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Scene.19「全てを灰燼と還す異能……名を“カグツチ”」

 白い、白い、どこまでも白い部屋の中。

 四角四面にきっちりと区分けされた部屋の中。

 その真ん中に、異世駿が一人で立っていた。

 特に何をするわけでもなく、じっと立ち、瞳を閉じ、息をしている。

 駿がゆっくりと呼吸を繰り返す……そのたびに、駿の周囲に赤い火の粉が舞い散った。

 ぱちぱちと音を立て、白い部屋を微かに赤く染めてゆく。舞い上がった火の粉はそのままゆっくりと床面へと舞い降り、接する前に消えてなくなる。

 駿がそこにいるだけで、小さな火の粉が現れ、消える。幻想的な光景だ。赤い蛍が彼の周りを飛んでいると言われれば、信じてしまいそうだ。

 と、部屋の中に微かな変化が現れる。


《Stage.1 Start》


 どこからともなく聞こえてくる機械音声。それをきっかけに、部屋の壁面のあちらこちらに穴が開く。まるで銃口か何かのような、暗い穴だ。

 機械音声を聞き、駿がゆっくりと瞳を開ける。

 次の瞬間、雷音のような激しい音が響き渡り、駿に向けて黒いゴム弾が飛び出していく。

 凄まじい速度で迫るゴム弾は、駿の頭に向けて一直線に突き進み――。


 ボンッ!!


 ――と大きな音を立てて燃え尽きた。

 紅蓮の焔がまるでゴム弾の中から発生したように見え、燃え尽きた後には真っ黒な燃えカスだけが残った。

 チリチリと微かな音を立てながら燃えカスが床へと落下する――よりも早く、次のゴム弾が発射される。

 今度は駿の背後、後頭部を狙うように飛翔する。

 だが、このゴム弾も一瞬で燃え尽きる。

 次のゴム弾は、燃え尽きるのと同時に発射される。

 これもまた、燃え尽きた。

 そうしてゴム弾が燃え、発射され、燃え、発射され……を繰り返し、やがて無数のゴム弾が駿の元へと殺到するようになっていた。

 十発、二十発、あるいはそれ以上かもしれないほどのゴム弾が、駿を打ち倒さんと彼へと迫る。

 だがしかし、全てのゴム弾は彼へと接触することもなく、空中で燃え尽きてゆく。

 まるでゴム弾が自ら燃えてゆくような光景の中、駿はじっと前を見つめていた。

 いや……その視線はどこを見つめているというわけでもないように見えた。

 目はまっすぐ前を見据えていたが、その意識は前方の空間に集中していないように見える。

 瞳は朱く染まり、いつの間にか彼を中心とし、円を描くように床には炎が揺らめいていた。

 その炎は、駿の周囲でゴム弾が燃え尽きるたびにひときわ強く燃え盛る。

 燃えるようなものがないはずの室内で、紅い炎が踊り、舞い、駿に降りかかる脅威を焼き払ってゆく。

 リズムの様なものを刻みながら、ゴム弾の散火は瞬き続けていた。




 ……そんな光景をモニター越しに見つめている者たちがいた。

 ある者はゴム弾の発射数や速度をコントロールしているようだ。そしてある者は室内の温度を。そしてある者は、ゴム弾が燃えるたびに激しくぶれるラインを監視していた。

 忙しなく、人達が部屋の中に立つ駿を監視する中で、じっとモニターを睨みつけている一組の男女がいた。

 タカアマノハラ管轄委員会理事長兼異界学園学長であり、異世駿の義理の父親でもある異世研三と、その秘書であった。

 駿の周囲でゴム弾が引っ切り無しに燃え散っている光景を目にし、秘書が小さくため息をついた。

 それは感嘆とも、畏怖ともつかない、複雑な感情を込められた吐息だった。


「……駿さん、いつものことながら凄まじい能力ですね……」

「世界最強の異能者にして、現行最高の発火能力者(パイロキネシスト)だ。この程度、あの子にとっては片手間だろう」


 対し、研三はモニターの中の事実をあるがままに受け入れる。彼にとっては事実の再確認程度の認識なのだろう。駿の周囲でゴム弾が燃え尽きる光景を見ても、何の感慨も浮かべていない。


「森羅万象、ありとあらゆる存在に干渉し、全てを灰燼と還す異能……名を“カグツチ”。たかだかゴム弾程度では、あの子を打倒することは不可能だということだ」


 第一世代。ゲンショウ型。発火系異能力。名前をカグツチ。

 それが、異世駿の中に宿っている異能だ。

 発火系……パイロキネシス系の能力は、さほど珍しくない。

 サイコキネシスの次にメジャーな異能であると言えるだろう。炎以外にも、水や氷、雷といったものを出せる異能者もいるが、それらもパイロキネシス系として一括りにされていることが多い。

 やはり人が出せるものと言えば、念力か炎という固定観念が存在するのかもしれない。

 それはともかく、駿が操るものは、パイロキネシスという言葉の語源の一つでもある火を操る。

 今現在も全く動かず、ゴム弾を燃やし続けている駿を見ればわかるように、異能の発動に動作は必要としない。

 そして、駿の出す火はあらゆるものに燃え移る。

 可燃物は当然、ゴムのような不燃物、何もない空間、人間の精神、果ては異能という力にまで燃え移り、あらゆるものを灰へと還す。

 質量保存の法則など知ったこっちゃないと言わんばかりに、金属をも灰へと変換する駿の力は常軌を逸していると言っていい。

 彼がその気になれば……今駿がいるタカアマノハラの中央塔など一瞬で燃え尽きるだろう。

 燃え尽きるまでの速度も通常では考えられない速さだ。どれだけ大きなものであろうと、ほんの一息あれば完全に燃え尽きる。火によって燃える、というよりは駿の力を通して火が上がるというべきなのかもしれない。燃やしたい対象に駿の力が通り、浸透したそれが燃え上がることですべてを灰へと還す…それが、カグツチのメカニズムであると考えられている。


「部屋の強度は大丈夫でしょうか……」

「問題あるまい。そもそも、あの子がその気にならねば部屋には燃え移らん」


 無数のゴム弾を燃やし続ける駿を見つめて不安そうな声を上げる秘書に、研三はそう言い切った。

 実際、駿の立つ床面に円を描くように炎が上がってはいるが、そこから延焼する気配はない。何に燃える、燃えないは駿の意思一つでどうにかなるようだった。

 ハッキリと言い切る研三の様子を見て、秘書は不安を押し殺すように唇を噛む。

 そして手にしたボードにはさんだ書類を捲りながら、口を開いた。


「……ご子息の異能の研究を始めて、もう三年以上経ちますが……今のところ、再現性は得られませんね……」

「そうだな。いくつか新たな発見こそあったが、駿たちのような第一世代の異能者を生み出すには至らない、か」


 秘書の言葉に研三は頷きながら、そばにあったパネルを手に持ち、画面を操作する。

 そこに映し出されたのは、駿の能力を研究することで得られた技術の一覧である。

 ずらりと並んだ文字列の中には、パイロキネシス以外の異能への応用が可能な技術も多数含まれていた。


「より効率的な異能者覚醒のための方程式や、魂の波動の観測方法の発見……今まで不可能とされていたようなことも発見されていますが、何故第一世代の異能者を再現することは不可能なのでしょうか……」


 秘書の言葉の中には不可解な疑念が込められている。

 それを口にしたまま、秘書は研三に問いかけた。


「我々は、異能という力を手に入れました。そして、それらの力をあらゆる人間に広めるための方程式も発見しました。けれど、それらは自然発生の異能者には叶わない……。理事長。何が原因なのです? 理事長が枷と呼ぶ、第二世代の枠はいったい何なのでしょうか?」

「………」


 研三は秘書の質問にしばし黙り込み、そしてゆっくりと口を開く。


「それは――」


 ジリリリィィィ!!!


 研三が秘書へと語ろうとしたとき、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 秘書は研三へと問いかけようとしていた時に抱いていた疑念を握り潰し、厳しい表情で部屋の中の一人へと問いかけた。


「!? 何事か!!」

「ハッ! どうやら階下の研究ブロックに侵入者が現れたようです!」

「なんだと!? すぐに警備を回せ!」

「ハッ!」


 秘書は吐き捨てるようにそう言い、そのまま部屋を退出する。

 そして振り返り、研三へと深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、理事長。侵入者対策のため、下へと降りたいと思います」

「ああ、任せる」

「ハッ。それでは失礼します」


 研三に頭を下げたまま、秘書の姿がモニター室から消える。

 研三はゆっくりとモニターへと顔を戻しながら一人ごちた。


「………賊の目的は、下の研究ブロックか?」


 小さくつぶやきながら研三は考える。

 仮に賊の目的が、仮定通りに下の研究ブロックだったとしよう……。

 その場合、何故今日なのかが疑問に残る。この中央塔は、タカアマノハラに存在する施設の中で、一際警備が厳しい。ここはタカアマノハラの心臓部と言ってもいい場所であり、駿をはじめとする第一世代の異能者の協力を得て開発した技術や、研究データが山のように存在する。それらを守るために、他の場所と比べて警備レベルが段違いなのである。この中央塔にはいる場合は何重ものチェックを潜り抜ける必要がある。猫の子一匹通しはしない。

 そんな中央塔に、たとえ発見されたとはいえ侵入できた犯人は何故今日を選んだのか?

 今日は、駿と光葉の異能の検診週間の日である。第一世代の異能者のデータをリアルタイムで取り続ける必要がある関係で、いつもより警備の人間が多いのだ。

 これは駿と光葉がVIP待遇であるが故の処置で、関係各所へもその旨は通達してある。すなわち、中央塔はある期間中に警備がより一層厳しくなるのは周知の事実なのである。

 当然、ここに侵入するような賊がその程度の情報を見落とすはずがない。侵入するなら、別の日を狙うはずだ。

 ならば何故、賊は今日侵入を試みたのか。発見されるリスクを高めても、今日侵入したのか?


「……賊の狙いは駿と光葉か?」


 その仮説は、十分にあり得る。

 片手で数える程度しか存在しない第一世代異能者の、リアルタイムの研究データ。第一世代異能者を有しない異能科学研究者にとって、喉から手が出るほど欲しいものだろう。どんなリスクを冒してでも。

 もし仮にそうなのであれば、今日の検診をここまでにすべきだろうか。

 研三は思案する。見つかったとはいえ、賊は中央塔に侵入できるだけの手練れだ。隠密潜入を止め、強行突破でデータを奪いに来る可能性もある。

 いや、そうするためにわざと発見された可能性もある。侵入工作のコツは、絶対に見つからないことか、極力場を混乱させることであるともいうし。


「理事長、大変です!!」

「――どうした」


 そんな研三の試案を、研究者の一人が悲鳴を上げる。

 その声に顔を上げた研三が目にしたものは。


「光葉さんが部屋をぶち破って駿さんの元へ向かおうとしています!!」


 別のモニター上に映し出された、光葉の姿だった。黒い触手状の影が、部屋の壁をぶち破って一直線に駿の元へと向かっている。

 耐震用に設計された分厚い壁を引き裂き砕き、ひたすら猛進する光葉の姿は、ヤマタノオロチを思わせる。途上に誰かいても、ダンプカーか何か轢かれたかのごとく弾き飛ばされた。

 確か光葉には異能の影を利用しての実験を行わせていたはずだが……。おそらく我慢の限界が来たのだろう。元々こらえ性のない娘である。

 研三は小さく頷くと、駿へのゴム弾発射を止めさせ、マイクを手に取った。


「駿、聞こえるか」

『はい、聞こえます』


 モニターの向こうで、駿が研三の声に反応する。

 カメラ目線の息子に、簡潔に状況を知らせた。


「光葉が今そちらに向かっている。迎えに行ってやれ」

『わかりました』


 研三の言葉に駿は頷き、足早に部屋の外へと向かった。

 光葉の目的は駿なので、駿があってやればさしあたり問題はない。

 問題は賊の方だが……。


「……警備の方から連絡は?」

「今のところは、まだ……」


 研究員の一人の言葉に、研三は頷いた。

 賊がおり、光葉が暴走。これでは今日の実験はこれ以上進行できまい。

 そうと決まれば、話は早い。まずやるべきはデータの保存だ。


「では、今日の実験はここまで。データをまとめてくれ。その後の保存は、ケースEで」

「了解しました」


 研三の言葉に頷き、作業を開始する研究員たち。

 研三は息子たちを迎えに行くために、モニター室を後にした。




 というわけで、駿の異能、カグツチに関してでした。

 まさしくチートというべき異能。ぶっちゃけ、核爆弾も燃やして無効化できます。どんだけー。

 以下、次回ー。次は何をしようか……。

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