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Scene.18「……なんで言ってくれなかったんですか」

「……リリィさん、今日も頑張りますねぇ」

「はい。授業が終わったら、ここに一直線でしたから」


 暁からサイコキネシスの訓練法の一つを伝授された翌日。

 今日もまた、リリィは皿から皿へと小さなものを移動させる訓練を行っていた。

 柿の種は、昨日の時点で使い果たしていたので、今日は学校の購買で壊れやすそうなものをとにかく買い込んできた。残っていたポイントを利用したので、段ボール買いである。

 そこまで広くない生徒会室には、所狭しと雛あられ、と描かれた段ボールが積まれていた。


「しかしこの時期、まだ雛あられなんて売ってたんですねぇ」

「僕もびっくりしたんですけど、毎年余って仕方なかったからちょうどいいって……」

「ウーッス」


 リリィがまた一つ、雛あられを粉砕した時、暁が気だるげに挨拶をしながら生徒会室に入ってきた。


「あ、先輩。お疲れ様です」

「おう。……今日も頑張ってんな」


 次の雛あられと格闘し始めるリリィを見て、暁が感心したような声を上げる。

 彼女の邪魔にならないようにか、その視界に入らない位置へと腰を掛けた。


「あいつの性格上、すぐあきらめるかと思ったが」

「すごく熱心に頑張ってますよ。先輩の力を直に見たのが、結構な説得力だったみたいですから」


 また一つ、雛あられが砕け散る。

 啓太はリリィにじっと真剣な眼差しを送りながら、暁にそう話した。

 暁は鞄の中から水の入ったペットボトルを取り出しながら曖昧に頷いた。


「そうか……。てっきり、あの女の実力に魅せられて騎士団入りしたクチかと思ったんだがな」

「ああ、そう言うの多そうですよねー」


 ポリポリとお菓子を摘まみながら、美咲が同意するように頷いた。


「第一世代にしては真っ当な性格してますし、美人ですし、スタイルもいいですし。男だけじゃなくて、女でも憧れますよ、あれは」

「ハッ。上辺だけ見て本質を語った気になることほど哀れなこともねぇ……。あの女の中身を知ったら、そんなこと言えなくなるぜ」

「アハハ……あれ?」


 異能騎士団の団長の話題が出ただけで毒を吐き始める暁の様子に苦笑する啓太は、ふと一つの事に気が付く。


「そう言えば……駿さんに光葉さん、それにメアリーさんは? 昨日もいませんでしたけど……」

「あ? ああ、あの二人は検診週間だ。しばらくこっちには顔を出さないぞ。メアリーは知らん」


 ペットボトルから水を飲みながら、暁はそう口にした。


「検診週間……ですか?」

「ああ。知らなかったっけか?」

「はい……。高等部に上がってからの一ヶ月は、寮の移動やらなんやらで結構ごたついてましたし……」

「それより以前は、たまにしか顔を出してませんものね」

「そういや、そうだったな」


 啓太が異界学園へとやってきたのは、中学三年生に上がる頃だ。

 異界学園は基本的にエスカレーター式ではあるが、それぞれの学部は独立しているため、中学生と高校生が顔を合わせる機会はほとんどない。

 啓太は暁のことを知っていて、熱心に暁の元に訪れていたが、中学生としてはそれなりに優秀だった啓太は、向こうの生徒会での仕事もあって、一ヶ月に一回程度の頻度しか暁の元にやってくることはできなかった。

 そのことを思いだし、暁は口を拭いながら啓太に説明を始めた。


「検診週間は言葉の通りだ。あの二人の調子を検査するために、一週間くらいの間病院に缶詰めになるのさ」

「え……。駿さんたち、どこかお加減、悪いんですか?」


 不安そうな啓太を安心させるように、暁は手を振って見せる。


「ああ、心配すんな。体のどっかが悪いってわけじゃねぇんだ」

「あ、ああ、そうなんですか……でも、だったらなんで?」

「あの二人の異能のメカニズムを研究するためさ」

「異能の……メカニズム?」


 暁の言葉に、啓太は首をかしげる。

 異能科学は異能が発生するメカニズムを解明し、確立したものだ。

 だというのに、異能のメカニズムを研究するとはどういうことだろうか?

 ……という啓太の心の中に疑問を表情から読み取ったのか、暁は説明を始める。


「あいつらの異能……第一世代だろ? 思い出してみろ、人工的に第一世代を開花させた奴はまだいないだろうが」

「あ……そっか」


 そのことを思いだし、啓太は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「すいません……第一世代の話なんて、ほとんどしませんから、忘れてました……」

「ったく。……第一世代ってのは、自然発生した異能の総称で、そのほとんどが人知を超えた実力を持っていると言われている」


 暁は確認するように言いながら、ペットボトルの水を呷る。


「ほとんど奇跡のような力を扱えるため、世界中で渇望されてる存在だが……現在、確実に第一世代へと覚醒する方法は発見されていない」

「研三先生の、今一番の研究命題でしたっけ? 第一世代への覚醒って」

「だな」


 美咲は顎の下で手を組みながら、のんびりと上を見上げた。


「自身の研究のためとはいえ、身寄りのない子供……しかも問題のあるような子供を引き取って育てようなんて、何考えてるんですかねー」

「……え? どういうことですか?」


 美咲の発言を受け、啓太が驚いたような顔になる。

 子供を引き取って、という部分に不審を覚えたのだ。

 それではまるで、駿と光葉が研三の子供ではないと言っているようではないか。

 そんな啓太の顔を見て、暁は不思議そうな顔になる。


「……? お前、知らなかったか?」

「知らないって……何を?」

「あの二人が研三のおっさんの実の子供じゃないって」

「初耳です」


 真面目な顔で、啓太は返す。

 確かに研三と駿たちは似ているとは言い難いが、まさか実の子供じゃないとは思わなかった。

 むすっとした表情をしながら、啓太は拗ねるような声を出した。


「……なんで言ってくれなかったんですか。僕、ずっとあのお二人の事、研三先生の子供だと思ってましたよ?」

「なんでって……なあ」

「……ですよねぇ」


 啓太の反応に、むしろなんで知らないんだというように暁と美咲は顔を見合わせる。


「ちょっと調べたら、すぐ出てくるぞ。研三のおっさんとあの二人に血のつながりがないなんて」

「そもそもおかしいでしょう? 自分の子供が二人とも、国を代表するような第一世代能力者だなんて。天文学的な確率ですよ?」

「研三先生は異能科学研究の第一人者だから、そのくらい普通なんじゃないかなー、って……じゃあ、ひょっとして、駿さんと光葉さんにも血のつながりはないんですか?」

「それこそ今更だろう。なんだと思ってたんだ、光葉の行動を」


 あの行き過ぎた愛情表現を見て、まさか血のつながりがあるとは普通は思うまい。

 胡乱げな暁の顔を見て、啓太は気まずそうに頬を掻きながら自分の考えを述べる。


「過剰なスキンシップかなと……」

「過剰にもほどがあるわ」


 啓太の意見をバッサリ切り捨て、暁は大きくため息をついた。


「……あの二人は別々の場所から引き取られた、まったくの赤の他人だ。どっちも、親なしの孤児だったところを、研三のおっさんに引き取られてる」

「……言っちゃっていいんですか?」

「誤解させたままもよくないだろ。そもそも、この程度は調べたらすぐ出てくる」

「はぁ、そうだったんですか……」


 啓太は暁の言葉にうんうんと頷き、それから少し気まずそうな顔で問いかける。


「……どうして、なんて聞くのはまずいですよね……?」

「……研三のおっさんに引き取られたのは、あの二人は生まれた時点で第一世代の異能者だったからだ」


 啓太の質問に、暁はそう答え始める。

 どうして研三に引き取られた(・・・・・・・・・)かを答える暁。

 啓太もそれを無理に正すことはせず、黙って暁の言葉に耳を傾けた。


「どちらも、その強すぎる異能のせいで、どこへ行っても疎まれ続けた。そんな噂を聞きつけた研三のおっさんが、自分が引き取ると申し出たんだそうだ」

「研究のために……ですか」

「まあ、そう言うことだな。おかげであの二人は死ぬことはなかったし、研三のおっさんは研究が捗った。いいことだらけじゃねぇか」

「それは、そうですけれど……」


 親のいない孤児を引き取った。そのエピソードだけを見れば、いい話だ。

 しかし、研三の研究のためという、その実は大人の勝手な都合の様なものだ。

 啓太はそのことが気になっているのだろう。

 そんな啓太を安心させるように、暁は小さくため息をつきながら答えてやる。


「……心配すんな。お前が思ってるような、実利一辺倒な話じゃなかったんだとよ」

「え? どういうことですか?」

「研三先生は、ああ見えて愛情にあふれた人物だってことですよ」


 美咲は笑い、暁も頷く。

 啓太にはその理由がわからず、首をかしげてしまう。


「……そうなんですか?」

「ああ、そうさ。そもそも、この異界学園。どういう理由で建設されたか知ってるか?」

「異能科学をより発展させるため……ですよね?」


 啓太の言うとおり、この異界学園は、日本における異能科学をより発展させる目的で建造された学校だ。

 日本全国……どころか世界中から子供が学びに来れるよう、タカアマノハラという完全水上都市の上に、学生寮や生活インフラなどを備え、学校教員も異能科学に通じた最高の人員を取り揃えている。

 それ以上の理由は、啓太には思いつかないのだが……。

 そんな啓太の疑問に美咲が応えた。


「んふふ……表向きの理由はその通りなんですけれど、実はですねぇ……。この異界学園、研三先生があの二人のために建てたと言っても過言ではないんですよ?」

「…………え、そうなんですか?」

「信じがたいことにそうなんだよなぁ」


 信じられない、というように呆けた声を出す啓太に、暁が肯定してみせる。

 椅子の背もたれに背中を預けながら、暁は呆れたような声で事情を説明してやる。


「あの二人なんだが、体が成長しても異能が強すぎるせいで、ほとんど同い年と交流してこなかったんだ。おかげで二人ともコミュニケーション能力が著しく欠けてるわけだ」

「ああ、たしかに……光葉さんもひどいですけど、駿さんも大概ですよね……」


 普段の二人の様子を思い出しながら、啓太は頷く。

 光葉は当然として、駿もああ見えてコミュ障と呼ばれる人種である。

 口調こそ丁寧だが、見知らぬ他人と交流を取ろうとすることは全くない。そして知り合いであったとしても、積極的に交流を持とうとしない。

 こちらから接触すれば普通に返答を返してくれるが、そこから先の会話は続かない。自分から、話題を発展させることはしない。

 表情はほとんど平素のまま固定で、何を考えているのかわからない。自己主張しようとすることもほとんどない……と。ある意味で光葉よりも厄介な人間が、異世駿という男だった。


「そんな二人が、普通の学校に通おうとしてまともに通えるわけがねぇ。だったらあの二人のために学校を造ればいい、と研三のおっさんは考えたわけだ」

「幸い、政府から異能者のための訓練養成場を造ってほしいと依頼されていたため、いくつか条件はあったものの、割合あっさり異界学園の設立となったようですよ?」

「そ、そうなんですか……全然知りませんでした……」


 初めて知らされる異界学園設立の裏事情に、啓太は驚くような呆れるような、微妙な気分を抱く。

 子供のために引っ越しする親はいると思われるが、子供のために学園とそれを内包する都市を立てさせるとは……。スケールが違い過ぎる。


「……でも、よかったです。駿さんも光葉さんも……一人ぼっちじゃないんですね」

「……ああ、そうだな」


 啓太の言葉に、暁は頷きつつちらりと中央塔の方へと視線を向ける。

 今そちらの方で、駿たちが研三の研究に協力しているはずだ。


(………本当に……幸せなのかね………)


 胸中で、そう呟く暁。

 その脳裏には、いつも表情の変わらない、一人の少年の姿が思い浮かんでいた。




 駿君たちの異能に関して少し触れていきたいと思います。

 ホント少しだけどね!

 以下次回ー。

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