家や刀、人形……あらゆる物体に、人間の魂は宿る。特に、個人の想いが強く籠っているものを憑代とした異能は、時に第一世代にも迫るだけの力を発揮する」
「第一世代……ですか」
「ああ。怨霊の場合、異能科学論の教育を経ないで異能として目覚める形になる。考え方としては、第一世代と同じでいい」
「……そんなの、どうしたらいいんですか」
暁の言葉に、体を震わせる啓太。
仮にそう言う存在を相手にする場合、第一世代と戦うつもりで挑まねばならないということだ。
第一世代の強力さ、凶悪さは時に人知を超える。そんなものを相手取ってどう戦えばいいのか……。
そんな啓太の不安を、暁はため息とともに吹き飛ばす。
「心配すんな。第一世代っつっても、そのパワーのほとんどを現世にしがみ付くのに使っちまってる。ピンきりじゃあるが、普通に第二世代でも戦えるよ」
「そ、そうですか」
暁の言葉に、啓太は安心する。
先ほどの言葉から察するに、暁はそう言う存在との交戦経験も持っているようだ。彼の言葉であれば、信頼できるだろう。
「まあ、それでもハコニワ型だ。大抵の場合、完全にアウェイでの戦闘を強いられるからな。何の準備もなしに突っ込めば、確実に死ぬぞ」
「し、死にますか……」
安堵もつかの間、続く暁の言葉に啓太は顔を引きつらせる。
ごくりとつばを飲み込みながら、啓太は不安を言葉にする。
「そ、そこまで凶悪なんですか、怨霊の異能って……」
「怨霊の異能、というかハコニワ型がな。特定の条件下における爆発力は、ゲンショウ型の比じゃねぇ」
「私や、つぼみの異能なんかは危険性もありませんが、光葉さんのような異能もありますからねぇ。一筋縄じゃいきませんよ?」
「光葉さんの……」
知っている人物の名を上げられて、啓太は戦慄する。
確かに、そうだ。世界でも最悪と名高い、光葉の異能……“イザナギ”。特定条件下において無類の強さを発揮する、ハコニワ型の代表格でもある。
だがしかし。
「……でも、逆を言えば条件さえ整えさせなければ、相手は力を発揮できないんですよね?」
「そう言うことだな」
特定の条件で力を発揮するというのは、条件さえそろわなければ力を発揮できないことの裏返しでもある。
ならば、真っ当に相手をする必要はない。条件が整う前に、あるいは整ったとしてもその条件を排除して、敵を叩けばいい。
「……そう言うわけだ。そこまでビビる必要はねぇから起きろリリィ」
「……はっ!? 私は一体どうしたんですか!?」
「おはようリリィ」
ようやく目覚めたリリィに笑いかけ、啓太は彼女を縛っていたロープを解いてやる。
「とりあえず、帰ろうか? もう疲れたでしょ、リリィ」
「え、ええ……そうですね! 帰りましょう、そうしましょう!!」
啓太に縄をほどいてもらったリリィは、どう見ても無理してるとしか思えないような笑みを浮かべながら、立ち上がる。
そんな彼女を守るように支えながら、啓太は一直線に生徒会室のドアを目指す。
「せっかくだし、僕奢るよ。リリィがようやく一歩前進したお祝いにね」
「あ、すいません、ケイタさん……」
「俺は海底丼屋のうにいくら丼が食いてぇなぁ」
「いいですけど、お金は自分で払ってくださいよ?」
「チッ」
図々しすぎる暁にそう返しながら啓太達は外へと出て行った。
それを確認してから、美咲は隠し持っていたデジカメを取出し、自らの成果を確認してホウと恍惚のため息をつく。
「ああ……いいですねぇ。怯えるロリ美少女の顔は……これだけでご飯三杯いけます、私」
「悪趣味……」
「自慰行為はかまわないけれど、ほどほどにしておきたまえ、久遠君」
会長は黒子の覆面を外しながら、会長は至極真面目な声で美咲に警告した。
「リリィ君の怯え方……尋常ではなかった。おそらく、あれは何らかのトラウマを抱えているはずだろう」
「心を操るあなたが言うと説得力ありますねぇ。そこんとこどうなんです実際?」
「いえ、私もリリィと一緒に行動するようになって日が浅いので、詳しいことは……」
三人に置いていかれたメアリーが困ったように俯いた。
が、すぐに何かを思い出したようで顔を上げる。
「あ……。そう言えば、あの子、団長によく懐いていますから、ひょっとしたら団長が何かご存知かもしれませんね!」
「ふむ……フレイヤ・レッドグレイブ嬢が、か」
会長は顎をゆっくりと撫ぜ、携帯電話を取り出す。
「一応、お話は伺ってみようかな。英国なら、今くらいでちょうど朝ご飯の時間だろうし」
電話帳からフレイヤの電話番号を呼び出し、会長は携帯電話を耳にあてた。
コールは数回。すぐに、涼やかな声でフレイヤ・レッドグレイブを名乗る少女が電話口に出てくれるのであった。
リリィはお化けきらい。ちぃおぼえた。
次回、リリィの赤裸々な過去が明らかに! ……なるのか?
以下次回ー。