Scene.13「“ポイント変換機”……?」
西岡に別れを告げ、警備隊詰所を後にした四人は、そのまま昨夜の舞台となった研究所まで向かうこととなった。成功報酬を受け取るためだ。
時刻は午前八時を少し回ったくらいだろうか。さすがにタカアマノハラの市街にはほとんど人の気配はない。ちらほらと、清掃員が街を掃除しているくらいだろうか。
「うわぁ……僕、この時間のタカアマノハラを歩くなんて初めてです……」
「なんていうか、悪いことしてるみたいで落ち着きませんね……」
「生徒会に所属するなら、この時間に動き回ることもある。慣れといたほうがいいぞ」
善良な学生である啓太とリリィの言葉に、不良学生代表の暁はそうアドバイスする。
連れ立って歩く四人の姿を、清掃員のおばちゃんが怪訝そうな顔で眺めている。この時間、街を歩く学生なんてほとんどいないせいだろう。
おばちゃんの視線を受け、啓太が愛想笑いを浮かべながら暁をつつく。
「先輩、先輩……! 見られてますよ……!」
「そりゃお前、自意識過剰だよ。気にしなきゃ誰も見ねぇって」
「先輩の神経が太すぎるんですよ……!」
私服姿である啓太とリリィと違い、暁とメアリーは制服のままだ。目立つことこの上ない。
「そもそも俺たちゃ、今日は公休の扱いだ。誰かに言い咎められても、学校に問い合わせればそう答えてくれるから心配すんな」
「わかってても、居心地は悪いですよぉ……」
暁、啓太、リリィの三人は委員会からの依頼ということで、今日か学校は公休扱いとなっている。
「……ああ、そう言えば」
だが、メアリーは昨晩の時点では依頼を受けると承諾はしていなかったはずだ。
そのことに気が付いて、暁はメアリーに問いかけた。
「お前、学校はいいのか?」
「まあ、よくはないと思うんですけれど……」
暁の問いに、メアリーは困ったような笑みを浮かべながらも、首を横に振った。
「何しろ上からの命令です……しょうがありませんよ」
「そういうものか」
「それから」
同意の頷きを返す暁に、メアリーはふわりと近づく。
そして耳元で、そっと囁いた。
「私が上からの命令で動いているというのは、リリィには内密に……」
「あ?」
「あの子は、まだ若いですから……ね?」
そう言っていたずらっぽく笑うメアリー。蠱惑的なしぐさだ。
そしてその笑顔の向こう側では、リリィが剣呑な眼差しで暁を睨みつけていた。
「……ああ、分かった」
若いって、一歳違いじゃねぇかよ、というツッコミは飲み込み、暁は適当に頷いておいた。
正直、リリィやメアリーが異能騎士団からどんな命令を受けていたとしても、暁の興味は一マイクロミリも動かない。
何しろ異能騎士団だからだ。暁にとって、あの女がトップを張っている組織のことなど、脳細胞の片隅に置くのも苛立たしい。
「……アラガミ・アカツキ。貴方今、とても不愉快なこと考えませんでしたか?」
「なんのことかなぁ?」
「顔に出てますよ先輩……」
リリィが暁の脳内を透視しながらも、一行は当の研究所へと到着した。
暁がインターフォンを鳴らして鍵を開けてもらい、中へと入っていく。
そのまますぐそばにある応接室に入ると、白衣の男がにこやかに出迎えてくれた。おそらく、研究員の一人だろう。
「やあ、諸君。昨晩は、企業スパイの捕縛ご苦労様だったね」
「当然のことをしたまでです。我々にとっても、研究所への窃盗行為は見過ごすことができませんので」
(うわぁ)
昨日はテンパりすぎて気が付かなかった暁が敬語でしゃべる姿に、啓太は強烈な違和感を覚える。
顔に張り付いた愛想笑いが、いっそ清々しいまでに胡散臭い。
「さすが委員会の推薦……いや、それを抜きにしても、異界学園の誇るサイコキネシストだ! 確実に仕事をこなしてくれる」
「ハハハ。異界学園には私だけではなく、他にも優秀なサイコキネシストがたくさんいますよ」
(ケ、ケイタさん……私、なんか寒気が)
(僕も……)
ぼそぼそと、お互いに言葉を交わす啓太とリリィ。
かなり衝撃的な光景だ……傍若無人な暁の敬語というのは。
そんな後輩二人の姿をちらりと横目で見やった暁は、研究員にばれないように舌打ちし、それから自然な動作で二人の存在を研究員に示して見せた。
「――特にこちらに連れてきました二人なんかは、今年度でもかなり優秀なサイコキネシストでして。顔を覚えていただいて、損はないかと思います」
「「え!?」」
「おお! それはそれは!」
暁の言葉に驚く二人と喜ぶ一人。
研究員はにこにこと笑顔を浮かべながら、啓太とリリィに近づきそれぞれの手をぎゅっと握りしめた。
「いやあ、素晴らしい! ぜひ、その力を異能科学の発展のために尽くしてくれたまえ! 期待しているよ!」
「は、はい! がんばりまひゅ!!」
「お、お任せくだしゃい!」
いきなり話題を振られて、思わず言葉を噛む二人。
そんな二人を眺めて、暁は意地悪くニヤリをほほ笑んだ。
だが、研究員が振り返り、その笑みをすぐに薄っぺらい愛想笑いへと切り替えた。
「ともあれ、ご苦労様! 捕縛した連中は、警備隊を通じて政府へと引き渡すこととするよ」
「それがよろしいかと思われます」
研究員はそう言いながら、手に持っていたカバンに手を突っ込んだ。
「さて、報酬だが……そちらの子は? 昨日はいなかったが」
「ああ、彼女はこちらのリリィ・マリルの保護者役です。今朝、彼女を迎えにやってきたのですが、昨日付で彼女も生徒会の一員となりまして。せっかくですので、この場にも同行してもらうことにしたんです」
「ああ、なるほど」
暁の発言に合わせて、メアリーは小さく微笑み、会釈した。
研究員はそれで納得したのか、何度か頷く。
そしてカバンの中から、二枚のカードと分厚い茶封筒を取り出した。
そのカードを見た途端、啓太が瞳を輝かせ始めた。
「それじゃあ、これが今回の報酬だ」
「わぁ! ありがとうございます!」
「あ、ありがとう、ござい、ます……?」
研究員は啓太とリリィにはカードを。そして暁には茶封筒を手渡した。
啓太はカードを見て嬉しそうに笑うが、リリィはその存在がよくわからずに首をかしげている。
暁は茶封筒を受け取った瞬間、ニヤリといやらしい笑みを浮かべたがそれは一瞬のことで、すぐにまた愛想笑いを浮かべて会釈した。
「ありがとうございます。それでは、我々はお暇いたしますね。そちらの研究を、これ以上邪魔するのもいけませんし……」
「ああ、そうだね。それじゃあ、改めてありがとう、異界学園生徒会諸君! また、別件で依頼をすると思うので、その時はよろしく頼むよ!」
「ええ、その時もまた、全力で依頼にあたらせていただきます。それでは」
暁は深く頭を下げ、応接室を出ていく。
啓太も暁に倣い頭を下げ、遅れてリリィ、最後にメアリーが研究員へとあいさつを交わし、応接室、そして研究所から出ていく。
暁はそのまま素早く路地裏まで歩いていくと、さっそく茶封筒の封を破き、中に詰まった札束の枚数を数え始めた。
「ひい、ふう、みぃ……」
「……なんですかこの扱いの差は」
暁が札束で、自分がカード一枚。そのあまりの落差に、リリィが憤慨したように体を震わせる。
彼女が暴れ出さないように両肩を押さえながら、メアリーもカードを覗き込んでみる。
「……なんということもない、普通の磁気カードですね。これが報酬ですか?」
「そうですよメアリーさん! リリィも、ほら! 喜んで喜んで!」
「ケ、ケイタさん……?」
一方の啓太は、今にも跳ね飛びかねない勢いで喜んでいた。実際、リリィの手を取って軽くジャンプしている。
自分との反応の差に、リリィが軽くショックを受ける。
自分も持つカードを見下ろしながら、訝しげに眉根を顰めた。
「……このカードに、そんな価値があるのですか……?」
「ああ、そういや、お前ら昨日からか。学園に通い始めたのは。じゃあ、当然そのカードのことは知らんわな」
きっちり報酬額通り手渡されたのを確認し、懐に納めた暁が、気が付いたようにそう口にする。
リリィが不承不承、そしてメアリーが小さく頷きながら、暁へと問いかけた。
「ええ、そうですよ。それで、このカードはいったい?」
「じゃあ、一応教えといてやる。古金、行くぞ」
「あ、はい!」
暁と啓太に連れられて、リリィとメアリーは研究所区画から、商店街の方へと足を運ぶ。
基本的な商売相手である学生たちが出歩いていないせいで、ほとんど開店休業のような状態だが、それでも何人か人が歩いているのが見える。異界学園には大学部もあるので、授業のない大学生だろう。
だが、啓太と暁は店には目もくれず、まっすぐに商店街の隅にある、銀行のATMのような機械へと向かっていく。
「“ポイント変換機”……?」
そう看板には書かれていた。リリィは首をかしげながら、啓太の背中を追った。
そして啓太が機械の前に立ち、先ほどもらったカードをスリットの中へと滑り込ませる。
すると、機械のディスプレイに「残存ポイントは200,000Pです」という表示が現れた。
「わぁ! ホントに二十万P入ってます! 使い切れるかなぁ!」
「別にすぐに使わんでもいいだろ。どうせ卒業まではポイントは残るんだし」
「そうですね!」
「……それで、このポイントというのは?」
喜びのあまり、今度は飛び跳ねる啓太を横目に、メアリーが問いかける。
暁は飛び跳ねる啓太の頭を叩いて大人しくさせながら、暁がその問いに答える。
「ポイントってのは、簡単に言えばタカアマノハラで使える通貨の事だ」
「通貨……? ということは、買い物ができるんですか?」
「おうよ。基本的に、タカアマノハラで出来るバイトや委員会からの依頼の報酬は、このポイントで支払われる」
啓太がポイント変換機からカードを取り出すのを待ってから、暁はそのカードを手に持って見せる。
「あ、先輩!」
「この機械では、こんな感じでカード内に残ってるポイントを確認したり、各機関から振り込まれるポイントを受け取ったりできる。で、これを各店舗に提示すれば、商品の代金をポイントで支払えるってわけだ」
「返してくださいよー、先輩」
「言われんでも他人のカードなんぞ要らんわ。ホレ」
カードを奪われて涙目の啓太に、暁はカードを返してやる。
その答えを聞いて納得したように頷きながらも、メアリーは新たな疑問を暁に投げつける。
「ポイント……何故、そのようなものがタカアマノハラの通貨として存在するのですか?」
「簡単に説明すれば、タカアマノハラに存在するものは全部委員会のものだからだ。で、ポイントは委員会からものを受け取るための引換券ってことだ」
「タカアマノハラに入ってる店舗は、全部委員会と契約してますからねー。今日どれだけポイントが入ったから、委員会からいくら払ってくれ、って契約らしいですよ?」
「そうなのですかー……」
リリィも啓太がやったように、機械にカードを入れてみる。
すると、啓太と同じだけの額がポイントとして入っているのが確認できる。
「はぁー……。となると、ここでは現金を使った買い物はできないんですか?」
「いや、できる。けど、ポイントで支払う方が安く済むぞ。委員会がそう言う契約結んでるからな」
「へぇ、そうなんですか! どのくらい安いんですか?」
「物にもよるが、二分の一から、十分の一くらいか。食料品なんかは十分の一だから、捨て値同然で買える」
「す、すごい! じゃあ、お腹いっぱい食べてもポイントは余っちゃうんですね!」
「ああ、そうだなー」
暁の言葉にようやくカードの価値が理解できたのか、機械から吐き出されたカードを見る目が変わるリリィ。
だがそうなると、当然湧く疑問もある。メアリーが、そのことを問いかける。
「でしたら、何故アカツキさんはポイントで報酬をもらわなかったんですか?」
「そんなもんお前、ポイントがタカアマノハラでしか使えないからに決まってんだろ」
途端、暁は顔をしかめながらポイント変換機をぺしぺしと叩いた。
「ポイント変換とか言ってやがるが、現金からポイントへはそっくり同額で変換するくせに、ポイントから現金に換えようとすると半額になるんだぞ? ぼったくりってレベルじゃねぇよ」
「そう言えば先輩、外で暮らしてるんですよねー」
本土で暮らす暁には、確かに現金の方が、都合がいいだろう。
だが、リリィは暁を半目で見つめながら、事の真理を突いた。
「お金が欲しいというのであれば、必要額だけポイントにして、それで買い物すればいいのに……」
「悪いが俺は、現ナマの方が好きなんでね。これからもポイントを使うつもりはねぇよ」
いつの間に取り出したのか、札束を扇のように広げて顔を仰ぐ暁。
なんというか、成金趣味な行動だ。
趣味の悪い彼の行動を、下種を見る目で見つめながら、リリィは啓太の手を取った。
「……行きましょう、ケイタさん。せっかくですし、初めてもらったポイントで何か買っていきましょう!」
「あ、そうだね! 何を買おうかなぁ……」
「あ、俺、昼飯は町一番のチャーシューメンがいいなぁ」
「誰があなたに奢ったりしますかぁ!!」
厚かましい暁の言葉を、リリィはローキックで拒否。
そのまま、啓太と二人で商店街へと逃げ込んだのであった。
というわけで、タカアマノハラにおける通貨単位に関して少し。ヤマダ電○とかで使えるポイントみたいなイメージですね。他の店舗で使えないという部分も含めて。
ちなみに漫画とかの嗜好品は二分の一くらいです。ゲームも売ってますから、かなり安く手に入るんですよね。羨ましい。
以下次回ー。