Scene.17「磨いてみせろよ。お前の……お前なりの、異能ってやつをよ」
「――で? さんざん悩んで、結局俺のところに来ることになったと?」
「ええ、まあ」
異界学園生徒会室。やることも特にないときの暁は、大抵ここにいた。
この生徒会室は、生徒会長である出雲誠司の趣味と権限によって、無駄に設備が整っている。
お湯を沸かすポットや冷蔵庫は当然として、食器類を入れるための食器棚や、小さいコンロ、はてはテレビや一説には宿泊のための簡易ベッドまで備えられているとかいないとか。
家に帰っても娯楽のための道具を置いていない暁にしてみれば、何もない家よりもこちらの方が居心地がいいくらいだ。携帯の充電費用もタダだし。
そんな暁の元に、啓太とリリィ、そして二人を連れた美咲が訪れていた。
暁は手持無沙汰に缶コーヒーを啜っていたところで、やはりやることもなかったらしいつぼみとだらだらと話をしているところだった。
「僕が教えるにしても、やっぱり限界がありますし……この学園でサイコキネシスに関して先輩より詳しい人を僕は知りません。リリィに、少し訓練をつけてあげられませんか?」
「………」
啓太の言葉を聞いた暁は、胡乱げな眼差しでリリィを見やる。
見られたリリィはしばらく俯いたままもじもじしていたが、やがて意を決したように勢いよく頭を下げた。
「――お願いしますっ! 私は、もっと強くなりたいんです! せめて、この生徒会のお仕事で、足手まといにならないくらいに……!」
「………」
頭を上げないままにそう口にするリリィ。
表情はうかがえないが、少なくとも声色は真剣に聞こえる。
彼女の言葉を後押しするように、美咲も前に出る。
「どうです? 暁さん。健気なリリィさんに、サイコキネシスのイロハってやつを、教授してあげられませんかね?」
「………」
暁は、啓太、リリィ、美咲の三人を順番に見まわす。
啓太は真剣に。リリィは頭を上げないまま。美咲はどこか気楽な様子で。
それぞれに、暁の次の言葉を待っていた。
三人の視線を受け、暁はぼんやりと頭を掻きながら口を開いた。
「……まあ別にかまわねぇけど」
「! 本当ですか!?」
暁の言葉を受け、リリィが勢いよく頭を上げる。
その瞳には、信じられないというような光が浮かんでいた。
「本当に、本当ですか!? 嘘じゃなく!?」
「嘘じゃねぇよ。ちょっと待ってろ」
そう言って、暁は席を立つ。
そんな暁の背中を見つめながら、なお信じられない様子でリリィがボソッと呟いた。
「……てっきりお昼ご飯を無償提供しろとか無体な条件を付きつけられると思ってました……」
「……まあ、先輩なら言いかねないけど……でも、異能の訓練関係だと、先輩は無償で引き受けることが多いんだよ」
「……ええ、そうなんですよねー。実に不思議です。あの人なら、半年は飯を奢れと言っても不思議じゃないんですけれどねー」
「聞こえてるぞお前ら」
三人に背中を向けながら、暁は食器棚の中をごそごそと探る。
びくりと肩を震わせるリリィと啓太。
「す、すいません、先輩!」
「も、申し訳ないです! 仮にも、教えを乞う立場なのに……!」
「別にかまわねぇがな。せめて声を上げないで内緒話してろ。さすがに頭の中はのぞけねぇから」
「あいにくテレパスには目覚めてませんねぇ」
テレパスとは、思念だけで会話する異能系統の事だ。
いわゆる念話と言われる類の能力だが、人によってはインターネット上の通信文に直接アクセスすることもできるし、複数の人間と同時に会話することもできる。
携帯電話とは別な方向で便利な異能であるが、今この場にテレパスを使える人間はいなかった。
「あれ、便利そうなんですよねぇ。特に私なんて、テレパスにも目覚められたら、大活躍だと思いませんか?」
「なら、頑張ってもう一つ異能を習得してみちゃどうだ? 今のところ、異能を二つ持ってる人間はいねぇ。きっと第一世代より有名になれるぞ?」
「ハハハ、遠慮しておきますよー。私、無理と無茶はしない主義なんで」
「そうかい。……チッ、適当なもんがねぇな」
しばらく食器棚や、別の棚の中を探っていた暁は舌打ちし、仕方なさそうに皿を二枚と、柿の種の袋を取り出した。
そして皿を並べ、一つに袋の中の柿の種をすべて取り出す。
不思議そうにその行動を見つめていたリリィに対し、暁はこう告げた。
「とりあえず、この柿の種をもう一方の皿に移し替えてみろ」
「……え?」
「だから、柿の種を移動させてみろ。もちろん、サイコキネシスでな」
そう言って、暁は腕を組んでリリィの行動を待ち始める。
リリィはそんな暁を睨みつける。
「……バカにしているんですか?」
その声には微かな怒りが含まれていた。
リリィはいつも使っている傘を、ビシリと暁に突きつけた。
「いくら私でも、その程度の事がこなせないとでも思っているのですか!?」
「ほう?」
「見ていなさい、この程度!」
そう言って、リリィは傘を柿の種一杯の皿に突きつける。
そして、力場を展開し……。
「お」
「え?」
「あら」
その力場で皿を持ち上げて、そのままもう一方の皿の中へと柿の種を移してみせた。
ザラーッと、音を立てながら、斜めになった皿から柿の種が落ちてゆく。やがて、柿の種は全て皿へと移り、リリィが動かした皿は空になった。
そして空になった皿を机の上に置き直し、フンスと鼻を鳴らして胸を張った。
「どうですか! というか、サイコキネシスの初歩の初歩じゃないですかこんなの! できない方がどうかしてますよ!」
「そうだな。物体移動はサイコキネシスの初歩だ。出来て当然だな」
そう言って暁はリリィに拍手を送り――。
「じゃあ、次は柿の種を一粒ずつ、元の皿に戻してみろよ」
「え?」
こう、のたまった。
そしてさらに、こうも言った。
「ああ、柿の種を潰さないようにな。罅も入れたらアウトだ」
「え」
暁が突きつけた条件に、リリィの表情が固まる。
しばらく暁と柿の種の皿の中を交互に見つめ、そっと傘を構える。
そしてゆっくりと傘を柿の種に近づけ、そのうちの一粒に向けて力場を展開する。
ブブブ、と空気が振動するような音を立て、柿の種がゆっくりと浮かび上がる……。
と、見えた瞬間。
ぱきり。
と小さな音を立てて、柿の種が真っ二つに割れる。
「………」
リリィは無言で、次の柿の種に力場を展開する。
微かに浮かび上がるが、今度は粉々に粉砕されてしまう。
「………」
もう一度持ち上げようとするが、今度は浮かび上がる前に複数の柿の種がいっぺんに砕け散る。どうやら、持ち上げようとした瞬間に力を入れ過ぎたようだ。
「………」
リリィの目に微かに涙が浮かび上がる。
だが、めげることなく、リリィは柿の種へと立ち向かう。
そして。
「見事に全滅ですかー……」
美咲が少し残念そうな声を上げる。
数分後には、皿の上の全ての柿の種を砕き終え、地面に両手をついてがっくりうなだれるリリィの姿が、生徒会室の中で目撃された。
「リリィ、元気出して」
「ううう………!」
リリィを慰めるように、その背中を撫でてあげる啓太。
慰められたリリィは悔しそうに呻き、そして勢いよく立ちあがってビシリと暁に傘を突き立てた。
「そ、そもそもおかしいんですよ!! サイコキネシスの力量法則に従えば、私にこんな繊細な作業ができるわけないんです! こんな訓練で、本当に強くなれるんですか!?」
「ああ、なれる」
激高したリリィはっきりと断言し、暁は飲み終えた缶コーヒーの空き缶を示して見せた。
「サイコキネシスの力量法則によれば、さっきお前がやって見せたような繊細な作業ができるサイコキネシストのパワーの限界は、成人男性の全力程度とされている」
「ええ、そうです! それを超えた場合、パワーを抑えきることができず、そう言った繊細な作業が困難になるとされています!」
怒りの勢いのままに、リリィは頷く。
そんなリリィの前で、暁は缶コーヒーの缶を両手で持って見せる。
「そう言われちゃいるな。成人男性の全力、なんて言われてもよくわからんから、俺は――」
そう言って、暁は空き缶を縦に潰して見せる。
「スチール缶を縦に潰せるかどうかで判断してるがな」
「ふえ……」
暁の掌の中でぺしゃんこになった缶を見つめて、リリィが呆けたような声を上げる。
缶コーヒーに使われるスチール缶は、少なくとも常人の力で潰れるようなものではない。
そうしてみているリリィの目の前で、暁は空き缶を元のように伸ばして見せる。
「ふわ!?」
「だが、俺に言わせてみればサイコキネシスの力量法則なんざ、何の指標にもなりゃしない」
そう言いながら、暁は空き缶をリリィに放り投げる。
慌ててリリィは缶を受け止め、観察してみる。
縦に潰されたせいで、縦横無尽に皺が入ってしまっているが、驚くことにほとんどでこぼこした感覚がない。軽く撫でても引っかかる感じがしないのだ。
たとえアルミ缶を潰したとしても、ここまですっきりと元に戻すことはできないだろう。鉄に入った皺を、完璧に伸ばすことは人力では不可能と言い切っていい。
「すごいです……。こんなこと、団長にしかできないと思ってました……」
「あの女の場合、外と内側から強烈にプレスして元に戻すが、俺の場合は少し違う。力をかけるのは同じだが、可能な限り缶の形になるように力をかける」
そう言いながら、暁は棚の中から新しい柿の種の袋を取り出す。
「缶の表面に沿うような形で念を通し、缶の形を元に戻す。口で言うのは簡単だが、実際にやるのは難しい」
「で、です。鉄を折り曲げられるほどの力を発揮する場合、細やかなコントロールが難しくなります……」
缶を抱えながら、暁の言葉に頷くリリィ。
サイコキネシスの力の放出は、水流に例えられることが多い。
普通の水道にホースをつなぎ、出てきた水を操ることは普通の人間にもできるほどに容易い。そうして水を撒き、弱い花に水をやれるほどに。
だが、消火活動に使用されるホースから放たれる水を操ることは、訓練された消防士にしかできないほどに強い。しかもむやみやたらに方向を変えようものなら、その勢いに人間が負けて吹き飛ばされてしまうこともあるだろう。
水位の増した川の濁流など、近づくこと自体が自殺行為だ。その向きや勢いをコントロールすることなど、もってのほかだろう。
「変に力を入れれば、普通は缶が壊れてしまいます……」
「その通り。だが、力の使い方ってもんが判れば、この程度は朝飯前にできるようになる」
暁は柿の種の袋を開ける。
そして、袋の口を空いている皿の方へと向けた。
「重要なのは、どれだけ力のコントロールが効くか、だ。全力で振り絞るのはもちろん、最小の力を自由に扱うことも大切だ」
暁が喋る間に、柿の種が袋から飛び出し、空いた皿の中へと着地していく。
柿の種が着地する瞬間、その表層にまとわりついた念が弾け、皿を軽く叩く音が響き渡る。
「力のコントロールが効くようになれば、あとは応用と工夫次第だ。全力の力での微細なコントロールも、最小の力を一点集中するのも、自由自在になる」
すべての柿の種が飛び出すまで、さほど時間はかからなかった。かなりの勢いで、全ての柿の種は飛び出していく。
普通なら、割れてしまうだろう速度で飛び出していった柿の種たちは、しかし小さなひびすら入ることなく、綺麗に皿の中へと着地していった。
「すごい……」
暁の技量に、リリィは感嘆の念を覚えずにはいられなかった。
さっき自分でやったときは、さながら万力か何かで豆腐を掴むような感覚だったのだ。どう頑張っても、柿の種は砕けてしまった。
しかし、暁は全ての柿の種を無事に移動させてみせた。しかもかなりのスピードで。
空になった袋を畳み、暁はリリィの方を見る。
「お前の場合は、力が強い。まず覚えるべきは、最小の力の出し方だ」
「そのための……柿の種の移動なのですか……?」
「そう言うこった」
頷く暁。
そんな彼から視線を外し、リリィは啓太の方を見る。
「ケイタさんは……何をしたんですか?」
「僕の場合は、力量法則を超えた力の出し方。僕の異能の切られた札は、コントロールしやすいけど力の弱い異能だったから」
言いながら、啓太はトランプを何枚か取出し、重ねてみせる。
「先輩に付き合ってもらって訓練を重ねて、僕は僕なりの力の出し方を編み出したんだ」
リリィの疑問に答えるように、暁は口を開く。
「力のふり幅が薄いなら、それを何枚も重ねればいい」
「さながら、パイ生地か何かのようにね。そうすれば――」
リリィの手から空き缶を受け取り、上下を重ねたトランプで挟み込む。
すると、ガチガチに固定されていたスチール缶が、ゆっくりと縦につぶれていった。
「力の弱い僕でも……十分な破壊力のある念を生み出すことができるんだ……!」
「すごい……」
リリィが見ている前で、スチール缶はペシャンと潰れる。
あらかじめ暁が潰していたとはいえ、その暁の手で元のように形を整えられていた。
啓太が出したサイコキネシスの力は、先ほど暁が発揮したものとほぼ同じとみていいだろう。
額に微かな汗を浮かべながら、啓太はにっこりと微笑んでみせる。
「……ね? 僕でも、これくらいはできるようになるんだ」
「サイコキネシスはもっとも単純な異能の一つ。故に対策も多いが……それと同じかそれ以上に、応用や創意工夫が活きる異能でもある」
暁は言いながら、リリィが砕いてしまった柿の種を袋の中へと収め直す。
「異能は、言っちまえば個性だ。お前はさっき、柿の種を、皿を浮かべて移してみせた。普通は、サイコキネシスで柿の種を掴むところを、だ」
「あ、そうですね……」
言われて気が付く。
暁はサイコキネシスで柿の種を移動させろと言った。普通なら、皿ではなく柿の種に干渉するところだ。だが、リリィは皿に干渉して柿の種を移動させた。試験などであれば、不合格になるところだ。
そんなリリィの過ちを、しかし暁は笑って受け入れる。
「そういう発想が大事なのさ。それができれば、お前の異能はもっと輝く。磨いてみせろよ。お前の……お前なりの、異能ってやつをよ」
「……はい!」
暁の、混じりっ気も裏もない、まっすぐな言葉。
それに突き動かされるように、リリィは柿の種へと挑んでいく。
今度こそ、一つでも割ってしまわぬように、細心の注意を払いながら。
早い話が、セル篇の悟空たちの修行法ですね。サイヤ人のパワーを完全にコントロールするようなもんです。
この辺が暁の強さの秘密の一つです。強力なパワーと繊細な精密性を誇る、近距離パワー型スタンドの代名詞みたいな感じなのです。さすがに時間は止まりませんが。
それでは以下次回ー。