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Scene.16「いやぁ、お二人はいつも仲がいいですねー」

「やぁー!!」


 異界学園の校庭に、リリィの勇ましい掛け声が響き渡る。

 時間は午後一時前後。いつもの異能訓練のための時間だ。リリィは学校指定のジャージを着こんで、自身の異能の訓練に勤しんでいた。

 傘を構え、その表面に力場を展開し、一直線に駆け抜けていく。

 その先に立っているのはリリィと同じ格好をした啓太だ。彼の周囲にはふらふらと何枚かのトランプが浮いている。

 猛ダッシュで近づいてくるリリィに対し、啓太はあくまで自然体で迎え撃つ。


「覚悟ぉー!!」

「………」


 勢いよく突き出される傘。啓太の体が串刺しになる!……と見えた瞬間。

 彼の体がスッと横にずれる。そして、リリィの傘の軌道も。


「!?」


 手応えなく啓太の脇を突き抜けていく自身の傘に、リリィは驚愕する。

 見れば、傘の先端に一枚のカードが張り付き、リリィの傘を受け流していた。

 何とか軌道を修正しようとするリリィの意志に反して、傘は微動だにしない。

 そして勢いは止まることなく、リリィの体は啓太の背後まで一気に走り抜けていった。


「くっ!」


 慌てて地面を踏みしめ、体を反転させる。

 啓太は自然体のまま、リリィに背中を向けている。

 彼の周りではトランプがくるくると衛星のように回っているが、特に攻撃の意志の様なものは見えない。

 再び傘を構え、リリィは狙いを定める。


「っ!」


 息を吸い込み、足に力を籠め、地面を踏み抜く。


「やぁぁぁー!!」


 そして再び突撃を仕掛ける。

 啓太は変わらず背中を向けたまま……下手をすれば、一撃で吹き飛ばされてしまうだろう。

 啓太は慌てず騒がず、まだ体を横に動かす。

 しかしリリィの動きが見えていないのでは、完全に躱すことは不可能なはず……。


(とった!)


 リリィは確信し、傘を持つ手に力を込める。

 だが、彼女の確信は見事に外れることとなる。

 再び、彼の脇をすり抜けるように、傘の軌道が修正されてしまったのだ。彼が空中に撒いていた、一枚のカードによって。


「えぇっ!?」


 さすがにこの状況で受け流されるとは思わなかったリリィは、驚きのあまり態勢を崩してしまう。

 足がもつれ、顔面から地面に倒れ込みそうになってしまう。


「っと、危ない」


 しかし、そうなる寸前に啓太の操るトランプが体の下に潜り込んで、彼女の体を優しく受け止めてくれる。

 啓太は倒れそうになったリリィに近づき、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。


「大丈夫? リリィ」

「むー……」


 リリィは啓太に答えず、不満そうに唸りながら校庭に座り込んだ。

 啓太はそんな彼女の様子に首をかしげつつ、空中に浮かせていたトランプを回収する。

 啓太がトランプを回収するのを眺めながら、リリィは口から不満を溢した。


「……ケイタさん、どうやって私の動きを察知したんですか? 実は切られた札(ワイルドカード)はサイコキネシス系統じゃなくて、サイコメトリー系統の異能なんじゃないんですか?」

「いや、さすがにサイコメトリーでトランプは浮かないよ……」


 ブーと頬を膨らませながらブー垂れるリリィの様子に啓太は苦笑する。

 だが、彼女はなおも不満を口にする。バシバシと手にした傘を校庭に叩き付けながら、彼女は声を荒げた。


「だっておかしいですよ! この一週間、アラガミ・アカツキ対策にと、ケイタさんに訓練にお付き合いしてもらってるのに、私一回も勝てないなんて! 私こう見えて、騎士団でも戦車(チャリオット)の称号を持つ程の腕前なんですよ!」

「それって、どれくらいすごいの?」

「戦場における先駆けを許された称号です! 背中を仲間に預け、突破口を開くための名誉ある称号だと団長から窺っています!」

「はぁ……」


 エヘンと胸を張って、誇らしげに自らの称号に関して説明してくれるリリィ。

 それを聞いた啓太は、称号っていうよりあだ名なんじゃ、と彼女の訓練に付き合った一週間を思い浮かべつつ感じた。

 何しろ彼女、傘を構えて、力場を作って、そして突撃する。これ以外の戦法をとろうとしないのだ。

 彼女の突撃する槍傘(チャージ・パラソル)の特性を考えれば、それ以外の戦法は不要かもしれないが、肝心の彼女自身の身体能力がそれを十全に扱えるほどに成熟していない。

 同い年の少女と比べればそれなりに秀でているようだが、逆に言えばそこまでの身体能力しか持っていないわけで。

 そのくらいであれば、曲がりなりにも男である啓太が彼女を負かせることは、さほど難しくなかった。


「……男だよ。そう、僕は男なんだよ」

「? どうしました、ケイタさん?」

「ううん、なんでもない……」


 敬愛する先輩からの扱いが、いまだ男の娘から脱却しきれない啓太は、そう口にすることで自身の存在をはっきりさせておく。


 パシャッ。


「いやぁ、お二人はいつも仲がいいですねー」

「美咲先輩?」


 と、そんな二人の姿を、美咲がカメラを片手に撮影していた。

 彼女は運動用のジャージではなく、制服を身に纏っていた。手にカメラも持っているあたり、異能訓練のために出てきたわけではないようだ。


「先輩、どうしたんですか? というか、写真なんかとってどうするんですか?」

「どうするって、もちろん広報活動ですよ! 生徒会に来る依頼の中には、外へと向けた異界学園の広報活動も含まれますからねー。こういう風に、皆さんが異能訓練している姿を写真に収めて、それを外に発信するんですよ!」


 言いながら、カメラを操作して、先ほど撮った写真の出来を確認している。デジカメのようだった。


「そうなんですか……大変ですね、先輩も」

「お疲れ様です、ミサキ先輩!」

「あははー、お気になさらず! これも生徒会書記としての仕事ですから! ・・・・・・・・・(役得でもありますし)


 啓太とリリィに聞こえないようにぼそりと呟きながら、美咲はデジカメのデータを弄る。

 そこには汗をきらめかせる啓太やリリィ、あるいは校庭で訓練している美少女達の、なんというか絶妙なショットが収められていた。

 美咲はそれを悦に入った表情で眺めていたが、すぐに咳払いをしてデジカメを元に戻す。


「まあ、それはそれとしまして……。リリィさん、連敗ですねぇ」

「ぐぅ!?」


 美咲にずばりと言われて、リリィが痛いところを突かれたというようによろめいた。

 よろよろと一歩二歩と後ずさり、そして背中を向けて地面にのの字を書き始めた。


「ちょ、リリィ?」

「いえ、いいんです、ケイタさん……。私があなたに負けたのは事実ですから……事実ですから!」

「いや、そんな無理して力強く言わなくても……」

「あらあら、拗ねちゃいました?」


 拗ねたリリィの姿に美咲は苦笑しながら、その肩を慰めるようにポンポンと叩いた。


「まあまあ仕方ないですよリリィさん! こう見えて啓太さん、暁さんの一番弟子で、この学園のサイコキネシストとしては上位に入る腕前なんですからね!」

「一番弟子……ケイタさん、あなたが? あの男の?」

「あー、うん。まあ、一応?」


 啓太が恥ずかしそうに俯きながらも、頷いて見せる。


「サイコキネシスを扱ううえでのコツとか、訓練方法とか……そう言うのは教えてもらったよ」

「あの男がですか!? 想像できません……」

「ですよねー。私も話聞いたとき、同じこと思いましたもの」


 失礼と言えば失礼なリリィの反応に、美咲の同意する。

 まあ、彼女たちの反応も仕方あるまい。傍若無人が服を着て歩いているような男に、人の面倒を見るなんて繊細な行動をとることができるなどとは普通思わない。

 そんな二人の反応を咎めるように、啓太は眉根を顰めた。


「二人とも、ひどいですよ……」

「ああ、いえ、申し訳ありません。でも正直な感想ですよねー?」

「え!? あ、はい……」


 美咲の言葉に、リリィが思わず同意してしまう。


「その、ごめんなさい、ケイタさん……。アラガミ・アカツキに、そんなことができるとは思わなかったので……」

「……んー、まあ、先輩の普段の態度を見てると、そう思っちゃうよね……」


 真剣な表情で謝るリリィに対し、啓太もまた同意を返した。

 だが、すぐに真剣な表情で暁の擁護を始める。


「……でも、先輩はこの学園で最高のサイコキネシストだからね。リリィも、いろんな部分を見習うことができると思うよ」

「そうですねー。リリィさんみたいなサイコキネシスの使い方もできるようですし、話を聞いてみてはいかがです?」

「う……いえ、それは……」


 美咲の勧めに、リリィは躊躇する。

 暁打倒を日々口にするリリィにしてみれば、敵に頭を下げて教えを乞うのは言語道断だろう。

 呻いて悩むリリィの姿に、美咲は小さく肩を竦める。


「まあ、話は聞きづらいですよねぇ。毎日のように突っかかってれば」

「先輩は多分気にしないと思いますけど……」

「気にしないというより、歯牙にもかけてないでしょう、あの人の場合」

「うぐ……!」


 美咲の言葉に、リリィは胸を押さえる。

 啓太と異能の訓練をするのと同じ頻度で、リリィは暁に勝負を挑んでいる。

 が、結果は惨敗。時にはリリィの存在に気が付かなかったかのように振る舞うこともあり、リリィのプライドは大いに傷つけられていた。

 やがてその瞳には涙が浮かび始め、ふいっと美咲から視線を逸らして口を尖らせる。


「わ、私は騎士団の人間です! 仇敵であるアラガミ・アカツキの助言を受けるなど、言語道断なんです!」

「おやおや、また拗ねちゃいましたねぇ」


 リリィの行動に、やれやれと言うように美咲は首を横に振った。

 それから何かに気が付いたような顔になり、リリィに近づいて耳元でそっと呟いた。


「でも、その理屈ですと、暁さんの教えを受けた啓太さんに訓練を手伝ってもらうのもダメですよねー……?」

「ふぐっ……!?」


 美咲の言葉に、リリィの目に浮かぶ涙の粒が大きくなる。

 一度美咲へと振り返り、そして啓太の方へと向き直り、プルプルと震えながらすがるような視線を投げかけた。

 その視線を受け、啓太は頬を掻きながら言葉を探す。


「えーっと……先輩に教えてもらったって言っても、別にそこまで詳しく聞いたわけじゃないし……気にしないでいいんじゃないかな……?」

「うう……ですけど、私は騎士団の……」

「ハハハ……」


 呟きながらもひたすら迷う様子を見せるリリィ。

 そんな彼女を見て苦笑する啓太。

 そして、二人の姿を見てご満悦な美咲。


(フフフ、やはりこの子達は面白かわいいですねぇ)


 にやりとほくそ笑みながら、泣きそうなリリィと何とか彼女を宥めようとする啓太の姿を、じっと眺めているのであった。




 やはりリリィは経験不足なご様子。

 次回、暁先生のサイコキネシス特訓はじまるよー。

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