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Scene.20「燃えてんぞ」

 新上暁がいつものように学校へと投稿すると、一週間ぶりに異世駿が登校しているのを発見した。


「おう、一週間ぶりだな、駿」

「ええ、久しぶりですね、暁」


 いつものようにべったりくっつく光葉を念力で剥がしてやりつつ近づいてきた暁に、駿は短くそう返した。

 自分の席へと着きながら、暁は駿の方へと向き直る。


「どうよ検診の調子は? なんか進展あったか?」

「いえ、特別は。強いて言うなら、光葉の壁破壊記録が更新されかけたことくらいでしょうか」

「そりゃご愁傷さまだな」


 タコか何かのように影触手の先を丸めて、殴りかかるモーションを繰り返す光葉にでこピンを繰り出してやる暁。

 が、この程度で光葉はへこたれない。ゆらゆらと左右に体を揺らしながら、デンプシーロールを放とうと暁に隙を窺い始める。

 が、むしろ接近戦は暁の本領発揮であった。数分後には、荒縄で光葉の体をふん縛り、地面に転がす暁の姿が現れたとか。


「あほめ。殴り合いで俺に勝てると思うなよ?」

『呪呪呪呪……』


 うつぶせながら、自身の体を纏うロープに呪いの文字をひたすら浮かべる光葉。

 彼女の様子に肩を竦めながら、暁は自分の席に戻す。

 その後すぐに、駿は光葉のロープを焼き切ってやった。


「光葉、無理は良くありません。昨日も、核シェルターの壁を破ろうとして、さんざん苦労したじゃないですか。今日はおとなしくしていてください」

『……駿がそう言うなら』


 駿の言葉に頷き、少し瞬としながら光葉は自分の席に腰を下ろした。


「……破られなくてよかったな、核シェルター」


 駿の言葉に、暁は心底安堵する。

 外側からの攻撃を想定したものとはいえ、核シェルターである。破るとなると、当然核爆発に相当するエネルギーが必要となるだろう。光葉がそれを発揮できなくて本当によかった。

 ため息をつきつつ、暁は気になっていた話を話題にすることとする。


「そういや、中央塔に侵入者が出たんだそうだな」

「ええ。四日目の、異能訓練の際でした。俺たちのいたフロアの下に出たとかで」


 暁の言葉に頷く駿。

 返答は期待できないので、暁は質問を続ける。


「で? 結局捕まったのか?」

「いえ。結局取逃してしまったそうです。発見の警報こそなったものの、侵入者の姿をとらえた映像等は残っておらず、警報の誤報だったのではないかと疑われています」

「警報の誤報ねぇ。ありえねぇ話じゃねぇけど」


 駿の言葉に、暁は腕を組んで考える。

 中央塔の警備レベルは、世界でも指折りと言われている。

 常に最新のセキュリティデータを更新し続け、機械の目があちらこちらで監視を行っている。

 その上、監視の目はそれにとどまらず、費用に糸目をつけず警備の人間もそこかしこに配備されている。デジタルとアナログの監視網。この二つを完全に掻い潜る方法はそうそうあるまい。

 仮にテレポート系の異能者が侵入したとしても、それは逆にこちらの思うつぼだ。異界学園に住むすべての異能者が、全力でもってその侵入者を追いかけまわすことになるだろう。明言こそされていないが、今現在、異界学園こそが世界最高の戦力と言われている。

 その理由は、今暁の目の前に座っている二人の存在が大きい。


「………」


 暁が頬杖をつきながら、観察している目の前で、光葉と駿が言葉を交わしている。


『駿、私疲れちゃった……』

「ダメです光葉。そんなこと言って、保健室に行こうというのでしょう? 婚前交渉はただでさえ体力を使うのです。大事を取ってください」

『駿成分が足りないよぅ』


 などと言いながら、駿にしな垂れかかり、甘える光葉。

 ちなみに婚前交渉とはそのものずばりの行為である。幸いなことに、この二人の間に子供ができないのは医学的に証明されているものの、だとしても自重を知っていただきたいところである。

 しな垂れかかってきた光葉の体を優しく抱き留め、駿は優しい手つきで光葉の頭をゆっくりと撫でる。


「どうか自愛を覚えてください、光葉。貴方が無理をするのは、俺も悲しいのですから」

『……うん、わかった』


 駿の手を気持ちよさそうに受け入れながら光葉は頷く。

 光葉が自分の言葉を受け入れてくれたのがうれしいのか、微かに微笑みながら駿は光葉の耳元でそっと囁いた。

 甘く、蕩けるような、暖かな声色で。


「……愛していますよ、光葉」

「………!!」


 駿の言葉を受け、光葉の体がビクンビクンと震える。

 何があったのか考えるのも嫌だが、それより大事なことが起こっている。主に駿の頭に。


「……愛をささやくのはかまわねぇが、とりあえず頭はどうにかしとけ」

「頭ですか? どうしました?」

「燃えてんぞ」


 暁の指摘通り、何があったのか駿の後頭部から轟々と炎が上がっていた。

 駿は熱を感じていないようだが、今にもそこかしこに延焼を起こしそうな勢いだ。実際、天井が微かに焦げ始めている。


「おっと、すいません」


 暁の言葉でようやく自覚を持てたらしい駿が、慌てる様子もなく自身の後頭部に燃え盛っていた炎を握りつぶす。

 ボジュ、と音を立てて炎は無事鎮火され、駿の表情も先ほどまでの笑みなど無かったかのような平静の表情に戻っていた。


「すみません、暁。危うく校舎を全焼させてしまうところでした」

「気にすんな。これも研三のおっさんの言いつけの一つだ」


 しれっととんでもないことを言ってのける駿に軽く返答を返しながら、暁は焦げた天井を睨みつける。


(……まだまだ制御しきれてねぇってか)


 たった今の出火、駿はそのことを自覚すらしていなかった。

 これは、駿の異能であるカグツチが勝手に発動したということを意味する。

 異能には、こうして保有者の意志に反して勝手に発動するものも確かに存在する。

 こういったケースは、異能が暴走した結果であることが多い。強い力である異能を、自身の意志で制御しきれない結果なのだ。

 だが、これはまだ成長の途上にある幼い子供が引き起こす結果であることがほとんどである。

 十分に成熟した精神性を持つ大人が後発的に異能へと目覚めた場合、そう言った暴走現象はほとんど起こっていない。これは、未熟な精神では異能を御しきれないためであると言われている。

 しかし、駿の場合少し事情が違う。

 彼の異能、カグツチは彼の感情のふり幅を異能発動のキーとするタイプの異能である。感情の波が激しければ激しいほど、異能の力が増すということだ。

 これだけであれば、異能の中でも特に珍しいわけでもない。だが、駿は第一世代、世界でも最高峰の強大さを誇る異能の持ち主である。これがどういうことか……。

 それは、今しがた暁の目の前で焦げた天井が物語っている。


(ほんの少し喜んだだけで、異能が発動する、か。相変わらずとんでもねぇ不安定さだ)


 駿の異能、カグツチは駿の微かな感情の揺れにすら過剰な反応を示す、極めて敏感な異能となってしまったのだ。

 さっきのように、微かに駿が喜びを表に出す。たったそれだけで、カグツチは発動し、駿の力は炎となり顕現する。

 すべてに干渉する異能。それを持つが故の代償なのだろうか。何しろ、この世界に産声を上げた瞬間に、彼の異能はすでに発動した(・・・・・・・)そうなのだから。

 そのため、駿は常に自らの心を平静に保つことを強制されている。

 微かに喜んだだけで、炎が立ち上るのだ。これがふとしたきっかけから口論が激化し、怒りを露わにしようものなら……惨劇は免れまい。


(難儀な奴だよ相変わらず)


 暁の目の前で、ゆっくりと光葉の頭を撫で続ける駿の姿を見て、暁はため息をつく。

 その表情は、先ほどのように喜びは浮かんでいない。平静そのものだ。

 ……先ほどの言葉が示すように、駿は光葉を愛している。心の底から。

 彼女からの全ての愛情表現を受け止める男が、自らの愛を表現できないというのはどういう気分なのだろうか。

 そのことを考え、暗澹たる気持ちを抱く暁。

 そんな彼の隣に、メアリーが腰かけた。


「おはようございます、アカツキさん」

「おう、おはよう」


 ニッコリ笑顔で挨拶してくるメアリーに、思考を中断して挨拶を返す暁。

 鞄の中から今日の教材を取り出して机にしまい始める彼女の横顔を見ながら、暁は別のことを思い出した。


「……そう言えばあんたも久しぶりだな」

「え? 久しぶり? 何のことですか?」

「いや、この一週間まともに顔見てなかった気がしてな」

「そんなことありませんよ」


 ひどいと言えばひどい暁の言葉に、メアリーは苦笑する。

 国語の教科書を開きながら、暁に口を尖らせてみせた。


「私、毎日学校に出てきてますよ? 暁さんは、学校へ眠りに来てるようですけれど」

「まあ、否定はしねぇけどさ」

「しないんですか」


 授業の八割を寝て過ごす暁の言葉に、メアリーが苦笑する。

 苦笑するメアリーへ、暁は問いかける。


「だが、生徒会へは毎日顔を出すぞ。あそこが俺の数少ない憩いの場だからな」

「そうだったんですか……そう言えば、私は最近生徒会室へ行ってませんでしたね……」


 暁の言葉に頷きながら、ようやく彼が何を言いたいのか理解したメアリー。

 彼の言葉通り、メアリーはここ一週間ほど生徒会室に顔を出していなかった。

 そのことに関して、メアリーは申し訳なさそうな顔をしながら謝罪した。


「すみません。自分から、生徒会に入りたいと言っておきながら、こんな体たらくで」

「かまわねぇさ。だがどうした? リリィの奴なんかは、毎日顔を出してるってのに」

「リリィは真面目ですね……いえ、やはりこちらの生活では不慣れなことが多くて」


 メアリーは苦笑しながら、首を横に振った。


「食べ物の味が違ったり、欲しいものが売っていなかったりで…。どうしても我慢できないことが多くて。異界学園にある商店を片っ端から廻ったりしてたんですよ」

「ほー。何かお気に入りは見つかったか?」

「いえ、それが全然。結局都心部まで出て、探し物する羽目になりましたよ」

「そりゃ残念だったな」


 異界学園に存在する各種商店には、実はレトルト食品がきわめて多い。生の食材や素材、香辛料のような調味料は最低限しか置いておらず、冷凍食品やカップめん類、あるいは缶詰などが主な商品だったりする。

 単純に自炊する学生がほとんどいないためのラインナップなのだが、自炊派の人間にとってこの上なく暮らしにくい場所には違いない。こだわる人間は、都心へ行かねば欲しいものが手に入らないというのが往々としてあるのだ。


「ですけれど、有意義な時間でしたよ。異界学園の大体のお店は把握できましたし、都心にもそこまで時間はかからないことがわかりましたからね」

「都心から通う奴もいるし、週末には遊びに出かける奴もいる。そこまで驚くことでもねぇさ」

「そうですね」


 メアリーが暁の言葉に笑顔を見せるのと同時に、扉が開いて教師が中へと入ってくる。

 異界学園の一日が、またゆっくりとはじまった。




 強い力にはリスクが付き物。

 そして一人暮らしには不便が付き物! です!

 以下次回ー。

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